膨大な技術文書の中から探したい技術・知見がすぐに取得でき、情報収集時間は最大約5分の1にまで短縮
――ライオンが自社で開発するAIツール「LINK Chat」
企業事例
ハミガキやハブラシ、石けんや洗剤など生活用品の製造販売を行うライオンは、自社で研究開発を行う研究員に向けて、生成AIと検索システムを組み合わせたツール「LINK Chat(リンクチャット)」を開発し、運用している。生成AIが過去の膨大な技術文書の中から、探したい技術・知見を見つけ出し、簡潔な表現でまとめた回答文章を表示してくれる。研究員が情報収集にかかる時間は最大で約5分の1にまで短縮され、業務効率化に大きく貢献している。同社ではほかにも、文字化されていない暗黙知を形式知化する検証も実施しており、知識伝承に向けた取り組みを加速している。
ハミガキ・ハブラシをはじめ幅広い生活用品を製造販売
ライオンは、創業当初から主要製品であるハミガキ・ハブラシや石けんをはじめ、洗剤、ヘアケア・スキンケア製品、薬品など幅広い生活用品の製造販売を行っている。
国内には12の事業所(オフィスが6カ所、研究所が2カ所、工場が4カ所)と9つの関連会社がある。海外にも11拠点に関係会社があり、アジアを中心に事業を展開。グループ連結での従業員数は7,654人(2024年12月31日時点)となっている。
社内イントラから利用でき、数十年分のデータベースから数秒で検索
同社では、「知識伝承のAI化」の取り組みとして、2024年8月から研究員に向けて、クラウドサービスプロバイダーが提供する生成AIと、検索システムを組み合わせて開発したツール「LINK Chat」の本格運用を開始した。
「LINK Chat」は社内イントラから利用できるRAGシステム(検索拡張生成技術)である。研究員が調べたい技術・知見を画面上の検索欄に入力すると、数十年分の膨大な技術文書を取り込んだ社内データベースから、生成AIが該当内容の掲載された技術文書を取得し、その内容を要約した回答文章を生成して画面に表示してくれる。
回答の生成は約10秒と高速で、回答文章と同じ画面から根拠とした複数の技術文書へ直接アクセスできるため、参照元をすぐに確認できるようになっている。
技術・知見の共有基盤が必要となり、内製化により迅速に開発
こうした取り組みの背景には、「事業規模や事業分野の拡大に伴い、研究員が生み出した膨大な技術・知見を、より効率的に共有・活用できる基盤が求められていた」と、研究開発部門のDX推進グループマネジャーの渡部氏は話す。
研究開発の技術・知見を確実に継承し、過去の検討結果を効果的に活用できる基盤を整備することで、課題解決のスピードと、新たな顧客価値やイノベーションの創出を加速していくことを目指した。
なお、「LINK Chat」の実装に向けて、同社はアプリケーション開発を外部に委託せず、開発エンジニアを育成して内製化している。「技術進展の早い生成AI分野のトレンドを反映して、継続的なサービスの改善・進化を進める」(渡部氏)ことが狙いで、実際にPoC(試作開発前の段階での検証)を経て、2024年1月から開発に着手し、同年8月には本格運用にごぎ着けている。実装後も現場要望を即時に反映し、スピーディーかつ継続的な機能拡張を内製で実施している。
共有性の高い技術文書は基準を見直し広く閲覧できるように
「LINK Chat」の社内データベースには、各研究分野における数十年分もの技術文書が蓄積されている。これまで、研究開発の技術文書は機密性の高さから、分野ごとに個別のデータベースなどで管理されていた。
各分野の閲覧制限もこれまでは細かく分かれていたが、今回の統合にあたり見直しを実施。デジタル戦略部の百合氏によると、「報告書や大きな会議体に関する技術文書など、共有性が高い内容については、一定基準を設け、より広く閲覧できるようにした。一方で、秘匿性の高い技術文書については適切なアクセス管理を行っている」そうだ。
なお、社内データベースには毎月新たな技術文書が追加されている。各研究所の担当者から随時新たに追加したい技術文書を受け付けており、毎月定期的な更新・整理を行うことで、より精度が高くなるよう整備されている。
暗黙知の技術・知見を生成AIで形式知化する検証も実施
同社は「LINK Chat」の運用準備と合わせて、業務提携しているNTTデータと共同で、熟練研究員の暗黙知となっている技術・知見を、生成AIを用いて形式知化する検証も実施している。具体的には、熟練研究員へのインタビューや、若手・熟練者・マネジメント層を集めたワークショップでの意見交換を通して、暗黙知化している技術・知見を抽出し、それをまとめた「勘所集」を、生成AIを活用し作成した。
検証対象は、衣料用粉末洗剤の製造プロセス開発(研究所において、ビーカーサイズで開発した組成を、工場の大型スケールでも製造できるようにするための製造条件などの開発)とした。
「アジア地域で高い需要がある粉末洗剤について、限られた人員でも効率的に技術・知見を伝承し、品質の高い製品開発を継続することを目指した。技術的な話は報告書にまとまっているが、実際に製造プロセスをつくるなかでの試行錯誤など、書き起こされていない細かい内容を引き出していった」(百合氏)
勘所集をみた現場からは「結構良いね」との声が寄せられ、好反応だったという。勘所集を社内データベースに格納することで、この領域の回答精度の向上が確認されており、新たに衣料用粉末洗剤の製造プロセス開発を行うメンバーが、熟練者の技術・知見をより容易に検索して活用することができる。
研究員の仕事のスピードが向上、コミュニケーション活発化の効果も
「LINK Chat」の総利用回数は、取材時点までの約1年4カ月で8,200回超となっている。利用することで情報収集にかかる時間は大幅に削減。社内のアンケート調査によると、従来は1件あたりに5~10分かかっていたが、「LINK Chat」を使えば2分以下と、最大約5分の1にまで短縮したそうだ。
研究開発部門のDX推進グループ研究員の羽田野氏は、「これまでは上司が忙しいと聞きづらいと思うこともあったが、今はわからないことがあれば『LINK Chat』で調べることができるので、情報収集が早くなった」と話す。体感でも、利用している研究員の仕事のスピードは格段に上がっているそうだ。ほかにも、残りの時間をディスカッションに使うことができるなど、コミュニケーションの活発化にも寄与している。
また、定量的な面での変化以外にも、組織間や事業分野間の壁を取り払って広い範囲から知見を集められることや、これまで見つけられなかった技術を獲得できるようになるなど、定性的な効果もみられている。
「LINK Chat」をよく利用している研究分野はあるか尋ねると、「グローバル分野や、オーラルヘルスケア関連の研究分野が多い」と百合氏。「例えば、オーラルヘルスケア分野の国内製品で蓄積してきた技術・知見をグローバル製品に応用する、というように『LINK Chat』を積極的に活用している事例も出てきている」そうだ。
勤続年数で検索内容の傾向に違いがあることも判明
羽田野氏は、「『LINK Chat』の利用動向を分析し、より効果的な活用方法を検討するため、継続利用者を対象とした利用パターンを解析し、その結果を2025年9月に開催された日本ソフトウェア科学会第42回大会で報告した」と説明する。
解析した結果、勤続年数による検索内容の傾向に違いが出ていることがわかった。勤続年数が短い研究員は「この原料の正式名称は何か」といった、研究現場で必要な専門用語を尋ねる使い方が特徴的である一方、勤続年数が長い研究員は「〇〇さんの■■の報告書がみたい」といった、経験に基づいた検索をしているなどの傾向が出ているという。
画像・動画への対応など、さらなる機能拡張を視野に
今後の展望について、渡部氏は「生成AI技術の進展に合わせて、文書だけでなく画像や動画など多様なデータ形式への対応も視野に入れている」と語る。生成AIが対応できるデータ形式の種別も増えてきていることから、「例えば熟練研究員の作業の様子を画像や動画で残すこともできるので、そういった技術・知見の残し方もあるのではないか」としている。
また、検索ログをより活用していくことも模索中だ。「社内に検索ログの解析結果はまだ公表していないが、有効に使えることがわかったので、これからも解析を続けて、『LINK Chat』のより効果的な使い方を社内で周知し、システム・機能改善に役立てていきたい」(羽田野氏)
生成AIモデルの開発も始動し、「LINK Chat」との連携を目指す
また、同社では2025年10月から、独自のオリジナル生成AIモデル「LION LLM」の開発も始動している。「『LINK Chat』では数十、数百のドキュメントを一度にまとめて読み込んで回答することはまだできず、より高度なナレッジの活用に向けて当社独自の研究開発の膨大な技術・知見を学習したモデルの開発にも取り組む必要がある」(百合氏)ことから、「LINK Chat」との連携や、より自社に合った精度の高いシステムの構築を目指している。
(田中瑞穂、岩田敏英)
企業プロフィール
- ライオン株式会社
- 所在地:東京都台東区蔵前1-3-28
- 創業:1891年10月30日
- 代表取締役兼社長執行役員:竹森 征之
- 社員数:連結7,654人、個別3,068人(2024年12月31日時点)
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