視線の動きを熟練者と初心者で比較、効率的な暗黙知の伝承で人材育成に貢献
 ――Tobiiのアイトラッキンググラス

企業事例

Tobii(トビー)は、視線の動きを計測できるアイトラッキンググラスを製造・販売している。アイトラッキンググラスを使うと、熟練の労働者と初心者の視線の違いを比較し、効率的に暗黙知を伝承することができ、製造業などを中心に人材育成で活用されている。従来の顧客は大企業が中心だったが、ここ数年は人材育成に悩む中小企業での導入も進む。言語の壁がある外国人労働者の活躍にも役立っている。若手の頃に先輩のやり方を見ながら覚える、いわゆる「見て盗んだ」ベテランからは、「若い頃にこの製品があったらなあ」という声もあがっているという。

スマートフォンと接続してリアルタイムで計測できる

スウェーデンに本社を置くTobiiの日本法人であるトビー・テクノロジーは、アイトラッキング(人の視線の動きを追跡・分析する技術)を使った製品やサービスを日本国内で提供している。

主要製品の1つが、視線の動きを計測できるアイトラッキンググラス。クラウド型のソリューションで、見た目は一般的な黒縁のメガネとそれほど変わらない。メガネを掛けるように装着し、専用のソフトをインストールしたスマートフォンと接続するだけで、すぐに利用できる(画像)。

Tobiiのアイトラッキンググラス
画像

(同社提供)

装着した人の視野の映像は、アイトラッキンググラスの外側にあるカメラで撮影し、視線の動きは、内側のカメラで計測する。視野の映像はリアルタイムでスマートフォンの画面に表示され、視線の動きは、画面上に赤い点で示され、可視化できるようになっている。

映像データは自動でクラウドにアップロードされるため、計測完了後にいつでも、何度でも見返して、視線データを分析できる。スマートフォンのバッテリーで作動する仕組みで、長時間の計測も可能だ。

工場の検品や設備の点検などで熟練者と若手の視線の比較に活用

計測後のデータでは、単純に視線の動きを確認することのほか、2画面再生で比較、視線動画と俯瞰カメラの同時再生、要素作業ごとの時間分析、スロー再生などの機能も活用できる。

これらの機能により、例えば熟練者と若手の視線の動きを比較することで、言語化が難しいカン・コツといった熟練者の暗黙知を、効率的に伝承することが期待できる。また、ある作業をセルフトレーニングする際に、過去と今で、自分の動きを比較することにも役立っている。製造業では特に、商品の検品作業や、設備の点検作業における人材育成で活用されている。

依然として人による確認が残る”現場”がまだまだある

こうした作業では、近年はそもそも人間ではなく、ドローンなどのロボットの活用を期待する動きもあるが、「今日明日にすべてが無人化、自動化される現場などない」と、同社ストラテジックセールス&ビジネスデベロップメントマネージャーの岡田憲典氏は言う。

例えば、機械の下のスペースに潜る、機械の蓋を開けて内部を確認するなど、人間でなければ難しい業務も存在する。また、ドローンに設置したカメラで確認を試みても、ガラスのような光る材質の場合は、カメラでは十分に傷を確認できないこともある。そのため、「結局、センサーやカメラよりも、人間が現場に行ったほうが早くて、正確で、コストもリーズナブルな場合がまだまだある」(岡田氏)。

「精度の高さ」が強みで保有する特許は1,000件以上

同社のアイトラッキンググラスの強みはまず、「精度の高さ」と岡田氏は指摘する。これには、そもそもの会社の成り立ちが関係している。

Tobiiはスウェーデン王立工科大学発の技術ベンチャーとして2001年に創業しており、当初の顧客は大学などの研究機関で、研究活動における視線の測定機器として販売を開始した。研究活動における高い要求に応えるために製品の改良を進めたことで、視線の動きを高精度で計測できるようになった。

精度の高さを支えているのが、同社が独自に収集した大量の眼球のデータだ。一口に眼球と言っても、瞳の色は黒、茶、青、緑などさまざまで、目の形や顔の大きさも人によって異なる。同社は世界中から膨大なデータを収集し、それをもとに複雑なアルゴリズムを作成することで、目の色、年齢、メガネの有無などに関係なく、高い精度で視線の動きを計測できるようにしている。

グローバルには同業他社が20社程度あるが、特に精度の高さは他社に対する優位性となっており、特許も1,000件以上を保有している。

なお、こうした高い技術力は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などで発声や身体を動かすことが難しい人がパソコンに視線入力を行う製品などにも活用されている。

「簡単に使える」ことも大きな特長

また、「簡単に使えることもアイトラッキンググラスの大きな特長」と、岡田氏は話す。スマートフォンに専用のソフトをインストールすれば、特別な設定をすることなく、容易に使用できる。個々のユーザーの瞳孔の特性に応じて機器等を調整するキャリブレーションも必要ない。さらに、撮影した動画で視線付きの動画マニュアルを作成することもできる。

期間従業員の育成期間を半減/製造業

同社のアイトラッキングを導入している企業・団体は全世界で6,000以上にのぼり、日本でも大手企業を中心に800社以上が導入している。業種では製造業が多く、自動車で約120社、電機で約70社にのぼるほか、インフラ関連、建設、金融など幅広い業種で導入されている。

例えば、製造業のある企業では、期間従業員が多く、人が頻繁に入れ替わるため、製品を正確かつ高速に検査するスキルを早急に習得してもらう必要があった。そこで同社のアイトラッキンググラスの活用とベテラン従業員へのヒアリング結果をもとに、ベテランの技能を標準化して「外観検査手順書」に反映した。現在は、新人の検査員に対してアイトラッキンググラスを活用した指導を行っており、育成期間を従来から半減させることに成功しているという。

車掌・運転手の安全教育に貢献/西日本旅客鉄道株式会社

西日本旅客鉄道株式会社では、電車が駅に停車している間のドアの扱いなど、安全教育にアイトラッキンググラスを活用した。同社では、ホーム上の確認すべき部分を若手車掌に具体的に教育しなければならないが、従来は熟練の車掌が見ている部分を視覚的に共有することが困難で、結果として口頭での指導が多い状況だった。

そこでアイトラッキンググラスを導入し、熟練と若手の視線を比較。結果としてわかったのは、熟練の車掌は電車のドアを閉める瞬間にホームと確認用モニターに交互に視線を送って両方を確実に目視しているのに対して、若手の車掌は視線の多くをホームに向けており、確認用モニターを見たのは一瞬だけという違いだった。また、熟練の車掌はホーム、確認用モニターのいずれも、より奥のほうを見ていたのに対し、若手の車掌は手前を見ていたことも判明。こうした映像結果を基に対象者への振り返りを行い、本人の癖などを理解させることを行った。

現在は、運転士を養成する講習課程において、同社が内製化した分析ツールを活用し、視線をどのように配り、何を見ながら運転すべきかを指導している。運転経験のない研修生に対し、これまで暗黙知とされてきた視線を言語化して示すことで、理解のきっかけを与えることを目的とした教育を実施している。

なお、Tobiiの従来の顧客は大手企業が中心だったが、ここ数年は人手不足が深刻化するなかで、人材育成に悩む中小企業での利用、引き合いが増えているという。

外国人労働者の活躍につながる/イナバゴム株式会社

Tobiiのアイトラッキンググラスは国際化が進む製造業の現場でも活躍している。

例えば、中国地方に工場を持ち、国内に200人弱の従業員を抱えるイナバゴム株式会社では、東南アジア出身の外国人労働者を雇用しているが、従来は、検品業務において日本語の不得手な外国人労働者に検査のコツをうまく伝えることができず、検査効率が上がらず過大な検査時間を要していた。

こうした課題を受け、アイトラッキンググラスを活用してみると、言葉で伝えなくても、視線の情報付きの動画をみせることでコツをわかりやすく示すことができるようになり、生産性の向上、従業員の定着につながったほか、さらには外国人労働者が自信を持って働くことができるようになったという。

不良品の発生対応の対外的な説明にも活きる

製造業においては、不良品の発生を抑制することが重要であり、だからこそ検品は大事な業務工程となっている。不良品が多いと取引先から改善を求められることもある。

こうした要求に対して、「人材育成をしっかりします」といった抽象的な対応策では取引先の納得を得られにくいが、「アイトラッキンググラスを活用して社員の育成に取り組むことで、熟練の作業者のスキルを若手に効率的に伝承します」という具体的な対応を示すことで、取引先の理解を得ることにもつながっているという。

熟練の労働者からは「若い頃にこの製品があったらなあ」という声も

こうした製品を社内で活用することについて、熟練の労働者からは「自分が若い頃にこの製品があったらなあ」という声をたびたび聞くという。熟練の労働者は、「仕事でどの部分をどのように見ていますか」と質問されても、ふだんの業務で意識せずに当然に行っていることをうまく言語化できないことがあるが、視線の動きを計測した映像を見返しながらあらためて質問すると、雄弁に説明してくれるようになるそうだ。

将来は疲労度合いを把握して、健康経営に役立ててもらう構想も

同社の製品は現状では視線を計測するものだが、将来的には瞳孔の情報から疲労の程度を把握し、健康経営につなげてもらうことも模索している。

人の目は、緊張やストレスによって交感神経が優位になると瞳孔が開き、反対にリラックスして副交感神経が優位になると瞳孔が狭くなる。この特性をふまえて、瞳孔の状態から疲労を把握したうえで、労働者一人ひとりの負荷に応じた業務配分、配置に活かしてもらうことを想定している。

(岩田敏英、田中瑞穂)

企業プロフィール

  • トビー・テクノロジー株式会社
  • 所在地:東京都品川区西五反田7-7-7 SGスクエア3階
  • 設立:2008年4月14日
  • 代表取締役社長:グンナ―・トロイリ
  • Tobii
  • 所在地:スウェーデン ストックホルム県 ダンデリード市
  • 設立:2001年
  • CEO:Anand Srivatsa