社長の考えや判断基準を学習したオリジナルのAIが社員に的確に助言
 ――THAが提供する「AI社長」

企業事例

THAは、会社の経営理念や社長の判断基準などの情報をAIに学習させ、会社オリジナルのAIを開発し、活用までをサポートする「AI社長」を提供している。同サービスは、チャットツール上に搭載し、業務の相談や質問を投げ込むと、会社の経営理念や社長の考え方をふまえた的確な回答が返ってくるもので、24時間いつでも利用できる。社長が社員からの問い合わせに対応する時間を削減できると同時に、同サービスを通して社員一人ひとりに会社の理念や社長の考え方に触れてもらい、それを浸透させていくことも可能としている。

代表取締役の西山氏がDeNA所属時に「副業」で開発

THAは、東京都新宿区に本社を置くIT企業。正社員8人、業務委託のエンジニア約30人の少数精鋭の会社で、AI技術を活用したサービスを提供している。

メインの提供サービスである「AI社長」は、提供の依頼を受けた会社の経営理念や、社長の判断基準・考え方、会社が保有する知識、業務マニュアルなどの情報をAIに学習させて開発した、その会社だけのためのオリジナルのAIだ。代表取締役の西山朝子氏がもともと所属していたDeNAの社員時代に、「副業」で開発したサービス。

同社は「AI社長」の導入から活用まで、伴走支援で導入企業をサポートする。現在は、中小企業などをコア・ターゲットにしている。

いつでも本当の社長が答えているかのようなレスポンス

「AI社長」はどのような仕組みで、何をしてくれるのか。

使い方としてはまず、開発した「AI社長」を社内でふだん使用しているチャットツールに組み込む。そして、チャットツール上にある「AI社長」のアカウントに、社員が業務の相談や質問を投げかけると、24時間いつでも、まるで本当の社長が答えているような的確な回答が、即座に返ってくる。

例えば、「お客様に値引き交渉されているのですが、どうしたらいいでしょうか」という相談を、AI社長のチャットツールに書き込むとする。すると、「なるほど。値引き交渉されているのですね。これは難しいけれど、株式会社○○の方針に基づいて考えてみよう。株式会社○○では、お客様に対して誠実に価値をもった適正価格で真摯に向き合うことを大切にしています。情報格差を利用した不当な価格設定は行わないし、提供している価格はすでに適正だと考えています。だから値引き交渉には以下のアプローチがいいのではないでしょうか――」といった、会社の方針に基づいた最適な提案が返ってくる(図表)。

図表:「AI社長」のレスポンスの例
画像:図表
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(同社提供)

汎用AIにはできない会社独自の方針をふまえた回答が返せる

代表取締役の西山氏は「(こういった質問をすると)ChatGPTなどの汎用AIは、一般的な値下げに対する対応方針までしか回答できないが、AI社長の場合は、『株式会社○○ではこういうことを大切にしている、だからこういうアプローチがいいのではないか』と、会社独自の方針に沿った回答を返すことができる」とその特徴を説明する。

また社員は、会社の方針をふまえた適切な対応をとることができるだけでなく、一人ひとりが「この会社では何を大切にしているのか」といった、会社の理念や社長の考え方に触れる機会を得られるようになるため、社長1人では伝えることが難しい「会社が大切にしていること」を社長に代わり、社員に浸透させることができるようにもなる。

知りたい専門知識の確認などにも活用

「AI社長」は、知りたい専門知識をすぐに確認したい時にも活用できる。例えば、「屋根のルーフィング材料とは何ですか?」と書き込むと、学習した内容をもとに「屋根のルーフィング材料とは、屋根の下に敷かれる防水シートのことです――」などと即座に回答する。

専門知識や社長の持つ知識を「AI社長」に学習させることで、社内の情報が一元化し、知識が社員共通のものになる。また、社外からの問い合わせにも迅速に回答することが可能となり、信頼関係の向上に役立てることもできるという。

さらに特徴的なのは、AI社長は回答する際の語尾を「です」「ます」調の機械的な回答だけではなく、「それは素晴らしい回答やね☆」といった、方言や社長の普段の口調などに合わせることもできる。社長の人柄を反映するようにカスタマイズすることで、社員にも親しみを持って使ってもらえるようになっている。

多忙な中小企業の社長を少しでもサポートしたい

開発を目指した背景は何だったのか。西山氏は、DeNAでAIを生かしたマーケティング事業に携わっていた時、「地元で活躍する中小企業の社長たちの多忙さを目の当たりにした」。

「志の高い人や、専門的な知識が豊富な人が多く、『日本にはこんなに素晴らしいリーダーがたくさんいる』と感銘を受けた。一方で、ただでさえ多忙なのに、社員たちからの細かい問い合わせやトラブルにも時間を取られていて、『これは損失ではないか』と感じた」

AIを使って、社長の考え方や知識を社員と共有することができれば、多忙な社長たちを少しでもサポートできるのではないか――。そう考えたことが、「AI社長」の開発につながった。

ユーザー企業からはコミュニケーションの質向上の報告も

実際に「AI社長」を利用している企業の社長からは、「社員からの質問をAI社長が回答してくれるため、同じことを何度も教える時間を減らすことができ業務効率化につながった」「社長自身のための時間が生まれた」などの声があがっている。

また、これまでは社員と関わる際、日常の業務に関する相談対応だけでコミュニケーションが完結していたが、そういった相談をAI社長が代わりに対応してくれることで、社員のキャリアや会社の未来など、社員と共有したい大切なことを社員本人と直接話す時間をつくることができ、「社員との距離が縮まった」など、コミュニケーションの質が向上している声も寄せられている。

社員からは気軽に活用でき、安心して仕事を進められると好評

他方で、活用企業の社員からは、「これまでは細かいところを社長に確認したいと思ってもできなかったが、AI社長を活用し、会社の知識や理念をもとに方向性を確認しながら取り組めるので、安心して仕事を進められる」といった声が届いているという。社長・社員の両方から好評を得られている。

最初に社長に対して徹底的なヒアリングを実施する

こうした各社オリジナルのAIを開発するまでに、同社と導入企業はどのようなやりとりをしているのか。導入にあたっては、「ヒアリング」「情報整理」「AI開発」「研修」「アップデート」「レポート」――を1つのサイクルで行う。

契約開始から3カ月目までは、はじめに、社長への徹底的なヒアリングを実施。そこで社長の想いを深く読み解き、AIが再現できるような形に言語化していく。また、会社の持つ知識や業務マニュアルなどを整理して、基盤となるAI開発を進めていく。

「AI開発をするうえで一番大事なのは前段階。その会社が何を大切にしているかをきちんと言語化することや、どういう情報があるかを整理することが重要。これを丁寧に作っていくことでAI社長のクオリティは変わる」と西山氏は語る。

社長のコピーを作るのではなく、理想を構築するために「対面」が大事

ヒアリングや情報整理の際には、「対面」で行うことを大事にしている。「AI社長は単純に社長のコピーを作るのではなく、社長の理想を構築していくこと」(西山氏)を意識しており、社長へのヒアリングでは、何を理想としているのか、何を目指しているのか、何を大切にしているのか、どんな組織にしたいのかなどを対面で確認し、会社の理念を深掘りしていく。

契約先が地方の企業であっても、必ず現地を訪問する。過去には、地方の和菓子の製造・販売を手がける企業と契約することになった際、和菓子の製造を開始する朝4時から直接工場に出向いて、作業を見学させてもらったこともあるそうだ。

リリース後のアップデート・フィードバックなども定期的に行う

契約開始後4カ月目からは、いよいよ「AI社長」をリリースする。この前段階では、試作版を社長本人に確認してもらい、フィードバックを受けて調整するという作業を複数回繰り返しているため、リリース時には、すでに精度の高いAI社長ができあがっている。

また、リリース前には、利用する社員向けに1回2時間の導入研修を実施し、社員に使い方のコツや活用方法を学んでもらう支援も行っている。

リリース後は、実際に利用していくなかであがった不具合などを月1回の定例会で収集してアップデートすることや、活用状況などをレポートにまとめてフィードバックするなど、企業に「AI社長」が定着していくよう伴走支援を行っていく。

約50社に導入され、住宅、飲食、製造業など幅広い業界で活用

現在、同サービスは、中小企業を中心に地域密着型の企業から全国展開をしている企業まで、約50社に導入されている。住宅業界、飲食・販売等のサービス業、製造業、IT業、結婚相談所まで幅広い業界で活用されているという。

そのなかでも「非常にニーズが高いのが住宅業界や建築業界」(西山氏)。こうした業界は、使用する壁の素材や、法律、ローンの仕組みなど、必要となる専門知識が多いため、知りたい知識をすぐに確認し、社外からの問い合わせにも即答できる同サービスの需要が高いのだそうだ。

責任の重さからか、2代目社長の利用も多い

また、現在、AI社長を利用している顧客は、創業何十年と続く老舗企業の2代目社長が多いという。その理由について西山氏は、「30年、40年も続くような企業は、たくさんのお客様と社員がいて、かつ、会社がずっとつくってきた文化がある。これを次の代に引き継がなければいけない責任がとても重い。その手段の1つとして、AI社長を選んでもらうケースが多いと感じる」と説明した。

今後は音声ファイルでのやりとりなども展望

今後の展望について、西山氏は「音声ファイルでもやりとりができるようなサービスにできたら」と熱く語る。現在の「AI社長」は基本的に、チャットツール上に導入してテキストメッセージでやりとりするシステムだが、「社長激励のメッセージなどは社長自身の声のほうが社員に届くのではないか」と感じており、技術をさらに発展させていく考えだ。

同社は2025年11月に、「AI社長」の「工事現場の工事長」バージョンである「AI工事長」をリリース。これまで経験や勘などをもとにして言語化できなかった工事長の持つ知見を整理し、「AI工事長」に共有することで、例えば現場トラブルが発生した際に、特定の人しか答えられないという状況にならず、どの社員も工事長の考えをふまえた一定水準の回答をすることができるツールとなっている。

こうした「AI社長」の技術は、属人化しがちな部分に導入することで、対応の標準化や品質向上に貢献することも期待できる。

(奧村澪、田中瑞穂)

企業プロフィール

  • 株式会社THA
  • 所在地:東京都新宿区西新宿3-3-13 西新宿水間ビル6F
  • 設立:1978年12月18日(代表変更・変事業開始:2023年5月15日)
  • 代表取締役:西山 朝子
  • 従業員数:正社員8人、業務委託約30人