看護師の離職増と採用難が深刻化、患者のケアに悪影響も
――日本医労連「看護職員の入退職に関する実態調査」
労組・業界団体の記者会見、調査発表から
医療・介護・福祉職場で働く労働者でつくる日本医労連(佐々木悦子委員長、組合員14万2,000人)は6月5日、「看護職員の入退職に関する実態調査」結果を公表した。調査結果からは、約4割の医療機関で必要とする募集定員を満たせなかったほか、昨年の年間の採用者数と退職者数を比べると退職者数のほうが多い医療機関が約6割にのぼるなど、人員不足が一段と深刻化している実情が浮かび上がった。医療提供体制への影響では「患者サービスの質の低下」をあげる声が目立つ。同日開いた会見で、佐々木委員長は「過酷な働き方と働き方に見合わない低賃金で、少なくない看護職員が医療現場を去っている。入院が必要になっても入院できず、必要な医療が受けられない事態にもなりつつある」などと述べ、今後の医療提供体制に強い危機感を示した。
調査は「医療現場の長期化する人手不足はもとより離職者増と新入職員の募集枠が埋まらないなどの状況」を受けて、その実態把握と改善要求を行うことを目的に、一昨年から行っているもの。今年は4月1日から5月7日にかけて実施し、36都道府県145医療機関が回答した。稼働病床数の平均は312.3床、平均看護職員数は357.4人。
採用者数の減少と退職者数の増加で人員不足が悪化
調査は、過去3年分の年間採用者数・年間退職者数・翌年度4月新規採用予定者数・翌年度4月新規入職者数の状況を聞き取り、集計・比較を行っている。前年と比較して採用者数が減っている施設は2024年度が66施設・52.4%、2023年度は58施設・46.8%。前年に比べて退職者数が増加している施設は、24年度が66施設・50.8%、23年度は61施設・48.0%で、どちらも増加傾向にある。日本医労連では、「看護職員を募集しても集まらず、退職者が増加し、人手不足が年々悪化している状況」だとしている。
6割の施設で退職超過に
採用者数と退職者数の動向をみると、2024年度の年間採用者数を退職者数が上回ったのは79施設(58.1%)で、「上回らなかった」のは52施設(38.2%)、同数は5施設(3.7%)だった。約6割の施設が、前年度より少ない人員体制で業務にあたることを余儀なくされていたことになる。
採用者数と退職者数について、過去3年間分の回答があった施設に限ってみると、退職者数が採用者数を上回った施設は2022年度(60施設・48.8%)と23年度(61施設・49.6%)が5割弱だったのに対し、24年度(72施設・58.5%)は約1割増加。3年続けて看護職員が減少した施設も2割(20.3%)を占め、「人員体制が急速に悪化していることがわかった」(松田加寿美書記次長)。
4割の医療機関が募集定員を満たせず
さらに、2025年度4月新規採用予定者数と、実際に25年度4月に入職してきた者の数を比較すると、46施設(40.7%)が新規採用者を迎えても採用予定者数を「満たせなかった」。日本医労連は、「約4割の施設が4月新規採用の募集をかけても定員が埋まらず、必要な看護職員数を確保できない状況が推察される」とみている。
年末一時金の削減が退職の要因に
松田書記次長は、こうした状況をもたらす要因のひとつに、「大幅な削減が相次いだ2024年の年末一時金がある」と話す。調査結果によると、回答のあった医療機関全体での24年度の平均退職者数は28.3人だったのに対し、24年の年末一時金が10万円以上引き下げられた施設の年間退職者数の平均は34.7人と6.4人多い。採用者数を退職者数が上回った施設の割合も、全体では58.1%だったが24年の年末一時金削減施設のみに絞ると64.3%と6.2ポイント高くなる。
これを過去3年間、回答があった施設のみで比べると、看護職員が減った施設は2023年度が44.4%だったのに対し、24年度は63.0%と約2割増えている。日本医労連は、「大幅な一時金削減が退職を決断するきっかけになっていることが推察される」としたうえで、「今後、25年夏・冬と一時金の大幅削減が続けば、看護職員不足はさらに進み、病棟の閉鎖や病床の削減、入院の制限など医療提供体制の縮小などを選択せざるを得ない施設が増加する」ことを危惧している。
患者サービスの低下につながる人員不足
調査は、看護師不足が医療提供体制に与える影響も質問。最も多く選択された回答項目は「患者サービスの低下」で、44.8%があげた。具体的には、「人手不足によりベッドサイドにいく時間が限られてしまっている」「入浴や清拭といった清潔行為の回数を減らさざるを得ない」「患者の話を聞く時間が取れない」など、ケアの質を低下せざるを得ないとの訴えが多く寄せられていたという。人手不足は、現場の看護職員の負担増だけでなく、患者が受けられるケアにも影響が出ている様子が見て取れる。そのほか、「稼働病床の削減」(20.7%)、「入院受け入れの制限」(17.9%)、「病棟の閉鎖」(12.4%)に追い込まれているとの回答も、それぞれ一定割合あった。
人手不足の解消に求められる賃金引き上げ
なお、看護職員不足による労働者への影響(複数回答)についても尋ねたところ、「夜勤回数の増加」が72.4%と最も多く、ほかに58.6%で「時間外労働の増加」、50.3%で「休暇が取れない」、47.6%で「休憩が取れない」などの状況が指摘されていた。
調査結果を踏まえて、松田書記次長は「調査で看護職員不足を解消するための対策を聞いたところ、賃金の引き上げが必要との声が多かった」などと指摘。そのうえで、「早急に対策をとらなければ、賃金や労働条件の悪化がより退職に拍車をかけ、残っている人がさらに厳しい働き方になってしまい、疲弊して退職につながってしまう」ことに懸念を示した。
低く抑えられている医療職場で働く人の賃上げ
こうした現場の思いとは裏腹に、医療・看護の2025春闘の賃金交渉は厳しい状況が続いている。国民春闘共闘委員会が7月17日に公表した賃上げ最終集計では、有額回答を引き出した組合の単純平均(一組合あたりの平均)は9,280円・3.31%で、前年の最終集計比777円・0.08ポイント増だった。しかし、医療関係は前年最終集計を2,230円・0.96ポイント下回る5,982円・2.09%の低額回答に押し込められた。国民春闘共闘は、「昨年は、診療報酬の改定に向けて医療関係の比較的大きな組合で高水準の回答を引き出したが、今期は規模の大きい医療関係で厳しい回答状況となった」などとしている。
難航する1次回答からの積み上げ交渉
実際、日本医労連の調査(6月6日時点)をみると、回答を得た253組合のうち、ベースアップの回答があったのは58組合と、昨春闘の103組合(最終集計)の半数程度。基本給の引き上げ額(定昇込み)は平均5,227円で、昨年の5,903円(最終集計)より676円減少している。
回答次数をみても、1次が232組合(前年235組合)、2次が13組合(同65組合)、3次が7組合(同15組合)、4次が1組合(同3組合)、5次以降は0組合(前年1組合)。前年は2次回答以上が84組合あったが、今年は21組合にとどまっている。「交渉はしているが、一度回答を示されたら、そこから次の回答が引き出せない状況になっている」(米沢哲書記長)。
夏季一時金(6月18日時点)も、回答数は264組合で昨年実績比0.091カ月減の1.573カ月。平均額は、同マイナス3万6,791円の40万5,127円と、いずれも昨年を下回っている。
処遇改善が喫緊の課題に
米沢書記長は、「このままでは職場から看護師が去ってしまう」と語ったうえで、最近の特徴として「離職だけではなく、採用もままならなくなっている」ことを指摘。「医療機関は昨年の診療報酬改定のなかでベースアップ評価料が創設され、ベースアップ・賃上げを24、25年度の両年度でやる仕組みがつくられたが、ベアは半分の状況にとどまっている」などと説明したうえで、「看護師が集まらず、辞めていく(ことを防ぐ)大きな要素の処遇改善が待ったなしだ」と強調した。
日本医労連は今後、今回の調査結果などを踏まえ、診療報酬の改定や処遇改善のための恒常的な対策を国に求めていく考えだ。
(調査部)
2025年8・9月号 労組・業界団体の記者会見、調査発表からの記事一覧
- 12年間で6,000円弱しか上がっていない看護職員の基本給。離職防止に向け、処遇改善の重要性を強調 ――日本看護協会が賃金実態調査結果を発表
- 看護師の離職増と採用難が深刻化、患者のケアに悪影響も ――日本医労連「看護職員の入退職に関する実態調査」
- やりがいがあっても低賃金・人手不足・ハラスメントで働き続けられない。全産業平均との賃金格差は月11万円に ――全労連介護・ヘルパーネットが調査
- 2035年には就業者の育児・介護・ダブルケアの就業者が1,285万人に ――パーソル総合研究所の「ケア就業者に関する研究」結果