【賃上げの全体状況】
中小の賃金底上げに向け、自動車総連が7年ぶりに要求基準を金額で設定、基幹労連も初めて格差改善分の要求水準を示す
――中小組合の格差是正の取り組みと結果
春闘取材
賃金の規模間格差の是正は、労働組合がここ数年にわたって最重視して取り組んできたテーマだが、前回の2024春闘では、大手の高水準の賃上げ獲得に中小が追いつけず、規模間格差が拡大する結果となった。そのため2025春闘では、中小組合がより高い賃上げを目指せるような方針を策定する動きが目立ち、自動車総連では7年ぶりに金額での要求基準も方針で併記。基幹労連は初めて、中小組合が要求する格差改善分の水準を方針で示した。格差是正は前進できたのか。主な労働組合の取り組みと中小組合の回答結果を振り返る。
<闘争方針での変更点>
連合は格差是正分を積極的に要求する方針を強化
昨年の春闘で、中小組合の賃上げが全体平均を大きく下回り、規模間格差が拡大したことをふまえ、連合(芳野友子会長)の2025春季生活闘争方針は、構成組織に向けた「賃金要求指標パッケージ」のなかで、「中小労組などは格差是正分を積極的に要求する」と書き込んだ。
連合方針は中小組合向けの具体的な要求目標について、すべての中小組合が賃金カーブ維持分を確保したうえで、自分たちの組合員の賃金と、連合が示す賃金水準目標や賃金実態データとを比較して、格差を埋めるための引き上げ額を経営側に求めるとするとともに、賃金実態が把握できない場合は、全体としての賃上げ要求目標で示した「5%以上」に格差是正分「1%以上」を加え、「1万8,000円以上・6%以上を目安とする」と掲げた。
昨年は、賃金実態が把握できない場合の要求目標は「格差是正分を含め、1万5,000円以上を目安とする」とし、「格差是正分」は全体の要求目標とした5%の内数だったが、今年は、上積みして要求する分であることを明確にした。
<中小組合の最新の回答状況>
「300人未満」の賃上げ率は4.70%で今年も全体平均を下回る
連合が6月5日に発表した第6回回答集計(6月2日午前10時時点)での中小組合の賃上げ結果をみていくと、定期昇給相当込みの賃上げ額(加重平均)の「300人未満」は1万2,453円で、率では4.70%となっている(図表1)。
図表1:連合の春季生活闘争の賃上げ額・率の2020年からの推移〈平均賃金方式 定昇相当込み賃上げ〉
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注1:2020年~2024年は最終集計。
注2:2025年の欄にある日付は集計日。
(出所:連合公表資料)
昨年の最終結果(4.45%)は上回ったものの、全体平均(5.26%)には今年も届かなかった。また、今年も規模が小さくなるほど低い水準となった。
ただ、今年については、「99人以下」でも1万976円・4.38%と、1万円台・4%台以上の水準を確保。また、昨年同時期と比べた上がり幅でみると、「99人以下」が1,390円増・0.42ポイント増、「100~299人」が961円増・0.18ポイント増、「300~999人」が749円増・0.07ポイント増、「1,000人以上」が1,230円増・0.20ポイント増――となっており、額・率ともに最も小さい規模区分である「99人以下」で上り幅が最も大きくなった(図表2)。
図表2:連合・第6回集計の賃上げ額・率(定昇相当込み賃上げ)の昨年同時期比
(出所:連合公表資料)
「賃上げ分」も全体平均を下回り、規模間格差はひらく結果に
ベアや賃金改善などの「賃上げ分」の回答額(加重平均)をみると、全体平均が1万1,763円・3.71%に対し、「300人未満」は9,511円・3.51%となっており、こちらも「300人未満」が全体平均を下回るとともに、規模が小さくなるほど額・率は低くなっている(図表3)。
図表3:連合の春季生活闘争の賃金改善額・率の2020年からの推移〈平均賃金方式 賃金改善分が明確に分かる組合の集計(加重平均) 賃金改善分〉
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注1:2020年~2024年は最終集計。
注2:2025年の欄にある日付は集計日。
(出所:連合公表資料)
ただ、昨年同時期比でみれば、「99人以下」が1,381円増・0.43ポイント増、「100~299人」が1,184円増・0.32ポイント増、「300~999人」が1,001円増・0.20ポイント増、「1,000人以上」が1,091円増・0.14ポイント増――となっており、額・率ともに最も規模の小さい「99人以下」が、上がり幅が最も大きくなっている(図表4)。
図表4:連合・第6回集計の「賃上げ分」の額・率の昨年同時期比
(出所:連合公表資料)
連合が5月28日に確認した「2025春季生活闘争中間まとめ」は、中小組合の賃上げ回答について「健闘している」と表する一方、「引き上げ率・額とも全体平均を下回り、格差拡大に歯止めをかけるには至らなかった」と総括している。
「299人以下」の伸び幅が最も大きく、「底上げを前進」と評価
金属労協(JCM、金子晃浩議長=自動車総連会長)の直近の回答集計(5月28日現在)でみても、ベア・賃金改善などの「賃上げ」の額は規模が小さくなるほど低くなっており、今年も規模間格差は拡大した格好となった(図表5)。
図表5:金属労協・2020年以降の賃金改善分の獲得額(単純平均)の推移(単位:円)
注:2025年は5月28日現在での集計。その他の年は最終集計。
(出所:金属労協公表資料)
ただ、連合の集計で現れた傾向と同様に、昨年からの伸び幅でみれば、最も規模の小さい「299人以下」が最も大きくなっており、JCMが5月29日に発表した第9回戦術委員会確認事項は「賃上げの要求額・回答額ともに、2014年以降で最も高い水準となったことに加え、中小の底上げを前進させるなど、大きな成果を上げることができた」と評価している。
<産別の格差是正に向けた工夫>
2018年以来7年ぶりに数字での要求基準を提示――自動車総連
中小組合の格差是正をより効果的に進めるため、今年は、産別労組の要求方針の立て方で工夫がみられた。
300人未満の中小組合が7割弱を占める自動車総連は、各加盟組合が自分たちのあるべき賃金水準に向けて要求を組み立てるとの趣旨から、毎年の春季交渉の方針では、産別として具体的な数値を示しての要求基準は設定していないが、今年は中小組合の底上げや全年代での実質賃金の低下防止に強い意欲を示し、2018年以来7年ぶりに、数字での要求基準も併記。例年の方針に加え、「賃金改善分として1万2,000円の水準を踏まえた上で要求の構築を行う」との基準も掲げた。
1万2,000円という数字は、2024年度物価上昇分や、自動車総連組合員でみた年齢別実質賃金の最大マイナス分(50歳:マイナス3.16%)のほか、中小の底上げに必要な引き上げ分などをふまえて設定したという。
賃金改善分の昨年同時期比での伸び幅が大手を上回る
自動車総連がまとめた4月23日現在での回答状況をみると、「300人未満」の中小組合では、賃金カーブ維持分を含めた引き上げ額全体の総額は1万2,196円・4.7%、うち賃金改善分獲得額は8,939円・3.4%(前年同時期差プラス2,170円)となっている。
「300人未満」の賃金改善分獲得額は全体平均(9,919円)を下回ったが、前年同期差でみると、全体平均(プラス2,155 円)とほぼ同じ伸び幅となっており、「1,000~2,999人」(プラス1,498円)と「3,000人以上」(プラス1,869円)の伸び幅を上回った。
自動車総連はこの結果について、「特に300人未満の中小組合において、賃金改善分獲得率が直近の消費者物価指数(2025年3月分生鮮食品を除く総合)を上回っており、依然中小における力強い交渉の勢いが続いている」との見方を示し、「この結果は、人手不足や人材不足に対する危機感、物価上昇から生活を守る観点・実質賃金の低下から労働の価値を守る観点、更には価格転嫁などに関する企業間取引などに対し、労使が真摯な論議を行った結果であると受け止めている」と評価した。
初めて格差改善分の要求基準を数値で提示――基幹労連
鉄鋼、造船重機、非鉄などの産業をカバーする基幹労連(津村正男委員長)は、産別全体としての賃金改善の要求基準は1万5,000円と設定したが、それと並行して、中小が多くを占める「業種別部会」に属する組合が格差改善のために上積み要求する「格差改善分」の水準を今回初めて設定した。
具体的には、業種別組合が上積みして要求する月例賃金の格差改善分として、「平均賃金の1%を目安とする」と方針のなかで提示した。
なお、基幹労連の業種別部会には、鉄鋼部門では「普通鋼」「特殊鋼」「フェロアロイ」など、船重部門では「造船」「機器」など、非鉄部門では「非鉄関連」などがある。
方針を受けて「フェロアロイ」「鉄鋼関連」などの業種別部会は、部会方針として3,000円以上を格差改善分の要求額に設定した。
4月時点の格差改善回答額は「300人未満」が最も高い水準に
津村委員長が4月2日の会見で報告した格差改善要求に対する回答の状況(要求組合の約6割についての結果)では、全体の回答額の平均が3,152円で、規模別にみると、「1,000人以上」が2,250円、「300~999人」が2,533円、「300人未満」が3,850円だった。津村委員長は「中小の労使ほど比較的、格差改善の認識や思いがあり、それなりの回答を受けている」と評価した。
基幹労連が5月22日にまとめた第7回中央戦術委員会確認事項によると、月例賃金の格差改善については188組合が要求した(基幹労連全体での交渉単位組合数は283組合)。このうち169組合で回答が示され、回答を受けた組合の22.5%にあたる38組合で前進回答を引き出している。
JAMは規模間格差を「容認できない課題」と位置づけ
機械・金属の中小組合を多く抱え、300人未満の組合が全体の8割以上を占めるJAM(安河内賢弘会長)は、2025年春季生活闘争方針で、実質賃金の低下とともに規模間格差の拡大を「容認できない課題」だと指摘。今回も、中小企業が賃上げできる環境をつくるための着実な「価格転嫁」とともに、あるべき賃金水準に向けた賃上げの必要性を強調した。
JAMでは、賃金に関する組合員全数調査を毎年実施しており、組合員の賃金実態を把握している。調査結果を分析したところ、直近の2年間で、規模1,000人以上と300人未満の所定内賃金の格差が全体平均で4万6千円台から5万6千円台へと大幅に拡大した。
こうした実態もあり、今年の方針は、「賃金構造維持分を確保した上で、直近に拡大した格差や企業内賃金格差など単組の課題を積み上げて、所定内賃金の引き上げを中心に1万5,000円以上の『人への投資』を要求する」と掲げ、要求水準を昨年方針から3,000円引き上げるとともに、さらに積極的な格差是正を促すために「基準」ではなく「以上」の文言に変更した。
要求水準の高さが回答に結びつかず
5月13日時点の闘争状況報告をみると、賃金構造維持分を明示して「賃金改善分」を要求した873組合のうち、「賃金改善分」を獲得した765組合の同分の平均額は「300人未満」では8,643円で、JAM結成(1999年)以降での最高となったものの、全体平均(9,475円)と「300人以上」(1万1,921円)の額には届かなかった。
要求額の最終集計結果では、「300人未満」の組合の「賃金改善分」は平均1万3,837円と「300人以上」(1万4,358円)の水準と遜色なかったが、回答水準には結びつけられなかった。
JAMが5月23日にまとめた「2025年春季生活闘争中間総括」は、「多くの単組が高額の賃金改善分を獲得する一方で、実質賃金を維持できなかった単組もあり、同規模内でも賃金改善額のばらつきは大きかった」と述べるとともに、「格差拡大を許さない取り組みを展開したが、規模間格差は拡大した」と総括した。
中間総括を確認した同日の中央委員会で安河内会長は、昨年に引き続き企業規模間格差が広がったことについて、「中小労働運動を標榜しているJAMとしては痛恨の極みと言わざるを得ない」と自省のコメント。「この2年間は異常なことなんだと思う。そしてその責任の一端はわれわれ労働組合にもあるというふうに考えなければならない。しっかりと力強い春闘を行って、この規模間格差の是正にもう一度力強く取り組んでいかなければならない」と話した。
UAゼンセンは格差拡大に「一定の歯止め」とコメント
民間最大産別であるUAゼンセン(永島智子会長)の中小の妥結状況についてもみてみると、5月末時点で、「300人未満」のベアなどの「賃金引上げ分」の加重平均(206組合)は8,511円(2.94%)となっている。
前年と比較できる組合で集計すると、「300人以上の組合が前年並みの結果となったのに対し、300人未満の組合が総合計で470円(0.08%)増」となった。UAゼンセンの発表資料は、「中小企業においても高い賃上げが広がってきており、格差拡大に一定の歯止めをかける結果となっている」としている(※総合計=制度昇給とベアなどの合計)。
<価格転嫁の取り組みの進捗>
価格転嫁・適正取引は「道半ば」と連合は総括
中小組合が賃上げできる「基盤整備」に向けて、連合は今回、賃上げと価格転嫁・適正取引における格差解消をセットで進める方針の内容とした。具体的には、現場における取引適正化のほかに、①政府の「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の周知強化と浸透させる取り組み等②「パートナーシップ構築宣言」のさらなる拡大と実効性の強化等③構成組織による加盟組合の取り組み状況や課題の把握等④連合本部による機運の醸成と政策反映に結びつける取り組み等⑤地方版政労使会議や連合プラットフォームなどの場の活用等――の5点に全力で取り組むとした。
連合の2025春季生活闘争中間まとめは、価格転嫁・適正取引の取り組みについて「すそ野が広がり、産業特性などを踏まえ様々な取り組みが展開されている」としながら、「持続的な賃上げと格差是正が実現できる環境をつくっていく必要がある。適切な価格転嫁・適正取引は道半ば」とした。
産別組合のJAMも2025年春季生活闘争中間総括で、「価格転嫁を促進する社会的な環境整備に取り組まれているが実施状況は十分とはいえない」と指摘。「企業の製品値上げや価格交渉について把握している単組は、一部にとどまっている」点も課題としてあげている。
5月に下請法・下請振興法改正法が成立
こうしたなか、価格転嫁をめぐっては、法整備の面で大きな前進があった。
5月16日、価格転嫁と適正取引を図ることを目的とした「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」(下請法・下請振興法改正法)が国会で成立した。2026年1月1日から施行される。
主な内容として、協議を適切に行わない代金額の決定を禁止した。具体的には、中小受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、委託事業者が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に代金を決定して、中小受託事業者の利益を不当に害する行為を禁止する規定を新設した。
また、下請中小企業の振興を図るため、価格交渉・転嫁の状況の「企業リスト」を社名入りで公表できるようにした。
さらに、これまでは下請Gメンのヒアリング結果や価格交渉促進月間における調査結果を受けて、価格交渉・価格転嫁等の状況が芳しくない事業者に対しては、主務大臣が指導・助言を実施してきたが、何度か指導・助言を受けても取引方針が改善されない事業者もいたため、主務大臣が指導・助言しても状況が改善されない事業者に対してはより具体的措置を示して、その実施を促すことができるようになる。
労働組合の働きかけで施行日が来春闘前に
当初の法案では、施行期日は「公布の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日」となっていたが、連合が与野党に対し、「2026春季生活闘争に間に合うタイミングでの施行とすべきだ」と訴えたこともあり、2026年1月1日に修正された。
連合は「中小企業等での持続的な賃上げにつながる」と、修正を評価する。改正内容についても「発注者・受注者の対等な関係に基づき、サプライチェーン全体で適切な価格転嫁を定着させるとともに、賃金や物価が安定的に上昇する新しい時代にあったルールづくりに資するものとして評価できる」としている。
JAMは、改正法の可決時に、「困っている中小企業を支え、そして、どんな問題も中小企業の立場で考えていくとの中小企業憲章の理念を踏まえ、我が国の経済活力の源泉である中小企業が、その力を最大限発揮できるよう、労務費や原材料費、エネルギーコストの価格転嫁を更に推進するため、必要な措置を検討すること」などといった11項目の付帯決議が採択されたことも評価している。
(荒川創太)
2025年7月号 春闘取材の記事一覧
【賃上げの全体状況】
- 賃上げ率は2年連続で5%台を達成。ベア分は物価上昇を上回る水準を確保 ――労働組合の回答集計でみる賃上げ額・賃上げ率の最新状況
- 中小の賃金底上げに向け、自動車総連が7年ぶりに要求基準を金額で設定、基幹労連も初めて格差改善分の要求水準を示す ――中小組合の格差是正の取り組みと結果
- すべての地方連合会の代表が集まり、回答結果を報告 ――連合が2025春季生活闘争に関する地方連合会合同記者会見を初めて開催