育成型採用と働き方改革
 ――メンバーズの取り組み

企業ヒアリング

社会全体でデジタル経済の拡大が急速に進むなか、IT人材の不足が課題となっている。メンバーズは、賃上げ先行で働き方改革に取り組むことで、生産性を向上させ、長時間労働の削減を達成した。IT人材の確保では、即戦力の中途採用だけでなく、育成型の新卒採用も強化。賃上げや働き方改革で企業の魅力を高めることで、応募者を増やすことにも成功している。

企業成長に合わせ育成型の新卒採用を強化

メンバーズは1995年に創業し、企業のDX現場支援を展開している。具体的には、制作・UI/UX(User Interface/User Experience)やデジタルマーケティング、デジタルサービス開発、データ活用支援の4つの事業領域でクライアント企業を支援している。創業以降、東京を中心に事業運営をしてきたが、東日本大震災を経て2011年頃から、仙台、北九州、神戸などに地方拠点を増やし始め、11拠点となっている。2020年には、同社の連結子会社を吸収合併(再編)することで、専門領域に特化した事業単位として社内カンパニー制も導入。具体的には、データ活用支援やUI/UXなど事業領域での社内カンパニーを有している。

社員数は2023年12月末時点で2,833人。そのほとんどが正社員である。社員の男女比は男性6:女性4。管理職比率は7~8%。女性管理職比率は31.8%(2023年3月末時点)。職種では、①プロデューサー職(クライアントの要望を踏まえた企画立案、制作、ディレクション等を担う)②クリエイター職(エンジニア、デザイナーなど)③企画推進職(コーポレート系)――の3つ職域がある。

同社はこの数年で、採用人数を急激に増加させてきた。2021年3月末の社員規模が1,476人であったものが、2023年12月末で2,833人とほぼ倍増。創業以降、中途採用中心であったものが、この10年は新卒採用強化へと軸足を移してきた。新卒・中途採用比率では、近年、新卒2:中途1。新卒採用実績も、2021年度入社が364人、22年度入社が484人、23年度入社が585人と拡大した。新卒者の学歴は、大卒・大学院卒が多いが、一部に高専出身者もいる。

新卒採用強化の背景には、IT業界全体の需要に対する人手不足の深刻さがある。その課題解決のために、中途採用者の確保だけでなく、新卒採用者を採用後に育成していく方針をとっている。新卒採用を増やした結果、平均年齢は29.9歳(2023年3月末時点)であり、構成比では20代で7割弱を占める。

一方、中途採用の採用ルートは、人材紹介会社(エージェント)や、自社の社員からの紹介、自社HPを通じた直接応募等がある。採用対象は基本的には、IT系の経験者が中心となるが、例えば、エンジニア採用希望で、エンジニア未経験であっても、IT業界でプロデューサー職(ディレクション等)の経験がある場合は、IT業界の基礎的な知見を有しているということで、採用対象になりうる。入社後に、不足する知識を配属部署で習得してもらう形だ。

地方拠点拡大のなかで、契約社員を原則として正社員化

そもそも、創業時、同社はWeb制作事業と広告代理店事業を強みとしており、人員も半々くらいだった。その後の事業戦略の転換によりWeb制作事業に舵を切り、自社ではプロデュース業務に集中することとし、制作・開発業務は外部パートナーの活用を積極的に行っていた。しかし、近年、大規模化する受注案件に応えるために、クリエイター業務の内製化の必要性が増している。この10年間の人員増加の背景には、クリエイター職の採用強化がある。

そして、東日本大震災以降、同社は、Web制作・運用業務を担う地方拠点を仙台、北九州に展開し始める。地方拠点の設立目的には、地方でのIT人材確保がある。また、中長期的には、リモートワークの普及も念頭に、全国のどこででも働ける体制を整備する意味合いもあった。当時、地方拠点での採用では、専門学校生等が対象であり、入社後の育成型採用として始めたのがネットクルー職(契約社員)である。ネットクルー職は、育成型で採用しWeb制作・運用業務のアシスタント業務からスタートした。給与体系も、首都圏と地域拠点では給与格差があった。しかし、業務内容はほとんど同じであり、また、東京・地方拠点間で行き来しながらの業務もあることから、同一労働同一賃金の観点からも見直しが検討されていた。

同社は、優秀な人材の確保と、社員の経済的基盤の充実を図り、長く働ける環境づくりを目的として、2016年4月からネットクルー職を原則、正社員化した。給与体系についても、全国一律化を行い、地方拠点所属社員の月額固定給の引き上げも実施した。

3カ年プロジェクト「みんなのキャリアと働き方改革」で賃上げ、生産性向上を実現

同社は、男女関係なく全社員が長期的に働き続けられる職場づくりのために、2016年4月から、3カ年計画「みんなのキャリアと働き方改革」もスタートさせた。働き方改革では、数値目標として、①残業時間15時間以内②年収20%アップ③女性管理職比率30%以上――を掲げた。「全員参加型経営」の実現を目指す同社では、目標の作成段階で、様々な属性の社員を選抜した委員会を設置。全社アンケートや社内ヒアリングを通じて社員の生の声も集め、キャリアや働き方に関する方針・目標を作り上げた。

働き方改革に取り組み始めた当時、政府も女性活躍推進を加速させており、社会的要請への対応も重なった。導入前(2015時点)、女性管理職比率は14.9%。女性社員比率も低く、産休・復帰者も少なかった。残業時間(月平均)は、28.1時間と長かった。働き方改革では、総合的に長期的に働けるような働き方(男性も含め)が必要との問題意識のもと、生産性を上げることで残業時間を減らす方針を立てた。その特徴は、賃金引き上げを先行させることで、残業時間の削減目標を立てていることだ。同社の執行役員である早川智子氏は、改革の原点を次のように振り返る。

「(目標では)残業時間を減らしていきながら、生産性を上げていくことを目指した。単純に残業時間のみを削減するということは、社員から見たら生活給が減るようにとらえられることもある。同時に会社としては、ベースアップを約束するから、生産性を上げて残業を減らしましょう、全社員で協力して推進したい、と宣言をして、『3カ年プロジェクト』を進めていった。全社員の納得感が必要と考え、会社として、生産性の向上を進めたいというメッセージを全社員に伝えたい、という思いもあった」

目標達成の取り組みとして、同社は、まず、女性の活躍推進と残業削減施策に取り組むことへの理解・協力に関するレター(依頼状)等を、クライアント企業に出して理解を求めた。客先での常駐業務が多いことから、業務量の調整では、クライアントの協力は欠かせないからだ。クライアントも、同様の問題意識を持っていたため、チームの時短推進や年休取得の促進で協力が得られたという。

また、残業抑制面では、社内に「時短推進委員会」を設置。同委員会が主導して様々な取り組みを行うなかで、特に効果があったのは、評価要素「生産性向上目標」と給与要素「生産性向上手当」を組み込んだことだという。この評価と手当は、チームでの残業の削減効果や業績・予算の達成を評価して支給するものである。この結果、業務を属人化させず、チームで負担を分散させることで、1人の社員に負担が集中するような残業を防ぐことができた。

働き方改革の取り組みの結果、取り組み開始前の2015年度では「残業時間(月平均)が28.1時間、女性管理職比率が14.9%」であったが、2018年度には「残業時間15時間以内、年収20%アップ、女性管理職比率30%以上」の全目標数値を達成した。男性の育児休業取得率も68.2%(2023年12月末時点)と高く、その平均取得日数は108日となっている。同社は、厚生労働省・次世代認定マーク(「くるみん」)を2016年に取得し、経済産業省・東京証券取引所「なでしこ銘柄」にも2022年度に選定されている。こうした取り組みや、「なでしこ銘柄」「くるみん」の認定は、特に新卒女性の関心が高く、エントリーの増加にもつながった。

地方採用でIT能力の高い人材を確保

人材確保では、地方拠点での採用にも力を入れている。「首都圏だけで採用していくには限界がある。地方で潜在している優秀な人材を発掘していく」(早川氏)。ターゲットは、介護などの個人的な事情や様々な理由で首都圏から地元にUターンしたり、地方に在住するIT系の能力が高い層だ。地方での募集では、地場の中小企業よりも、同社のほうが採用時の賃金提示額が高いことも、採用競争で有利に働いている。

「中途採用の場合、介護などの個人的な事情で、地方に戻っている、実家の近くで仕事をしたいなどのパターンで、能力の高い方がいる。(地方で求人すれば)現地の中小企業よりも、(当社の方が)提示するオファー額は高い。そうすると、今のところ競争力としては高いので、地方で採用すると、私たちとしても求めている人材を確保することが比較的しやすい」(早川氏)

開発支援ツールの技術進化が求める人物像にも影響をもたらす可能性

同社では、近年のAIやデータ活用、ローコード(Low-Code)・ノーコード、プラットフォームエンジニアリングといった開発技術・環境の変化が、今後求められるスキル・人材にも影響を与えていくとみている。例えば、IT業界では、ローコード等の支援ツールが続々と開発されつつある。ローコードとは、必要最小限のソースコード(プログラミング言語で書かれたテキストファイル)でソフトウエア・アプリ開発を行う手法のこと。支援ツールの進化が、求める人物像、スキルにも変化をもたらすことから、新卒採用のみならず、中途採用においても、育成を前提とした採用が検討されている。

「支援ツールが使いこなせるなら、採用人材は、いわゆる理系でなくていい。もちろん、プログラミングや、ベースの考え方を理解できたほうがいい。けれども、それよりは、顧客のニーズをキャッチアップできて、それに対して、いかにツール、サービスを使いこなして、成果を提供できるか。そこが求められる人材像になってくるのではないか。なので、いわゆるビジネススキルを強化していくニーズは高まっている。文系・理系問わず、資質がある人材を確保していきたい」(早川氏)

育成型の採用方針で能力開発を強化

同社は、育成型の採用を続ける半面、能力開発にも注力している。能力開発の強化対象としては、ボリュームゾーンに若手が多いことから、入社1年目~3年目が中心となる。この層に対して、IT人材として稼働できるだけのスキルを身に付けてもらうことが狙いだ。新卒の場合、とくに入社1年目に集中的な育成がなされる。「新卒採用者が仕事をこなしていけるようになるには、ある程度の時間がかかる」という。

社員の成長の鍵は、メンター制だ。同社の場合、入社2年目以降は、一人前ということで教える側となる。入社1年目の若手を、2~4年目の先輩がOJTで並走する形で指導する構図だ。世代も近いことから、ジェネレーションギャップも少なく、入社早々に抱く不安や困難を的確にキャッチアップできる利点もある。同社では、メンター制度自体が、教える側の成長にもつながる重要な取り組みと捉えている。

それ以外にハイレイヤー(いわゆる経営人材になりうる層)も、能力開発の強化対象だ。社内カンパニー制をとっていることから、カンパニー社長職に若手を抜擢することもあり、若手でも選抜されることがある次世代経営人材育成の研修コースを作っている。カンパニーは、データ系やUX系など、その事業領域で特色があり、特化した技術力を身に付けてもらうための育成も行っている。ハイレイヤーの場合、研修内容としては、個人がそれぞれ必要とする研修をカスタマイズして受講し、会社は経費を補助するという形態を取っている。

2022年度での、研修等に支出した費用の平均額は社員1人あたり16万円だ。同社では、能力開発に関わるこれらの制度を自社HPで積極的に情報発信している。入社後に何を学べるかは、採用でのエントリー動機にもつながるからだ。

今後の課題は企業成長に合わせた人材確保と育成

同社は、IT業界では人材確保の困難さが今後ますます高まると考えている。すでに、新卒の積極採用を進めてきたが、引き続き企業の事業変革と拡大に合わせた採用と育成を重視していく。一方、中途採用を重視していく姿勢は変わらない。組織全体でみて、新卒と中途の構成比率でバランスを取る観点から、今後は、中途採用の増加も検討している。不足するIT人材確保のためには、IT系の経験値が低い層に対しても採用対象とし、入社後の育成強化を拡充させていかないと、十分な確保が難しい、と予想している。

一方、賃金を引き上げて、社員の付加価値を高めていく方針は今後も必要と考えているが、「社員がチームの中で、仕事のやりがい、働きがい、貢献実感をもたせられるか」も重要としている。貢献実感を求める層は男女問わず多く、貢献実感を得られるような仕事の与え方、動機付けの仕組みの構築が、社員の定着を高めるうえでの鍵になる、という。

(奥田栄二)

企業プロフィール

  • 株式会社メンバーズ
  • 本社所在地:東京都中央区晴海1丁目8番10号晴海アイランド トリトンスクエアオフィスタワーX 37階(受付35階)
  • 代表取締役 兼 社長執行役員:髙野 明彦
  • 事業内容:デジタル人材の伴走によるDX現場支援事業
  • 従業員数:2,833人(2023年12月末時点)
  • 事業所:全国11拠点(東京本社、仙台、神戸、北九州など)
  • 労働組合の有無:労働組合なし
  • 認定:厚生労働省・次世代認定マーク(「くるみん」)を取得(2016年)、経済産業省・東京証券取引所「なでしこ銘柄」に選定(2022年度)、総務省「テレワーク先駆者百選」に選定(2020年度)など。

(ヒアリング実施日:2024年2月2日)