自律的なリスキリングに向けた労使の取り組みや転職しやすい環境整備などを提言
 ――労働政策審議会労働政策基本部会が報告書「変化する時代の多様な働き方に向けて」をとりまとめ

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今後の社会変化に対応するための労働政策の課題と方向性について議論してきた厚生労働省の労働政策審議会労働政策基本部会(部会長:守島基博・一橋大学名誉教授)はこのほど、報告書(「変化する時代の多様な働き方に向けて」)をまとめた。報告書は、企業が成長していくためには人材確保と人材育成が重要と強調。労働者の自律的なリスキリングに向けた企業内の環境整備のほか、重層的なセーフティネットの構築、自発的に転職しやすい環境整備などを提言した。

〔社会・経済の現状と課題〕

報告は、社会・経済の現状の課題、働き方の現状と課題について触れたのち、今後の労働政策の方向性について論じている。

「社会・経済の現状と課題」では、AIなどの新技術による技術革新が進み、産業構造そのものがこれまでにないような大きさとスピードで変化し続ける時代となっていると指摘。AIなどの社会実装の進展によって、ハードの設備で成長をめざす社会から、新たな「知」で勝負する社会にシフトしていくことになるとの見方を示した。

全員参加型のダイバーシティ社会を実現していくことが重要

また、生産年齢人口の減少が見込まれるなかで、女性や高齢者をはじめ多様な人材が労働参加し、「全員参加型のダイバーシティ社会を実現していくことが重要」だとし、そのためには、女性、外国人、様々な障がいのある人などいろいろな視点を持った人材が同じ職場で働けるようにすることの必要性や、男性中心の企業文化を変えていくことの重要性を強調。特に長時間労働を前提とする正社員の働き方を変えていくことが不可欠であることや、年功を伴う一律の雇用管理をしない取り組みの重要性を訴えた。

労働市場に関しては、新型コロナウイルス感染症や急速な技術革新など急激な変化に直面しているなかで、新卒一括採用を前提とした企業内での人材育成や柔軟な人事異動など、従来機能してきた内部労働市場による調整機能だけでは変化への対処が困難になっていると指摘。人材を確保するためには、「賃金など労働条件を改善することが重要であり、また、人材の定着のためには、適正な評価・処遇を行うことや労働者のエンゲージメントを高めていくことが重要」と強調した。

フリーランスなど多様化する働き方への対応も必要

さらに、コロナ禍ではあらためて、非正規雇用労働者の不安定性が浮き彫りになったとも指摘し、フリーランスやプラットフォームワーカーといった多様化する働き方に対応するとともに、セーフティネットの確保が必要だと強調した。

企業が求める人材像も変化していると言及した。個々人が変化に対応する新しい能力や技術を培うとともに、中間管理職のマネジメントのあり方や存在意義も変化が見込まれると予測。労働者の意識もまた変化しているとし、1つの会社にこだわらず、職務や職種を自らの判断で選びたいとする労働者も増加していることから、「自らの職業人生を築いていくキャリア自律が重要となってきている」と指摘した。

〔働き方の現状と課題について〕

「働き方の現状と課題」では、まず人材育成について、「全員が戦力となるような社会をわが国が目指すのであれば、社会全体で人材に投資を進めていくことが重要」と強調。

これまでは、企業の独自スキルをOJTで身に付けることが日本企業の強みだったが、今後は、企業横断的な新しいスキルを身に付けることが必要になるとしたうえで、「人材不足の中で、育成に力を入れることがますます重要」と指摘し、さらに、企業内の人材育成では、一人ひとりのキャリア志向を大切にしつつ、個人に焦点を当てた「高解像度」な人事評価・育成が重要であると述べた。

中高年のリスキリングや非正規雇用労働者への公平な育成機会も必要

定年延長や再雇用などの高齢者雇用がすすみ、職業人生も長期になることから、中高年のリスキリングなど能力開発の重要性も指摘している。さらに、企業内では、スキルによる格差・分断をいかに回避していくかが重要だとして、非正規雇用労働者も含めたすべての社員・労働者に対する公平・公正な人材育成の機会提供の必要性を訴えた。

デジタル技術への対応に向けたリスキリングについては、リスキリングにあたり、企業は経営戦略として「社会・経済の変化に対応する必要性や、企業としてどう変わりたいのか、そのためにどういった能力や技術が必要で、何を学ぶべきなのかといった具体像を労働者に説明することが必要とされる」と指摘。労働者個人も、変化を前向きに捉え、新たなスキルを身に付けられるよう、リスキリングを意識していくことが重要だとした。

リスキリングやデジタル技術への対応に本格的に取り組むには、「全ての従業員が取り組むことが重要」とし、柔軟に対応できない労働者に対しては、丁寧な説明と、「リスキリングの支援やスキル取得による評価の明確化」などをアドバイスした。

また、リスキリングは、なぜ学ぶのか、学んだうえでどんな仕事ができるようになるのかという目的意識が重要だと指摘し、企業はリスキリングの必要性を明確にしたうえで、積極的にリスキリングの機会を設けることなどが必要だと強調した。

ジョブ型人事には企業内での労使対話が特に重要

人事制度については、制度をとりまく現状について、従来の人事部による一元的管理から、多様性を尊重し個々の創意工夫を誘発するような新しいマネジメントが求められるようになっているとの認識を示したうえで、新しいスキルの取得による能力の向上や挑戦意欲を適正に評価・処遇することがこれまで以上に重要との見方を示した。

また、最近の人事制度の動向として、「ジョブ型人事」に言及。ジョブ型雇用は、狭い意味では、雇用契約に職務が明記され限定(自ずと労働時間も限定)される雇用形態で、徹底した分業の中での限定的な職務範囲の中での雇用管理として欧米ではブルーカラーを中心に適用されている働き方だが、近年、日本ではホワイトカラーを中心に職務と処遇を明確化する観点で導入の動きがあると概観。そのうえで、ジョブ型が定着している欧米とは異なり、ジョブローテーションによる若手育成が難しくなるなど留意点もあるとして、「多様な人材の力の発揮と人材の育成を阻害することがないよう、企業内での労使での対話が特に重要である」と説いた。

ジョブ型人事の導入にあたっては、①ポストに見合った人材を広く社内・社外から求める②キャリアアップに伴う再教育支援の仕組みを整える③労働者一人ひとりのキャリア志向に対応する④職務以外の情報共有や組織貢献意欲を促す仕組みを整える――などの配慮が必要だと強調。他方、メンバーシップ型人事とジョブ型人事の間でバリエーションある人事制度を導入している大企業も少なくないとし、今後も各企業で、経営戦略上もっともふさわしい人事制度への模索が続いていくものと考えられるとの見方を示した。

内部と外部を行き来できる「シームレスな労働市場」の整備を

労働移動については、日本では「成長分野・人手不足分野への労働移動が今後益々重要となる」とし、魅力ある産業、企業をつくり、労働者がそうした産業、企業を選べるような環境を整備するとともに、賃金水準や処遇など、労働移動に中立的な人事制度設計が可能となるような取り組みが求められるなどと述べた。

そのうえで、外部労働市場(多様な教育訓練機会やマッチング機能など)を活性化しながら、内部労働市場を改革(社内公募・マッチング:本人の希望も考慮した人事異動)し、転職を希望する労働者が内部労働市場と外部労働市場を行き来できる「シームレスな労働市場」を整備していく必要があると提起した。

労使関係についても言及し、働き方が多様化するなかで、職場実態をとらえながら課題に対応するため、現場を知る労働組合の役割・機能は今後も重要だと指摘。一方で、個々の労働者の利益やニーズも多様化していることから、多様な労働者の利益を集約する工夫が求められると注文を付けた。

〔今後の労働政策の方向性について〕

これらをふまえて報告は、「今後の労働政策の方向性」について、企業・労働者それぞれに求められる対応を述べたうえで、労働政策において今後検討すべき対応をまとめた。

企業に求められる対応としては、企業はさらなる成長のため、リスキリングの必要性を明確にしたうえですべての経営のレベルで、能力開発に主体的に取り組んでいくための動機付けや、環境整備を行い、学び直しやスキル取得のインセンティブを高める好循環を作っていく必要があると指摘。

変化に対応してマネジメントの業務負担の軽減を

あわせて、ビジネスを取り巻く環境が変化し、多様な人材が働くなか、マネジメント業務の質が変化し、現場の管理職の負担が増加しているとして、人事部は管理職向けのマネジメント研修を実施したり、業務負担の軽減を図ることが必要になると指摘した。

一方、労働者に求められる対応としては、過剰に変化を恐れるのではなく、変化を前向きにとらえて対応していくことが求められると言及。長期雇用を前提とした企業では、自律的なキャリア形成に対する意識が薄れる可能性もあることから、労働者自らが自律的にキャリア形成や学びを深めていくことが必要だと指摘し、企業や行政はこれらを積極的に支援すべきだとした。

労働政策では転職しやすい環境整備を進めていくことが肝要

労働政策で今後検討すべき対応としては、多様な人材が能力を発揮できるよう、女性や高齢者などの働き方に中立的な税制・社会保障制度の構築や、様々な困難を抱えた労働者が働きやすい職場づくりの支援、フリーランスなど雇用によらない働き方の人を重層的なセーフティネットに組み入れていくことなどを挙げた。

そのうえで、自発的に労働移動を行う労働者の転職の参考となるよう、①労働市場の見える化(職場情報・職業情報)②異業種間でも業務の親和性がある仕事の事例収集と積極的な周知広報③ハローワークサービスのデジタル化によるオンラインサービスやキャリアコンサルティング機能の充実など在職者支援の強化――を行い、転職しやすい環境整備(労働市場の基盤整備)を進めていくことが肝要だとした。

ポストコロナに向けた新しい労働市場の整備に向けて、「まさに今は労働政策の大きな転換期にあり、従来の『安全・安心』を重視する対応に加え、『労働市場のセーフティネットを整備しつつ、労働者のスキルアップ・向上を目指す』ことを重視していくべきではないか」と提起した。

最後に、社会全体に求められる対応として、「一人ひとりの労働者が職業能力を高めていけるよう自律的にキャリアについて考える方策を社会全体で危機感を持って検討していくことも必要」と述べたうえで、個人への直接のリスキリング支援に向け、「社会全体で一体となって、リスキリングをどのように進めていくかという視点に移っていくことが必要ではないか」と提言した。

(調査部)

2023年6月号 国内トピックスの記事一覧