雇用の「質の向上」に向けた事業主の責務を明確化
 ――厚生労働省が障害者雇用対策基本方針を改正

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厚生労働省は「障害者雇用対策基本方針」を改正し、3月31日に告示した。新方針の運営期間は2023~2027年度まで。昨年、障害者雇用促進法が改正されたことをふまえ、働く障がい者の人数だけでなく、雇用の「質の向上」に向けた事業主の責務の明確化などを追記した。新たに、障害者手帳を持たない人への支援や、テレワークの取り組みも盛り込んだ。

<今回の方針見直しのポイント>

2022年の法改正や障害者雇用率見直しなどをふまえ改正

「障害者雇用対策基本方針」は、障害者雇用促進法第7条にもとづき、障がい者の雇用促進や、職業の安定に関する施策の基本となるべき事項を定めている。5年ごとに見直しており、前回の2018年の見直しでは、2018~2022年度の方針を定めた。

今回の方針見直しでは、ポイントは4つある。1つ目は、所定内労働時間が週10時間以上20時間未満の労働者の一部を障害者雇用率の算定に加えることとした2022年の障害者雇用促進法の改正をふまえたこと。2つ目は、障害者雇用率の見直しや、一部の業種で認めている除外率の引き下げを実施したことをふまえた点。3つ目は、所定内労働時間が20時間以上30時間未満の精神障がい者について、障害者雇用率の算定での特例を延長することなどを提言した2022年6月の労働政策審議会障害者雇用分科会意見書に盛り込まれた事項をふまえて見直した点で、4つ目としては、内閣府の障害者基本計画の見直しをふまえて修正を行ったことなどがあげられる。

雇用の「機会確保」に加え「質の向上」に取り組むことも重要

前回の方針から追加された内容を中心にみていくと、まず、「方針の目的」について、「前回方針の運営期間における状況を踏まえ、今後の障害者雇用対策の展開の在り方について、国の機関及び地方公共団体の機関を含め、事業主、労働組合、障害者その他国民一般に広く示す」とともに、「事業主が行うべき雇用管理に関する指針を示すことにより、障害者の雇用の促進及びその職業の安定を図ることを目的とするもの」と記した。

「方針のねらい」では、障害者雇用の現状を「障害者の就労意欲が高まるとともに、積極的に障害者雇用に取り組む民間企業が増加するなど障害者雇用は着実に進展している」と評価。そのうえで、今後は、「雇用の機会の確保を更に進める」ことに加えて、「障害特性や希望に応じて能力を有効に発揮できる就職を実現することや、雇用後においてもその能力等を発揮し活躍できるようにする」として、雇用の「質の向上」に取り組むことも重要だとした。

<障害者の就業の動向に関する事項>

発達障害などの障害者手帳を持たない障がい者が増加

「障害者の就業の動向に関する事項」では、障がい者の就労にかかる統計を紹介。43.5人以上の常用労働者を雇用している民間の事業主における、2022年6月1日時点の雇用障害者数は61.4万人で、このうち身体障がい者は35.8万人、知的障がい者は14.6万人となっていると説明。

公共職業安定所での障がい者の有効求職者数は35.9万人(2021年度)で、このうち身体障がい者が11.3万人、知的障がい者が5.5万人、精神障がい者は16.3万人となっていることに加え、近年は、障害者手帳を所持していない発達障害や高次脳機能障害等のある人が増加しており、その有効求職者数は2021年度時点で2.8万人にのぼることなどを紹介した。

<職業リハビリテーションの措置の総合的かつ効果的な実施を図るため講じようとする施策の基本となるべき事項>

アセスメントで障害特性や職業上の課題を把握

「職業リハビリテーションの措置の総合的かつ効果的な実施を図るため講じようとする施策の基本となるべき事項」では、多様な障害への支援に言及している。

具体的には、「発達障害、難病等に起因する障害、高次脳機能障害、若年性認知症、各種依存症等障害が多様化してきている中で、障害者を雇用に結びつけ、職場に定着させるためには、地域の福祉、教育、医療等の関係機関と連携しながら、個々の障害者の障害特性及び職場の状況を踏まえた専門的できめ細かな人的支援を行う必要がある」としたうえで、こうした支援が必要な障害者に対しては、「アセスメントにより障害特性や職業上の課題を把握し、その自己理解を進めるための支援や、障害特性を踏まえた合理的配慮等を事業主に伝えるための支援を行う」としたほか、「職場実習やチャレンジ雇用等を通じて、実際の作業現場を活用した職業リハビリテーションを引き続き推進する」としている。

手帳を持たない障がい者が個人特性に応じ活躍できるよう支援

精神障害者保健福祉手帳等を所持していないが、支援を希望する人に対しては、「個人の特性等に応じ活躍できるよう、公共職業安定所における専門的な就労支援を進めていく」としたほか、「その就労の困難性の判断の在り方について検討を進める」とした。

さらに、精神障害や発達障害のある者の雇用経験が少ないことなどにより、その雇用に課題を抱えている事業主に対しては、「障害特性の理解促進や雇用管理に関する助言を行うなど、採用準備から採用後の職場定着までの支援等を行う」とした。

職業能力開発の推進については、障害者職業能力開発校において、職業訓練上特別な支援を要する障がい者や一般の公共職業能力開発施設において職業訓練を受講することが困難な障がい者等に対して、障害特性や程度に配慮した職業訓練を実施する。特に、「技術革新を踏まえた新たな業務に対応した職業訓練や、新規求職者の増加が著しい精神障害者や発達障害者等に対応した職業訓練の設定を促進する」とした。

障がい者の就労を支援する人材については、「福祉と雇用の切れ目のない支援を可能とする」ために、「障害者本人と企業の双方に対して必要な支援ができる専門人材の育成・確保が必要」としている。

必要な環境整備を支援してテレワークの導入を推進

前回2018年の基本方針の改正から5年が経過し、この間、新型コロナの流行をうけて社会ではテレワークが浸透したが、基本方針はテレワークの取り組みにも言及している。

具体的には、「ICT等の活用により、通勤が困難な障害者、感覚過敏等により通常の職場での勤務が困難な障害者、地方在住の障害者等の雇用機会を確保し、これらの者が能力を発揮して働けるよう、好事例を周知する」としたほか、「企業が、テレワークを導入するに当たり適正な雇用管理や障害特性に応じた配慮等に加え、必要な環境整備ができるように支援を行うことにより、テレワークの推進を図る」としている。あわせて、「在宅就業障害者の雇用への移行ニーズ等を把握し、適切な支援を行う」ことも盛り込んだ。

<事業主が行うべき雇用管理に関して指針となるべき事項>

多様な職務を経験できるような配置にも努力

「事業主が行うべき雇用管理に関して指針となるべき事項」では、事業主が配慮すべき事項や、雇用の質の向上が図られるように努めるべき事項をあげている。

採用および配置では、「採用後や復職後においても、合理的配慮の一環として、継続的な職務の選定、職域の開発、職場環境の改善等を図りつつ、障害者個々人の希望や適性と能力を考慮した配置を行う」とともに、「多様な職務を経験できるような配置を行うよう努める」としている。

教育訓練については、「障害者の活躍促進のために、障害特性や職務の遂行状況、その能力等を踏まえながら、必要に応じ教育訓練を実施するよう努める」とともに、「技術革新等により職務内容が変化することへの対応や、加齢等の影響から様々な課題が生じた場合の対応など、障害者の雇用の継続が可能となるよう能力向上のための教育訓練の実施を図る」としている。

待遇については、「障害者個々人の能力の向上や職務遂行の状況を適切に把握し、必要な合理的配慮を行う」とともに、「適性や希望等も勘案した上で、その能力の正当な評価、多様な業務の経験、困難又は高度な業務に従事する機会の提供等、キャリア形成にも配慮した適正な待遇に努める」としている。

障害の種別に応じた配慮すべき事項を明記

基本方針はさらに、障害の種別に応じた配慮事項にも言及。身体障がい者については、障害の種類や程度が多岐にわたることをふまえ、職場環境の改善を中心に配慮すべき事項を列記した。

知的障がい者については、「作業工程の分解、適切な作業の抽出、再構築等による職域開発に加え、ICT等の活用により、新たな業務への配置や、より付加価値の高い業務の創出を図る」ことや、「施設・設備の表示を平易なものに改善するとともに、作業設備の操作方法を容易にする」ことを提案している。

精神障がい者については、障害の程度、職業能力等の個人差が大きいことなどから、「本人の希望を踏まえ、多様な業務の経験、教育訓練、困難又は高度な業務に従事する機会の提供等、能力開発やキャリア形成を図る」ことを求めている。

<障害者の雇用の促進及びその職業の安定を図るため講じようとする施策の基本となるべき事項>

雇用継続に向け、事業主に職場適応指導などを実施

「障害者の雇用の促進及びその職業の安定を図るため講じようとする施策の基本となるべき事項」では、事業主に対する援助や指導の充実としては、「障害者の職業の安定を図るためには、雇入れの促進のみならず、雇用の継続が重要」としたうえで、「障害者や事業主に対する職場適応指導、きめ細かな相談・援助を行う」とともに、各種助成措置を充実させることなどにより、適正な雇用管理を促進するとしている。

具体的には、「加齢等の影響から様々な課題が生じた場合であっても、障害者の希望に応じて働き続けることができる環境整備を進める」ために、2024年4月に新設される、加齢にともない職場への適応が困難となった障がい者への雇用継続に関する助成金を活用するとともに、障害者就業・生活支援センターにおいて、関係機関と連携し、相談支援を行うとしている。

加えて、障害者雇用納付金制度を適正に運営することにより、障害者雇用にともなう事業主間の経済的負担を調整するとともに、障害者雇用調整金等の支給方法を見直し、雇用の「質の向上」のため、事業主による障がい者の職場定着等の取り組みに対する助成金を充実すること等により障がい者の雇用の促進及び継続を図るとした。

民間企業だけでなく公的機関への取り組みにも言及している。2022年の厚生労働省「障害者雇用状況」によると、国の機関は、すべての機関が法定雇用率を達成しているが、国以外の公的機関のなかには未達成の機関もあることから、「全ての機関において、民間企業に率先して雇用率達成を図ることを目指し、その実雇用率等を公表すること等により、引き続き法定雇用率が達成されるよう、指導を強力に実施する」としたほか、あわせて「各行政機関が作成する障害者活躍推進計画に基づく自律的な取組を推進する」としている。

国連委員会の総括所見をうけた措置も講じる

日本政府は国連の障害者権利条約を2014年に批准しているが、日本に対する審査が2022年にはじめて行われ、総括所見・改善勧告が公表された。それによると、雇用の分野では、すべての事業主を対象とした「障害者差別禁止指針」「合理的配慮指針」を策定した取り組みなどが評価された一方で、障害者雇用率を未達成の自治体や民間企業があることなどについては改善勧告がなされた。こうしたことから基本方針は、「国連障害者権利委員会から示された総括所見等を踏まえ、雇用の分野における障害者の差別の禁止や合理的配慮の更なる推進を図ることなど、必要な措置を講ずる」と盛り込んだ。

(調査部)