物価上昇をカバーする賃上げに向けた議論や1兆円規模のリスキリング支援を盛り込む
 ――「新しい資本主義実現会議」が実行計画の重点事項をとりまとめ

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岸田文雄首相が議長を務める「新しい資本主義実現会議」は10月4日、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の実施に向けた重点事項をまとめた。重点事項は、10月内に決定する総合経済対策に反映させる予定。来春の賃金交渉において、物価上昇率をカバーする賃上げを目標にして労使が議論することや、リスキリングへの支援を5年間で1兆円規模に強化することなどを盛り込んだ。

構造的な賃金引上げを進めるために労働市場の改革を進める

重点事項には、「人への投資と分配(労働移動円滑化、リスキリング、構造的な賃金引上げ)」、「スタートアップの起業加速及びオープンイノベーションの推進」、「資産所得の倍増」や「GX 及びDXへの投資」などが柱として並べられている。

「人への投資と分配(労働移動円滑化、リスキリング、構造的な賃金引上げ)」では、冒頭の総論として、「持続的な成長と分配の好循環を達成し、また内閣の掲げる新しい資本主義を実現し、そして、分厚い中間層を形成していくためには、短期・中長期にわたる賃上げが不可欠」と主張。

「短期においては、コストプッシュ型で物価が上昇しているので、政府としては、物価上昇率をカバーする賃上げを来春の賃金交渉において目標にして労使で議論いただきたい。同時に、中長期の構造的な賃金引上げを進めていくために、あわせて労働市場の改革を進めていく」としたうえで、「すなわち、①労働者に成長性のある新たな企業・産業への転職の機会を与える、企業間・産業間の失業なき労働移動の円滑化、②他の企業・産業でも通用するスキルの高い人材を育てるリスキリングのための人への投資、③そしてこれらを背景にして労働生産性を上昇させることによる構造的な賃金引上げの3つ子の課題を同時解決する」と強調している。

そのための具体的な方策として、「リスキリング、すなわち成長分野に移動するための学び直しへの支援策の整備や年功制の職能給から日本に合った職務給への移行など、企業間・産業間での労働移動円滑化に向けた指針を来年6月までに取りまとめる」とし、「あわせて、国民一人一人の生活水準を引き上げるため、我が国個人の金融資産の半分以上が現金・預金で保有されているという現状を改善し、持続的な企業価値向上の恩恵が家計にも及ぶという好循環を作り上げるため、資産所得倍増を実現する」としている。

取引で不適切な対応をすれば企業名を公表

特に賃金引き上げに関しては、「来春の賃金交渉において、政府としては、物価上昇率をカバーする賃上げを目標にして、労使で議論いただきたい」と、早々と来春の賃上げ交渉の当事者である労使に対して要望。

また、中小企業の賃上げが可能となる取引環境を整備するため、「①労務費・原材料価格・エネルギーコスト等のコスト上昇分の取引価格への反映について、下請企業と協議することなく、取引価格を据え置く、又は②下請企業が取引価格の引上げを求めたにも関わらず、価格転嫁をしない理由を書面又は電子メール等で受注者に回答することなく、取引価格を据え置くことを不適切な対応とし、これらについて①多数の下請企業に対して行っている事案又は②過去において繰り返し行っている事案については、企業名を公表する」として、不当に取引価格の上昇に応じない企業に対する厳しい措置をとることを表明した。

独占禁止法や下請代金法に違反する事案については、命令・警告・勧告など、これまで以上に厳正な執行を行うとしている。

労基署でも同一労働同一賃金の遵守を徹底

非正規雇用労働者の待遇の根本的改善を図るため、労働基準監督署においても、新たに、同一労働同一賃金の遵守を徹底するとしている。

最低賃金については、今年の改定(全国加重平均で前年比31円増)について、労働基準監督署の監督指導を通じ確実な履行を確保するとともに、最低賃金をできる限り早期に1,000円以上に引き上げることを目指すとしている。

官民で来年6月までに「労働移動円滑化のための指針」を策定

企業間・産業間の労働移動の円滑化にかかわるものでは、「一般の方がキャリアアップのための転職について民間の専門家に相談し、転職するまでを一気通貫で支援する仕組みを整備する」とし、また、「リスキリング(リスキリング中の生活保障、セーフティネットを含む)や賃金の在り方(年功賃金から個々の企業の実情に応じた日本に合った職務給への移行等)を含め、官民で来年6月までに『労働移動円滑化のための指針』を策定する」方針を打ち出した。

このほかでは、「賃金制度も含め、企業の労働移動円滑化の取組状況の開示を奨励」することや、労働移動を円滑化させるため、「①労働移動を受け入れる企業、②副業に人材を送り出す企業または副業の人材を受け入れる企業を支援」すること、また、「副業の環境整備のため、副業を認めている企業について、公表を行う」「賃金制度を改革し、新たに職務給の導入を行う中小企業について、助成を行う」ことなどを盛り込んだ。

デジタル人材を2026年度までに330万人に拡大

人への投資では、現在3年間で、4,000億円規模で実施している人への投資強化策(個人のリスキリングに対する公的支援)について、「施策パッケージを5年間で1兆円へと抜本強化する」と大幅な重点投資を宣言。デジタル人材育成の強化も盛り込み、「現在100万人のところ 2026年度までに330万人に拡大する。年末までに、デジタルスキル標準を策定し、見える化を図る」とした。「企業によるスキル向上のためのサバティカル休暇の導入を促進」することなども打ち出している。

「人への投資と分配(労働移動円滑化、リスキリング、構造的な賃金引上げ)」以外の柱では、「スタートアップの起業加速及びオープンイノベーションの推進」の項目のなかで、フリーランスの取引適正化法制の整備を盛り込んでいる。

「フリーランス(従業員を雇わず1人で起業する者)で仕事をする人が、報酬の支払い遅延や一方的な仕事内容の変更といったトラブルに多く直面していることを踏まえ、フリーランスに対し業務委託を行う事業者において、書面又は電子メール等の交付義務や報酬減額などの取引上の禁止行為等を定めるフリーランス取引適正化法案を今国会に提出する」としている。

(調査部)