人権デュー・ディリジェンスでの「負の影響」の特定・評価の仕方や、防止・軽減策などを解説
 ――政府が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定

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「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」(議長:内閣官房)は9月13日、経済産業省の「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」がとりまとめた「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」の報告をうけ、日本政府のガイドラインとして決定した。国際規範にもとづく人権尊重に関する具体的な取り組み方法が分からないという企業での活用が期待される。ガイドラインでは、人権デュー・ディリジェンスでの「負の影響」の特定・評価の仕方や、防止・軽減策などを、例もあげながら解説している。

<ガイドライン策定までの経緯>

企業からガイドラインの整備を求める声が多かった

「ビジネスと人権」を巡っては、わが国では、日本政府が国連指導原則をふまえ、2020年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」を策定し、同行動計画のもとに、政府や経済界、企業などにおいて取り組みが進められている。

ただ、経済産業省が行動計画のフォローアップとして、2021年に外務省と共同で実施した企業の人権に関する取り組み状況の調査では、人権デュー・ディリジェンス(人権DD)の実施率は回答企業の約5割にとどまり、また、政府に対する要望として、「自主的な取り組みのためのガイドラインの整備」を求める割合(51%)が最も高かった。

こうした状況をふまえ、政府は2022年3月、経済産業省に「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」を設置。①国連指導原則をはじめとする国際スタンダードに則ったもの②人権尊重に関する具体的な取り組み方法が分からないという企業の声に応えたもの――という2つの視点を満たすものにするという前提で、サプライチェーンにおける人権尊重のための業種横断的なガイドライン策定に向けた検討を開始した。検討会は5回の会合を経て、9月13日にガイドラインをとりまとめた。関係府省庁でつくる「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」には同日、報告した。

<ガイドラインの概要>

総論では、取り組みにあたっての考え方などを明示

ガイドラインは、「企業による人権尊重の取り組みの全体像」(総論)と、人権方針と人権DDの各論から構成されている。

総論では、取り組みの概要、人権尊重の取り組みにあたっての考え方について述べている。一方、各論では、人権方針を策定する際の留意点や、人権DDにおける負の影響の特定・評価や、防止・軽減、取り組みの実効性の評価、説明・情報開示などについて言及している。

〔企業による人権尊重の取り組みの全体像(総論)〕

(1)取り組みの概要

総論から、具体的な内容をみていくと、ガイドラインはまず、人権尊重の取り組みの全体像を、「人権方針」+「人権DD」+「救済」と明示している。

人権方針は、「企業が、その人権尊重責任を果たすという企業によるコミットメント(約束)を企業の内外のステークホルダーに向けて明確に示すもの」と説明。人権DDについては「企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為」と定義している。

ガイドラインにおける「人権」の範囲については、「国際的に認められた人権」をいうと説明。「負の影響」については、3類型があると説明し、1つを「企業がその活動を通じて負の影響を引き起こす(cause)場合」、2つ目を「企業がその活動を通じて-直接に、又は外部機関(政府、企業その他)を通じて-負の影響を助長する(contribute)場合」、3つ目を「企業は、負の影響を引き起こさず、助長もしていないものの、取引関係によって事業・製品・サービスが人権への負の影響に直接関連する(directly linked)場合」と明示した。

例えば、第1類型は、自社工場の作業員を適切な安全装備なしで労働させる場合などが該当する。第2類型は、実現不可能なリードタイムであることをわかっていながら、そのリードタイムを設定してサプライヤーに納品を依頼した結果、サプライヤーの従業員が極度の長時間労働を強いられる場合などだ。第3類型は、小売業者が衣料品の刺しゅうを委託したところ、受託者であるサプライヤーが契約に反して、児童に刺しゅうを作成させている業者に再委託する場合などが該当するとしている。

「救済」については、「人権への負の影響を軽減・回復すること及びそのためのプロセスを指す」と説明した。

(2)人権尊重の取り組みにあたっての考え方

取り組みにあたっての考え方としてガイドラインは、「人権尊重の取組は、採用、調達、製造、販売等を含む企業活動全般において実施されるべきであるから、人権尊重責任を十分に果たすためには、全社的な関与が必要になる」と指摘。「したがって、企業トップを含む経営陣が、人権尊重の取組を実施していくことについてコミットメント(約束)するとともに、積極的・主体的に継続して取り組むことが極めて重要」と述べて、経営トップがけん引しながらの、全社あげての取り組み体制の必要性を訴えた。

ステークホルダー(企業の活動により影響を受ける又はその可能性のある利害関係者(個人又は集団))との対話の重要性も強調した。ステークホルダーとは例えば、取引先、自社・グループ会社及び取引先の従業員、労働組合・労働者代表、消費者のほか、市民団体等のNGO、業界団体、人権擁護者、周辺住民、先住民族、投資家・株主、国や地方自治体など。

「ステークホルダーとの対話は、企業が、そのプロセスを通じて、負の影響の実態やその原因を理解し、負の影響への対処方法の改善を容易にするとともに、ステークホルダーとの信頼関係の構築を促進するものであり、人権DDを含む人権尊重の取組全体にわたって実施することが重要」だとしている。

人権尊重に取り組んでいく際には、多くの企業にとって人的・経済的リソースの制約があることから、「全ての取組を直ちに行うことは困難」とし、「人権尊重の取組の最終目標を認識しながら、まず、より深刻度の高い人権への負の影響から優先して取り組むべき」とアドバイス。また、自社のサプライヤーにも一定の取り組みを求めるケースが出てくることが想定されるため、「直接契約関係にある企業に対して、その先のビジネス上の関係先における人権尊重の取組全てを委ねるのではなく、共に協力して人権尊重に取り組むこと」の重要性も強調した。

〔人権方針(各論)〕

5つの要件を満たした人権方針を内外に発信すべき

次に各論について、人権方針からみていくと、ガイドラインは、「企業は5つの要件を満たす人権方針を通じて、企業の内外に向けて表明するべきである」とし、「経営陣の承認を経た企業によるコミットメント(約束)は、企業の行動を決定する明瞭かつ包括的な方針となるものであり、極めて重要である」と強調した。

その5つの要件は以下の表のとおりだ(表1)。

表1:人権方針で満たすべき5つの要件
画像:表1

(公表資料から編集部で作成)

そのうえで、方針を策定する際の留意点を記述。企業によって、事業の種類や規模などが異なることから、方針の策定にあたっては、「まずは、自社が影響を与える可能性のある人権を把握する必要がある」と忠告。検討にあたっては、社内の各部門から知見を得たり、自社業界や調達する原料・調達国の事情等に精通したステークホルダー(労働組合・労働者代表、NGO、使用者団体、業界団体など)との対話・協議を行うことで、「より実態を反映した人権方針の策定が期待される」とした。

また、人権方針は企業の経営理念とも密接にかかわるものだと指摘し、「各企業が自社の経営理念を踏まえた固有の人権方針を策定することによって、人権方針と経営理念との一貫性を担保し、人権方針を社内に定着させることに繋がる」と助言している。

さらに、「人権方針は策定・公表することで終わりではない」と強調。具体的に実践していくため、社内の周知や、行動指針・調達指針への反映などが重要だと述べた。

〔人権DD(各論)〕

(1)負の影響の特定・評価

特定・評価ではステークホルダーとの対話が有益

人権DDについてはまず、「人権DDの第一歩は、企業が関与している、又は、関与し得る人権への負の影響を特定し、評価すること」と強調。特定・評価にあたっては、ステークホルダーとの対話が有益だとしている。

「負の影響」の特定・評価プロセスは、①リスクが重大な事業領域の特定→②負の影響の発生過程の特定→③負の影響と企業の関わりの評価→④優先順位付け、との順番で取り組むよう、アドバイス。前提として、自社のサプライヤーなどについて把握しておく必要があると述べた。

「負の影響」の特定・評価プロセスの留意点としては、まず、人権への影響評価を、「定期的に繰り返し、かつ徐々に掘り下げながら行うべき」と、定期的に実施するよう助言。実施方法の例としては、自社工場の従業員に対する定期的なアンケート・ヒアリングなどの実施と、使用者に見せることなく提出できるよう配慮することなどを示した。

また、評価にあたって、「脆弱な立場に置かれ得る個人、すなわち、社会的に弱い立場に置かれ又は排除されるリスクが高くなり得る集団や民族に属する個人への潜在的な負の影響に特別な注意を払うべき」と述べて、外国人や女性、子ども、障がい者、先住民族などを脆弱な立場に置かれることが多い属性として例示した。

負の影響の特定・評価の前提となる関連情報を収集する必要がある、とも言及している。収集の方法として、ステークホルダーとの対話や、苦情処理メカニズムの利用、現地取引先の調査などを例にあげる。

「特定された負の影響の全てについて、直ちに対処することが困難である場合には、対応の優先順位付けを行う必要がある」として、優先順位を付けての対応を促している。対応の優先順位は、「人権への負の影響の深刻度により判断され、深刻度の高いものから対応することが求められる」としている。深刻度のはかり方については、①人権への負の影響の規模②範囲③救済困難度――という3つの基準をふまえて判断することを勧めている(表2)。

表2:深刻度の判断基準
画像:表2

(公表資料から編集部で作成)

(2)負の影響の防止・軽減

関連しているだけの場合でも影響力を行使する

企業は、負の影響を防止・軽減することが求められると主張している。そのために検討すべき具体的な措置としては、負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を確実に停止することや、その活動の停止に向けた工程表を作成し、段階的にその活動を停止することをあげた。例えば、有害物質を使用しないために製品設計を変更するなどの措置だ。

自社が引き起こしたり、助長したりしていないが、自社の事業・製品・サービスと直接関連する人権への負の影響が生じている場合にも、状況に応じて、負の影響を引き起こし又は助長している企業に対して、影響力を行使し、その負の影響を防止・軽減するように努めるべきだと指摘。

取引を停止することについては、「自社と人権への負の影響との関連性を解消するものの、負の影響それ自体を解消するものではなく、むしろ、負の影響への注視の目が行き届きにくくなったり、取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化して従業員の雇用が失われる可能性があったりするなど、人権への負の影響がさらに深刻になる可能性もある」と述べて、あくまでもサプライヤーなどとの関係を維持しながらの防止・軽減に努めるべきだとし、取引停止は「最後の手段」として検討されるべきだと強調している。

(3)取り組みの実効性の評価

取り組みの実効性をヒアリングや訪問などで評価する

「企業は、自社が人権への負の影響の特定・評価や防止・軽減等に効果的に対応してきたかどうかを評価し、その結果に基づいて継続的な改善を進める必要がある」として、実効性を評価するよう促している。

評価の方法については、「その前提として情報を広く集める必要がある」と指摘。具体的な方法の例として、「自社従業員やサプライヤー等へのヒアリング、質問票の活用、自社・サプライヤー等の工場等を含む現場への訪問、監査や第三者による調査」などを列挙した。

実効性の評価の手続については「社内プロセスに組み込むべき」とも主張。例えば、環境や安全衛生の視点から実施していた監査や現地訪問といった手続に人権の視点を取り込むことが考えられるとしている。また、評価結果を活用することで、「企業が実施した対応策が人権への負の影響の防止・軽減に効果があったか、また、より効果のある対応策があるかを検討することができる」と提案している。

(4)説明・情報開示

講じた措置を説明できるようにすることは不可欠

「企業が人権侵害の主張に直面した場合、中でも負の影響を受けるステークホルダーから懸念を表明された場合は特に、その企業が講じた措置を説明することができることは不可欠」だと述べて、説明・情報開示の重要性を訴えている。

説明・開示する情報としては、人権DDに関する「基本的な情報」を伝えることが「何よりもまず重要」と指摘。情報の例として、人権方針を企業全体に定着させるために講じた措置、特定した重大リスク領域、特定した(優先した)重大な負の影響又はリスク、優先順位付けの基準、リスクの防止・軽減のための対応に関する情報、実効性評価に関する情報、を列挙した。

また、人権への重大な負の影響を引き起こすリスクがある場合は、「その負の影響への対処方法について、説明すべき」と主張。説明・開示の方法については、各企業が、想定する受け手が入手しやすい方法で情報提供を行うことが求められるとして、一般に公開する場合は、ホームページ上での記載や統合報告書、サステナビリティ報告書などを例にあげた。

〔救済(各論)〕

救済の方法は、謝罪、補償、再発防止プロセスの構築など

自社が人権への負の影響を引き起こしたり、助長していることが明らかになった場合は、「救済を実施し、又は、救済の実施に協力すべきである」としている。適切な救済の種類や組み合わせの例として、謝罪、現状回復、金銭的・非金銭的な補償のほか、再発防止プロセスの構築・表明やサプライヤーなどに対する再発防止の要請などをあげている。

直接救済できるようにするため、苦情処理システムを確立することや、業界団体などが設置する苦情処理メカニズムに参加することを通じての救済も可能にすることを提案。苦情処理メカニズムで満たすべき要件として、①正当性②利用可能性③予測可能性④公平性⑤透明性⑥権利適合性⑦持続的な学習源⑧対話に基づくこと――をあげた。

(調査部)