助産師の多様なスキルで女性とその家族をはじめ、あらゆる年代のライフステージに沿ったサポートを提供
――With Midwifeの助産師のスキルを活かした支援サポート事業
企業・団体取材
すべての社員が「助産師」の資格を持つWith Midwifeは、あらゆる人のライフステージに寄り添うことができる助産師のスキルを活かし、企業向けに、妊娠・出産、育児、職場環境の改善など、女性とその家族を中心とした支援サービスを提供している。また、助産師どうしがつながるコミュニティや、一般向けに全国の助産師を可視化し検索できるプラットフォームも運営。助産師が活躍できるフィールドを増やし、周産期に限らず、病院外で助産師のサポートを必要とする人がサービスを受けられる体制を整えていくことで、「誰もが取り残されない社会づくり」を目指している。
株式会社With Midwife設立の経緯
14歳で経験した出来事を契機に助産師を志す
With Midwifeは、代表を務める岸畑聖月氏が2019年に設立した。岸畑氏は、いまも病院で助産師として働いている。助産師になるきっかけは14歳の頃に経験した出来事だった。
当時の自身の健康の状態から、将来、子を産む人たちをサポートしていきたいと考えるようになり、産婦人科医を志した。だがその後、身近に起きていたネグレクト(育児放棄)を目撃した際に、意識が変わった。
「育児放棄をした母親に対して周りは非難の声が上がるばかりで、助けてあげる人が誰もいなかった。妊娠・出産を成し遂げただけでも素晴らしいことなのに、この母親を助けてあげることはできなかったのか。誰が助けられたのかを考えるようになった」
誰もがスムーズに母親になれるわけではないと感じた時、こうしたいろいろな境遇に置かれた女性をサポートできるようになりたいと決意。その思いの達成に最適なのは、産婦人科医より助産師ではないかと考えた。
助産師はサポートできる領域が幅広い一方、スキルを活かせる場が少ない
助産師は全員が看護師の資格を持ち、あわせて保健師の資格を保有する人も多いので、サポートできる領域や活かせるスキルが幅広い。一般的には、病院で産前産後におけるサポートを担当するイメージが強いが、実際はそうした周産期のケアにとどまらず、老年期・急性期のケアや、健康、メンタルヘルスなど、あらゆる年代のライフステージに寄り添ったサポートを行うことができる。岸畑氏は、こうした助産師の多様なスキルに魅力を感じ、助産師が活躍することで社会をよりよくすることができると考えた。
その一方で、現状、助産師の活躍できる場は限られており、「就職先のほとんどが病院しかないため、助産師の約9割は病院勤務をしている。いろいろな人をサポートしたいと思っても、病院での妊婦健診や出産時、産後から退院までの短い期間しか関わることができない」と課題もあげる。
開業権を持つことから、独立して助産院を開く助産師もいるが、十分な経営スキルを身につけていないことから廃業に追い込まれたり、助産院の維持のためにアルバイトで産婦人科に勤務するケースも少なくない。助産師の資格を保有する人は全国で7万人以上にのぼるが、その半分以上が現在は助産師として働いていない、いわゆる「潜在助産師」となっているなど、助産師のスキルが活かされていないことも課題となっている。
医療の前に救える命を助けたい
岸畑氏はこうした現状の改善を目指し、病院以外の場所でも助産師のスキルを必要とする人がケアを受けられるビジネスモデルをつくれないかと考案。14歳の頃からの構想を軸に、同社を設立した。
「Midwife」は日本語で「助産師」という意味だが、その語源はMid=共にいる(寄り添う)、Wife=女性であり、助産師本来の役割が示されていると考え、社名に使用した。ビジョンは「『生まれることのできなかった、たったひとつの命でさえも取り残されない未来』の実現」。岸畑氏は、「ネグレクトや不妊治療、流産・死産を経験している方など、世の中ではケアが届いていない命がたくさんあり、そうした命も取り残さない未来の実現を目指している」と強調する。
また、医療では救えない社会課題も多く存在すると感じている。「現在も、妊産婦死亡要因の1位が自死であったり、虐待死の5割以上が新生児であったりと、医療が発展しても解決しきれない問題、医療以外のところで救える命がたくさんある」。こうした思いから、ジェンダーやパートナーシップ、更年期、産後うつなど、様々な年代、性別の人が抱えるライフスタイルの課題に寄り添ったケアを届けていくことを目指している。
精力的に活動を続け、同社はこれまでに京都府女性起業家大賞での「京都府知事賞 子育て関連事業賞」の受賞や、経済産業省の2021年度「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」事業での2事業の採択など、数々の賞や採択事業に選出されている。また、岸畑氏自身も内閣府の少子化対策大綱の有識者を務めるなど、活躍の場を広げている。
企業向けサービス「The CARE」で専属の助産師が企業や社員をサポート
専属の助産師によるオンライン相談やセミナー、ワークショップを提供
同社が企業向けに提供しているサービスの1つが、企業に専属の助産師が就き、社員のサポートを行う「The CARE」だ。主に①オンライン相談②育休サポートプログラム③ウェルネストレーニング④コンサルティング――の4つのコンテンツを提供している。
オンライン相談は、24時間365日、回数は無制限で、出産関連に限らず、健康や子育て、メンタルヘルスなどに関する社員からの相談を受け付けている。相談は2親等以内まで受けているので、社員の子どもやパートナーが相談をすることも可能だ。現在はメールでの対応を基本としているが、今夏からはメッセージアプリのLINEを使用した対応に切り替える予定となっている。また、Zoomを使用した相談も実施している。
育休サポートプログラムは、社員や社員の配偶者が妊娠した際に、産後に職場に復帰するまで、専属の助産師が1対1でケアを行う「伴走型」のサポートだ。助産師が定期的に自宅に伺い、産前産後の知識や育児方法などを伝える。赤ちゃんの体重の増加具合なども把握したうえで、適切なアドバイスを行っている。
ウェルネストレーニングは、助産師、看護師、保健師の資格を活かして、助産師がハラスメントやウェルネスマネジメントなど、健康やキャリアに関する講義・ワークショップを実施する。テーマはその企業に合わせて提供しており、オンライン相談で扱うことが多い内容や、制度改正が行われる内容などにも対応。専門家ならではの視点で社員に情報を提供している。
コンサルティングは、オンライン相談の実績を統計データにまとめて毎月報告。また、社会的な動向や他社の事例なども踏まえて、蓄積された社内実績からその企業に最適な取り組みの提案を行っている。
「The CARE」の基本のパッケージにはメールによるオンライン相談とコンサルティングが含まれており、Zoomによるオンライン相談や育休サポートプログラム、ウェルネストレーニングは企業の要望に合わせて選択が可能だ。なお、コンテンツの利用前には、導入企業の社員向けに、このサービスの活用意義や使用方法、専属となる助産師の紹介を実施している。
専属で担当となる助産師は、同社の社員と、同社が運営する助産師の検索プラットフォーム「Meets the Midwife」に登録している助産師がチームとなり、1社につき、2~3人が就く。登録している助産師は、同社が実施する独自の教育カリキュラムを事前に受講している(「Meets the Midwife」および教育カリキュラムの詳細は後述)。
導入企業数は累計32社。サービス開始当初はコロナ禍の影響で、オンラインでセミナーやコンサルティングをせざるを得ない状況だったが、現在は企業に出向いてのセミナー・コンサルティングや、社員の自宅での育休サポートプログラムの提供も再開している。
匿名性を保ちつつ、密接に健康・子育て・メンタルヘルスなど幅広い相談に対応
オンライン相談における特徴の1つが匿名性だ。所属や氏名、肩書きなどは明かさなくてよいため、他人には話をしづらい内容も相談しやすい。ただし、匿名での対応としつつも、担当者がその都度変わることはない。毎回同じ助産師に相談することができ、企業の状況をよく理解したうえでアドバイスをしてくれるため、継続的かつその企業・社員に沿ったサポートが受けられる点が強みだ。
こうした密接なサービスの提供により、現在は30代の社員を中心に、20代~50代と多岐にわたる年代の男性・女性社員から相談が寄せられている。内容も月経や更年期といった女性ホルモン関連や、不妊治療、妊娠・出産、子育てなどと幅広い。また、メンタルに関する相談も多く、「男性であれば50代の相談が一番多くなっており、男性更年期によるメンタルの不調を訴える人もいる。また、20代の女性では上司やパートナーとの関係に悩んでいるなど、コミュニケーションの相談も頻度が高い」という。
当初は産前産後に特化したサービスを想定していたが、実際に運営を始めて意識が変化した。「企業には妊娠中の女性が少なかった。それと同時に、妊娠中の女性に限らず、男性も女性も様々な悩みを抱えていることに気が付いた。実際、利用者に占める男性の割合は約3割と想定以上の高さで、見えていないところに社員のニーズやマッチする部分があると知ることができた」。企業や社員にはそれ以降、健康に関して、幅広く相談を受け付けていると伝えるようになり、利用者にも、様々な悩みに対応してくれるサービスであるという認識が浸透しているという。
職場から離れていても十分なサポートを提供する
海外赴任先や育児休業中で職場を離れている場合でもサポートが受けられるのも特徴だ。オンライン相談は海外赴任先や自宅にいる社員であっても、Zoomやメールで利用できる。また、育休サポートプログラムは育児休業中の社員も受けることができ、岸畑氏は、「特に産前産後は、オンラインだけでは十分な支援ができない。家庭に伺い、授乳の姿勢など直接アドバイスすることで、従業員の安心感につながる」と指摘する。
また、育児に対する不安をなくすことで、社員の復職に対する意向も強くなるという。「産後の不安をなくして社員の子育てに対する自己効力感を高めることができれば、子育てをしながら仕事も両立しようという気持ちを持つことにつながる」。
「The CARE」の利用満足度は、いずれの会社でも9割以上にのぼる。社員からは「専門家に相談することで思考を整理することができた」という声や、「育児休業で職場から離れている時も、こうしたサポートがあれば、戻る場所があると感じることができる」といったプラスの意見が寄せられている。
相談内容・状況に応じて産業医や産業保健師と使い分ける
企業や工場などでは労働安全衛生法により、事業場の規模に応じて、産業医の設置が義務付けられている。また、なかには産業医と合わせて産業保健師を設置する企業もあり、こうした専門家も社員からの相談に応じている。それでは、「The CARE」はどのように棲み分けをしているのだろうか。
岸畑氏に尋ねると、「産業医や産業保健師は基本的に顔を合わせての相談となるため、けがや軽い病気など、ライトな内容の相談はしやすい。一方で、うつ病や仕事に支障を来たす大きな病気、特に不妊治療やジェンダーのことなどは言いにくい部分があるのではないか」と答えた。
「The CARE」ならではの匿名性や、24時間いつでもどこでも相談できる特徴が活かされており、「企業に言えることは産業医に相談してもらい、企業に言いづらいことや従業員の家族の相談、休日や勤務外の時間で産業医に会えないけれどすぐに解決したいという悩みがある時などは、専属の助産師を利用してもらえばよいと考える」。
また、同社の助産師は助産師資格のほかにも看護師資格を保有しており、保健師資格を持っている人も多いため、「1人で3つの資格を活かして、キャリアやメンタル、更年期、配偶者の月経など、幅広い相談に対応できるところも魅力」と、多様なスキルを活かせる点も強調する。例えば、義務付けられた定員以上に産業医を雇用する場合、定員を超えた部分を産業医ではなく、助産師にすることで、医者のみ、保健師のみの状況よりも、幅広い相談に対応できると推測している。
検索プラットフォームで助産師どうしや助産師と一般利用者をマッチング
自身の悩みに合った助産師のケアが受けられる
同社はほかにも、一般利用者向けに、助産師の検索プラットフォーム「Meets the Midwife」を運営。助産師を必要とする人が会員となり、プラットフォームに登録されている全国の約40人の助産師のなかから、自分の悩みに合った助産師を検索してつながることで、適切に必要なサービスを受けることができる仕組みとなっている。
ベースとなる「GUESTプラン」で会員となれば月額費用は発生せず、助産師からの有益な情報が定期的にメールで送られてくるほか、毎月実施される無料イベントへの参加もできる。助産師のサービスを受けるにはプラットフォーム上で使用できる専用のコインが必要となるが、アンケートの回答やキャンペーンなどを通じて手に入れることができるため、別途料金を支払わなくてもケアを受けることは可能だ。また、助産師のケアを定期的に受けたい人向けには、毎月1枚コインが支給される有料の「FAMILYプラン」も設置されている。
助産師どうしが交流するコミュニティにも
同サービスは助産師と一般利用者とのマッチングのみならず、助産師どうしのコミュニティとしても活用されている。登録を希望する助産師は、ベースとなる有料の「MIDWIFEプラン」に申し込むことで、プラットフォーム上に顔写真入りのプロフィールページを公開したり、開設したショップで自身の専門分野のワークショップなどを外部に提供することが可能になる。コインも毎月1枚支給されるので、ほかの助産師のサービスを受けることができるほか、無料イベントへの参加などを通じて、助産師どうしで個々に交流を図ることができる。また、一般利用者と同様に「FAMILYプラン」や「GUESTプラン」への登録も可能だ(「FAMILYプラン」および「GUESTプラン」ではプロフィールページ、ショップ開設などはできない)。助産師のなかでも、自身が活用したいプランに合わせて使用できる仕組みとなっている。
現在、「MIDWIFEプラン」に加入する助産師は約40人で、他のプランも含めると100人ほどの助産師が登録されている。一般利用者は350人ほどとなっているため、総会員数は約450人にのぼる。
また、同プラットフォームに登録されている助産師は別途受講料を支払うことで、各助産師の専門性を向上させるための知識やノウハウ、病院のなかでは学べない一般的なビジネススキルなどを学習できる同社独自の教育プログラムを受けることもできる(受講は任意だが、「The CARE」を担当したい助産師は必須)。個々で活動する助産師が学び直しを行うことで、起業や事業支援にもつながっている。6月からは、この教育プログラムを「Meets the Midwife」に登録していない助産師なども受講できるよう、一般向けのリスキリングサービス「says」としても運用を開始している。
助産師の所在・活動を可視化して活用・交流の機会を促す
岸畑氏は、同社を設立する前から、インスタグラムなどのSNSを通じて自身のビジョンを発信し、全国の助産師とのつながりを広げていた。助産師の活躍の場を増やし、社会を良くしていきたいという思いに共感した助産師たちが集まり、「The CARE」や「Meets the Midwife」の礎となるコミュニティが築かれている。
一方で、SNS上でのコミュニティ形成だけでは、「その助産師がどこにいて、どんなことをしているか、伝わりづらかった」(「Meets the Midwife」の運営を担当する取締役の松本明弥香氏)。
「どの助産師がどの都道府県でどんなことをしているか、可視化することで、『こういうスキルを学びたいからこの助産師に聞いてみよう』という考えを促すことができる」と、「Meets the Midwife」の利点を松本氏は説明する。
プラットフォームで助産師の所在や活動をわかりやすく示すことで、一般利用者が活用しやすく、助産師どうしが交流しやすい環境を提供している。
今後の助産師の働き方と課題
地域や企業のコミュニティで助産師が活躍できる社会に
現在の同社の取り組みについて、「新しい働き方を提案しているのではなく、ただ昔の産婆の文化に戻したいだけ」と、岸畑氏は強調する。
助産師はかつて産婆と呼ばれており、戦前の日本で自宅出産が当たり前の時代には、地域のコミュニティごとにいた産婆が、女性の妊娠中から産後、子育てや性教育など幅広くケアを行う文化があった。しかし、戦後のGHQの指令によりアメリカ文化になじまなかった自宅出産の文化は禁止され、病院分娩が主流となったことで、産婆も病院勤務に移行せざるを得なくなった歴史がある。
「現在は地域で産前産後のケアや育児の方法などを教える人がいなくなってしまっており、その結果、不妊治療や産後うつ、育児不安など、悩む人がたくさん出てきているのではないか」
助産師をコミュニティに戻すべきと考えた時に、地域のつながりが弱くなっている現代では、地域よりも企業の方が、コミュニティが機能しており、影響力が強いのではないかと考えた。「ゆくゆくは、『助産師ってこんなことができるんだ』と気が付いてもらいたい」と岸畑氏は話す。
もちろん、地域の助産師の活躍促進の手を緩めるわけではない。「まだ開業助産師も少ないので、助産師の価値に気が付いて、サポートを受けたいと考えても、地域で見つけられなければ受けられない状態。個々で活動する助産師たちがスムーズに活躍できるように、『says』での学び直しと『Meets the Midwife』での可視化を合わせて進めていかなければいけない」。
助産師の社会的イメージを変えてあらゆる人の身近な存在であるという認識を
課題は、「助産師のイメージを変えていくこと」と岸畑氏は言う。「助産師が産前産後の時だけの存在でなく、あらゆる人にとってもっと身近な存在であるということを、社会的なイメージとして定着できるよう、イメージチェンジしていきたい」。
「The CARE」は最初、「顧問助産師」という名称だった。サービス内容を説明する際、企業のなかには顧問助産師という文字を見ただけで、妊婦向け・女性向けのサービスだと表面的に判断するところもあり、商談が進まないことがあったという。
名称を変更してからは「顧問助産師」という文字は前面に出さないようにしている。また、企業のロゴをリニューアルするなど、イメージチェンジに向けた取り組みを進めており、同社は「どのようにPRしていくかが今後も重要となってくる」とみている。
(田中瑞穂、荒川創太)
企業プロフィール
- 所在地:大阪府大阪市北区
- 設立:2019年11月
- 従業員数:常勤5人、非常勤6人、業務委託20人
- 役員:6人
- 事業内容:妊娠・出産、育児、職場環境の改善など女性とその家族を中心とした支援サービス
2022年8・9月号 企業・団体取材の記事一覧
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