不妊治療と仕事の両立ができる環境整備に向けて伴走支援
 ――NPO法人FORECIA(フォレシア)による両立に向けた職場環境整備

企業・団体取材

NPO法人フォレシアでは、不妊治療と仕事の両立が社会課題であると言われ始める前から、企業に対する休暇制度の整備などの支援活動を展開している。ただ、不妊治療に特化した制度整備にこだわるのではなく、それぞれの企業が置かれた状況を尊重し、従業員が利用しやすい制度の構築に努めている。不妊治療を行っている個人にも、両立に理解のある企業の求人を無料で紹介したり、若年層に対する不妊症予防の啓発活動にも力を入れている。

どうしてフォレシアを設立したのか?

不妊治療が世間で話題になる前に自身の経験から設立

佐藤高輝代表がフォレシアを設立したのは、約5年前の2017年7月。当時はまだ、「世間で不妊治療や仕事の両立が課題として認知されていなかった」(佐藤氏)。2020年5月に政府が「少子化社会対策大綱」を閣議決定し、不妊治療への支援が少子化対策の正式メニューとなるよりも、約3年も前のことであり、設立した際には活動テーマについて、まわりの知人からよく、「なんで不妊治療?」「なんで不妊治療と仕事の両立なの?」と言われたという。

設立のきっかけは、自身の体験からだ。佐藤氏も夫婦で不妊治療に取り組んだ。治療のかいもあって2人の子を授かることができたが、自分たちが不妊治療をすることになってはじめて、その大変さに気づいたのだという。

「特に妻のほうの苦労が大きかったが、治療するにも、そもそも仕事と両立していないと治療を始めることすらできないという環境に自分たちが直面した。この経験から、何とかしてこの課題を解決しなければいけないと思った」

長女が生まれた時、「この課題を解決しなかったら、この子たちが大人になったときも、また同じことを経験させてしまうかもしれない」との想いもあったという。

不妊治療には心や身体の負担、通院の負担、経済的な負担など多くの負担があるが、そのなかでも仕事の両立負担は基礎的な部分であるという考えがあった。いつか保険適用などで経済的な負担が軽減されても、仕事との両立ができて通院できなければ、その恩恵を受けることすらできないと感じたためだ。そのため、仕事との両立を軸にした事業を開始した。

企業向けは①制度導入②相談窓口③研修――の支援が柱

フォレシアの事業は、企業向けの支援活動と、個人向けの採用支援・不妊症予防活動とに大きく分かれる。

企業向けの事業では、まず休暇制度の導入支援を行っている。従業員やその家族が不妊治療を行うとなれば、検査や治療などのために、医療機関に通う必要がある。そのための休暇制度があれば、年次有給休暇を消化するなどしなくて済み、当事者の負担も軽減され、離職者も減る。社内にもともとある制度で活用できるものがなく、新たに整備する必要がある場合には、設計から手助けする。

2つ目は、オンラインでの相談窓口の提供。人事部署や管理職からは、部下から相談を受けたときの対応の仕方について、当事者からは不妊治療や仕事の両立についての相談に対応している。

佐藤氏自身が、労働者と医療機関、事業場といった関係者間の調整、治療方針や職場環境などに関する情報の収集・整理を実施する「両立支援コーディネーター」(労働者健康安全機構)でもあることから、自ら他のスタッフとともに相談に乗る。一方、健康や医療に関する相談については、連携している産婦人科医、生殖医療専門医、不妊カウンセラーなどの専門家が対応している。

3つ目は、研修の実施。不妊治療や仕事の両立を図るうえでは、経営者、人事部署、管理職、同僚などの正しい理解が必要となる。依頼を受けた企業で、「不妊治療とは何か」「治療と就労の両立が難しいポイント」「両立しやすくなる方法」などについて理解を深めるための啓蒙活動を行っている。

企業向けの支援ではどのような活動を行っているのか?

中小企業ではパッケージで支援するケースが多い

実際に、企業に対する支援はどのように進めていくのか。これらの支援メニューを、パッケージで導入していく企業もあれば、現状に応じて、一部のメニューを導入する企業もある。取り組む順番も、企業が置かれた状況によって異なる。

中小企業では、これらをパッケージとして、支援していくケースが多い。中小企業の場合、まず、社内にどれくらい支援の対象者がいるのか、また、そもそもいるのか、いないのか、についても把握していないことが多い。そのため、そうした企業では「見える化」から始める。

具体的には、社内でのアンケート調査を代行して実施し、報告書を作成。「いまの既存の制度を前提にこういうやり方があるのではないか」と提案したり、制度がなければ制度設計を支援する。あくまでも「社員の要望をこちらが吸い上げて提案していくというやり方」にこだわる。その後、相談窓口もあわせて用意していく。

大企業は多様性を考えるがゆえに、他の多様性の要素に影響を受けやすい

大企業については、ステップの踏み方が中小とは少し異なることが多いという。まず、大企業では、社内アンケートの要望は少ないという。「不妊治療に特化した調査を行うのは難しいと、大企業は口を揃えて言う」と佐藤氏は言う。

昨今の人事制度の潮流から、大企業ではすでに、多様性や多様性を包摂した経営・人事施策に着目しているところも多い。ただ、そうした企業でも、不妊治療をしている従業員のサポートについて、人事や管理職はその必要性は理解しているものの、公平性の観点から「社員に不妊治療に限定したメッセージを発していいのかわからない」と考えがちだという。

「多様性を考えるがゆえに、他の多様性の要素に影響を受けてしまっているところがある」と佐藤氏。上場企業の担当者からも、「人事や管理職は重要性を理解しているのだが、どう社員に伝えたらよいかわからない」と相談されたという。

不妊治療に特化せず、広い観点でのアンケートで調査

そこで、佐藤氏は、社内アンケートを行う場合には「違った切り口でやりましょう」と提案している。不妊治療に特化せず、女性活躍の視点はもちろん、育児、介護、生理やPremenstrual Syndrome(PMS 「月経前症候群」)などの健康課題も含めた広い観点で、状況を聞くのがいいとアドバイスする。

また、大企業に対してはまず、研修やワークショップを行い、「そもそもなぜ、不妊治療について支援しないといけないのか」「当事者はどういうところを困っているのか」について、理解の促進を図ることから始める。そのうえで、大企業では、既存の制度が充実していることが多いので、そもそも、既存の休暇制度で対応できないのか、既存の制度を活用した場合に困難があるか、うまくいかないのか、を洗い出してもらう。

実際に「今の制度で対応できるよね」と、新たな休暇制度をつくらないで、相談窓口だけを設置した企業もある。「不妊治療でも使えるんですよ」と社内にアナウンスするだけで十分対応できる場合もある。

<休暇制度整備のコツ>
休暇制度をつくる際は「多目的休暇」にする

佐藤氏は、「休暇制度を新たにつくるときに、これまで、不妊治療に限定した制度をつくったことは一度もない」と話す。つくったのは全て、多目的休暇。また、利用しやすいよう、「理由を言わなくてもいい休暇にする」のがコツだ。

「そうしないと、逆に企業も受け入れづらい。いろいろな取得理由が考えられるなかで、社員からは『なんで不妊治療休暇なの』となってしまう」

佐藤氏はまた、「われわれも決して不妊治療を特別扱いしてほしいと思っているわけではない。社員ごとに様々なライフステージや健康課題があるなかで、仕事と何かをトレードオフにならないようにしているだけ」と強調する。だからこそ、基本的にライフサポート休暇といった名称で、多目的でつくることにこだわる。

一方、突然の休みに対応するには時短制度の導入も有効だという。毎日1時間とか1時間半早く帰れることを、個人ベースで、1年や1年半などの期間で会社と取り決めて行うことも考えられると佐藤氏は言う。こうすれば社員は、毎回、早退や遅刻の申請をしなくても済み、企業も、その都度、対応を考えなければならない、ということがなくなる。

「企業によく言うのは、あまり構えすぎないでくださいということ。育児の場合でも、突然子どもが熱を出して、遅刻をしたり、休むことが必ずある。それは対応できているのに、不妊治療だから対応できないというのは、そもそもおかしなこと。急な欠員ができるという点では同じこと」

<相談窓口の仕組み>
窓口には匿名で直接、LINEやメールで相談できる

相談窓口については、大企業ではすでに、健康に関する相談窓口があったり、産業医や保健師が十分に対応できていることもあるので、そうした企業ではその延長上で対応できるようにするのも良い、とアドバイスをする。

フォレシアが相談窓口を担う場合、契約企業の社員は匿名で、直接相談することができる。基本的にはメールか、LINEを使う。相談内容によっては、職場の上司や人事部門と話さないと解決に至らないと判断した場合は、相談者の了承を得て、名前を確認。社内には必ずフォレシアと連携している担当を置いてもらっているので、その担当者に伝えてもいいかと尋ね、解決の「橋渡しの支援」もしている。

相談内容はさまざまだ。実際には専門家が対応するような内容が多い。不妊治療に限らず、不妊症予防の観点から月経のつらさや、生理不順などに悩んでいる人たちの相談にも乗っている。

<研修の進め方>
中小企業の多くは、課題が顕在化できていない

研修では「国内の不妊治療患者の多さや、女性では4人に1人が離職しており、離職率が非常に高い」と話をするのだという。

「不妊治療をしている人の約6割は治療のことを職場では話しておらず、経営層や管理職は社内で不妊治療に関連する課題があるかどうかの把握が難しい。中小企業の大半はそのような状況にある」

だからこそ、先ほど述べたように中小企業では、課題を顕在化させるために、社内調査から始めるケースが多い。ある県庁でも、依頼を受けて調査を行ったところ、最初は「あまり聞かないから多くはないのでは」という見方だったが、結果は8人に1人が不妊治療中、もしくは経験者であったため、1年以内に休暇制度ができたという。

「経営層や、休暇制度や窓口をつくる側は、自分たちで根拠となる数字を確認しないと動きづらい。企業に寄り添いながら、数値で課題を顕在化していくことを心がけている」

「知る」に終わらせず次のアクションにつなげる

また、研修で大事なのは、最終目標を「知る」に終わらせるのではなく、具体的に自分の会社のネクストアクションを決めてもらうことだという。「だいたいの研修は、聞くだけで終わってしまう。それだと、研修が終わってから『ではうちの会社では何をしようか』となり、具体的なことが始まらない」。

そのため、研修では、「上司」と「当事者」の2つの役割になってもらって、いまの会社の既存の休暇制度だったら、誰がどういう流れで社員の不妊治療に対応するのかや、話を聞いた上司が既存の制度のなかで、代わりになる人材をどう確保・活用していくのか、また、誰が相談に乗るのかなど、具体的なアクションをイメージさせる工夫をしている。

研修会はこれまで200社~300社に対して実施

これまでの支援実績をみると、研修を実施した企業は200~300社程度にのぼる。相談窓口の設置に至った企業数は、検討中も含めると10社弱であり、「これまで以上に企業に声をかけて、増やしていきたい」と佐藤氏は語る。

なお、費用については、最初から定額で契約するパターンと、無償から始めて相談量に応じて支払っていくパターンなどがある。

やはり企業は費用対効果を考えざるを得ないので、相談窓口をつくって、どれだけ効果に結びついたかをシビアに考える。定額なのに相談件数が少なければ「もったいない」となる一方、利用量に応じて料金が変化する従量課金方式では、相談が来た分だけ費用がかかることになる。

そこでフォレシアでは、定額方式では、相談がほとんどなかった場合にはその分の費用を積み立てておいて、研修費に充てるなどの工夫も行っている。その際、不妊治療に関する研修は無償で行い、月経や更年期、うつなど他のテーマの研修費に充てる場合がある。

また、検査費用に充てるようにした企業もある。ある企業では、事業所健診での血液検査で、希望者は卵子の数を測定する「AMH検査」(卵巣予備能検査)を受けられるようにした。申し込みは、フォレシアが間に入っているので、会社に社員から言う必要はない。社員からフォレシアに直接申し込みがあると、フォレシアが事業所健診を実施する医療機関と連携して、追加検査を手配する。通常どおり採血を行う際に、上乗せで採血を行うだけなので、その場では、誰がその検査をしているのかは他の社員もわからない。

結果はフォレシアが産婦人科医・生殖医療専門医と連携して社員に直接通知、フォローアップも行う。

個人向けの支援は?

「CHOICE POCKET」という転職・就活サイトを運営

個人向けの支援では、不妊治療が原因で退職を余儀なくされた人や、これから不妊治療を行う可能性がある人などへの就職支援を行うため、「CHOICE POCKET」(チョイスポケット)という転職・就活サイトを運営している。

チョイスポケットでは、フォレシアが支援した実績のある、不妊治療と仕事の両立に取り組む企業の求人を掲載。そのため、不妊治療が原因で退職を余儀なくされた人などが安心して求職申し込みができる。採用が成立しても、フォレシアは求職者・企業の双方からマッチング・フィーを受け取らない。企業が不妊治療と仕事の両立への取り組みを行うことで、採用面でもインセンティブが生まれるようにしている。

現在は、求職登録者数は十数人にのぼるが、企業数がまだ少ないのが課題だ。企業数を増やすため、最近、クラウドファンディングのように、データファンディングを行って、全国から両立ができている企業を募った。

これまでにマッチングが成立して、採用できた企業からは、即戦力となる女性管理職を獲得できて、とても喜んでもらえたという。再就職先を見つけることができた求職者からは、「どこの会社が不妊治療に理解があるかもわからず、また、就職時の面接で『いま、不妊治療している』とも言いづらく、困っていたところ、歓迎してくれる企業と出会えて感謝している」と言ってもらえた。

「不妊治療と仕事の両立に取り組めば、生産性の向上につながるとか、会社のイメージアップになるというような社会的なアピールは、具体的な数値が見えないため、中小企業には響きづらいと思っている。フォレシアでは、実際に採用につながったり、メディアで会社を紹介して認知度が上がるという具体的な結果が出るまで、企業をサポートしていきたい」と佐藤氏は話す。

今年、専門学校での研修会も行う予定

個人向けの支援では、不妊症予防のための研修を行っている。今年は、秋田県内の専門学校で、19~20歳の学生にプレコンセプションケア(将来の妊娠を考えながら、自らの生活や健康に向き合うこと)の講義を実施し、学生向けにもオンライン相談窓口を提供する予定だ。若年層は月経異常があっても特に婦人科への受診率が低い。そのため、学生に対してもオンラインで月経や性に関する相談が無料でできる環境を届ける。それらは不妊症予防にもつながり、将来の不妊治療患者を減らすことにつながるからだ。

「1年で妊娠しなければ不妊症だということを知識として持っていれば、早い段階で通院を開始できる。妊活後1年で90%以上の人は妊娠できるという事実を、世の中の人の大半は知らない。だから、1年過ぎたらこれは、おかしいかもしれないと思って、早めに通院すれば、不妊治療の軽度化や治療の長期化抑制にも繋がる。しかし、現在の日本では先進国でもっとも生殖に関する知識が乏しいこともあり、不妊症に気付くのが遅い傾向にある」

今後に向けて、企業と個人へのアドバイス

不妊治療の全てで休みが多いわけではない

これから、不妊治療と仕事の両立の支援をしたいと考えている企業に対するアドバイスを聞くと、「経営層に伝えたいのは、やはり構えすぎないでほしいということ」と佐藤氏。

「『不妊治療』というワードが一人歩きしている面があり、不妊治療ってものすごく大変で、ものすごく医療機関に通って、会社もたくさん休まなければいけない、と思われているところがある。でも、連続で早退や遅刻が必要なのは、体外受精の採卵の時が主。タイミング法や人工授精の場合は、人にもよるが10日に半日程度」とし、世間の正しい理解も求めていきたい。

一方、活動に対しての課題を尋ねると、「今行う必要がある、と企業が感じるものを提供しなければいけないと思っている」との答え。「通常の事業の場合、すでに何かしらの課題を抱えており、その解決方法を提供していくものだが、この不妊治療という領域は、そもそも企業側では課題があると思っていない。だから、優先順位も低い。そのため課題の顕在化から行うことが重要で、今でも試行錯誤している。ここを突破できる流れをつくっていきたい」と今後に向けた抱負を語る。

そして、大事なのは不妊症予防への取り組み

「不妊治療にもいくつか種類があって、通院頻度が少ないものある。早めに社員のみなさんに知ってもらって、早めに相談や通院ができる環境を作っていくことが大切。そうすることで、不妊症予防や、治療が必要になっても治療の高度化・長期化の抑制につながる。それは企業にとっては社員が休む日数が減るということに直結し、企業にとっても社員にとってもメリットがある。そのような環境を企業と一緒につくっていくことが大事」

また、佐藤氏によると、日本人の体外受精の実施件数は中国に次いで世界2位と報告されているが、出生率は60カ国中最下位だという。その理由は、先進国で最も生殖に関する知識がないということもあり、治療を始めるのが遅いからだという。治療者の高齢化が進んでいるため、治療成績も悪く、治療が長期化する。今年4月から体外受精にも保険適用となったが、今の状態では、授かれる人が少ないと指摘する。

「だから、新入社員向けに知識の提供をして、若いうちから自分のライフプランを『プレコンセプションケア』という領域で考えてもらうことが大事。適切なタイミングで通院し、検査や治療ができれば、タイミング法や人工授精で出産できる人も増えるというデータもある。もちろん、子どもを望むかどうかは本人の意思によるものだが、知って自らが選択するか、しなかったかは大きな違いとなる」

フォレシアでは、不妊症予防の研究を大学の研究者や医師らと行っている。2022年度では秋田県から「不妊症予防と女性活躍推進を目指した実証事業」が採択され、産学官の連携した研究ができるようになった。

また、今後重要になってくるのは、新卒で企業に入っていく人たちの意識の変化だ。「新卒のみなさんが、日本における不妊治療の現状や、治療と仕事との両立に取り組んでいる企業をちゃんと見抜いて選べるようになれば、企業側も変わる。今、大学生向けにも相談窓口を設置し、講義をしているのは、不妊症予防の他にもこういう想いがあるからだ。この課題を社会全体で解決していくには、新卒の皆さんの意識を変えていくことがキーポイントになる」と佐藤氏は強調する。

(荒川創太、田中瑞穂)

組織のプロフィール

特定非営利活動法人FORECIA(フォレシア)新しいウィンドウ

代表理事:
佐藤高輝
法人設立:
2017年7月
所在地:
秋田県秋田市
役員:
6人
メール:
info[at]forecia-jp.com ※[at]を@にご修正ください。