【主要企業の賃上げ】
主な業界ごとにみた賃上げの状況
 ――主要企業100社の賃上げ回答一覧を見ながら

春闘取材

それぞれの企業では、具体的に月給がいくら上がったのか。主要企業100社の賃上げ回答結果を見ながら、主な業界での賃上げ回答の特徴点を紹介する。

トヨタ、日産など大手完成車メーカーの労働組合が要求に対する満額の賃上げを獲得――自動車

自動車業界では、大手完成車メーカーのほとんどで、組合側が賃金改善分を獲得。しかも、自動車総連(金子晃浩会長、組合員79万9,000人)のメーカー部会に属する11メーカー労組のうち、トヨタ、日産、本田技研、マツダ、三菱自工、SUBARU、ヤマハ発動機の7つの組合が満額回答を受け取った。

トヨタでは2月の段階で社長が満額回答を示唆

トヨタでは、組合側が平均賃金で、「事技職・医務職の指導職」で3,400円、「業務職の業務職1級」で2,700円、「技能職のEX級」で4,480円など、資格ごとに引き上げ額を設定して要求したのに対し、会社側は満額で応えた(図表1)。

図表1:自動車総連加盟の主要組合の回答結果
画像:図表1

注1:2021年については、金属労協・自動車総連公表資料では、日産以外は平均賃金での回答内容が公表されていない。

注2:トヨタ、本田技研、三菱自工、ヤマハ発動機は賃金改善分のみの記載。

出所:連合、金属労協、自動車総連公表資料

しかも、2月23日に開かれた第1回労使協議会で、豊田章男社長が早々と満額回答を示唆する発言をするとともに、回答指定日よりも1週間早いタイミングで正式回答を行うなど、異例の交渉展開となった。日産では、賃金制度上、賃金制度維持分と賃金改善分の峻別ができないものの、昨年の回答である7,000円よりも1,000円多い8,000円の賃金改定原資を組合側が獲得した。

「議論の深まりが回答に結びついた」と金子自動車総連会長

自動車総連は大手メーカーの回答について、「各単組の踏ん張りにより、それぞれにとっての『最大限の回答』を引き出すことができた。コロナ禍や半導体不足、またロシアによるウクライナへの侵略などを背景に大変難しい交渉環境の中、中長期での目指すべき方向性に向けた議論を深め、結果として賃金引上げの流れを確かにしたことは大きな収穫であると受け止める」と評価(回答指定日である3月16日の会長談話)。3月16日の記者会見で金子会長は、「総じて『人への投資』の必要性について、かなり労使の認識を共有することができた」などと話し、深い議論がそうした回答に結びついたとの見方を示した。

7割の単組が賃金改善分を獲得

自動車総連の加盟組合では、4月20日までに全体の70.4%にあたる734単組が妥結または妥結方向となっており、平均賃金については、賃金カーブ維持分と賃金改善分を合わせた引き上げ全体の平均で4,894円となっている。賃金改善分を獲得した単組の割合は70.0%と7割に及んでおり、平均獲得額は1,499円となっている。

中央闘争組合を構成する大手メーカーすべての組合で昨年を上回る賃上げを達成。日立などの組合は要求満額を獲得――電機

電機連合(神保政史委員長、組合員56万1,000人)の中央闘争組合を構成する大手電機メーカー組合では、日立製作所、東芝など中闘組合のすべてが昨年回答を上回る賃金水準引き上げを獲得している。日立などでは満額回答が経営側から示された。

満額回答は日立、東芝、NEC、村田製作所の4社

電機連合では、闘争行動を背景に、中闘組合が要求、交渉、回答まで足並みを揃えて労使交渉・協議を進める産別統一闘争を展開する。今年の産別統一闘争での中闘組合は、パナソニックグループ労連、日立グループ連合、全富士通労連、東芝グループ連合、三菱電機労連、NECグループ連合、シャープグループ労連、富士電機グループ連合、村田製作所グループ労連、OKIグループ連合、安川グループユニオン、明電舎――の12組合。

今春闘での統一要求基準は、「開発・設計職基幹労働者(30歳相当)」という個別ポイントでの現行賃金水準の3,000円以上の引き上げ。各大手メーカーはこの要求基準にしたがい、12組合すべてが3,000円の水準改善を求めた。

闘争行動に入るかどうかの「歯止め基準」を「1,500円以上の水準改善を図る」と設定して3月16日の回答指定日を迎えた結果、日立製作所、東芝、日本電気(NEC)、村田製作所の4組合が満額の3,000円を獲得(図表2)。富士電機、明電舎も「歯止め基準」を上回る2,000円の水準改善を果たした。また、12組合すべてが昨年実績を上回る賃上げを獲得した。

図表2:電機連合加盟の主要組合の回答結果
画像:図表2

出所:金属労協公表資料

電機連合の中闘組合では9年連続での水準改善獲得

電機連合の中闘組合の水準改善獲得はこれで9年連続。しかも、これだけ複数の満額回答が経営側から示されるのは過去に例がない。

日立製作所は3月16日付けのプレスリリースで、「これまでに築いた基盤の上で、2022年度は新たな成長に向けた次期中期経営計画をスタートさせる年であり、日立にとっての大きな転換です。事業を持続的に成長させ、従業員の賃金に還元し、日本の経済好循環へ貢献するという企業の社会的責任を果たす観点に加え、日立の社会的イノベーション事業をさらに進化させ、成長させる強い意志と期待を込めて、回答を決断しました」と、満額回答の理由を説明した。

電機連合は闘争報告で、今回の賃上げ交渉における経営側の姿勢について「経営側は早い段階から企業の持続的な成長に向け、中期的な視点で『人への投資』を継続することが重要であることは労使共通の認識であるとの考えを示したが、多様な人材が付加価値の高い創造的な仕事を行い、会社・個人の双方が成長できる職場環境整備など『総合的な人への投資』を続けていくことが重要であると主張し、労使の考えには隔たりがあった」と、容易な交渉過程ではなかったことを報告。

闘争報告はさらに、電機連合と中闘組合が「コロナ禍による働き方の制約などが続く中、事業の継続・回復に貢献してきた組合員に対して賃金水準の改善で応える必要があることを経営側に粘り強く訴え」、歯止め基準として「昨年水準を上回る1,500円を確保したうえで、可能性のある組合はさらなる上積みをめざすことを確認し、回答引き出しに向けた全力を尽くした」結果、「すべての中闘組合で1,500円以上の水準改善額を引き出すことができた」と総括した。

日本製鉄など鉄鋼大手では3年ぶり、三菱重工など総合重工では2年ぶりの賃金改善獲得――鉄鋼、重工、非鉄

基幹労連(神田健一委員長、組合員27万2,000人)に加盟する日本製鉄などの鉄鋼大手メーカー組合では3年ぶり、三菱重工などの総合重工組合では2年ぶりの賃金改善獲得を果たした。非鉄大手でも三菱マテリアルの組合が2年ぶりの賃金改善を獲得した。

鉄鋼大手の3,000円は2014年以降では最高の水準

日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所の、基幹労連に加盟する鉄鋼大手メーカー組合では、2年に1度、2年分の賃上げを要求し、交渉する。前回は、2020年春に、2020年度と2021年度の賃金について交渉したものの、企業業績の悪化から3社とも賃金改善の獲得はならなかった。

今春、2022年度と2023年度の2年分の賃上げ交渉を行った結果、3社共通して、2022年度=3,000円、2023年度=2,000円の賃金改善(平均賃金方式)を獲得した(図表3)。3,000円という賃金改善額は、2014年以降の単年度の賃金改善額で最も高い水準だ。なお、2018年度・2019年度の賃上げ額は、各年度1,500円の賃金改善だった。

図表3:基幹労連加盟の鉄鋼、重工、非鉄の各主要組合の回答結果
画像:図表3

注1:-(ハイフン)は賃金改善分を組合側が要求せず。

注2:鉄鋼総合メーカーでは、2年に1度、2年分の賃上げ交渉を行う。

出所:金属労協、基幹労連公表資料

総合重工の各組合は1,500円の賃金改善

総合重工の各組合は2022年度について賃上げ交渉を行った。三菱重工、川崎重工、IHI、住友重機械などすべてで、1,500円の賃金改善(平均賃金方式)で決着した。昨年は賃金改善の要求を断念したため、2年ぶりの水準引き上げとなった。

非鉄総合では、三菱マテリアルの組合が2年ぶりの賃金改善を果たし、1,000円(平均賃金方式)で決着。三井金属では1,887円の賃金改善(同)を獲得した。

JAMに加盟する先行大手組合のほとんどが昨年を上回る賃金改善を獲得。タダノでは満額回答――金属、機械

JAM(安河内賢弘会長、組合員36万6,000人)に加盟する金属・機械の大手組合では、おおむね1,000円台~2,000円台の賃金改善を獲得し、ほとんどの組合が昨年を上回る改善額となっている。一方、クレーン製造大手のタダノでは組合側が賃金改善6,000円(平均賃金方式)の要求満額を獲得。農機大手のクボタでは4,107円の賃金改善と、4,000円を超える改善額獲得となった。

賃金改善を獲得したのは32ある共闘登録単組のうち29単組にのぼる

JAMでは、先行的に回答を引き出し、中小労組の交渉に向けた相場形成の役割を果たす組合を「共闘登録単組」と位置づけている。共闘登録単組は3月中旬に回答日を設定する。今春闘では32単組が登録された。この32単組のうち、29単組で賃金改善分を獲得。タダノのように、要求に対する満額を獲得する組合もあった。

これ以外でも、精密減速機などを製造するナブテスコの組合は、昨年は賃金改善の要求をしなかったが、今年は3,000円の賃金改善を獲得(平均賃金方式)(図表4)。ビルシステム製品などのアズビル(2,913円)、井関農機(2,000円、30歳個別ポイント)、オイルシール大手のNOK(2,764円)、カシオ(2,000円)、射出成形機製造などの芝浦機械(2,500円)、樹脂製造機械などの日本製鋼所(2,000円)、光学製品などの浜松ホトニクス(2,400円、35歳個別ポイント)ではそれぞれ、2,000円台の賃金改善を果たした。

図表4:JAM加盟の主要組合の回答結果
画像:図表4

注1:特段の記載がなければ、回答額のうち、ベア・賃金改善分等のみ。

注2:-(ハイフン)は組合が賃金改善分を要求せず。

出所:連合、金属労協、JAM公表資料

3月末時点の賃金改善額は2001年以降の最高の水準

JAMによると、3月末時点の回答状況での、賃金改善額(1,974円)と平均賃上げ妥結額(6,070円)は、JAM春闘開始(2001年)以降で最高を記録した。最新の回答集計(5月13日時点)によると、賃金改善額は1,974円と、3月末時点の水準を維持している。平均賃上げ妥結額は5,707円と6,000円を割ったものの、5,000円台後半の水準を維持できている。

繊維素材の大手では1,000円以上、化合繊の大手では2,000円以上の賃金改善。食品メーカーでも賃金改善の獲得が相次ぐ――化学・繊維、食品などその他の製造業

金属以外の製造業の賃上げ回答をみると、UAゼンセン(松浦昭彦会長、組合員181万9,000人)の製造産業部門に属する繊維素材の大手労組では、揃って1,000円以上の賃金改善分(平均賃金方式)を確保。旭化成など化学合成繊維メーカーは2,000円以上の賃金改善分(同)を獲得した。

繊維素材では東洋紡が1,200円、カネボウが1,300円など

UAゼンセンでは、繊維素材メーカー組合と化合繊メーカー組合はそれぞれ、共闘体制を組んで賃上げ交渉にあたる。今次闘争では、それぞれ統一して1%の引き上げ幅(賃金改善分)で要求を策定した。

結果をみると、繊維素材メーカー組合は揃って昨年を上回る賃金改善を獲得(図表5)。東洋紡は昨年を300円上回る1,200円(平均賃金方式、以下同じ)、カネボウは同650円上回る1,300円、ユニチカは同450円上回る1,000円の賃金改善分をそれぞれ獲得した。

図表5:UAゼンセン加盟の化学・繊維の主要組合の回答結果
画像:図表5

注:αは働き方改善への原資など(組合により内容が異なる)。

出所:連合、UAゼンセン公表資料

化合繊メーカー組合では、昨年は一律の要求幅を設定できなかったが、今年は揃って2,000円台~3,000円台の賃金改善分を確保。東レでは2,300円、旭化成では2,700円、帝人では2,500円の賃金改善で妥結し、クラレでは3,300円と3,000円を超える獲得となった。

ニッスイ、キッコーマンではベア額を2,000円に乗せる

フード連合(伊藤敏行会長、組合員11万7,000人)に加盟する大手食品メーカーでは、昨年はベアを獲得できない組合も見られたが、今年は1,000円~2,000円の範囲での獲得が目立った。

伊藤ハムでは、昨年回答よりも500円多いベア1,000円を組合が獲得(図表6)。ニチレイではベア1,300円で妥結した。マルハニチロ、ニッスイ、キッコーマン、日清オイリオでは、昨年は組合側がベアを獲得できなかったが、今年は1,000円(マルハニチロ、日清オイリオ)もしくは2,000円(ニッスイ、キッコーマン)のベアを獲得した。

図表6:フード連合加盟の主要組合の回答結果
画像:図表6

注1:-(ハイフン)は組合がベア・賃金改善分を要求しなかった。

注2:0円は組合が賃金改善分を獲得できなかった。

注3:日本ハムは日本ハムユニオンとしての回答額。

出所:連合公表資料

スーパーマーケットでは賃上げの流れを維持し、昨年を大きく上回る賃金改善分の獲得も――流通・サービスなど

UAゼンセンの流通部門に所属するスーパーマーケットの組合では、コロナ禍による巣ごもり需要などもあった昨年に続き、賃上げの流れを維持。昨年と同等か、大きく上回る回答が出ている。

地方の中核スーパーでは3,000円を超える賃金改善も

イオンリテールでは1,500円の賃金改善(平均賃金方式、以下同じ)で妥結。イトーヨーカドーは1,253円、マルエツは2,000円、ダイエーは1,556円などとなっている(図表7)。ライフでは、昨年の回答額を1,000円以上上回る2,956円の賃金改善を獲得。平和堂、原信の両地方の中核スーパーでは、3,000円を超える賃金改善となっており(平和堂3,514円、原信3,574円)、原信では昨年の回答を2,000円近く上回った。

図表7:UAゼンセン加盟の流通・サービスなどの主要組合の回答結果
画像:図表7

注:0円は組合が賃金改善分を獲得できなかった。

出所:連合、UAゼンセン公表資料

新型コロナウイルス感染拡大の影響があるにもかかわらず、外食チェーンのすかいらーくでは、今年は組合が1,000円の賃金改善を引き出した。ジョリーパスタでは2,169円と2,000円を超える賃金獲得を果たしている。

ヤマト運輸は賃上げ全体で9,227円――その他の業界

運輸、通信、郵政など、このほかの業界でも賃上げ回答が示されている。ヤマト運輸では、賃金構造維持分・賃上げ分も含めた全体の賃上げ額で9,227円(平均賃金方式)と、昨年実績を大きく上回った(図表8)。

NTTは、主要会社の正社員の「基準内賃金および成果手当の2%改善(月額で平均6,800円)」を求めた労組の要求に対し、単純平均で一人当たり月額2,200円の賃金改善を行う回答を示して決着した。改善額は前年比200円増で、増額改定は9年連続。2,200円の内訳は、資格賃金に700円、成果手当に1,500円となる。

一方、前年度に賃金改善を見送っていた日本郵政は、JP労組の「正社員の基準内賃金について、全社員一人平均6,000円の引き上げ」要求に、「一般職1人あたり1,000円の基本給改善及び地域基幹職等の若年層の基本給改善」を実施する回答を示して妥結した。

図表8:運輸労連加盟の主要組合の回答結果
画像:図表8

出所:連合公表資料