解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点を検討
 ――厚生労働省「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」が報告書をとりまとめ

スペシャルトピック

厚生労働省の「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」(座長:山川 隆一・東京大学大学院法学政治学研究科教授)は4月12日、解雇無効時の金銭救済制度について、仮に制度を導入するとした場合の法技術的に取り得る仕組みや検討の方向性に係る選択肢を示した報告書をとりまとめた。

解雇無効時の金銭救済制度(以下「救済制度」)については、労働政策審議会労働条件分科会(2017年12月27日)で、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」報告書(2017年5月)の報告が行われたが、同分科会において、さらに有識者による本制度に係る法技術的な論点に関する専門的な検討を求める提案がなされていた。これを踏まえ、2018年6月に、労働法、民法、民事訴訟法の有識者による検討会が設置され、17回にわたり議論を重ねてきた。

報告書では、救済制度が果たすと予想される役割やその影響などを含む政策的観点も踏まえた上で、救済制度導入の是非や導入するとした場合の内容について、労働政策審議会において労使関係者も含めて検討を進めることが適当としている。

形成権構成、形成判決構成について

形成権構成、形成判決構成の2つの選択肢を提起

報告書は、解雇をめぐる紛争の現状について、労使当事者の合意により和解等が成立した場合に、解決金の支払による退職(合意解約)が行われているが、その金額にばらつきがあることなど、必ずしも労使双方にとって金銭的予見可能性が高いものとなっていない点を指摘。また、労使で和解協議が難航する場合には、最終的に合意が成立するまでの時間的予見可能性も欠くことになるという問題や、加えて、労使が合意に至らない場合では、職場復帰を望まない労働者にとって、無効な解雇に関する紛争解決方法の選択肢が制約されている点についても示した。

これらの現状を踏まえ、報告書では、仮に救済制度を導入した場合に、①解雇された労働者の救済の実効性を高める観点から、労働者の選択肢を増やす方向(労働者申立制度)で、解雇が無効と判断されることを前提に(いわゆる「事後型」)、労働者の選択により権利行使が可能となること②労働者にとって紛争解決に向けた予見可能性が高まるようになること③迅速な紛争解決の観点から、一回的解決が可能となること――の基本的な考え方に基づき検討を行っている。

また、本制度の骨格として、「無効な解雇がなされた場合に、労働者の請求によって使用者が労働契約解消金を支払い、当該支払によって労働契約が終了する仕組み」を念頭に置き、この仕組みを制度的に構築する場合の選択肢として、形成権構成と形成判決構成の2つの構成(以下「両構成」)について検討している(1)。

形成権構成とは、要件を満たした場合に労働者に金銭救済を求め得る形成権(以下「金銭救済請求権」)が発生し、それを行使した効果として、①労働者から使用者に対する労働契約解消に係る金銭債権(以下「労働契約解消金債権」)が発生するとともに、②使用者が労働契約解消金を支払った場合に労働契約が終了するとの条件付き労働契約終了効が発生する構成のこと。一方、形成判決構成とは、労働者の請求を認容する判決が確定した場合、その効果として上記①、②の効果が発生するとの構成であり、要件を満たした場合に労働者に判決によるこのような法律関係の形成を求める権利が発生するとするもの(労働審判によって同様の効果を生じさせることも法技術上可能)。

形成判決構成は、判決の効果として労働契約解消金債権が発生するという点で、労働者が実体法上の意思表示により労働契約解消金債権を発生させる金銭救済請求権を有するとする形成権構成とは異なっているが、いずれの構成も、労働者が権利を行使した結果として実体法上の労働契約解消金債権が発生するという点では共通している。

図1:形成権構成、形成判決構成について
画像:図1
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権利の法的性質等

権利行使の方法は、当面は、訴えの提起及び労働審判の申立てに限る

報告書では、権利の法的性質について、(1)対象となる解雇・雇止め(2)権利の発生要件等(3)権利行使の方法(4)債権発生の時点(5)権利行使の意思表示の撤回等(6)権利放棄(7)相殺・差押えの禁止(8)権利行使期間(9)権利の消滅等(10)解雇の意思表示の撤回――の項目で検討を加えている。

まず、対象となる解雇・雇止めについては、無期労働契約における無効な解雇(禁止解雇を含む)と、有期労働契約における無効な契約期間中の解雇(禁止解雇を含む)及び労働契約法19条に該当する雇止めを対象とすることが考えられる、とした。

権利の発生要件等では、①当事者間に労働契約関係が存在すること②使用者による解雇の意思表示がされたこと③当該解雇が無効であること――が考えられる、としている。これらを満たすか否かの判断の基準時については、一般論として、形成権構成における発生要件では権利行使時、形成判決構成における形成原因については口頭弁論終結時が、それぞれ基準時となると考えられるが、具体的には、制度全体の仕組みを踏まえた個々の発生要件ないし形成原因毎の解釈によるものと考えられる、としている。

報告書は、権利行使の方法としては、形成判決構成の場合、その性質上、権利行使の方法は裁判上の権利行使(訴え提起及び労働審判の申立て)に限られるが、形成権構成の場合であっても、実体法上に規定される金銭救済請求権を行使する旨の意思表示を、訴えの提起や労働審判の申立てに限定することは必然的ではないものの、当面は、権利行使の方法は訴えの提起及び労働審判の申立てに限ることが考えられる、などとしている。

また、債権発生の時点については、形成権構成であれば、金銭救済請求権を有する労働者が訴えの提起、または労働審判の申立てによりその権利を行使した時点(訴状または申立書が使用者側に到達した時点)で労働契約解消金債権という金銭債権が発生する。一方、形成判決構成の場合には、労働契約解消金債権の発生時点は、判決または労働審判の確定時点であり、その時点で弁済期が到来する。両構成ともに、判決等の確定時に弁済期が到来し、その前に支払がされてもその効果(労働契約終了効)は生じないとすることが考えられる、としている。

判決等の確定時まで、権利行使の意思表示の撤回は可能との考えを提起

報告書は、金銭救済請求権行使の意思表示の撤回等についても見解を示している。形成権構成の場合、一般的な形成権であれば権利行使によって確定的な法律関係の変動が生じるため、権利行使の意思表示後は一般的には撤回できないと解されている。しかし、報告書では、金銭救済請求権は、その行使によって、労働契約解消金債権の発生とともに、判決等で額が判明した労働契約解消金の支払という条件付きの労働契約終了効が発生するという点で、一般的な形成権とは異なる特殊性を有している、と指摘。このような特殊性を考慮すれば、金銭救済請求権を行使した後に、引き続き就労し続けたいと考えを変えるに至った労働者の選択肢を確保する観点から、金銭救済請求権については、実体法に根拠規定を置いた上で、その行使の意思表示の撤回を可能とすることが考えられる、とした。

意思表示の撤回を可能とする時期については、意思表示の方法を訴えの提起または労働審判の申立てに限定することも踏まえ、民事訴訟法上は訴えの取下げは判決確定時まで行うことができるとされていることから、判決等の確定時まで意思表示の撤回を可能とすることも考えられる、としている。

一方、形成判決構成の場合には、訴えの提起または労働審判の申立て時に特段の法律関係の変動が生じるものではないことから、判決または労働審判の確定により、労働契約解消金債権の発生とともに、判決等により労働契約解消金の支払という条件付きの労働契約終了効が発生するため、訴えの取下げ等は可能であり、その時期については判決確定等の時までとしている。

つまり、報告書は、判決等の確定時まで、形成権構成における形成権行使の意思表示の撤回、形成判決構成における訴え取下げは可能との考えを示している。

解雇の意思表示前の権利放棄は合意があっても公序良俗に反し無効

権利放棄について、報告書は、労使間における交渉力の格差に鑑みれば、仮に双方の合意によるものであったとしても、労働契約や就業規則等において、労働者にあらかじめ(使用者による解雇の意思表示前に)金銭救済請求権(形成権構成の場合)や労働契約解消金に係る訴え提起等の権利(形成判決構成の場合)を放棄させることは公序良俗に反し無効と考えられる、とした。他方で、労使合意の下で自主的に紛争が解決されることは望ましいものであることから、解雇の意思表示後は労働者の自由意思に基づくものと評価できるのであれば認められる、としている。

その他、報告書は、労働契約解消金債権を相殺・差押禁止とするか否かについては、法技術的にはいずれの措置も可能であると考えられ、労働契約解消金の性質等も踏まえた検討を行った上で、その要否及び範囲について判断することが適当とした。

権利行使期間については、少なくとも2年程度は確保する必要があると考えられるが、具体的な期間については種々の選択肢がありえ、政策的に判断すべき、とした。

権利の消滅等については、訴え提起等の前に労働契約解消金の支払以外の事由により労働契約が終了した場合、本制度の適用は認められないと解される、とした。訴え提起等の後の場合は、形成権構成の場合は発生していた労働契約解消金債権が消滅し、形成判決構成の場合は労働契約解消金の支払請求は認められないとすることが考えられるが、政策的判断としては、労働契約が終了した事由の性質の違いに着目し、取扱いを異ならせることもあり得る(例えば、辞職については、労働者の再就職を阻害しないよう、労働契約解消金債権の帰趨に影響はないものとの措置を講じることが考えられる)、としている。

なお、解雇の意思表示の撤回については、使用者が解雇の意思表示をした後に、解雇が無効であることを争わないとしてそれを撤回したとしても、労働契約解消金の支払請求を妨げる事由とはならないとすることが考えられる、とした。

労働契約解消金の性質、各請求との関係

労働契約解消金債権は、バックペイ債権とは別個の債権と整理

報告書は、労働契約解消金の性質等についても整理した。まず、労働契約解消金の定義として、①無効な解雇がなされた労働者の地位を解消する対価②無効な解雇により生じた労働者の地位をめぐる紛争について労働契約の終了により解決する対価――があげられているが、定義をどのように定めるかは、その性質や考慮要素等の検討とも関連しているため、本制度の機能等も考慮した上で政策的に判断すべき、としている。

労働契約解消金の構成としては、労働契約解消金債権は、バックペイ(解雇期間中の賃金)債権とは別個の債権であると整理することが考えられる、とした。

また、労働契約解消金の支払の効果(労働契約の終了)については、労働契約解消金の支払のみによって労働契約が終了する構成(パターン1)、解消金に加えてバックペイの支払がなされたときに労働契約が終了するという構成(パターン2及び、パターン3)を提起した(パターン2は、労働契約解消金及びバックペイがいずれも支払われた場合に労働契約が終了する構成。パターン3は、労働契約解消金の支払のみで労働契約は終了するが、労働契約解消金とバックペイを併せた額の一部しか弁済されない場合には、バックペイに先に充当されるとする構成)(2)。

パターン2やパターン3の扱いについては、紛争の一回的解決の観点から労働契約解消金の請求とバックペイの請求を併合提起するインセンティブが高まるようにするため、労働契約解消金の請求とバックペイの請求とを併合提起した場合に限り認めることとし、バックペイの範囲については、明確性を確保するため、併合審理された当該事件の判決等で認容された範囲に限ることも考えられる、としている。

図2:労働契約解消金の支払と労働契約の終了について
画像:図2
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報告書は、労働契約解消金の支払のみによって労働契約が終了する構成だけでなく、バックペイの履行確保の観点から、労働契約解消金に加えてバックペイの支払もなされたときに労働契約が終了するという構成も考えられ、いずれの構成にするかについては、政策的に判断すべき、としている。

なお、報告書では、労働契約解消金は、バックペイ、不法行為による損害賠償、退職手当の各債権とは別個のものと整理できることから、それぞれの請求や地位確認請求と併合して訴え提起等をすることができる、との考えも示した。バックペイについては、解雇から労働契約解消金支払時まで発生すると解することが原則であり、1回の訴訟で認められる範囲については一般的にみられる判決確定時までとの判断を変更する特段の規定を設ける必要はないと考えられる、としている。

労働契約解消金の算定方法等

労働契約解消金の算定方法や考慮要素は政策的に判断すべき

報告書は、労働契約解消金の算定方法・考慮要素についても整理した。まず、算定方法については、予見可能性を高めるために一定の算定式を設けることを検討する必要がある一方で、個別性を反映するために個別事情を考慮するとすることも考えられる、とした。

考慮要素については、定型的なものである退職前の給与額や、勤続年数、年齢(就労可能年数)、ある程度定型的な算定をし得るものである合理的な再就職期間に加え、評価的・個別的なものである解雇に係る労働者側の事情、解雇の不当性なども考えられる、としている。

算定方法や考慮要素の検討に当たっては、労働契約解消金の定義や、労働契約解消金によって補償すべきもの(契約終了後の将来得べかりし賃金等の財産的価値のほか、職場でのキャリアや人間関係等の現在の地位に在ること自体の非財産的価値も含まれる)は何かといった点と相互に関連させた上で、政策的に判断すべき、とした。

また、労働契約解消金の算定に当たっての上限・下限についても、設定の有無及びその具体的な内容については、政策的に判断すべき、とした。

労使合意による別段の定めについて、事前の集団的労使合意によって労働契約解消金の算定方法に企業独自の定めを置くことを認めるかについても、政策的に判断すべき、とした。

なお、労働契約解消金の算定の基礎となる事情の基準時点については、法技術的には、①無効な解雇の意思表示の時点②金銭救済請求権の行使の時点(形成権構成の場合のみ)③口頭弁論終結の時点――が考えられるが、いずれの考慮要素についても、③と整理することが考えられる、としている。

連合は「不当な解雇が起こらない状況こそ実現すべき」と主張

報告書がとりまとめられたことに対して、連合(芳野友子会長)は同日、清水秀行事務局長の談話を発表した。

談話は、「報告書は、解雇された労働者の救済の実効性を高める観点から検討したとするが、不当な解雇が起こらない状況こそ実現すべきである。不当解雇を正当化し、リストラの手段として使われるようなおそれのある制度は断じて認められない」と主張。報告書が示した「金銭的予見可能性」や「時間的予見可能性」について、「使用者にとってのメリットにほかならない」とし、「労働審判をはじめとした現行の紛争解決システムが有効に機能していることを踏まえれば、新たな制度を創設する必然性は乏しい」などとしている。

(調査部)