無期転換申込権が発生する契約更新時に、使用者に無期転換通知を義務づけることを提案
 ――厚生労働省「多様化する労働契約のルールに関する検討会」が報告書をとりまとめ

スペシャルトピック

厚生労働省の「多様化する労働契約のルールに関する検討会」(座長:山川隆一・東京大学大学院法学政治学研究科教授)は3月30日、無期転換ルールに関する見直しや、多様な正社員の労働契約関係の明確化などを盛り込んだ報告書をとりまとめた。

無期転換ルールとは、労働契約法に基づき、有期労働契約が繰り返し更新されて通算5年を超えたときは、労働者の申し込みにより、期間の定めのない労働契約に転換できるルールのこと。労働契約法附則3項では、同法施行後8年を経過した場合において、改正後の労働契約法(平成19年(2007年))18条の規定に基づく無期転換ルールについて、「その施行の状況を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて必要な措置を講ずる」と規定している。一方、勤務地限定正社員や職務限定正社員等の多様な正社員は、無期転換ルールによって無期雇用となった社員の重要な受け皿の1つとして期待されていることから、規制改革実施計画(令和元年(2019年)6月閣議決定)において、多様な正社員の雇用ルールの明確化について検討を開始することとされていた。

これらを踏まえ、同省は2021年3月に、学識経験者による「多様化する労働契約のルールに関する検討会」を設置し、議論を重ねてきた。報告書では、無期転換ルールの見直しとして、使用者に転換申込機会と無期転換後の労働条件についての通知を義務付ける案を提言。多様な正社員に限らず労働者全般に対して、労働条件の明示事項に、就業場所・業務の変更の範囲を追加することも盛り込んだ。今後、労働政策審議会において、無期転換ルールに関する見直しや労働契約関係の明確化などについて議論がなされる見込みだ。

無期転換ルールに関する見直し

無期転換申込機会の通知を使用者に義務付け

報告書は、制度活用状況を踏まえると、無期転換ルールの導入目的である有期契約労働者の雇用安定に一定の効果が見られることや、無期転換ルール導入による雇止めの誘発が懸念されていた通算年数などによる更新上限の導入についても、無期転換ルール導入前と比べて大きく増加していないことなどから、現時点で無期転換ルールを根幹から見直さなければならない問題が生じている状況ではない、とした。

その一方で、無期転換申込権が生じた者のうち、無期転換を申し込んだ者は約3割であり、権利を行使していない労働者も多いことを指摘。有期契約労働者のうち、無期転換ルールの内容について知っていることがある者は約4割にとどまっていることなど、制度が知られていないことが現在の活用状況の一因にもなっていることから、各企業における有期労働契約や無期転換制度について、労使双方が情報を共有し、企業の実情に応じて適切に活用できるようにしていくことが適当とした。

また、報告書では、労使とも無期転換ルールの認知度に課題があり、更なる周知が必要との考えから、労働者が無期転換ルールを理解したうえで申し込みを判断できるよう、無期転換申込権が発生する契約更新時に、労働基準法の労働条件明示事項として、転換申込機会と無期転換後の労働条件について、使用者から個々の労働者に通知することを義務づけることが適当とした。

無期転換前の雇止め抑制策を提言

報告書では、無期転換前の雇止め抑制策についても検討している。現行では、労働契約法19条において、最高裁判所判決で確立している雇止めに関する判例法理(いわゆる雇止め法理)が規定され、一定の場合に雇止めの効力を認めず、有期労働契約が締結又は更新されたものとみなすこととされている。また、雇止めについては、5年の更新上限を設けた上でそれに基づいて雇止めをすることを含めて、同条に基づきその可否が判断されている。

報告書は、無期転換前の雇止めについて、紛争の未然防止及び早期解決を図る観点から、無期転換ルールの趣旨、労働契約法19条や裁判例等に照らして問題があるケース等について考え方を事例に応じて整理し、周知するとともに、個別紛争解決制度による助言・指導で活用していくことが適当とした。

また、更新上限の設定については、それ自体としては違法になるものではないものの、上限の有無が不明確な場合に、労働者が契約更新や無期転換の期待を抱く可能性があり、労使の認識の相違からトラブルが生じやすいこと、最初の契約締結より後に更新上限を新たに設定する場合には、その時点で更新の期待を有する労働者に不利益をもたらすことから、紛争の原因となりやすいことなどを指摘した。

これを踏まえ、報告書は、紛争の未然防止や解決促進のため、使用者に、①更新上限の有無及びその内容の労働条件明示の義務づけ(労働基準法施行規則5条1項1号の2の「更新する場合の基準」の中に更新上限の有無・内容が含まれることを明確化)②最初の契約締結より後に更新上限を新たに設ける場合には、労働者からの求めに応じて、上限を設定する理由の説明の義務づけ(有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準(平成15年(2003年)厚生労働省告示第357号)における規定の追加)――を措置することが適当とした。

なお、無期転換申し込みを行ったことなどを理由とする不利益取扱い(解雇、雇止め、労働条件の引下げ等)については、その内容に応じて司法で救済されうるものであり、現行法等の周知徹底が適当としている。また、権利行使の妨害抑止につながるような方策を検討することも適当とした。

クーリング制度は維持

通算契約期間及び、クーリング期間(通算契約期間をリセットする規定で、原則6カ月)については、制度が実質的に適用されてから長くなく、特に変えるべき強い事情もないことから、制度の安定性も勘案し、現時点で枠組みを見直す必要は生じていない、などとした。法の趣旨に照らして望ましいとは言えない事例等の更なる周知を行うことが適当としている。

無期転換後の均衡考慮の説明を促す措置も提案

さらに、無期転換後の労働条件については、有期契約時と異なる定めを行う場合の法令や裁判例等に基づく考え方を整理し、周知することが適当とした。また、正社員登用やキャリアコースの検討など企業内での無期転換後の労働条件の見直しの参考になる情報提供を行うことも適当としている。

報告書は、無期転換者と他の無期契約労働者との待遇の均衡についても、労働契約法3条2項を踏まえて均衡考慮が求められる旨の周知を図ることが適当とした。同法3条2項では「労働契約は、労働者及び使用者が、就業の実態に応じて、均衡を考慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」と規定されている。また、無期転換申込権が生じた有期契約労働者に無期転換後の労働条件について通知するタイミングを活用して、無期転換後の労働条件に関する決定をするにあたって労働契約法3条2項の趣旨を踏まえて均衡を考慮した事項について、労働契約法4条(労働契約の内容の理解の促進)の趣旨を踏まえて労働者の理解を深めるため、また、労使間の検討の契機とするため、使用者に十分な説明をするよう促していく措置を講じることが適当としている。

さらに、無期転換後も、パート・有期労働法に基づき短時間・有期契約労働者等の処遇の見直しが行われる際には、フルタイムの無期転換者についても、併せて労働契約法3条2項も踏まえて見直しを検討することが望ましい旨を周知していくことが考えられる、としている。

多様な正社員の労働契約関係の明確化

労働契約関係の明確化では労働者全般で検討

報告書は、職務、勤務地や労働時間を限定した多様な正社員について、①いわゆる正社員と非正規雇用の労働者の働き方の二極化の緩和②労働者のワーク・ライフ・バランス確保や自律的なキャリア形成③優秀な人材の確保や企業への定着――の観点から、労使双方にとって望ましい形での普及・促進が必要との考えを示した。

また、労働契約が多様化する中、従来からの統一的・集団的な労働条件決定の仕組みの下では勤務地限定等の個別的な労働契約内容が曖昧になりやすいことも指摘。労使紛争の未然防止や労使双方の予見可能性の向上に加え、労使間の情報の質・量の格差是正や契約に係る透明性の確保を図ることも必要とした。

報告書では、こうした観点から、労使自治や契約自由の原則の大前提として、法令上の措置も含め、労働契約関係の明確化について検討することが適当とした。検討の対象となる労働者の範囲では、労働契約関係の明確化は、多様な正社員のみならず、全労働者に対して有益であることから、労働者全般を対象に検討する案を提示した。

労働契約締結時の労働条件の明示事項に就業場所・業務の変更の範囲を追加

現行の労働条件明示等に関する制度では、労働基準法において、使用者は、労働契約の締結に際し、賃金、勤務時間その他の労働条件を明示しなければならないと定められている(労働基準法15 条1項、労働基準法施行規則5条)。現行法上、労働基準法15条の労働条件明示(以下「15条明示」)では、雇入れ直後の就業の場所及び従事すべき業務を明示することとされており、勤務場所や業務内容の変更範囲までは求められていない。報告書では、予見可能性の向上等の観点から、多様な正社員に限らず労働者全般について、15条明示の対象に就業場所・業務の変更の範囲を追加することが適当とした。

労働条件の変更時も労基法15条明示の対象に

報告書は、労働条件が変更された際の労働条件の明示・確認についても検討を加えている。現行では、契約締結時は労働基準法15条1項の明示義務があるものの、労働条件が変更された際に、変更された後の労働条件を明示することは義務付けられていない。

しかし、労働契約に定められた範囲外への異動等も一定程度見られるなかで、特に個別合意による労働条件の変更がなされた場合に、書面での変更やその内容を示されることが現行法上は保障されていないことや、仮に就業の場所・従事すべき業務の変更の範囲の明示を契約締結時に義務付ける場合に、変更後の労働条件を明示しなければ、変更前の労働条件が存続しているものと誤解したままとなるリスクがあることから、労働基準法15条に基づく書面明示については、労働条件の変更時も明示すべき時期に加えることが適当とした。

具体的には、変更後の労働条件の書面確認の必要性に鑑み、多様な正社員に限らず労働者全般について、労働契約締結時に書面で明示することとされている労働条件が変更されたとき(①就業規則の変更等により労働条件が変更された場合及び②元々規定されている変更の範囲内で業務命令等により変更された場合を除く)は、変更の内容を書面で明示する義務を課す措置が考えられる、としている。

そのほか、報告書は、本措置に併せて、就業規則について労働者が必要なときに容易に確認できるような方策や中小企業への支援の検討も必要とした。なお、就業場所・業務に限って本措置の対象とすべきとの意見や、就業規則の新設・変更による場合も明示の対象とすべきとの意見、本措置に関する電子的な方法の明示も検討すべきとの意見もあった。

さらに、労働契約関係の明確化を図る場合に留意すべき点として、労働条件の変更や、多様な正社員の勤務地等の変更、事業所廃止等を行う場合の考え方について、裁判例等を整理して周知することも適当としている。

個々の労働者の意見を吸い上げる労使コミュニケーションが課題

報告書では、労使コミュニケーションの重要性についても提言した。具体的には、無期転換制度等を定める際に、無期転換者・有期契約労働者の意見が反映されるよう、労使コミュニケーションを促すことが適当とした。また、多様な正社員の働き方を選びやすくするためにも、いわゆる正社員自体の働き方の見直しを含め、労使コミュニケーションを促すことも適当としている。

さらに、無期転換や多様な正社員に係る制度等については、労働者全体に関わるものであり、雇用形態間の待遇の納得感が得られるようにするため、個々の労働者の意見を吸い上げるとともに、労働者全体の意見を調整することも必要としている。そのうえで、過半数代表者に関する適正な手続での選任の確保等の制度的担保や、新たな従業員代表制の整備を含め、多様な労働者全体の意見を反映した労使コミュニケーションの促進を図る方策も中長期的な課題とした。

(調査部)

2022年5月号 スペシャルトピックの記事一覧