全従業員のビジョンと会社の経営計画を連動させ、より従業員が成長・挑戦できる環境を実現
 ――DXソリューション事業を展開するあつまる

企業取材

DXを軸としたソリューション事業を展開するあつまる(東京都・渋谷区)では、企業理念・フィロソフィを軸に、全従業員が幸福に働くことができる経営方法として、全従業員のビジョンと会社の経営計画を連動させる「個人ビジョン経営」を実施。従業員に自身のビジョンを明確化させ、目標達成に向けた働き方に取り組んでもらうと同時に、会社側も従業員のビジョン実現のためのサポートを行うことで、従業員の成長・挑戦を後押ししている。

これまでに800事業以上をマーケティングDXでサポート

あつまるは2010年に設立。東京と福岡の2拠点体制で、主に、企業の集客課題を解決する「集客マーケティングDX」と、新卒採用課題を解決する「新卒採用マーケティングDX」、道徳心と熱意がある学生と企業をつなぐ「新卒人材紹介」の3つを軸としたソリューション事業を展開している。

「集客マーケティングDX」では同社が保有する過去実績やパブリックデータと、クライアントの経営計画や顧客アンケートデータ、経営者・担当者へのヒアリングなどに基づいて現状を数値化して分析し、戦略提案から効果的な広告・マーケティング施策、サービス企画開発などの支援を実施。「新卒採用マーケティングDX」では、クライアントの企業ビジョン・事業戦略や現状の採用施策・実績などをもとに具体的な採用戦略を提案し、Webサイトや説明会ツールなどの設計・開発を行っている。

従業員数は約60人で、業務案件ごとに社内の営業部門やマーケティング、デザイナー、動画クリエイターなど、あらゆる業種の5~6人が集まり、1つのプロジェクトチームとして担当する。これまで、業種業界を問わず、800事業以上をサポートしている。

近年では、「働きがいのある会社」として外部機関より2年連続で全国1位の表彰を受け、アジアでも6位にランクインするなど、従業員が挑戦・成長しやすい企業として知られてきている。働きがいを感じるポイントは、同社が大切にしている「企業理念・フィロソフィを軸とする経営」と、それに伴う経営方法にあらわれている。

最初に立ち上げた会社での苦い経験を経て企業理念・フィロソフィが軸の経営に転換

同社が企業理念・フィロソフィを軸とした経営を重視するようになったきっかけとして、石井陽介・代表取締役社長が25歳で創業した最初の会社での苦い経験がある。

当時の会社は企業理念がなく、仕事観も「一人ひとりの従業員の個性を尊重する」というスタイルだった。石井氏自身、売り上げや結果を出すことを重視し、従業員と十分にコミュニケーションを取ってこなかった結果、信頼関係が薄れ、従業員から反発を受けたり、拠点間の従業員同士で衝突が起きるようになった。共同代表・創業メンバー7人とも話し合った結果、意見が割れたことで分社化し、石井氏は現在のあつまるを設立することとなったが、その際に多くの従業員が離れていき、石井氏に付いてきてくれたのは従業員約45人中、創業メンバー1人を含むわずか16人だったそうだ。

この状況に危機感を覚え、経営を一から学ぶために、「京セラフィロソフィ」という独自の経営哲学で会社を発展させてきた京セラ株式会社創業者の稲盛和夫氏が主宰する経営塾「盛和塾」に入塾。稲盛氏の考え方に感銘を受け、「人生に対する考え方、仕事に対する考え方、目指すべき生き方像を従業員と共有しなくて、同じベクトルで仕事できるはずがない」と考えたことから、企業理念・フィロソフィをベースに経営することを決めた。

盛和塾での学びを経てあつまる独自の企業理念を作成

盛和塾での学びを経て、石井氏は京セラフィロソフィを参考にしてオリジナルの企業理念を作成することにした。京セラフィロソフィをそのまま使わなかった理由を尋ねると、「京セラフィロソフィはまだレベルが高すぎる。自分が腹落ちしたことだけを自分の言葉で従業員に伝えていかないと伝わらないと思った」という。

生み出された企業理念は、現在も掲げられている「全従業員の物心両面の幸福を追求するとともに、出逢った人たちに無限の可能性を伝え続ける集団である。」というフレーズだ。

前半の「全従業員の物心両面の幸福を追求する」は、同じ価値観を共有し同じビジョンを目指している人(=全従業員)が、経済的に安定で豊かであることだけでなく、仕事に対する誇りや働きがいといった心の豊かさも求めていき、仲間同士で一致団結しながら顧客に最高の満足を提供することを提示している。

後半の「出逢った人たちに無限の可能性を伝え続ける集団である」は、自らビジョンを公言し、誰にも負けない努力で凡事徹底しつつ、どんなに困難なことでも成功に向けて挑戦し続ける。挑戦を繰り返すうちに、自力の限界に気づき、自然と応援者が現れ、サポートしていただける。多くの仲間がいれば、想像以上の大きなビジョンを実現できることに気づき、本質的な感謝を自然と感じられるようになることを意味している。

あつまるフィロソフィを社員に共有するための取り組みも充実

企業理念のほかにも、石井氏が考案したカンパニービジョンやパーソナルビジョンといったコーポレート・アイデンティティや、盛和塾を通して学んだ考え・得た気づきをまとめ、同社のフィロソフィの原案が完成。「フィロソフィBOOK」として冊子化したり、ボールペンに印刷したりして、全従業員に配布することで、従業員がいつでもフィロソフィに目を通し、自身の行動と照らし合わせることができるようにしている。

ほかにも同社では、従業員が月に1回1人ずつ、企業理念・フィロソフィを学んで成長したことを発表する「フィロソフィ体験発表」や、月に1回、東京と福岡から全従業員が集まる全社ミーティングで開催する「フィロソフィ勉強会」など、全従業員に企業理念・フィロソフィが伝わり、行動につながるよう、様々な取り組みを進めている。

全従業員のビジョンと会社の経営計画を連動させる「個人ビジョン経営」を導入

企業理念・フィロソフィ実現のために同社が実施している特徴的な取り組みの1つが、「個人ビジョン経営」という経営方法だ。全従業員が、将来的に自分が達成したい人生ビジョン、そこから逆算した中期ビジョンやアクションプランを明確化していき、それを会社側が把握し、経営計画と連動させる仕組みとなっている。

どういった行動をすれば、全従業員が物的にも心的にも幸せになるのか。石井氏は突き詰めて考えた結果、「単純に仕事が楽だったり、福利厚生ばかりが充実していたりということではなく、甲子園球児のように、ビジョンを明確にしてその実現を追い続けている日々が幸せなのではないか」という結論に至ったと話す。

ビジョンをはっきりさせることで、従業員は、会社や上司からただやらされて仕事をするのではなく、自身のビジョンを叶えるための働き方を自発的に考えることにつながり、迷いなく仕事に打ち込むことができる。また、会社側も各従業員のビジョンを把握することで、その実現のためにサポートすることができるようになり、従業員がより働きやすく、成長・挑戦する環境づくりが推進されていくという流れだ。

新年度に向けて役員やリーダーが経営計画・資料を作成

同社では7月から新しい年度がスタートするが、個人ビジョン経営は、その前の4月に、会社の経営計画をとりまとめるところから始まる。社内には、石井氏を含む役員や各部門の部長(室長)、副部長と、各部門内でグループごとに設定された「リーダー」という責任者ポジションの従業員を中心に構成された「経営会議」が組まれている。はじめに会社の成長可能性資料(コーポレートストーリー)や長期的な計画について、社長である石井氏がたたき台を作成し、議論していく。

続いて、リーダーを中心に3期分の計画をまとめた中期経営計画を作成し、それをもとに戦術資料(1期分の重要目標達成指標(KGI)や中間目標(KPI)を設定)や戦闘資料(1期分のKPI達成につながるアクション数値(KDI)を設定)のたたき台を作成していく。

全従業員がビジョンシートで自身の人生設計やキャリアパスを明確化

5月からは全社員が具体的な目標を立てる期間に突入する。全従業員は会社から提示された戦術資料や戦闘資料のたたき台をもとに、自身のビジョンを言語化するための「人生ビジョンシート」「中期ビジョンシート」「アクションプラン管理シート」「生い立ちシート」の作成・更新をすることになる。

一番長期的な目標を記入する「人生ビジョンシート」には、自分が人生で成し遂げたいことを、写真やイメージ図なども踏まえて自由に表現する欄と、そのビジュアルを誰に・何を・どうやって伝えたいかなど言語化する欄が用意されている。ビジュアルで視覚的に表現したり、目標とする人物や目指す理由などを可視化することで、従業員のビジョン実現へのモチベーション向上につながるようになっている。

描かれる内容は「日本を世界で一番クリエイティブに働く人が多い国にする」「世界トップクラスのアーティストと共に、世の中にプラスのムーブメントを起こす」「世界中に無限の可能性を伝え続ける経営者になる」「革新的な美人社労士になり、あつまるの働き方を支える」「マーケティングの力で地元の祭りを世界無形文化遺産にする」などバリエーション豊かだ。

人生ビジョンを実現するためのプロセスを可視化する「中期ビジョンシート」や「アクションプラン管理シート」では、記入テーマを「人間的成長」「業務的成長」など5項目に分類。テーマに沿って、自身の具体的な業務目標、年収や生産性に対する目標、キャリアパス、プライベートで達成したいことなどを記入する。

「中期ビジョンシート」は1~3年後までの目標が中心で、「アクションプラン管理シート」ではより直近の6カ月~1年間の目標について、行う日時も細かく記載し、タスク管理ツールやGoogleカレンダーと連携させている。

最後の「生い立ちシート」は、自身のこれまでの家庭・家族関係や学校・会社関係、友人関係、趣味・その他、考え方を記入する。どこまで情報開示するかは本人の自由で、追加・修正もいつでもできるようになっている。特にリーダーが従業員のことを知るのに欠かせないツールで、「どんな家庭で育ち、どんな経験をして、どんな人から影響を受けて、今ここにいるのかを分かったうえで、日々のコミュニケーションにつなげることができる」(石井氏)そうだ。

なお、生い立ちシートも含め、全シートは最終的に全従業員が見られるよう共有される。勤続年数が長くなるほど、記載の中身は濃くなっていくそうで、石井氏は「自分の過去まで多くの仲間に知ってもらっているほうが、自分の人となりや考え方、どういった経験をしてきたかが伝わるので、開示したほうが得だと考えるようになるのではないか」と感じているそうだ。

社長やリーダーとの面談を通して定期的にビジョンや業務進捗状況を確認する

各従業員は、4種類のビジョンシートの記入が終わると、年4回、3カ月ごとに、経営企画部門の面談責任者と1対1で行う「ビジョンシート面談」で、ビジョンシートのブラッシュアップやアクションプランの進捗状況などを確認する。四半期毎にPDCAサイクルを回すことで、従業員自身に短いスパンで行動を振り返ってもらう機会をつくり、次の3カ月や、これからの行動の見直しにつなげている。

もともとは、石井氏が全社員の面談を行っていたが、現在は、はじめに担当部署である経営企画部門が1対1で実施。そのなかで、石井氏に直談判したほうが良い提案や、状況を知らせておいたほうが良い案件がある場合は、石井氏と従業員で再度面談を行っている。ただし、先述したように、全従業員のビジョンシートは社内で共有されていることから、石井氏にも直接情報が届くようになっており、面談以外の場面でも、ビジョンについて意見を交わす機会は大いにあるそうだ。

5月から6月にかけて実施されるビジョンシート面談を通して、全従業員の個人ビジョンと会社の経営計画を擦り合わせたり、たたき台にしていた戦術資料・戦闘資料を完成させることで、具体的な経営計画がとりまとめられる。取締役会での承認が下りれば、7月からその経営計画で新しい1年がスタートし、各従業員は完成した経営計画・個人のビジョンシートに明記された施策を、向こう1年間取り組んでいく流れとなっている。

従業員のビジョンが経営計画に反映されたケースも

従業員が立てたビジョンが、会社の経営計画に反映された事例も多い。例えば、「自社でセミナーを主催して新規顧客の獲得を目指す」というビジョンを掲げた従業員がいた際は、会社としてセミナーを増やす計画を立て、主催者としてその従業員を任命した。また「動画やアートディレクションのチームをつくりたい」というビジョンを掲げた従業員がいた際は、新しく動画チームを立ち上げることを計画し、その従業員に責任者を任せたこともあったという。従業員自身が「まだ自分には早いかな」と思うことでも、やる気や能力を踏まえて石井氏やリーダーが「やってみたら」と声を掛けることもあるそうだ。

また、ビジョンシートには今後従業員自身が希望するキャリアプランも記載されているので、どの従業員がどのタイミングで異動したいかが分かるようになっている。リーダーも面談で定期的に「あと半年で次のステップだね」など声を掛けることができ、引き継ぎ状況なども確認することができている。

採用活動段階より自社の社風を伝えて入社後のミスマッチを減らす

ここまで細かくビジョンを記載し、PDCAを回すことが負担にはならないのか。石井氏に尋ねると、「時間はある程度かかるが、ビジョンを公言すれば成功につながる可能性も高くなり、全体的に見れば生産性も上がっていくと考える。従業員が幸福に働くことができれば、業績にも必ずつながってくる」と語る。

そのぶん、会社に合わない従業員も出てくることが予想されるが、同社では採用説明会など、入社する前の段階から、企業理念やビジョンシートの存在や社風についてストレートに伝えている。

「極端にとがらせて言うことで、一定数に嫌われたとしてもマッチしそうな人だけが採用選考に来てもらうほうが、会社にとっても就活生にとっても、お互いに良いと考えている」

結果として、入社後の離職率はそこまで高くはない一方、設立14年目にして、10年以上勤続している従業員も10人以上いるという。

リーダーが持つべき価値観も方針化

また、全従業員の成長には、各グループで部下のビジョンを把握して進捗管理を行うリーダーの存在も重要になってくるが、同社にはリーダーが持つべき価値観をまとめたリーダー12カ条も定められており、そうした方針のもと、リーダーが育成されている。

石井氏はリーダーに必要なスキルは「コミュニケーションも大事だが、一番は率先垂範」と指摘。「リーダー自身が仕事を十分にやっておらず、口だけで部下に偉そうに言っていたら、誰も言うことを聞いてくれない。まずはリーダーが見本となり率先して取り組む姿勢を見せれば、部下もこの人から学びたいと考えるようになり、何も言わなくても付いてくることが多い」と語った。

企業規模を拡大するなら分社化・ホールディングス経営も視野に

従業員とのコミュニケーションを大切に、一人ひとりのやる気や挑戦を後押しする社風が根付いている同社だが、企業規模が拡大していくと、企業理念・フィロソフィの共有や個人ビジョン経営が難しくなることも考えられる。その点を石井氏に尋ねると、「同じ会社で個人ビジョン経営するには、100~150人くらいが限度になるのではと思う。それ以上の規模だと確実に希薄化するのが見えているので、さらに規模を大きくするなら、分社化して、個人ビジョン経営ができる人に社長を任せたほうが良いのではないか」と答えた。例えばデザイナー部門だけを分社化してデザイン制作会社をつくり、ホールディングス経営していくことも視野に入れていた。

また、現在は社内の業務のマニュアル化や、従業員のミーティング・プレゼンテーション動画を録画して、社員は誰でも、いつでも見て学ぶことができるようにするなど、どの従業員でも安定的にサービスを受けられる仕組み作りを進めているという。その環境整備が終われば、今後は「より採用人数も増やしていきたい」としている。

(田中瑞穂、荒川創太)

企業プロフィール

株式会社あつまる

所在地:
東京都渋谷区神宮前1-5-8 神宮前タワービルディング21F
設立日:
2010年8月2日
代表:
石井 陽介
社員数:
約65人(2023年9月1日時点 内定者・役員含む)
事業内容:
DXソリューション事業(集客マーケティングDX・新卒採用マーケティングDX・新卒人材紹介)

2023年10月号 企業取材の記事一覧