「三位一体の労働市場改革」で構造的賃上げの実現を目指す
 ――2023年「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)が閣議決定

国内トピックス

政府は6月16日、「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)を閣議決定した。労働分野では、「リ・スキリングによる能力向上支援」「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」「成長分野への労働移動の円滑化」という「三位一体の労働市場改革」による構造的賃上げの実現を目指すとしている。さらに、中小企業での賃上げ環境の整備や最低賃金の地域間格差の是正を進めるほか、あわせて決定した「女性版骨太の方針」に基づく女性活躍の支援も行う。

<基本的な考え方>

「時代の転換点」での課題克服に向けて大胆な改革を進める

骨太の方針は、予算編成を含めた経済財政政策への基本方針を示すもので、毎年6月頃に閣議決定している。

方針ははじめに、マクロ経済運営の基本的考え方を示している。まず世界情勢について、ロシアによるウクライナ侵略や、インフレ圧力と欧米各国の急速な金融引き締めによる世界経済の下振れリスクなどに触れ、「国際協調が一層求められている」とした。

国内の動向については、四半世紀にわたるデフレ経済からの脱却や、急速に進行する少子化とその背景にある若年層の将来不安に言及したうえで、「我々の意識の変化や社会変革を求める構造的な課題に直面している」と危機感を示したうえで、「我が国は、こうした『時代の転換点』とも言える内外の構造的な課題の克服に向け、大胆な改革を進めることにより、新時代にふさわしい経済社会を創造していかなくてはならない」と強調した。

また、過去四半世紀のマクロ経済政策運営を振り返り、「常にデフレとの闘いがその中心にあった」と言及。具体的には、「世界的な経済構造変化が生じる中でも、国内ではデフレによる需要停滞と新興国とのコスト競争を背景に企業はコスト削減を優先せざるを得ず、国内市場よりも海外市場を求めて海外生産比率を高め、国内投資を抑制し、労働者の賃金も抑制された」と分析。結果として、「イノベーションの停滞、不安定な非正規雇用の増加や格差の固定化懸念、中間層の減少などの新たな課題に直面してきた」としている。

<新しい資本主義の加速>

労働者自身の選択による労働移動を

方針は、新しい資本主義を加速させるための具体的な政策について、労働分野では「リ・スキリングによる能力向上支援」「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」「成長分野への労働移動の円滑化」という三位一体の労働市場改革により、構造的賃上げを実現するとともに、「人への投資」を強化することを打ち出した。また、家計所得の増大による分厚い中間層の形成や、多様な働き方の推進にも取り組むとした。

三位一体の労働市場改革の考え方については、一人ひとりが自らのキャリアを選択する時代となってきたなか、「職務ごとに要求されるスキルを明らかにすることで、労働者が自らの意思でリ・スキリングを行い、職務を選択できる制度に移行していくこと」が重要だとしたうえで、「内部労働市場と外部労働市場をシームレスにつなげ、労働者が自らの選択によって労働移動できるようにすることが急務」としている。また、「内部労働市場が活性化されてこそ、労働市場全体も活性化するのであり、人的資本こそ企業価値向上の鍵である」とも強調した。

リ・スキリングは個人への直接支援を拡充

3つの労働市場改革の内容を具体的にみていくと、「リ・スキリングによる能力向上支援」については、現在は企業経由が中心となっている在職者への学び直し支援策について、5年以内を目途に、効果を検証しつつ、過半が個人経由での給付が可能となるよう、個人への直接支援を拡充するとしている。

その際は、教育訓練給付の拡充のほか、教育訓練中の生活を支えるための給付や融資制度の創設について検討。また、5年で1兆円の「人への投資」施策パッケージのフォローアップと施策の見直しなどを行うほか、雇用調整助成金について、休業よりも教育訓練による雇用調整を選択しやすくなるよう助成率等の見直しを行うとしている。

職務給の事例集を年内に取りまとめる

「個々の企業の実態に応じた職務給の導入」については、職務給(ジョブ型人事)の日本企業の人材確保のうえでの目的、人材の配置・育成・評価方法、リ・スキリングの方法、賃金制度、労働条件変更と現行法制・判例との関係などについて事例を整理し、個々の企業が制度の導入を行うために参考となるよう、中小・小規模企業の導入事例も含めて、年内に事例集を取りまとめる。

「成長分野への労働移動の円滑化」については、失業給付制度において、自己都合による離職の場合に失業給付を受給できない期間に関し、失業給付の申請前にリ・スキリングに取り組んでいた場合などについて会社都合の離職の場合と同じ扱いにするなど、自己都合の場合の要件を緩和する方向で具体的設計を行うとした。

また、自己都合退職の場合の退職金の減額といった労働慣行の見直しに向けて、厚生労働省の「モデル就業規則」の改正や退職所得課税制度の見直しを行うとしている。さらに、求職・求人に関して官民が有する基礎的情報を加工したうえで集約・共有し、その基礎的情報に基づき、キャリアコンサルタントが働く人のキャリアアップや転職の相談に応じられる体制の整備等に取り組む。

労務費の転嫁状況を調査し指針を年内に取りまとめ

わが国の雇用は中小企業が7割を占めているが、方針は、中小企業が賃上げできる環境の整備や、最低賃金の引き上げなどにより、賃金の底上げを行い家計所得の増大に取り組むとしている。

中小企業等の賃上げ環境の整備については、賃上げ税制や補助金等における賃上げ企業の優遇等の強化を行う。その際は、赤字法人においても賃上げを促進するため、課題を整理したうえで、税制を含めてさらなる施策を検討するとした。

さらに、各サプライチェーンにおいて賃上げ原資となる付加価値の増大を図り、原価に対する利益の割合を示すマークアップ率を高めるとともに、付加価値の適切な分配を促進するため、エネルギーコストや原材料費のみならず、賃上げ原資の確保も含めて適切な価格転嫁が行われるよう取引適正化の促進を強化するとしている。その一環として、特に労務費の転嫁状況について業界ごとに実態調査を行ったうえで、労務費の転嫁のあり方について指針を年内にまとめる。また、業界団体に自主行動計画の改定・徹底を求めるほか、「価格交渉促進月間」の取り組みや価格交渉の支援を行う。

最低賃金は地域間の格差是正を進める

最低賃金については、昨年は全国加重平均でプラス31円と、過去最高の引き上げ額となったが、今年は全国加重平均1,000円を達成することを含めて、公労使三者構成の最低賃金審議会で、しっかりと議論を行うとしている。また、地域間格差に関して、最低賃金の目安額を示すランク数を4つから3つに見直したが、引き続きその是正を図るため、地域別最低賃金の最高額に対する最低額の比率を引き上げると言及している。引き上げ額が決定する今夏以降は、1,000円達成後の最低賃金引き上げの方針についても、新しい資本主義実現会議で議論を行うとしている。

多様な働き方を選択できる環境を整備

人手不足への対応も視野に入れ、三位一体の労働市場改革とあわせて、多様な人材がその能力を最大限に活かして働くことができるよう、多様な働き方を効果的に支える雇用のセーフティネットを構築するとともに、個々のニーズ等に基づいて多様な働き方を選択でき活躍できる環境を整備するとしている。

具体的には、週所定労働時間が20時間未満の労働者に対する雇用保険の適用拡大について検討し、2028年度までを目途に実施すると記載した。あわせて、時間や場所を有効に活用できる良質なテレワークやビジネスケアラーの増大などをふまえた介護と仕事の両立支援を推進するほか、勤務間インターバル制度の導入促進やメンタルヘルス対策の強化など、働き方改革を一層進めながら、副業・兼業の促進や選択的週休3日制度の普及などに取り組むとしている。

また、フリーランスが安心して働くことができる環境を整備するため、フリーランス・事業者間取引適正化等法の十分な周知・啓発や、同法の執行体制や相談体制の充実などに取り組むとしている。

<包摂社会の実現>

女性役員の数値目標とその達成を確保する仕組みを導入

包摂社会の実現のための政策として、労働分野では、女性活躍や就職氷河期世代の支援を掲げている。女性活躍については、骨太の方針と同日に閣議決定した「女性版骨太の方針」に基づき、女性の正規雇用比率が20代後半をピークに低下する「L字カーブ」の解消に資するよう、女性活躍と経済成長の好循環の実現を目指す。

具体的には、東京証券取引所のプライム市場に上場する企業を対象とした女性役員についての数値目標の設定や、その達成を確保する仕組みの導入などにより、女性登用を加速させるとともに、女性起業家の育成・支援等を進めるとしている。

そのほか、「多様な正社員の普及促進や長時間労働慣行の是正」「仕事と家庭の両立に向けた男性の育児休業取得の促進やベビーシッター・家事支援サービス利用の普及」「男女間賃金格差の更なる開示の検討」「女性の視点も踏まえた社会保障制度・税制等の検討」「非正規雇用労働者の正規化や処遇改善」「女性デジタル人材の育成」などで取り組みを強化するとしている。

就職氷河期世代に対して政府はこれまでも支援に取り組んできたが、方針は、今年度から2年間の「第二ステージ」において、「これまでの支援の成果等を踏まえて強化した施策を着実に実施し、地方自治体の取組も後押ししながら、相談、教育訓練から就職、定着までの切れ目のない支援や、個々人の状況に合わせた丁寧な寄り添い支援を行う」としている。

(調査部)