これからの産業政策と雇用—経営者の視点から:第43回労働政策フォーラム
産業政策と雇用を考える
—あるべき雇用・労働社会の実現に向けて—
(2009年12月16日)

加藤 丈夫 富士電機ホールディングス株式会社特別顧問/:2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

加藤 丈夫 富士電機ホールディングス株式会社特別顧問

経済の現状とか雇用対策の問題点については今まで4人の方が詳しくお話をされましたので、説明を繰り返すことはいたしませんが、今までのご説明の中で、私がやや違うなということを中心にお話しし、それから、今、経営として、雇用をどう考えているかについてお話させていただきます。

現在の経済情勢の見方ですけれども、リーマン・ショックから1年3カ月たって、景気が底入れしたのではないか、企業の業績が回復しているというお話がありましたが、私は、現在の不況はまだ底入れには至っていない、しかも、この低迷状態は相当長期間続くことを覚悟しなければならないと思っています。

ただ、はっきりしていることは、この不況は単なる景気循環の谷間ではなくて、おそらくこれは、新しい社会構造への転換に向けての1つの節目だと、とらえるべきではないか。不況の長いトンネルを抜けた後には、今までとは違ったまた新しい社会が創出されるんだというつもりで、いろいろな経済、産業のかじ取りを行わなければならないのではないかと思っています。

その社会構造を転換させる1つの原動力は何かといいますと、もうこれはすでに始まっていることですけれども、本格的な人口減少と少子高齢化社会の到来です。これは世界に例のないスピードで進んでいる。2つ目は環境重視社会の実現。3つ目は勤労価値観の多様化。そして4つ目はグローバリゼーションのさらなる進展。大きく言えばこの4つの要素が、社会構造を大きく変換する原動力になるのではないかと考えています。

新しい時代の雇用戦略をどう考えるべきかということですが、不況が相当長期化する、それに対して企業はもう1段のリストラを進めなければならない一方で、社会構造の転換に向けて、新しいビジネスモデルをつくっていかなければならない。いわば耐えることと仕込むことの両面作戦を同時に進めなければならない。それは、今までの企業経営にとってあまり経験したことのない難しい課題だと思います。

雇用問題でいいますと、先ほど連合の方からのお話もありましたけれども、昨年から、派遣切りの問題、非正規社員の雇い止めの問題について、経営が批判を浴びました。これで雇用問題は済んだのかと言われれば、私は、おそらくそうではないだろう、これからもう1段、厳しさを増すに違いないと思っています。

先ほど雇用調整助成金(雇調金)のお話がありましたけれども、現在国から雇調金の支援を受けて何とか雇用をつないでいる人たちが、全体で200万人を超えています。雇調金というのは、少し延ばしていただきたいと思いますけれども、そんなに永続的な制度ではありません。ですから、需要が回復しない限り、この雇用対策が、それほど遠くない将来、表に出てくる可能性が強いと思っています。

企業の業績が回復したといいますが、ほとんどの要因は、経費の節減なんです。先ほど、雇用が伸びない、賃金が減った話がありましたが、企業が行ってきた業績回復のほとんどは、経費節減で達成したんです。これはやはり、あるところで限界がくる。

当面の収益確保のためには、引き続き企業としてはリストラに取り組まざるを得ないだろうということが1つあります。もう1つは、新しい需要創出のための新事業の展開。先ほど研究開発の投資が必要だというお話がありましたけれども、私は、研究開発の投資が社会全体の需要効果を生み出すのには、1年や2年では無理だと思います。やはり5年とか7年とか、それくらいの期間を覚悟して研究開発投資をして新事業を創出して、事業を増やしていかなければならない。それくらいの時間の単位で、これからの生き方を考えていかなければいけないと思っています。

この新しい事業の創出の中で特に強調しておきたいのは、社会構造の変化で4つのポイントを挙げましたけれども、私は、2番目に挙げた環境重視社会の実現ということに対して、新しい事業モデルをどうつくり上げていくかが1番大きいポイントではないかと思います。

この間、鳩山総理が国連で、日本は1990年に比べて温室効果ガスを2020年までに25%減らすと宣言して、鳩山イニシニチブと言われていますが、産業界は猛反発しています。特に、電力、鉄鋼、セメント、エネルギー創出産業、あるいはエネルギー多消費型の経営トップからは、とんでもない話だ、これでは日本経済がつぶれる、これを進めるなら新規工場の建設は海外でやるなどといった反発が、猛然と起こっているわけです。

あの25%は、世界各国が1つの目標に向けて協調することを前提に、日本はこうするということを鳩山総理は言われたんだけれども、この前置きの言葉がみんな飛んでしまって、25%、25%という話にばかりなっている。最終的な落ちつき先はわかりませんけれども、いずれにしてもこれからの企業社会が、環境重視についてビジネスの向け先を大きく転換しないとやっていけなくなってしまうことははっきりしています。

1つは、企業内の経営の、自分たちの経営活動の中でどうしたら環境重視のマネージができるかということです。もう1つは、それぞれがつくり出す製品がどれだけ環境重視型の製品になるかという2つの側面から、企業のたたずまいが、大きく変わってくるんじゃないかなと思います。

私は電機メーカーに長くおりますけれども、電機メーカーとしては、環境重視社会の到来はビジネスチャンスがたくさんあると思っています。新エネルギーというのをどのように開発していくか。それから、日本が今、世界に向けて1番強い省エネ、省資源システム、機器をどう世界中に向けて展開していくか。それから、エネルギーの分野で言えば、太陽光、新エネルギーの前に原子力にどうやって取り組んでいけるか。ビジネスチャンスはいっぱいあると思っていますけれども、そういうことを含めて、産業構造は大きく変わると思います。

ビジネスチャンスですが、リストラがこれから続くと相当厳しいことを言いましたけれども、一方でこの新事業に仕込む人材の転換について、どれだけ企業が思い切ってできるか、これが勝負どころだと思います。先ほど来、国もいろいろな新事業創出に力をかしてくださるということで幾つかの方策が示されました。しかし、私は、あまりお国を当てにしないほうがいいなと。後で出てまいりますけれども、やっぱり企業が自分の力で、自分で新分野を切り開いていくのが正しい生き方ではないかなと思っています。

新しい時代に向けての雇用戦略ですが、いろいろなことがあるけれども、2つだけ申し上げます。1つは、人口減少、少子高齢化社会に向けて、企業が雇用延長に真剣に取り組むべきではないかということです。大体60歳定年というのが社会に定着して、再雇用であったり、65歳雇用という形での雇用が普及してきた、それが現状だろうと思います。国は既に雇用方針を発表して、70歳まで働ける社会、その後は、本人が元気でやる気になれば、幾つになっても働ける社会の実現ということで、それに合わせて雇用政策をとっていこうということが示されています。

このことに、企業は、ほんとうに真剣に取り組まなければならない。この不況をくぐり抜けた後の新しい社会構造と言いましたけれども、そのときには、10年先か15年先になるかわかりませんが、企業社会が絶対的な労働力不足時代に入ることは確実なわけです。それに対する対策をほんとうに今から考えておかなければならない。

第一点の問題は、この定年延長の問題。ただ、これが、単に定年を延ばすということじゃなくて、若い人を含めた人事システムを全部変えていくということです。詳しい説明はしませんけれども、人事システム全般の見直しに取り組む必要があるということです。

2つ目は、多様化への対応です。多様な勤労価値観を生かす雇用戦略を考えていく必要がある。先ほどの派遣切りとか非正規社員の雇い止めを含めて、企業に対する批判が高まり、製造派遣の禁止を法制化すべきではないかとか、非正規社員の正規社員への転換を促進すべきではないかという議論が、ここのところかなり起こっています。今まで企業がとってきた対策に対する批判は批判として、ある程度受けとめなければなりませんが、非正規、派遣、パート、アルバイトとかいう雇用形態の多様化は、これからもっと進めるべきだと思うんです。それに対する雇用のあり方をどうするかというのはまた別問題ですけれども、雇用形態の多様化は、これからの社会にとって必要なことだし、その多様化をとめるべきではないと思います。後でパネリストの方からご異論があるかもしれませんけれども、私はそう考えています。そういう中で、1人ひとりの価値観、勤労価値観に応じた働き方、働かせ方のルールというのを企業の中でこれからつくっていくことが大事です。今までの企業は、労働者の層別画一管理が主流でしたが、これからは、ほんとうに個々の価値観、個々の生活環境に対応した働くルールをつくっていく。ワーク・ライフ・バランスもそうですし、ワークシェアリングもそうだと思います。そのことについて企業が真剣に取り組んでいく必要がある。

最後に、これからの雇用問題を考えるときに、改めて民の役割、官の役割、国の役割の役割分担を明確にすることが大切ではないかなと思っています。企業はコーポレートガバナンスを最重要課題として、「自立」と「自律」にしっかり取り組むこと。

これは経営者としての反省ですけれども、あっという間に全就業者のうち非正規労働者が3分の1を超えてしまった。その人たちが、正社員との間ですごく大きな労働条件格差のまま働いている。一方的に会社の都合によって雇用がとめられてしまう。これは、この数年は、経営はやり過ぎだったと。このことに対して、経営がほんとうに、自立、自律という観念でどうしたら雇用をしっかり守っていけるかということについて考え直す必要がある。

農業や福祉の問題がありますけれども、ご承知のように、もともと医療、介護、そういう福祉関係や農業は、産業としては付加価値の低い産業です。そこに大量に需要がある。そこに人を振り向けていかなければならない。それは、受け入れ側で教育費を負担して人を育てなさいといっても難しい。もともと付加価値が低いのですから。したがって、しっかりした教育をして、きちんとしたプロにして、人を送り込んでいただく。このことは国の役割だと思います。

これからの雇用の基本というのは、同一価値労働同一労働条件の実現だと思います。雇用問題解決の1番の決め手はそこにあると思うんです。もしも子育て、出産の部分については国がきちっと面倒見るということをはっきり宣言できれば、この同一価値労働同一労働条件というのは、かなり進むのではないかという気がします。

同一価値労働同一労働条件の実現というのはいろいろな問題が解決する決め手だと思いますけれども、これは労使で乗り越えなければならない。どちらが乗り越えるのに大変かと言えば、私は労の方だと思うんです。労の方が、これを乗り越える努力が大きく要求される。このことがしっかりできたときに、私は、正規、非正規の問題はかなり解決されると思うし、ディーセントワーク実現への1つのカギになるのではないかと思っています。