人材育成型雇用を創出する産業は何か:第43回労働政策フォーラム
産業政策と雇用を考える
—あるべき雇用・労働社会の実現に向けて—
(2009年12月16日)

伊藤 実 JILPT特任研究員/:2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

伊藤 実 JILPT特任研究員

前に発表されたお二方は中央官庁の方で、豊富なデータからいろいろなことを導き出されましたが、私は全く違うやり方で、ミクロといいますか、企業の現場から何が言えるのかを報告して、成長戦略の参考にしていただければと思います。

2002年の後半ごろから日本経済が回復してきたのは確かで、これは、2008年のリーマン・ショックまで続いたわけです。この好況期に何が起きていたかを、まず少しおさらいして、現状と未来に触れたいと思います。

一言で言いますと、自動車を中心とした輸送用機器とかエレクトロニクスといった代表的な輸出産業が経済成長を牽引し、設備投資も活発化し、その循環でかなりの成長を達成したのは確かです。ただ、重要な点は、日本を地域別に見た場合、均質に成長が達成できたかというと、全く違う世界があらわれました。ある特定の地域が突出した活況を呈しましたが、取り残された地域は、数としては圧倒的に多いのですが、あまり経済成長の恩恵に浴せなかった。大都市圏から遠く離れたところは、総崩れとは言いませんが、ほとんど成長していない。リーマン・ショックが襲った後、何が起きたかといいますと、これは小泉政権のときから始まっていたのですが、財政危機が影響して公共工事を相当しぼったものですから、地方は支えを失ったというのが現状です。そういうときに、大都市圏を除いて恩恵に浴さなかった地域と、活況を呈した好調な地域というのは、産業構造上何が違うのか調べると、いくつかおもしろい点がわかりました。

1番典型的に違うのは、製造業の集積です。不振なところは、製造業の集積が弱いですから何が代替したかというと、建設、医療、介護といった業種です。有力な成長産業として、医療、介護が挙がっていますが、確かにそれは、地方の雇用や経済を支えた面が非常に強い。これに対して、製造業はどういうところに立地したかといいますと、東京や名古屋といった大都市圏の周辺地域です。

2003年以降、製造業のどのような業種が地方の雇用を支えていたかというと、意外と大騒ぎしている業種ではなく、食品関連産業の果たした役割が大きいのです。食品関連産業は1社来たといっても、せいぜい雇用が30人増えたとか、小さいところですと10人増えたとかいう程度ですのでそれほど注目されない。ただし、食品産業は食に関連していますから、エレクトロニクス産業と違って、今日進出してきて2年後には全面撤退といったことはほとんどありません。ですから、安定的な雇用を地域社会に提供する。

それでは、活況を呈した2003年から08年の夏ぐらいまで、雇用面で何が起きていたのかというと、労働政策とも絡んでいますが、製造業に大量の派遣労働者が入っていたんです。驚くべき数字で、100万人強が製造業に入っていたのです。

大量の派遣労働者が製造現場に投入された背景には、短期間に労働力を調達したい、生産変動に合わせて調整したい、といったいろいろな要因がありました。ただし、派遣労働者の大量配置は、副作用ももたらしたのです。日本を代表する半導体装置メーカーの工場長が、非常に苦しい胸の内を語っていました。増産体制に追われて何をやったかというと、1つはアウトソーシング、もう1つは派遣労働者の大量配置です。その工場では、最大時に正社員1,000人に対して派遣労働者が最大1,700人配置されていたのです。そこで何が起きたかというと、この不況ではっきりしたのは、技術、技能の空洞化が起きてしまったことです。極論しますと、この工場でできるのは、最終検査と組み立てくらいなのです。

それで、今、何を始めたかといいますと、アウトソーシングしていた仕事を自社にどんどん戻し始めているのです。それに併せて人材の育成を強化し始めた、というのが実態です。

ところで、マクロの統計で企業の利益配分を見ますと、興味深いことが分かります。財務省の統計を見ると、この好況期間に利益をどう配分していたかというと、1番増加が多かったのが配当で、その次は内部留保です。減っていたのが給与です。ですから、当然、労働分配率などから見れば、働く人たちには大して配分していない。この辺は連合が頑張ってくれないと困るわけですが、利益の多くが株主や内部留保に回っていたのです。ですから、内需がなかなか立ち上がってこないのは当たり前の話です。

それではどうするかが今日のテーマですが、マクロでは先程お二方が話されたとおりだと思います。ただ、それを企業レベルに落とすとどういうことが言えるかというと、1番重要なのは、やはり研究開発投資をしっかりやって、それを国が税制などで支えるということです。また、新しく興る産業は、企業が勝手に自由にやってくださいといっても、産業として育つのは非常に難しいわけです。現にいい事例としては、太陽パネルなどがそうですが、いっときは世界の首位グループを走っていた日本の企業が、気がついてみたら3位とか5位とかに転落しているわけです。その間にどこが力をつけてきたかというと、ヨーロッパ、台湾、中国のメーカーです。これは経済産業省も罪つくりなことをやったのですが、短期間で設置補助金を廃止したり、電力の高い価格での買い上げをやらなかったものですから、途端に成長がとまってしまった。ですから、最近助成策を拡充しましたところ、途端に需要が出てきますから、一斉に企業が動き出しています。

最後は、人材とか労働に関することですが、あまりにも企業にとって使い勝手の良過ぎるシステムをつくると、企業はあまり努力しなくなるんです。製造派遣を解禁したところ、募集・採用の手間が省け、雇用調整も簡単な派遣労働者を100万人も入れたわけです。しかも、長期雇用を予定していませんから、教育訓練等の人材育成をやらず、消耗品のように入れたり出したりする。ですから、派遣切りにあった労働者は、ほとんど技能を身につけていないので、再就職は難しい。加えて単純労働の受け皿であった建設業が大幅に縮小していますから、失業が長期化してしまう。直ぐに全部禁止するというのは企業のダメージが大きすぎますので、段階的に使い勝手を悪くした方がいいというのが私の持論です。そうすると企業も工夫しますから、結果的に労働生産性も向上することになる。何でも自由にすると、最後にしっぺ返しが来るということです。

それから、落ち穂拾いみたいな短期的就労といった緊急雇用対策などをやると、市町村や地方自治体が迷惑しています。3カ月で解雇しないといけませんから。何がいいのかというと、経産省からの報告でもありましたけれども、やっぱり職業訓練をやることです。ただ、職業訓練も中身が重要で、訓練する側が勝手にカリキュラムをつくると売れない。つまり就職できないということです。何が重要かというと、訓練側の都合ではなく、地域の企業の人材ニーズを調べてから、それに合った訓練内容を整備するということです。