パネルディスカッション

パネリスト
塩入 徹弥、川内 潤、牧野 史子
コーディネーター
池田 心豪
フォーラム名
第129回労働政策フォーラム「仕事と介護の両立─介護離職ゼロに向けた課題─」(2024年2月1日-5日)

池田 多様かつ多くの問題がある介護について企業の両立支援制度がどう対応していったらよいのか、掘り下げていきたいと思います。論点として5つ用意しました。最初に、家族の介護をしている労働者の健康問題を取り上げます。次に、要介護者との関わり方を少し掘り下げたいと思います。3番目は、人間関係の問題、職場や家族や友人との関係についてです。そのうえで、4番目として、これからの両立支援制度について、これからこういった考え方が必要ではないかといったことについて話し合いたいと思います。最後に、その先の課題である介護によって生じる不幸という問題を考えます。

論点1 働く介護者の健康問題

池田 多くの人が介護による健康不安を抱えながら働いています。介護継続者では、介護のためにけがや病気を発症する人の割合が17.1%にのぼります。傷病がなくても、介護による肉体的な疲労や精神的なストレスで、介護疲労を抱えながら働いている人は半分近くになります。あらためて、介護者の健康問題についてそれぞれコメントをお願いします。

最近はがんサバイバーの介護者にも出会う

牧野 この問題については、本当に心底から声を上げたいとずっと思っていました。国が2006年に介護者の調査をしたときに、25%の人がうつでした。介護うつは非常に大きな問題で、うつから、自殺や殺人など悲惨なことにもなりかねません。最近散見するのはがんの症状で、しかも、若い人もみられます。忘れられないのは、7、8年ほど前、実母(実父)を介護する娘さんのつどいである「娘サロン」で、遠方からの参加者が「私はがんのサバイバーです」と吐露されたところ、次々と、「私もです」「私もです」と3人続いたのを覚えています。がんの部位はいろいろでしたが、まさに40代の若い人がそういう状態なんだと、とてもショックでした。

介護負担の調査はありますが、ケアラーの心身を含めた健康調査は実際には非常に少ないことを懸念しています。介護者のほうが被介護者よりも先に亡くなってしまうケースも結構あり、ぜひこの問題は取り上げていただきたいと思います。皆さん、自分のことは後回しで、具合が悪くなっても病院に行けないというのが一番大きな問題です。

やはり、行政なり会社が、「危ないな」と思ったら「健診に行きなさい」「病院に行きなさい」と、強制力を持って、介護サービスをセットにして、健診や病院に行かせることを義務づける必要があると思います。サービスとセットでないとケアラーは動けない。また、自分の健康をチェックするセルフアセスメントを常日頃やっておくことが大変重要です。

訪問介護に行ったら家族が倒れて不在のときも

川内 牧野さんの話をひたすらうなずいて聞いていました。私が介護職をしていたときの話ですが、寝たきりの方の訪問入浴の際、いつもいる息子さん、娘さんがいない。すると近所の人が「昨日、娘さんが救急搬送されたけど、連絡は来ているか」と。連絡できる人もいない状況で本人が1人でいる家が、1軒や2軒ではないんです。また、介護する家族が倒れる家庭ほど、家族もそのことに気づいていないかのような気丈なスタイルをとる。

私の反省でもあり、今の介護相談では日々、介護疲れのアセスメント項目で、ある程度引っかかったときには、「いや、今はあなたが一番心配です。このままいけば、必ずあなたが先に倒れますよ」と言うようにしています。

塩入 企業として、毎年、社員のストレスチェックを実施して、数値が高い社員には産業医面談等で確認するなど、サポートしています。ストレスが高い要因は主に長時間労働や人間関係ですが、社員向けのストレスチェック時に合わせて介護についても聞いたことがあります。すると、介護に関わっている社員の割合が10%強、人数にすると1,000人以上いて、うち4割から5割が、やはり何らかのストレスを感じていると答えていました。会社としてはできる限りサポートするので相談してください、と繰り返し言っていますが、最後は本人の判断に任せているので、そこをどこまで踏み込んでいけばいいのか悩んでいるところです。今後は少し踏み込んで、例えば40歳になった社員には全員強制的に介護セミナーを受けてもらい、メンタルヘルスを守る取り組みもやっていきたいと思います。

介護者が自分のためにサービスを使うのは罪悪感がある

池田 経済産業省でも健康経営の中に介護の問題を入れようかという議論もあるようですので、本当に議論が深まっていくといいなと思います。牧野さんから、自分の健康管理のためにサービスを利用するという話が少しありましたが、私が示したデータでも、介護による傷病がある人は、時間的なミスマッチなど、介護サービスの使い勝手が悪いと感じていることがうかがえました。この点はいかがですか。

牧野 おそらく、親御さんのためにはサービスを使っても、自分のために使うことにまだ罪悪感がある。自分自身のために使っていいという風潮や文化をつくっていかなければいけないと思います。休養をとることがとても重要なので、たとえリラクゼーションや旅行であっても、ひいては親のためになるのだから休んでいきなさいと、誰かが言わないといけない。そこをリードするのは誰になるのでしょうか。

川内 そもそも介護保険は要介護者の自立を支援するための制度でしかなく、介護する側の人が受けられる支援は含まれていない。だから、「自分で自分のことを守っていかないと危ないですよ」と、自分の生活の中の犠牲感にまず気づいてもらう。家族介護は、やはり余裕がなければいいケアにはならない。常に自分たちのメンタルケアを行い、休まないといけないことを伝えています。

問題に直面しないと頭に残らないのが介護問題の難しさ

池田 企業としては、仕事も介護もしないで、たまには息抜きをするといったことをセミナー等でアドバイスしたりすることはありますか。

塩入 自分で抱え込んでしまうと、身体的にも精神的にも疲れてしまって続かなくなりますので、「自分の時間を確保しましょう」「会社の制度や介護保険サービスを使いましょう」と、繰り返し訴えかけています。しかし、実際に介護に直面しないと、聞いていても頭に残らない。ここが介護問題の難しさかなと思っています。法改正も予定されていますので、全員とまでは言いませんが、少なくとも40歳以上の人には強制的に情報提供ツールを「必ず見てくれ」と伝えようと思っています。

論点2 要介護者との関わり方

池田 今、介護には2つの考え方があると見ています。1つは、献身的に、不自由がないように何でもやってあげるスタイルの介護。もう1つは、なるべく手助けをせず、「自分ができることは自分にさせたほうがいい」として、親のペースを尊重する考え方、あるいは、予防という考え方で、できるだけ認知機能と身体機能を維持するように、適切な負荷をかけながらサービスをしていくという考え方です。

こうした介護についての考え方の多様化が、やはり仕事との両立にも影響していて、私が示した分析結果でも、献身的に介護をしているという人は傷病を抱える割合が高いとか、逆に、なるべく手助けしないで自分でさせているという人は傷病の割合が低いといった結果がみられます。要介護者との距離の取り方がこれからの介護を考えるうえでとても大事ではないかと思います。今までは、誰が介護するか、家族かサービスか、という話でしたが、どのように介護をするかという介護方針の問題が実は結構ホットではないかと考えており、この問題を掘り下げていきたいと思います。

親のためか、自分の不安解消のためかを一緒に考える

川内 私が相談者に伝えているのは、その介護は本当に親のためなのか、それとも、自分の不安を解消するためなのか、ということで、タスク一つひとつについて「どちらでしょうか?」と一緒に考えるようにしています。そうすると、「もしかして自分が不安だからやっているかもしれません」とおっしゃる人が少なくありません。

親が自分に与えてくれた、子育てのときのメッセージを、そのまま返そうとしてしまう、パターナリズムという関係性がどうしても生じてしまいます。でも、老いていけば転ぶことが当たり前で、認知症が進行するのが当たり前なんです。その前提が崩れてしまっている。やはり自分の生活があったうえで、親が何を大事にしているかを掘り下げられたとき、皆さん安心されることが多いと思います。

介護で親との関係性を取り戻そうとする人も

牧野 お母さんと自分との関係という話が多いのですが、一生懸命、献身的に介護してしまう理由は、やはり子どもはいくつになってもお母さんに「認められたい」「愛されたい」という思いが潜在的に大きいのではないかと思います。兄弟間で、「私のほうが介護している」「いやいや、俺のほうがよく考えているよ」と、アピールし合うことがあります。それが発展すると、相続の問題が非常にボディーブローとなって効いてくる。

介護には、親子関係、自分がどう育てられたかが大きく影響していると感じます。特に、非常に愛されてきた人と、逆に、愛着障害といって、愛されてこなかった人、その極端な例の人たちがきついなと感じます。介護で親との関係性を取り戻そうと思ってしまう人が実際にいる。かたや、親役割の逆転で、自分は親を子どものように介護しているけれども、いつまでたっても親の支配下にあるということを漏らす人もいます。

企業としても個人の思いは尊重したい

池田 同じ要介護状態で、同じ家族構成でも、どこまで介護するのか、社員によって介護との関わり方が違うということに対して、企業はどのように考えたらいいのですか。

塩入 やはり介護は個別性が高いので、全ての人にマッチする支援というのは難しいです。少し距離を置いたり、プロに頼んだほうがいい介護をしてもらえてよい場合もある、という情報は何度も伝えています。

しかし、個人の思いは尊重したいと思います。最近は、お子さんの介護問題についても相談が上がってくるようになりました。そうした問題を相談できる風土も広がってきたと思っており、「両立のために必要なことはこうです」「でも最後は自分で大事にしたい思いを選択してください」と説明しています。

外部から家族関係の構造を指摘して「介護不幸」を減らす

池田 介護を専門家に任せるということについてですが、私も、介護は専門的な知識とスキルが必要な営みになっていると感じています。家族が心配だからお世話するということの延長に、サービスや専門的支援、外部の支援があるのではなく、例えば予防という面で認知症を進行させないような声かけの仕方の話など、技術論が大事になっていると思っているところがあります。

川内 そうですね。われわれ専門職も、自分の親だけは介護してはいけないと習うんです。“Cool head,but warm heart.”と。やはり専門職であっても、自分の親だったら、知識や経験、技術があったとしても、冷静さや距離感を欠いてしまうことがある。

企業が早い段階で伝えてくれたり、あなたの家族関係は今こういう構造になっています、と誰かが言ってくれることで、「介護不幸」はかなり減るのではないかと思います。介護の現場で働いていたときに、「おまえ、うちの方針と違う介護の仕方をしたな」なんて言われて、私も若気の至りで、「あなたが先に倒れたらどうするんですか」とか言い合ったりして、だいぶ出入り禁止を食らいました。やはり、鉄は熱いうち、熱くなる前に打つことが、企業だからこそできるプッシュ型の支援ではないかなと思いながら聞いていました。

論点3 職場、家族、友人との人間関係

池田 3番目の論点として、職場、家族、友人との関係についてうかがいたいと思います。気軽に私生活のことを話せる職場だと介護離職のリスクをかなり回避できることから、職場で介護のことを話せるようにしましょうとよく言われます。しかし、これがなかなか難しいということが、私の研究でもわかってきました。また、相談しただけではだめで、実質的な支援を得られるかが大事なのですが、相談したけれど短時間勤務させてもらえなかったというようなケースもある。

調査のなかで、どうして勤務先に介護のことを話さないのか聞いてみると、「私生活を持ち込むべきではないから」という回答割合は実はあまり高くなく、話しても変わらないと思う人や、自分で年休をやりくりしたり、残業調整したりして通常勤務で何とかする人もいます。会社としては、相談してくださいと言ったからには空手形は打てないと思うのですが、大成建設さんでは、コミュニケーションにおいて何か工夫されたことはありましたか。

気兼ねなく最低限の休暇をとれるようにする

塩入 話しにくい、相談しにくいという一番の理由はやはり、周りの人に迷惑をかけてしまうという思いなので、できる限り最低限の休みが取れるよう制度を拡充しました。当社では、介護休暇(15日)を有給かつ時間単位で取ることができます。また他にも一般の時間単位で取得できる年次有給休暇もありますから、休みの理由を明かさずに職場を少し離れることができ、結局、何の要件で1時間いなくなっているかを誰も気にしなくなってきたことから、あまり気兼ねせずに取得する人が多くなってきたと思います。

池田 川内さんに相談に来る人はどうですか。上司に気軽に相談できる感じですか。

川内 いや、そうでもない人もやっぱりいて、「生まれて初めて介護の話を家族以外の人にしました」という人が結構います。やはり会社に言うタイミングが、自分が休みを取らなければいけない状況に追い込まれたとき、というのが通例になってしまっている。

大成建設さんのようにさまざまな制度があって、いろいろな形で休める風土をつくっていかれるのは本当にすばらしいと思います。一般の企業では、制度とともに風土づくりにも取り組んでいかないと、結局、ぎりぎりまで当人が抱え込んでしまう。ただ、「話しても変わらない」というのは、何か言ったことで変わってほしいという期待の裏返しだともいえます。ふだんから、職場で家族の話ができているかが大事で、育児と違って介護はなかなかディスクローズできない話題であることを、企業が意識できているかどうかがとても大事だなと思いながら聞いていました。

池田 介護が本格的に始まる前から、親が年を取ってくればだんだんできないことが増え、心配が増えてくるというようなことを自然と話せるようにすることと、ただ話すだけでなく、休暇制度なども活用しながらうまくコミュニケーションをとることが大事なのですね。

塩入 今、多くの企業で人的資本への投資やエンゲージメントの高い組織づくりに取り組んでいますが、その根本は「心理的安全性が確保された職場づくり」です。社内でもかなり議論して、組織を変えていこうという風潮は高まっていますので、今まで以上に自分のプライベートな話もしやすいように変わっていくと思っていますし、そうした風土を期待しています。

家族との関係はどう相談したらよいかわからない

池田 職場の人間関係は上司の努力で何とかするということがありますが、家族の人間関係は仲裁に入ることはできないですね。牧野さん、いかがですか。

牧野 家族との関係はたいがい悪くなる介護者が多い。ですが、相談するというのは、一般的にとてもハードルが高い。何をどう相談していいかわからない。ですので、休み時間などに、「ケアや親のことを話そう」というランチカフェのような場を設けて、会社の上下関係ではない外の人と話せる機会をつくるというのはとても安心感があります。そこで何か情報提供してもらったり、コミュニティーに入っていくことが重要です。

池田 川内さん、やっぱり1人になっていってしまう相談者の方は多いですか。

川内 子育てと介護のいわゆるダブルケアで、かつ仕事もしているというような状況では、考える時間や気持ちの余裕をどんどん失っていきます。自分からいろいろな支援をはじいてしまうループに入ると、そこからの支援は相当難しい。もっと低いハードルで話しやすい場をつくるため、最近では、オンライン上にコミュニティーをつくり、そこで言いたい放題言い合う場をつくったり、企業のなかで毎週、語り合いの会をお昼に開催して、月1回私がそこに登場して、「いや、これはこういうふうに考えたほうがいいですよ」などと答えたりしています。

相談になる前の段階で救う方法として、セミナーでも、親が元気なうちから会社のコミュニティーに参加したり、20分で終わってもいいから相談に来てほしいと、とにかく言いまくります。深みにはまってからの支援は本当にコストがかかりますし、結局、両立に至らない可能性が高くなる。企業がどれだけ軽いところから支援ができるか、だと思います。

外部の専門家につなぐことで高い満足度に

池田 しかし、高度なコミュニケーションが必要ですね。上司に相談したら、上司が経験に重ね合わせた話をしてしまい、「もうこの人には話すまい」と思った人の話を私も聞いたことがあります。介護の場合は子育てのように「あるある話」になりにくい面もあり、何が正解なのかわからない。そういうコミュニケーションは、上司にとってもつらいと思うのですが。

塩入 やはり素人なので、深い内容まで答えるには限界があると思います。特に男性はなかなか人に相談しにくい傾向にあると思います。ただ相談をしなくても介護セミナーに参加した男性から、周りに来ている人たちを見て、「あの人もそういうことで悩んでいたんだとわかっただけで、だいぶ気持ちが楽になった」というような感想もあります。

家族の問題は外部の専門家につないでいます。そこはプロなので、不満や不安を受け止めてくれることから、利用者の満足度は非常に高いです。ただ、こうしたサポート体制があることが広く認知されていない。会社の取り組みが多くの社員にきちんと伝わっていないので、まずはそこを徹底して行うことが大事だと思っています。

課題解決型の思考性だと捉えきれない

池田 介護の問題は、日常が問われるというか、もともと上司と部下や同僚間にどれほどの信頼関係があったのか、家族との間にどんなわだかまりが眠っていたのか、友達との関係はどうだったのかなど、いざ介護となったときに一気に噴き出すような印象があります。

川内 やはりわれわれのような専門職が、伴走的支援でずっと話を聞き続け、「でも、こういう整理でいきませんか」という場を繰り返しつくっていくことが大事です。企業の中のコミュニティーがその役割を示すこともあるだろうし、何より続けていくことが大切です。介護の場合は課題とともにあるのが通常の形なので、課題解決型の思考性だとなかなか捉えきれなかったりします。

管理職は、提案型のコミュニケーションに慣れてしまっていると、与えられたものに対して返さないといけないというプレッシャーがあるため、コミュニケーションの取り方を管理職向けのセミナーや経営者向けセミナーに入れたりします。話を聞くだけでいいし、言ってもらったときに「ありがとう」と伝えてほしいし、自分の経験を押しつけないのが一番いい。とにかく専門のところにつなぐことを徹底して、ロールプレイもやっていく。「これでいいんだ」という感覚を持てると、いろいろな人がやりやすくなるんじゃないかなと思います。

池田 家族や友人のふだんの関係が噴き出すという場面は牧野さんの周りでは多いのではないですか。

牧野 そうですね。「男兄弟がいるけれど介護を少しも手伝ってくれない」という共通の問題を持つ人どうしなど、共通項を持ったケア仲間がいるといいですね。出会いの場で連絡先を交換すると、ずっと2人で情報交換しながら、お互いを励まし合い、成長していきます。

意外とケアラーは、「自分でこうしよう」と方向性を持っていて、それを後押ししてほしいという思いがある。それを見守ってくれたり、それでいいんだよと言ってくれたり、そういう場所が必要なのです。もちろん情報提供は必要ですが、結論を選ぶのは本人です。そういう場をいかにつくっていくか、ではないかと思っています。

論点4 これからの企業の両立支援制度のあり方

池田 現在の育児・介護休業法が定めている制度は、緊急対応と体制構築は介護休業で、通院の付き添いは介護休暇で、というように、制度ごとに異なる介護の場面を想定したつくりになっています。バスケットボールでいうマンツーマンディフェンスのやり方です。

今回、私が本のなかで提案しているのがゾーンディフェンス型で、1つの制度がいろいろな形で使えたほうが使い勝手がいい。例えば介護休業を長く取りたい人がいても、その理由はさまざまです。健康状態が悪くて少し仕事を休みたいという人もいれば、日々のやりくりが大変だとか、遠距離介護の人もいる。問題を解決する方法が介護休業だけなのかというと、そうではなく、介護休暇の日数を増やすという方法もあるし、時間単位の介護休暇を増やすというやり方もある。

大成建設では先ほど、介護休暇の日数を増やすとともに、年休も時間単位で取得できるとのお話がありましたが、結局、何のためにということではなく、本人がそれぞれ自分の都合に応じて使うということになる。管理するほうも楽だし、使うほうも便利だと思います。塩入さん、介護休暇のニーズはいまどのような状況ですか。

柔軟にとれるようにして取得者の数も増加

塩入 柔軟に取れるようにした結果、取得者の数も増えました。また、取得者がいる職場のエリアもどんどん広がっていきました。管理職が取れば、部下も取りやすくなります。やはり介護休暇は柔軟に取れるようにするのがいいと思います。当社は有給ですが、無給にしたとしても、使い勝手は介護休暇のほうがいいのかなと思います。

当社では介護休業も180日あり、半日単位で取得することができ、時間のシフトもできるので、かなり短時間勤務と同じような使い方もできます。ただ、休業のほうは給付金の問題があり、あまり細かく取ると給付金がもらえなくなるなど、ややこしくなる問題があります。そのため、介護休暇を柔軟に取れるようにするのが一番いいのかなと個人的には思っています。

池田 いかがですか、川内さん。今の制度、結構難しくないですか。

川内 マンツーマンの形は、運用する側も、取る側にとっても難しいやり方だと思います。介護が必要な状況であることを言いづらい構造のなかで介護離職が起きているのだとしたら、シンプルにしておくことが非常に重要ではないかと思いました。

池田 牧野さんはいかがですか。

牧野 制度が難しいと、説明するほうも本当に理解できませんし、聞いたほうも頭に入らないですよね。シンプルに、「取りたいときに取って」と言われたらどんなに楽かと思います。現場では、半日は取る必要ない、2時間だけ休めれば、ということもありますので、取りやすさが一番だと思います。しかも、そこにいろいろなハードルがないということが、当事者としてはありがたい。

池田 私の本の中では、多様な介護問題にゾーンディフェンスで対応する制度として、短時間勤務にポテンシャルがあるという結論になっています。実際、何が正解なのか、企業のいろいろな事例を見ながら私も考えていきたいなと思います。

論点5 介護不幸をなくすために──今後の課題

池田 最後に、今後の課題として、いま政府は介護離職ゼロを推進していますが、本来は介護によって生じるさまざまな不幸に対応していくことが大事です。離職以外にもさまざまな介護不幸がありますが、まず、企業にとっては離職以外にどんな不具合や不都合が起き得ますか。

企業としては離職以外ではプレゼンティーズムが課題

塩入 やはりプレゼンティーズム(健康問題で出勤時の生産性が低下すること)です。高年齢になって、将来的なお金の問題や働き続けることへの不安、自分の健康問題などの悩みがあるなかで、さらに介護が入ってくると、余計ストレスがたまって、悩んでメンタル不調になるケースもあると思います。そこで、介護をするようになっても気持ちよく働ける環境をつくるにはどうしたらいいのか、みんなで真剣に考えることが大事だと思っています。

川内 「親不孝介護」という言葉ですが、相談を受けるなかでも、「親孝行しないと」と思っている人よりも、「いやあ、ちょっと自分、親不孝なんだよな」と言っている人のほうが、専門職として見るといい介護になっていることが多い。だから、介護を頑張ることが本当に親のためになるのかどうか、企業や職場から発せられていることは、ロイヤリティーとはまた違った企業と従業員の関係のチャネルができあがっていくような気がします。

介護相談やセミナーの後に、「いやあ、うちの会社、こんないい会社だとは思いませんでした」と言われることがあります。そういう伝わり方をするのが介護だとすると、きっと企業にとって、介護は費用対効果の高い支援だと思います。親孝行の呪縛が解けるのは企業だ、ということを伝えて終わりたいと思います。

地域でケアラーが駆け込める場所づくりを

牧野 失職して一番困ることは、やはり社会保障がなくなることです。ドイツの介護者支援では、インフォーマルケアラーを労働者と見立てるという考え方があり、インフォーマルケアに対して労災、年金、失業、介護の制度があります。介護手当もある。感情労働も含め、ケア労働をしているというドイツの社会保障的な在り方、考え方を知っていただきたいと思います。

ヤングケアラーの問題でいえば、学校が最も発見できるところです。そういう意味では、企業の中でケアラーを発見していくということが重要だと思っています。やはりケアラーに対する何かアドバンテージ、ケアをしている人にはこういうメリットがある、と、ぜひ掲げていただくと、意識も変わっていくのではないかと思っています。

地域で一番欲しいのは、駆け込んでいく場所です。保険の相談室はよくありますが、同じように、素人でも行きやすい介護の相談室、駅前にある案内所のように、企業と地域がコラボしてそれを行政がバックアップするような場所があればと思います。ケアラーの問題は幅が広く、いろいろなセクターが横串を刺さないと解決に至らないと思いますので、リーディングカンパニーにはぜひ考慮をお願いしたいと思うところです。

池田 これまでの研究でたくさんのことを教えていただき、また、非常に示唆に富む発言や活動をされているお三方を招き、本当にいい時間を過ごすことができました。今後の仕事と介護の両立支援について少しでもお役に立てるお話ができていたら幸いです。ありがとうございました。

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