パネリストからの紹介3 NPOの取組 仕事と介護の両立~介護離職の防止に向けて~

講演者
牧野 史子
NPO法人 介護者サポートネットワークセンター・アラジン 理事長/一般社団法人 日本ケアラー連盟 代表理事
フォーラム名
第129回労働政策フォーラム「仕事と介護の両立─介護離職ゼロに向けた課題─」(2024年2月1日-5日)

私がケアラー支援を始めたのは、阪神・淡路大震災の後、神戸に住んでいて、仮設住宅の支援をするなかで、ケアラーの孤立、ケアラーの人生や生活に触れたことがきっかけです。どのように地域につなげていけばいいかと考え、東京に戻った2001年にアラジンという団体を立ち上げました。そして2010年から、日本には家族を根本的に支援するものがない、これは法律がないからだと思い、日本ケアラー連盟という団体の立ち上げに関わりました。地域の活動から見えてくるケアラーの課題や皆さんの声をお伝えします。

地域も社会激変しているのに社会や家族の規範が変わらない

国もヤングケアラーを支援する施策に乗り出し、「ケアラー」という言葉が使えるようになり、私たちにとっては隔世の感があります。ケアラー支援を始めて四半世紀になりますが、なぜ今、ケアラー支援が必要なのでしょうか。

シート1のとおり、急速な高齢化や少子化でケアの必要な人が確実に増え、介護期間が長期化しています。また、家族が小世帯化し、世帯構造もさまざまです。家族の数、兄弟の数も減少しています。ケアの担い手が少なく、ケアの役割が若年層にも下りてきています。そして、結婚の様相が変わっていることは非常に大きな要因で、シングルケアラーが増加しています。また、雇用不安の問題や、地域のつながりが薄くなり、気軽に相談できるところがない。地域も社会もドラスチックに変わってきているのに、介護保険ができても「介護は家族でやるべき」という、変わらない社会や家族の規範、呪縛があると言えます。

シートの右側のグラフは、当連盟の代表理事でもある立命館大学の津止正敏先生が作成したもので、ケアラーの属性の推移を示しています。最も大きな変化は、子の配偶者、つまり嫁が激減しています。介護別居がわりと聞かれるようになりましたが、樋口恵子さんのいう「嫁の撤退」が顕著です。そして、夫、息子など、男性介護者が増加しています。地域によっては、男性介護者が4割というところもあります。

アラジンではケアラーを孤立させないための取り組みを実施

アラジンが行っている事業を紹介します。ケアラーを孤立させないための取り組みや、ケアラーのための社会保障制度の実現など、いろいろとチャレンジしています。

具体的な事業のなかで力を入れているのは、ピアサポートです。仲間づくりや、電話・訪問相談事業などを行っています。支援する人を養成する事業も行っており、ケアラーをサポートしたいという人は潜在的には多く、その半分はケアラー経験者です。交流拠点もつくっています。「ケアラーズカフェ」という名のコミュニティーを運営しています。啓発事業では、在宅介護者の必携のツールである手帳や冊子などもささやかに出しています。

今、力を入れている「つどい場」について説明します。若年認知症の親を介護する女性から、「私はひとりです、介護を話す場所がない」と相談があり、「会社にも、友達にも言えないし、どうしたらいいでしょう」と同じようなケアラーからの声が相次いだことがきっかけで、2006年ごろから始めました(シート2)。「娘サロン」「息子サロン」と属性別のサロンがあり、いずれもほぼお母さんを介護する娘さん、息子さんのサロンです。

最近はポストケアラー、いわゆる介護が終わった人たちのサロン「ポストケアラーのつどい」も運営しています。なかなか仕事に就くこともできない、体も壊している、経済的にも厳しいという人々が、介護が終わると、独りぼっちになってしまって、孤独・孤立の問題に直面していることが背景にあります。

娘さん息子さんにも共通して言えることは、入り口は介護の話、ケアマネさんやサービスの話ですが、深まるにつれ、親兄弟のこと、そして自分自身のこと、仕事の話になります。いわゆる自分自身のことを話す場所がないことの表れで、50歳前後の人たちが多くを占めています。

イギリスをモデルにケアラーズカフェを開設

私たちは、ケアラー支援のモデルをイギリスに見ています。イギリスには何百カ所も公設民営のケアラーセンターがあります。2012年に日本でもケアラーズカフェをつくりたいと、東京の杉並区、阿佐ケ谷駅から2分の場所に、日本で第1号のケアラーズカフェをつくりました(シート3)。ほぼどこの自治体にもある認知症カフェと違う点は、中にケアラー支援を熟知しているコーディネーターが1人いることです。

誰でも入ってきて、そこで全員と言葉を交わせる、そんなカフェです。カフェの立ち上げ講座を開催したら、120人が参加して、今その人たちが地域でケアラーズカフェをつくっています。看板に「ケアラーズカフェ」と出ているので、もしかしたら私の味方をしてくれるかもしれないと思って来てくれる人も多いと思っています。

ポイントは、絶好のロケーションです。真向かいに病院、斜め前に地域包括支援センターがあります。いきなり電話がかかってきて、病院にお母さんを入院させて、これからどうしようとパニックになった人が、何も知らずに飛び込んでくる、という場所なんです。本当に入り口、あるいは入り口にも行かない人たちが、前もって情報を取れたり、人脈をつくったり、地域とのつながりができたり、今はその場所にはないのですが、とても有益な場所でした。

また、いわゆるケアラーズカフェには、住み開きという方式もあります。大きな家の一部屋なり1階なりが空いているお宅で、リビングを地域に開く。その立ち上げ支援をアラジンで実施しています。シート4はその一例です。

ここの特徴は、地域の高齢者やケアラーがたくさん来るということ。そして、地域の人たちのおいしい手作りのご飯があります。ここにもケアラー支援のコーディネーターがいますので、「あなたと同じような人が今度何曜日に来るから一緒に話をしませんか」と、出会いの場をつくったり、情報提供したり、安心して認知症のお母さんも連れて来られるなど、ハードルが非常に低くなっています。

こうしたケアラーズカフェは、今、全国的にあり、さまざまなタイプがあります。北海道栗山町では行政の設置型のカフェがあります。私どものようなレストラン型もありますし、個人のお宅を丸々カフェにしたという空き家活用型もある。ケアラーセンターそのものをつくったという愛知県の例(てとりんハウス)もあります。しかし、ケアラー支援は施策になっていませんので、行政の支援が受けられないことが大変なネックでした。地を這うような苦労をしながらも、志を持って取り組んでいる仲間たちがたくさんいます。

ケアラーのストレスは介護そのものの負担だけでなく、人間関係なども

ケアラーのストレスというと、どうしても、食事や排せつ、入浴、介護・介助をイメージするかと思います。もちろん認知症のBPSD(認知症の行動・心理症状)による混乱から来る昼夜逆転のケアは本当に大変なものがありますが、他にも案外ストレスがあります。

ケアをしている相手、要介護者との関係性から来るストレス、あるいは周りの家族、兄弟や親類です。最もストレスなのは、たまに来るおじさんおばさん、というケースが結構多く、介護方針について意見が食い違ったり、いろいろなことを言われて傷ついて、閉じてしまう。それから、頼りにすべき医療・介護職など、支援者のサービスに関するストレスも実はある。

これは全部、人間関係の問題です。企業で働く人のストレスは、人間関係が多いと聞きますが、介護も実は同じで、もう7割、8割を占めるかもしれません。ストレスは、見通しが持てないという不安感や、わかってもらえないという孤立感が大きいのではないかと思います。

ケアラー自身が緊急時の介護サービスを望む声

2010年にケアラー連盟が全国5カ所で実施した調査をみると、ケアラー自身がほしい支援は、「仕事と介護の両立支援策」でした(シート5)。注目してほしいのは、「ケアをしている相手への直接支援策」のなかの、「本人緊急時の要介護者へのサービス」の割合が高かったという点です。本人とはケアラーのことです。いつも皆さん、「私が倒れたらこの人はどうするんだろう」という緊張状態でいる。それを不安に思うから、かえって病気になってしまうという話があります。

また、経済的支援策では、「在宅介護者手当」や「年金受給要件に介護期間を考慮」の回答割合が高い結果が出ました。これは日本にはない考え方ですが、ヨーロッパでは介護中も介護期間を年金受給要件に入れるという考え方をしている国があり、今後、検討の余地はあると思っています。

アラジンが実施したシングルケアラーの調査で、介護による影響を聞いたところ、7割の人が健康状態、8割が仕事、9割が人生や将来に影響したと答え、大きな影響を及ぼしたことが明らかになっています。また、アラジンのホームページで、介護と仕事の両立というテーマで寄せられた声をみると、「自分のために病院に行く時間が取れない」、あるいは、「SOSを出したけれども、在宅で頑張ってと言われてしまった」「人生設計ができなかった」などが多くありました。

当事者からはケア経験をキャリアとして認めてほしいなどの要望が

当事者からの声では、「メンタルヘルスに関する電話相談がほしい」「柔軟に利用できるサービスがほしい」「定期的なコミュニケーションの場がほしい」などがありました。寄り添う人がほしいということですね。ケアマネジャーさん以外で気軽に話をしたり、悩みを相談できる場がほしい。ケアをしていることによるアドバンテージ、ケア経験も職歴のようにキャリアとして認めてほしいとの声や、ケアラーを雇用することによる財政面でのメリットを付加してほしい、という声もあります。ぜひ今後検討いただきたいと思っています。

ケアラーには多面的な支援が必要だとお伝えしてきましたが、介護の代替も物理的にはもちろん必要です。心理的支援、健康の支援、情報の支援、そして直接的な経済的支援、これは就労支援や職業あっせんも含みます。イギリスではこうしたことを実施しています。一番欲しいのは緊急時の支援です。最近、民間の会社が始めたという情報も耳にしましたが、本当に困ったときに駆けつけてくれる、ケアラー救急車をぜひ実現してほしいと思っています。

プロフィール

牧野 史子(まきの・ふみこ)

NPO法人 介護者サポートネットワークセンター・アラジン 理事長/一般社団法人 日本ケアラー連盟 代表理事

千葉大学教育学部卒業。1995年阪神大震災の仮設住宅支援活動中に“介護者の孤立”に着目し、支援活動をスタート。2001年東京にて「介護者サポートネットワークセンター・アラジン」を設立。以来、「介護者の会」や「ケアラーズカフェ」など介護者を地域へつなげるしくみづくりを推進している。ここ10数年はミドル世代のシングルケアラー、さらにポストケアラーの孤立や心身の健康に焦点をあて、社会へ発信をしている。また2010年一般社団法人 日本ケアラー連盟の設立に加わり、代表理事のひとりとして「ケアラー支援推進法」の制定にむけ、ロビー活動を展開している。

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