パネリストからの紹介1 企業の取組 介護離職防止に関する取組について

講演者
塩入 徹弥
大成建設株式会社 管理本部人事部専任部長
フォーラム名
第129回労働政策フォーラム「仕事と介護の両立─介護離職ゼロに向けた課題─」(2024年2月1日-5日)

大成建設でのDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)やワーク・ライフ・バランス推進の責任者としての経験から、介護離職の防止についてお話しします。

女性活躍促進を進めるなかで有効だと気づく

当社は、2010年から本格的に介護離職防止を始め、長い間、いろいろなことに悩みながら取り組んできました(シート1)。

取り組みについては、実は介護離職をする社員が多くて困って始めたわけではありません。女性活躍推進の取り組みを進めるなかで、これはかなり有効な手段の1つだと気がついたのが経緯です。男性が圧倒的に多い建設業の組織ですので、女性が活躍するためには、やはり男性を意識啓発し、巻き込んでいかないと難しいと考え、取り組みを始めました。

女性社員に今後のキャリアについて聞いたところ、「これからも働き続けたいが、介護するようになったら難しいかもしれない」という社員が結構いたのが最初の気づきでした。そして、女性の活躍を阻害する問題の改善活動を行ったところ、男性社員も、介護をかなり自分ごととして考えていると強く感じました。介護をテーマにすると男性もワーク・ライフ・バランスを真面目に考えてくれると思い、本格的に取り組もうと決めました。

事前の心構え、お互いさま意識の醸成に向け、情報提供に注力

ただし、具体的な取り組みを始めるまでに少し時間がかかりました。介護は個別性が高く、すべての対象者に事情に応じた支援をするのは難しい。まして、介護に専念する社員への取り組みを企業が行うにも限界がある。やはり働きながら介護をする両立支援が大切だとの結論に至り、介護に直面しても困らないように事前の心構えをしてもらう、また、職場のみんなで助け合う意識を醸成するための情報提供が必要だと考え、取り組みを行ってきました。

まず、会社の制度等をきちんと周知しようと、かなり真面目に冊子を作りましたが、ボリュームが多くなりすぎて使われなかったので、「仕事と介護の両立相談シート」という1枚の紙にまとめました(シート2)。シートの左側には会社の制度が書いてあり、右側の上に自分の働き方、下に介護に対する自分の考え方を記入してもらい、ケアマネージャーと打ち合わせをする際に使えるよう作成しました。

介護セミナーにも力を入れました。「いつまで続くか分からない」「いくらお金がかかるのか」というような漠然とした不安を少しでも軽くするため、さまざまな社員のニーズをもとに、テーマを絞って続けてきました(シート3)。これまで社員の約4分の1が参加しており、満足度は非常に高いです。

より多くの社員に参加してもらうため、参加者を増やす工夫を行いました。例えば、社員の半分が工事現場で働いており、「時間的に参加できない」という声もありましたので、社員に限らず、家族の参加も可能にしたり、休日開催も行いました。コロナ前からオンラインでの研修も実施し、現在はほぼオンデマンドになっています。また、希望すれば作業所まで出かけてセミナーを開催したこともあります。VR(バーチャル・リアリティ)を使って認知症の方の見方を体験したり、介護経験者と交流会も行いました。

最も力を入れているのは三者面談

実際に介護が始まると、新たな問題がいろいろと出てきて、心の負担が重くなっていく社員もいます。そこを解決するには、やはり個別の相談窓口を設けてより深くサポートしていく必要があると考え、さまざまな相談窓口を設け、自分が相談しやすいところの利用を呼びかけています。

いま、最も力を入れているのは三者面談です。社員と上司と人事担当者が顔を突き合わせて、会社の制度をうまく利用しながら今後どうやって働いていくのかをサポートしています。社員が40歳になったら全員に配っている「介護のしおり」の中で、フロー図(シート4)を示しています。

介護離職防止に向け、3つのポイントをあげています(シート5)。社員が1人で抱え込んで精神的・肉体的に疲弊しないようにするために重要なことは、第1に、職場に介護をしていることを伝えること。2つ目が、ケアマネージャーと打ち合わせをする際には自分の働き方も伝えること。3つ目が、介護保険サービスや会社の制度を上手に利用して自分の時間を確保することです。セミナーやeラーニングでも繰り返し伝えてきましたが、なかなか介護に直面するまで自分ごととして意識されない傾向があるので、上司を経由して社員にきちんと伝えていくことに力を入れています。

シート5の下の図のとおり、介護離職防止のキーパーソンは職場の上司とケアマネージャーであると考えています。しかし、介護する社員とキーパーソンの間で情報の共有がうまくされていないケースがあります。

自分が介護をしている情報を上司に伝えると不利になるのではないか、プライベートなことだから言いたくない、と考える人がいると思って間違いありません。しかしながら、「上司としては相談しやすいように、常日頃、心理的安全性の確保された職場づくりに取り組んでください」「そのために必要な考え方やスキルはこういうものです」と管理職の研修で伝えています。

また、上司には、年間3回ほど行う定期面談で、時々は介護についても部下に聞くようにして、もし部下が介護するような事態になったら、「自分の働き方をきちんとケアマネージャーに伝えましょう」と部下に言うようにと、話をしています。実際に、社員とケアマネージャーの情報共有においては、「要介護者の相談だけでなく、自分の働き方についても相談してもいいのだろうか」と考えている社員がいます。一方、ケアマネージャーからは、「プライベートなことだから聞きにくい」と考えている人も多いと聞いていますので、ぜひ自分のほうからそういう情報提供をしましょうと、上司から伝えてもらっています。

介護休暇の取得者はコロナ禍をはさんで増加傾向

当社における介護休暇の取得状況を紹介します。取得者数は2018年までは順調に伸びてきましたが、2019年はコロナの影響でテレワークを柔軟に利用できるようになり、家で介護をしながら働く社員も出てきたことから、いったん、大きく減りました(シート6)。最近になってまた伸びてきています。2023年度も、12月の段階ですでに、男女別でみても年代別にみても、取得実績は前年度を上回っています。

最近はトップからのメッセージ発信も実施

介護している社員からは、「職場のほかの人たちからの理解が深まればありがたい」という声が上がってきており、さらに踏み込んで、会社の本気度をトップメッセージとして発信しました。2023年11月に発行した社内報で、かなりのページを割いて、全社員に情報提供しました。

また、介護休暇は年間10日、有給で、また時間単位で取得できるという制度でしたが、上限ぎりぎりまで取得している社員も増えてきたことから、2023年1月からさらに5日増やし、年間15日としました(要介護者1人につき15日、2人以上の場合は20日)。

専門工事業者への支援も始めました。建設業界は今、2つの大きな問題に直面しています。2024年4月から適用を受ける時間外労働の上限規制の問題と、建設業で働く人たちの減少と高齢化問題です。われわれの仕事を続けていく、また、サプライチェーンを守るためにも、作業所で働くいわゆる職人と言われる人たちが介護で辞めるということがないようにと、専門工事業者の経営者を対象とした介護セミナーも始めました。

具体的には、会社の考え方やトップメッセージはぜひ発信してくださいと伝えています。中小企業の方には、まずは制度を明文化し、相談窓口担当者を決めて、それを社員にきちんと伝わるように情報提供していきましょうと話をしています。情報提供のツールは、厚労省のサイトや、さまざまな自治体や団体で用意されているものに少し手を加えるだけで、十分有益なツールとして使えると紹介しています。

プロフィール

塩入 徹弥(しおいり・てつや)

大成建設株式会社 管理本部人事部専任部長

女性活躍(現DE&I)推進組織の責任者として女性社員のキャリア意識を調査し、同社の取組の骨子を構築。成果を生むために重要な男性の意識改革の重要性を早くから認識し、男性の育児支援や介護離職防止にも注力して取り組んでいる。内閣府や厚生労働省における両立支援事業等の検討委員会委員、シンクタンクにおける女性活躍推進や介護離職防止に関する調査研究委員などを歴任。

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