記念講演 育児・介護休業法と両立支援ニーズ~多様な介護問題に対応可能な制度に向けて

労働関係図書優秀賞という大変栄誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。また、労働政策フォーラムという形で皆様に受賞報告ができることをうれしく思っています。本日は、受賞した拙著『介護離職の構造―育児・介護休業法と両立支援ニーズ』の内容から、育児・介護休業法に沿ったこれからの両立支援制度として、どういった考え方が重要になってくるのか、お話ししたいと思います。

まず、2005年から継続して行ってきた研究の知見の蓄積を紹介し、本書でどういった分析をしているのかをお話しします。最後に、今後の研究課題と考えている問題意識を述べます。

Ⅰ 労働政策研究における本書の位置づけ ~介護問題の多様性に対応した両立支援へ

1995年に育児・介護休業法となり、緊急対応と態勢づくりに焦点を当てたのが第1段階

育児・介護休業法は、1995年に、当時の育児休業法に、介護に関する規定が加わってできた法律です。そのときに介護休業が企業に義務づけられたわけですが、この介護休業は「緊急対応」と「体制づくり」に焦点を当てた制度です。

例えば、脳血管疾患で高齢者の方が倒れて入院、手術となった場合に、家族が駆けつけて対応をする。さらに、退院後に介護生活が始まる。その前に、準備、体制づくりを行う必要がある。具体的には、家族と介護分担について話し合う、あるいは介護サービスについて、在宅介護にするか、施設に入るのかを検討する。そのために3カ月ぐらいのまとまった休業が必要ですよねということで、仕事と介護の両立支援制度がつくられました。これが、第1段階です。

しかし、体制づくりをした後の日常的な介護においても、仕事を休んだり、勤務時間の調整が必要になっていることが明らかになり、2016年の法改正のときに、日常的な介護に対応した制度を体系的に整備しました。これが第2段階です。

多様な介護問題に対応した制度づくりが問題意識

これで十分かというと、そうではないというのが本書の問題意識です。第3段階として、多様な介護問題に対応した制度づくり、つまり、少数のニーズも拾い上げた新しい制度について考察しています。従来の育児・介護休業法からもう一歩進めて、新しい発想の転換が必要だと示しています。

2005年ごろの研究の問題意識は、介護休業を取る人が極めて少ないのはなぜか、当事者の人はどうやって仕事と介護の両立を図っているのか、その実態を明らかにすることでした。その要点を4点ほどまとめています(シート1)。

要するに、介護は育児とかなり性質が違い、必要とされている両立支援制度は、育児のそれとだいぶ違う。介護は育児と違うのだから、介護休業を必要としている人が少ないというのも納得がいきますし、短時間勤務のニーズがそれほど高くないことも納得がいく。

育児では、子どもは片時も1人にできないので、とにかくケアに費やす時間をしっかり確保する。逆に介護では、なるべく仕事をしながら対応していくことが大事だと、正反対の考え方を持つことで、制度づくりがスムーズにいくことが明らかになっています。

Ⅱ 本書の主な知見 ~これからの両立支援制度の考え方

少数でも介護離職につながる問題は見逃せない

第3段階の両立支援制度として、本書で示している考え方の要点をお伝えします(シート2)。3カ月を超えるような長期の介護休業を必要とする人は少ない。しかし、実は少数であっても介護離職につながるような問題は見逃せない、という捉え方をしています。

まず、育児・介護休業法の枠組みをおさらいします(シート3)。今回の研究との関係で重要なことは、今までの育児・介護休業法は、介護の場面を具体的に想定して、その場面にフィットするようにいろいろな制度をつくってきたということです。想定する介護の場面が違うと、それに対応する両立支援制度も違う。

緊急対応と体制づくりには介護休業、通院等の付き添いやケアマネジャーとの面談では介護休暇、日々の食事や入浴等の介助、日常的な介護には、残業なしで帰って介護・介助、という想定をしています。また、デイサービスの時間などにはフレックスタイムや短時間勤務のような制度で対応を、という想定をしています。介護の実態に即して制度をつくるという意味では、非常に丁寧な実態把握と制度設計が行われています。

当事者が実際に必要とするものは必ずしも制度や法律の想定と一致するわけではない

しかし、当事者が実際に必要としているものが、必ずしも制度や法律の想定と一致しない部分が結構あります。その典型が介護休業の必要性です。

介護休業が想定するような介護のための連続休暇は、そもそも必要ないという人が約6割と多い(シート4)。まとまって休む必要はないということです。また、1週間以内の連続休暇だと、未消化の年休で対応できる場合もあります。

法定(93日まで)の介護休業期間を必要としている人がどれくらいいるのかをみると、「1週間超1カ月以内」との回答者が12.1%、「1カ月超3カ月以内」との回答者が5.2%で、合わせると17.3%です。介護休業の取得者が少ないのも納得できる結果です。

一方、割合は低いのですが、法定の介護休業期間では足りない、より長い連続休暇が必要だという人もいます。少数とはいえ、3カ月を超える連続休暇が必要だという人は、介護が始まった当時の勤務先を辞めている割合が高い(シート5)。

これはしっかりと受け止めなければならないと思います。3カ月を超える連続休暇が必要な理由としては、「日々の介助」と「自身の健康」の割合が高い。介護休業の想定とは違う理由で、法定を超える期間の介護休業が必要だとする声があるのです。

こうしたときに、本人が介護休業期間を延ばしてほしいと言うなら、延ばせばいいという考え方もあるでしょう。しかし、そもそも介護はいつまで続くかわからない。全介護期間が一定でない以上、十分に足りる適切な介護休業期間を一律に決めるのは極めて困難です。

介護休暇の日数を増やす、休業の分割回数を増やすなど発想を変えてみる

そこで、少し発想を変えようと本書では提案しています。つまり、介護の始めから終わりまでではなく、1年単位で考えてみる。今、1年で取れる介護休暇は5日と定められていますが、これを例えば、10日、15日、20日、30日と増やしていくと、実質的に介護休業と同じような取り方ができるようになります。

介護が何年続くかわからなくても、「今年1年を考えるとどうですか」と聞いたら、ある程度答えが出るかもしれません。また、介護休業の分割回数を増やしていくと、1回あたりの取得日数は介護休暇に近づき、介護休暇の日数を増やすことが介護休業の分割回数を増やすことと同じことになる。

さらに、介護休暇は時間単位で取れますから、1日単位で短時間勤務をしているのと同じことになります。もっと言うと、連続した期間、時間単位で休めると、連続した期間の短時間勤務をしているのと同じことになります。

つまり、今の育児・介護休業法では、介護休業と介護休暇と短時間勤務は、それぞれ違う介護の場面に対応した、目的が違う制度として設計されていますが、制度の拡充の仕方によっては互いに重なり合うところが出てきて、代替的な関係が成り立ち得ます。この代替関係が成り立つのであれば、介護休業期間が足りないという人の悩みに応えることはできる。そのように柔軟に対応してもいいのではないかと、実際にデータを分析してみました。

休業、休暇、短時間勤務のニーズには日常的な介護での共通性があった

シート6をみるとわかるように、介護のために必要な連続休暇の期間が3カ月を超える人では、1日の平均介護時間は2時間を超えています。同時に、介護のために過去1年間に休暇取得した日数が11日以上という人も2時間を超えるという傾向があります。さらに、短時間勤務の必要性を感じている人たちは、やはり1日に2時間ぐらい介護をしています。つまり、1日の介護時間が同じくらいの人たちは、介護休業と介護休暇と短時間勤務のニーズにおいて共通性が見られると言えます。

では、これが離職とどう結びついているのでしょうか。介護しながら働いている人が今の勤務先で仕事を続けられないと答えている割合を「主観的介護離職リスク」として、両立支援ニーズ別にみると、介護のために必要な連続休暇期間が「1週間超3カ月以内」、あるいは「3カ月超」、つまり、法定もしくはそれを上回る介護休暇のニーズがある人は主観的介護離職のリスクが高まる(シート7)。

本書ではもう少し詳細な計量分析を行っています。介護のために必要な連続休暇期間が1週間超3カ月以内、3カ月超という人が主観的介護離職のリスクが高まることが、短時間勤務の効果に吸収されるか、つまり、介護休業の代わりに短時間勤務ができるようにすることで、介護離職のリスクを回避できる可能性があるかを分析したところ、介護休業期間と短時間勤務は代替関係にありました(3カ月を超える連続休暇の必要性が離職リスクを高めるか、短時間勤務の必要性を投入しても3カ月を超える連続休暇の必要が有意であるか確認したところ、必要な連続休暇期間が有意でなくなり、短時間勤務が必要である場合に主観的介護離職リスクが高いことを示唆した)。

また、自分自身の健康との関係をみると、介護によって自身の健康状態が悪化すると、育児・介護休業法が定める介護休業や介護休暇、あるいは短時間勤務のニーズが高まることがわかりました(シート8)。介護により病気やけがをした場合も、3つの両立支援制度の共通性を見いだすことができます。

短時間勤務にはより広範囲の介護問題に対応しうるポテンシャルがある

そう考えると、育児・介護休業法が定める介護休業や介護休暇、短時間勤務という制度は、実は今の制度の想定を超えたところで、より広い範囲の介護問題に対応し得るポテンシャルがあると言えます。法律の制度の想定とは異なる当事者のニーズも拾い上げたほうが良い、となるわけですが、現行法の短時間勤務は、フレックスタイムや時差出勤と同じ並びで選択的措置義務となっています。これを介護休暇や介護休業と代替的な関係として位置づけ直して、そのニーズの範囲を分析してみると、短時間勤務は、介護者の健康問題や、介護をめぐる人間関係の問題などから発生する介護負担に対して、介護離職のリスクを回避し得る可能性があります。

Ⅲ その先の課題 ~介護離職ゼロから介護不幸ゼロへ

介護離職問題がすべてではなく、「介護不幸」をゼロにすることが目標

いろいろな両立支援のニーズに対応することで介護離職ゼロを目指していきましょうというのが本書の問題意識ですが、この本が発刊されてからすでに1年近く経ちます。最後に、もう少し先のことについて考えていることをお話ししたいと思います。

仕事と介護の両立を研究するなかで、ヒアリングやアンケート調査で実態や実情を聞いてきましたが、離職しなければ問題がないわけではないということも分かっています。最近、私は、介護離職は介護によって生じる不幸の1つであり、介護によって生じる不幸のことを「介護不幸」と呼んでいます。

本来、介護問題は、総論として介護によって生じる不幸をゼロにすることが目標で、介護離職問題がすべてではありません。例えばヤングケアラーの問題や、介護による殺人・心中のような痛ましい事件など、介護不幸をゼロにするという問題意識であらためて両立問題を捉え直してみると、さまざまな介護不幸が生じています。

その観点から職場をみると、介護疲労を感じていたり介護による傷病がある人は、仕事で重大な過失や事故を起こしそうになるヒヤリ・ハットの経験があったり、課された目標やノルマが達成できない傾向にあります。つまり、労災のリスクが高まる。また、本人の業績が低下し、企業の業績にも影響してくる可能性がある。介護不幸ゼロにまで視野を広げて両立支援に取り組んでいくことが、次の第4段階の課題として重要だと考えています。

マンツーマンディフェンスからゾーンディフェンスの発想へ

最後に、新しい仕事と介護の両立支援制度の考え方のエッセンスをまとめて終わりにしたいと思います。仕事と介護の両立を図る労働者が直面している問題は本当にさまざまです。育児・介護休業法の法律の趣旨を守って制度を運用していくことは大事ですが、その枠の中に収まっていては対応できない問題が実はたくさんあります。当事者の声に耳を傾け、新たな課題を掘り起こし、両立支援制度が対応できる範囲を広げていく、守備範囲を広げていくという努力はやはり必要です。

いろいろな声に1対1で対応するのではなく、少し違った発想で取り組むことを、私はバスケットボールに例えて「マンツーマンディフェンスからゾーンディフェンスへ」と言っています。そのほうが、1つの問題に対していろいろな制度で対応できますし、1つの制度がいろいろな問題に対応できる可能性もあるとお伝えしたいと思います。

プロフィール

池田 心豪(いけだ・しんごう)

労働政策研究・研修機構 副統括研究員

東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程単位取得退学。職業社会学専攻。2005年入職、2023年より現職。「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」等、育児・介護休業法に係る厚生労働省の研究会で委員を務める。『介護離職の構造─育児・介護休業法と両立支援ニーズ』(労働政策研究・研修機構、2023年)が第46回労働関係図書優秀賞を受賞。

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