パネルディスカッション

パネリスト
林 玲子
国立社会保障・人口問題研究所国際関係部長
片山 悠樹
愛知教育大学教育学部講師
轡田 竜蔵
吉備国際大学社会科学部准教授
堀 有喜衣
労働政策研究・研修機構主任研究員/日本学術会議特任連携会員
コメンテーター
吉川 徹
大阪大学人間科学研究科教授/日本学術会議連携会員
木本 喜美子
一橋大学大学院社会学研究科特任教授/日本学術会議連携会員
司会
本田 由紀
東京大学教育学研究科教授/日本学術会議第1部会員
フォーラム名
第81回労働政策フォーラム「移動する若者/移動しない若者─実態と問題を掘り下げる─」(2015年11月14日)

コミュニティと個人の視点

本田 前半の報告では様々な論点が提示されましたが、その中でも特に重要なのは、地方自治体、コミュニティの都合と個人の都合というものは、必ずしも折り合わない場面もあるということです。この問題について、どのようにお考えでしょうか。

木本 堀先生からは、若者の都市流出説の根拠はあまりないのではないか、再検討する余地があるのではないかという問題提起とともに、流出説の喧伝のもとでは危機意識を強く抱く地域コミュニティ側の思惑があり、個人発達の観点が抜け落ちていると指摘されました。ただ、消滅地域への危機意識に対して、個人発達の観点を対峙させるだけでいいのか、その辺りはもう少し考えていかなければならないと思いました。例えば、進路指導の立場では、地元に残る若者を「自信がない」とか「視野が狭い」と評価してしまうかもしれませんが、コミュニティを形成していく上では、地域で生きていく若者は人的資源になり得るという見方もあるのではないでしょうか。地域の若い人材の将来を考える時、個人発達と地域コミュニティ双方の立場から考えていく視点が大切だと思います。

 現在日本においては若者が地方から都市へ流出しているという説に対して、この説は地域コミュニティ側の視点が強調され、政策も専らコミュニティ側の利益のみを追求する議論になっている現状に対してアンチテーゼを提示したいと思い、若者自身の発達の視点から分析し、結果を示しました。ただ、個人の発達とコミュニティ側の視点は、論点としては対立するものですが、実際に支援を行っていく場合には対立ではなくバランスの中でしか解決策は成立しないと考えています。現在、若者の可能性を重視して送り出そうとする側と、若者を地域にとどめようとする側の相互対話が成り立っているとはとても言えないと思いますので、そうした対話を今後いかにつくっていくかということが重要な視点になってくるのではないかと思います。

木本 難しいところだと思いますが、個人発達という観点の重要性を否定する人はおそらく誰もいないと思います。ただ、進路指導の先生方が、地元志向の生徒を見て「自信がなさそうだ」という見方や目線が=(イコール)個人発達なのかという部分に若干疑問を持つわけです。堀先生のご意見は十分理解しているつもりですが、このまま従来の教育学の観点でいいのかどうか、もっと掘り下げる必要があるのではないかという感じがしています。また、現在、コミュニティのあり方もかつてと比べて変容し、地域を支えてきた青年団のような組織もほとんどありません。ですので、コミュニティをかなり分析的に捉える必要があります。例えば、引きこもりの青年を引っ張り出して自信を与えていくようなNPOの活動を見聞きすると、教育の側もコミュニティの側も、もう少しフレキシブルに状況の変化を捉えた論点を打ち出す必要があるのではないかという問題意識を持ちました。

本田 これに関連し、若者の都市流出説は仮説に過ぎない、今後検証が必要と言われましたが、「既にエビデンスを以て否定されているように思われます。今後、流出仮説が肯定される可能性はあるのでしょうか」という意見がフロアから寄せられています。

 私が検証すべき課題だと考えるのは、本田先生が冒頭で示されたように、絶対数に着目するのか、比率に着目するのかという問題にも関わりがあります。今回は比率のみを示しましたが、絶対数で示した時、やはりコミュニティ側に立った見方を今後、日本社会でとるべきだという回答が出てくる可能性が常にあると考えています。私は若者の研究者ですので、若者個人の可能性や発達を重視した研究を行いたいという思いから、今回、このようなデータの示し方をいたしました。

女性が都市にとどまる背景

本田 会場からも質問がありましたが、なぜ女性が都市にとどまるのかという点についてコメントをいただけますか。

 女性が都市に留まる背景については、もう少し分析していく必要があります。男性は、他県で最終校を卒業した人の26%が出生県に帰ってきますが、女性は23%と若干低い。また他県で最終校を卒業した後、初職時も他県にとどまっている人の割合が、男性は48%なのに対して女性は64%となっているように、男性のほうが女性より移動することがデータでも示されています。

女性の活躍と地域移動という点から言うと、周囲の女性を見ても、都心の学校を卒業して地元に戻ろうと考える人は多くありません。文化的な要素として、地方ではまだまだ女性の発言権が小さいといった話も聞きます。地方に呼び戻したいと思っている県や自治体は、女性の高学歴者にも地方発信の就職の情報をきちんと届け、掘り起こしに繋げていくべきだと思います。

Uターン層の役割

木本 男性は4人に1人が地元に戻ってくるということですが、こうしたUターン層がこれから地域で果たしていく役割というものをどう考えていけばよいか興味を持ちました。

轡田 インタビューも多く手がけているので具体例を通してお話ししますと、三次市の農村では、小学校の同級生がほとんど戻ってきていません。そこに初めて戻ってきた人(大阪で勉強して整骨院を開いた人)が、フェイスブックのグループのなかで、週末に、例えばそうめん流しをしようと呼びかけたら、大阪や広島の友人が何十人も集まって同窓会みたいなイベントが成り立つわけです。平日は閑散としてつまらないと思うことがあるかもしれませんが、週末にこうしたイベントを企画して友人たちと交流できるので、トータルでは、友達関係、生活満足度は決して低くない。Uターン層というのは、地元にもネットワークがありますし、広島や大阪に出ていった人たちを結ぶ役割もある。場合によってはIターン層ともつながる。そういう意味で「ハブ」の役割を果たす存在になり得ると思っています。

本田 地方の活性化につながるUターン、Iターンが増えるために教育ができることとして何があるとお考えですか?

吉川 最終学歴を達成させるということが高校や大学の働きです。ある程度は進路の方向付けをすることはできますが限定的です。最終的には、やはり、その地域が持っているプル要因、誘引する力が重要になります。例えば、私が¬いる大阪大学には、地方のエリート高校からたくさんの学生が入って来ます。入って来た時は、卒業後は地元に帰ろうと思っている人も多いと思います。ところが私の仕事というのは、学生たちを日本社会の中核に送り出すことですので、大阪大学は地元に帰りたいという気持ちを変えさせようとしているわけです。善い悪いではなくて、それぞれのステークホルダーがどういう行動をとっているのか、それが全体の中でどんな働きをしているのかということを自覚する必要があると思います。

20代と30代の違い

木本 今の30代の人たちは、1997年あたりに20歳になっている人たちで、いろんな日本社会の激動をくぐり抜けた世代になると思いますが、20代と30代で何か異なる特徴があるのでしょうか。

片山 今日ご報告した調査の対象は現在20代後半になる若者ですので、30代のデータは手元にないのですが、私自身がちょうど30代なのでお話しさせていただきますと、私が大学を卒業した2001年は就職氷河期でした。非正規雇用やフリーターが今ほど多くなかったので、正社員になれずフリーターになることへの焦燥感はかなり強かったように思います。ですので、今の30代で非正規雇用やフリーターを経験している人は、精神的にも厳しい環境に置かれていたんじゃないかと思います。お先真っ暗という状況を誰とも共有できず、どんどん孤立していく。

それに比べ今の20代は、非正規雇用やフリーターである人が増え、将来の不安を共有できるような人たちと連携できるようになっているでしょうし、男性稼ぎモデルを標準としない生き方を考えることもできると思います。良いかどうかは別として、私の教え子の中には、結婚しなくても仕事を見つけて自分ひとりでも生きていくと言う女子学生もいます。想像の域を出ませんが、今の20代と30代では抱える困難に違いがあるのではないかと感じています。

轡田 コンサマトリー格差ということに関して20代と30代を比べてみると、30代のほうがいろんな意味で20代よりネガティブです。チャレンジしたいとか、多様性に対する寛容性などの点でも、30代のほうが低い状況になっています。背景には、時間がどんどんなくなっていく、子供ができると時間貧乏になりますし、就労時間も、30代はどんどん長くなっていく環境がありますよね。消費に関しては満足度が高く、生活も楽しむ方法を知っている。しかし、時間貧乏になっていく中で、田舎の良さや地方の良さを享受できない実態というのが、年をとるとともに深まっていく。そういうことが問題の状況なのではないかと思っています。

片山 先行世代との比較という視点でお話ししますと、親世代はそこそこ裕福なのに、自分はスムーズに就職できないと思うと、やはり将来への展望をなかなか持ちにくい。私が大学を出る頃、周囲の友人たちは就職活動に苦労していて、「バブル世代は楽に就職できたのに」とよくぼやいていました。「将来、ゆとりがない」と答える割合が今後増えていくのは、やはり先行世代との比較という、構造上の問題があるかと思います。

ジェンダー視点、雇用形態別の視点

本田 ジェンダー視点と雇用形態に関する踏み込みが足りないのではないかという意見をフロアからいただいています。

片山 少し雑駁な言い方になりますが、男性の場合、将来への展望と雇用のあり方が密接に結びついていますが、女性の場合は、雇用と結びつかない部分があるような気がしています。例えば、私が示したデータによると、高学歴女性の「都市定住」と「地方定住」は、雇用状況においてはあまり変わりませんが、「地方定住」の女性は、将来への展望が見い出せないという方向に変化していきます。これは雇用以外の部分が関係しているのではないかと思っていますが、男性にはない特徴的な動きだと思います。

今回、十分な分析ができませんでしたが、全般的に、女性の意識や将来展望に関しては、男性とはかなり違った動きをしており、雇用とは結びつかない意識の変化が見られます。それが、家族やパートナーとの関係かもしれないということだけは、多少、データからお答えすることができるかと思います。

本田 この他に、学校を途中で辞めた若者、派遣切りされた若者、子育てが一段落したので再就職を希望している若者など、もっと個々の若者の実態に目を向ける必要があるのではないかという意見もいただいています。

轡田 全くそのとおりだと思います。よく若者支援という言葉で一括りにされがちですが、個々に抱えている問題というのは、職種や雇用形態によっても違います。私の調査では、公務員や大卒の人は、割と現状評価が高い傾向にありますが、サービス業や非正規雇用の人は、非常にネガティブです。その一方で、製造作業、機械操作をしているような人、工場のラインで働いている人は、必ずしも収入がそれほど低いわけではないにもかかわらず、仕事の満足度や、例えば夜勤で出会いが殆どないといった婚活問題も関係があるのかもしれませんが、仕事や生活の満足度についてはネガティブという現状があります。これはワーキングプアとは異なる問題です。ですので、質問によって、ネガティブになる社会的属性というのは違いますので、質的な調査とも絡めながら、きめ細やかに見ていかなければいけないと思っています。

地域区分について

本田 先ほど吉川先生のコメントにもありましたが、地域をどこで区分するかによって見方や状況が変わるというご指摘についてはどうお考えですか。

 先ほどの、都道府県別の大学設置数のグラフを見ると、島根県や鳥取県は大学も少ないという指摘がありましたが、それを地域ブロックで見たとき、実際は島根、鳥取の人たちは東西に動くより、広島や岡山に行ったりして南北に動きます。ですので、こうした動きを県別に見ていった方がいいのか、それとも、地域ブロックでもっと広域的なプログラムを立てていくのか、その場合、地域といっても九州なのか中国地方なのか、それとも近畿なのか、様々なバリエーションがあると思いますし、計画的にはいろいろポテンシャルがあると思っています。

轡田 地域の区分に関しては、都道府県単位や地域ブロック間の比較がよくなされますが、こうしてまとめてしまうと、各地域の実態の認識が薄まってしまうんじゃないかというのが非常に気になります。例えば、島根県の状況は、広島でも三次市の状況に結構近いものがありますし、1つの県の中でも多様性のある県とそうでない県が混ざっているので、地方中枢拠点都市圏とそれ以外という分け方は、ある程度、普遍的な枠組みになるのではないかと考えています。

そうした点で言うと、中国地方は2時間ぐらいの移動で地方中枢拠点都市圏に行けるところがほとんどです。中国山地の本当に限界集落と言われるようなところについても、そう言えます。ただし、全国的に見ると、青森県や高知県、北海道などは例外的に、2時間行っても地方中枢拠点都市圏に辿り着けないところもありますので、そうした地域以外については、前述の比較の枠組みが当てはまるのではないかと考えています。

政策的対応とその方向性

本田 今日のシンポジウムでは、じつに多岐にわたる論点があぶり出されました。若年人口自体は縮小し、学歴はかつてと比べて上がっています。それぞれの比率を見ると、地元志向はそれほど大きく変化せず、Uターンも結構いるように見えても、母数が減っている上に、進学で出ていく人もいるので、地域から若者がいなくなっているという感覚はあると思います。かといって、無理やり若者を地方に呼び戻したり、定着させようとしても、必ずしも地方にいる若者の展望が明るいわけではないという報告もありました。

このように何重もの連立方程式のような事態があるわけですが、できるだけ調整して折り合いをつけつつ、打開していくためには、一体どのような方向性や政策的な対応が考えられるのでしょうか。

 私の発表のポイントは、コミュニティと個人という、まさに社会学の古典的な議論だと思っており、その中で重要な点は、どのように両者の折り合いをつけていくのかということですが、では具体的にどうしていくかという処方箋的なものは、今現在、持ち合わせておりません。ただ、例えば、UターンやIターン、Jターンなどといろいろな言われ方をしますが、実のところ、今住んでいる人を大事にしていくという視点が忘れられてはいないだろうかと思うことがあります。呼び込むというよりも、まず、今現在の居住者を大事にしていくという方向に力を入れるべきなのではないかと考えます。

もちろん、移住が増えるのは地方にとっては良いことですが、移住後、本当に定着してもらうにはかなり長い時間がかかるでしょうし、息の長い取り組みになっていくと思います。ですので、今現在、残っている若者を大事にすることが、短期的には効果がないように見えても、結局のところ、長期的にはプラスになるのではないかと思います。

 本日は、地方の若者をテーマとしたシンポジウムを東京で開き、若年層以外の方々がこんなに大勢熱心に参加されているのを見て、逆に、未来は明るいと感じた部分もあります。先ほどの報告でもあったように、広島の2カ所に住んでいる若者のうち、東京に行きたいという人が本当に少ない。それなのに、東京一極集中をどうするかということが盛んに言われています。東北地方については、人口移動調査結果からも、東京に吸い取られているという感覚が強いかと思いますが、西日本を見ると、全然違う文化圏で動いています。例えば、九州や四国では、女性のほうがUターンが多いとか、若者の男女比を地域別に東西で見ると、西のほうが女性が多いなど。もともとの日本の成り立ちを見ると、西日本には、弥生時代から綿々と続いた都市が動いて形成されてきたという流れがありますので、日本全体の人の動きを見るとき、私たちはやや東京中心に考え過ぎているように思いますし、地方それぞれの見方というのがもっと強調されてもいいのではないかと思いました。

それから、若者の将来見通しに関する調査は大変興味深く、今後もそうした視点が非常に重要だと思います。いま、幸福度の研究が盛んに行われており、幸福度は年齢に応じてU字カーブになるそうですが、片山先生が言われたように、自分の親世代との比較が重要な判断基準になるということもあります。団塊の世代の人たちは、自分の親と比べて所得が倍ぐらいあった人がほとんどだったのに対して、団塊の世代を親に持つ20代や30代の若者たちは、自分の親よりも格段に低いと思っているでしょう。そうした状況で何ができるのかということを考える時、家族間の問題ですので国が政策としてやることではないかもしれませんが、「世代間移転」という視点があります。「National Transfer Accounts」といって、国と個人、個人でも世代間でどれくらいお金のやりとりをしているかという統計があるのですが、親から子へお金が流れる時期と、子から親へお金が流れる時期の転換点が、1984年時点では64歳だったのが、2009年は81歳まで上がっています。年金制度が充実してきたことも関係があり、良し悪しはあると思いますが、今後は、世代間移転という視点も十分勘案した上で、貧困に陥っている人をどうすればよいか、具体的に数字を出して考えていくことも出来るのかと思いました。

片山 山田昌弘先生が『希望格差社会』の中で、「努力が報われると思えば希望が生じる、努力しても無駄だと思えば絶望が生じる」と書かれていますが、若者の将来への展望が劇的に良くなるということは、今の社会状況を見る限り、なかなか難しいかと思います。そうした状況でも、若者が前向きになれるためには、個人の努力を社会の側がどのように受け止めるかということが重要だと思います。例えば、職業の話で言うと、今から正社員を増やそうと言っても、難しいでしょう。ただ賃金がそこまで上がらなくても、「自分はこの仕事で生きていける、やっていける」と地方に住んでいる若者が前向きに思えるような、評価の仕組みを作っていくことはできると思います。そして、そうした若者同士のカップルが共働きをして、そこそこの生活をしていけるだけの仕組みをつくっていくことが必要なのではないでしょうか。家族形態についても、例えば、同棲をもっと認めていくといった、より緩やかで柔軟な考え方や対応が求められると思います。

轡田 先ほど本田先生が、地方に無理やり若者を戻すことはできないということを言われましたが、私も全く同感です。地方では少しでも人口を増やすために、全国で涙ぐましい努力がなされていますが、総じて、家族やコミュニティ、教育機関に過剰な負担を負わせるだけになっていないか、いちど立ちどまって考えるべきじゃないかと思います。むしろ、そこで企業に何ができるかということも考えてみる必要があり、例えば、先ほど地域の満足度を高めた要因として、イオンモールのような商業施設があると紹介しましたが、一方、イオンという会社は日本一、非正規雇用を抱えている割合も高く、その増加率も高いという企業です。結局、消費の満足度は高まるけれど、雇用が劣化することになっていないか―、そうしたところを見直していく必要がある。労働問題、雇用問題について、企業を巻き込んだ議論というのが、生活満足度その他を上げるためには必要なことではないかと考えます。

吉川 まず一番大事なことは、この問題には、私たちが東京で考えているより、もっと切実に考えている当事者がいて、その方たちの思いを大切にすべきだということです。私たち研究者は、例えて言うなら気象予報士のように「ここが高くて、ここが低い」「ここにこうした問題がある」という情報を提示するのが仕事だと思っています。こうした正しい情報を当事者の方が知り、自治体や学校などがどういう戦略をとるのかということは、ルーラルな地域に共通した課題ではなく、それぞれの地域が抱えるローカルな課題です。私たちは、その課題を解くための題材を提供することしかできませんが、客観的な事実を集積することが極めて重要でしょう。

情報を上手く活用した事例を一つ申し上げますと、島根県の隠岐郡海士町で、1クラスが成立しなくなって廃校寸前だった隠岐島前高校という高校がありますが、「島留学」を始めたことで、さまざまな若者たちをIターンで集め、2クラスにまで増えました。結果として、海士町の人口も自然増になっているというケースがあります。自分たちが置かれたニッチを見定めた上で、自分達にできるソリューションを得たからこそ成功した事例です。それぞれの自治体が、自分の立ち位置を熟知して、その上で行動することに期待したいと思います。

木本 このところ、人口が減少して地方が消滅する、危機的だ、という話に足をすくわれ、そこに引っ張られている感じが強くあります。しかし同時に、そうした政策的なオリエンテーションがある中で、地方創生には多額の予算がつき、結婚支援事業も県や市町村があの手この手で取り組んでいる動きもあります。私たちは、こうした動きが何をもたらしつつあるのかということも、よく観察して分析しなければいけないと思っています。

また、先ほど堀先生も言われたように、地域に残る若者、地域で生きている若者が、もっと勇気づけられ、自ら生き甲斐を見い出せるようにするためには、どのような支援があり得るのかということが大切な視点になってくると思います。その時、やはり雇用の問題とジェンダーの視点は大きいと思います。雇用の非正規化がこれだけ進んでくると、非正規同士で結婚するということも当然出てきますが、それでも十分生活していけるような社会保障の体制に変えていかなければならない。非正規という現実と折り合って、いろんな生き方を模索することができるような基盤や屋台骨をどのように築いていくかということに関しては、私たちにも責任があると思いますので、しっかりと問題提起をしていく必要があります。特に、地方で共働き基盤をつくっていくためには、女性の雇用諸条件をどう向上させていくのかという点が重要です。

本田 ありがとうございました。皆さんがおっしゃったことを繋ぎ合わせると、次のように整理することができるかと思います。つまり、いま地域にいる移動しない若者、あるいは移動する若者、UターンやIターンで入ってくる若者や、もっと言えば若者だけでなく、すべての人間を大事にしていくということにしか答えはないのではないか、ということです。発達や成長という点も含め、人間を大事にしていくということが、結局のところ、コミュニティを潤すことにもなるということです。

では、どのようにして人間を大事にしていくのかということには、2つの側面があります。1つは、私的な領域、親密圏の領域における関係性の問題です。一緒に過ごす時間が長いという点では家族や近くにいる友人関係かもしれませんし、あるいは、SNSでつながるような「弱い紐帯」かもしれませんが、そうしたプライベートな関係性のあり方に関して、片山先生や木本先生も言われたように、もっと多様性が実現できるような支えや考え方を準備し広げていくことが重要だと思います。

公的な領域に関しては、将来の見通しを立てるのが難しい現在であればこそ、スモールステップでも自分の努力が確実に評価され、報われていくような、雇用や労働のあり方を用意していくことが企業や行政の責任であると思いますし、それを実現するための制度を創り出していくことが大きな課題だと思っています。この課題を目指して進んでいけば、日本にも展望はあるのではないかというのが、本日皆さんのご意見から得た回答です。

日本学術会議の社会変動と若者問題分科会では、今回の議論を踏まえ、今後も検討を続けていきたいと考えております。本日はご参加いただきありがとうございました。