事例報告3:第57回労働政策フォーラム
経営資源としての労使コミュニケーション
(2012年1月24日)

<事例報告(3)>好ましい企業風土づくりは、経営者の経営姿勢の確立から

山田 茂 株式会社山田製作所代表取締役社長 

元気なものづくり企業

(株)山田製作所 代表取締役社長 山田茂

当社は1959年創業で、今年で53年目を迎える会社です。父が創業者で、私は2代目の経営者です。売上げは1億9,000万円、リーマン・ショック前は3億円を超す売上げがありましたが、現在では3分の2まで落ち込んでいます。1月末決算で間もなく決算期を迎えます。何とか黒字を確保している会社です。社員数は17人、うち2人がパートです。ひとりは60歳を超えた嘱託の方、もうひとりは私の妻で、時給850円で来ています。

いろいろな資格認定を受けており、経済産業省の「元気なモノ作り300社」の企業にも表彰されているものづくり屋です。つくっているのは、製缶、板金製品。ステンレスの板を切って、穴をあけて、折り曲げて、溶接して、産業用の機械をメインにつくっている会社です。

社員が胸を張って会社を自慢

私は10年前に社長に就任しました。その1年前から事業革新のもと、徹底した整理、整頓、清掃をすすめてきました。売り上げが95%ダウンしたのがきっかけで、その中からいろいろな気づきを得ました。

また、私は今、中小企業家同友会という全国に4万2,000社の経営者が集う経営者団体で学んでいます。大阪には2,800人のメンバーがいます。そこにある「中小企業における労使関係の見解」という小冊子のなかに、「対等な労使関係」というくだりがありました。

10年位前、私はこんなふうに考えていました。何が対等な労使関係だと。私は資本家です。中小企業の経営者は債務保証の判子を押します。会社が倒産すると、私が個人財産をもって銀行に弁償します。大手企業はそんなことはしませんが、中堅、中小零細の経営者は、悪しき習慣だと思いますが、債務保証に判子を押します。経営者は家まで担保に入れているのに、従業員は身ひとつで会社に来ている。何が対等な労使関係だと。正直、そんな思いを持っていました。しかし、私は対等な労使関係とは何なのか、さらに人間尊重の経営とは何なのかということを真剣に考えるようになりました。

どんくさい新入社員から学んだこと

ある事例を紹介します。今、山田製作所には31歳になる営業担当がいます。山田製作所からしたら高学歴で、大阪の理系の大学を2年生で中退し、20歳で入社しました。しかし、めちゃくちゃどんくさいのです。当時の山田製作所の組織は、父親、私、弟が経営者で、あとはみな作業員という文鎮型組織でした。山田製作所の中で存在しようとするなら、鉄板が切れて、穴があけられて、曲げられて、溶接ができないと、社内に居場所はありません。正直言いまして、「どんくさいな、辞めてもらってもいいのに」と思ったことが何度もありました。

そんな時、共同経営者である私の弟が、「彼に展開作業をさせてみたらどうか」と言ってきました。展開作業とは、お客さんからいただいた図面をもとに、関数電卓をたたき、どんな材料を用い、どこに穴をあけるか、歩留まりなども考慮し、資材発注する業務です。当時、関数電卓をたたいて展開作業できるのは、父親、兄、弟の3人しかいませんでした。図面さえ読めない彼に、展開作業などできるはずがないと私は思い込んでいました。しかし、弟は、「展開作業をしてもらうため、250万円のソフトを購入する。図面の見方は、私が一から教える」と言いました。

マンツーマンで図面を教える

弟に押されて、250万円もするソフトを購入し、そこから毎日、4カ月以上にわたる特訓が始まりました。今でこそ会社にエアコンが入っていますが、当時はエアコンもなく、夏になると1日で首が真っ黄色になる。そんな過酷な工場です。専務である弟は、そそくさと昼食をすませると、その彼を引っ張っていき、事務所のパソコンの前に立ち、毎日毎日、図面の見方から教えていきました。図面の見方がある程度理解できるようになると、材料の取り方を教えていきました。それを4カ月間も続けました。

徹底した社員教(共)育を実践(山田製作所提供)

徹底した社員教(共)育を実践
(山田製作所提供)

彼は現在、山田製作所にはなくてはならないバリバリの営業マンに成長しました。私はそのときようやく気づきました。これが人間尊重の経営なんだと。人間尊重の経営とは、社員をかわいがるとか、もちろん大切にするのは当たり前ですが、別の変な意味で大切にする。そんなふうにとらえていました。しかし、そうではないのです。人間尊重の経営というのは、一人ひとりにはまだ見えない潜在能力を経営者が一緒になって見つけ出し、100%の力で引っ張り上げる。もちろん本人も必死になって100%でついてくる。こんな関係のことを、人間尊重の経営と呼ぶのだと気づきました。

入社当時の社員は、胸に真っ白なゼッケンがついています。働いていくうちに、だんだんとゼッケンに薄い文字が浮かび上がってきます。彼にも浮かんできました。「溶接はできないけれども、パソコンによる管理業務が得意です」と、うっすら映ってきました。そこで、それをつかんで、引っ張りあげるのです。もちろん本人も必死にそれについてきます。彼はどんどん、自分の袋を広げていきました。だから徹底的な社員教育が必要です。教育でも、ともに育つという意味で、「共育」が必要であることに気づきました。

情報をすべて公開して、社員との現状認識を一致させる(山田製作所提供)

情報をすべて公開して、
社員との現状認識を一致させる
(山田製作所提供)

 

納得と理解の経営

社員を一人前の社会人に育てることは中小企業経営者の使命だと思います。そのためには、リーダーが理解と納得の違いに気づくと、社員の理解度が深まります。山田製作所は経理公開もしています。私が社長になってから、一人ひとりの給与額以外、99%を公開して、すべて社員と情報共有しています。

例えばボーナスの時期にわずかな寸志しか出せないとき、「不景気だからしょうがない」と、社員は理解してくれます。ここで、「もっともだ」と納得してもらえるかどうかがポイントになります。理解ではなく、納得までいく経営をめざさなければいけないということに気づきました。

経理公開は、現状認識の一致になります。別に会社が苦しいところを見せるわけではありません。あるべき姿、目標に対して今はどこにいるのか、みんなと一緒に、あと何キロ全力で走っていこうというためにも、現状認識を一致しておかなければなりません。来期の目標を立てるためにも、全社員で勉強して、予算を立てていくというのが、経理公開の意味ではないかと思います。

3年後の自分の姿が見える会社に

かつての私は、足りなければ人手を入れるという考えでした。人手が足りなければ、人を入れよう。ひとり辞めたら、またひとり入れよう。そんな経営者の下で、社員が育つわけがありません。「お前らは、この仕事やっとけばいいんだ」と思っていたこともありました。でも違うのです。人材を雇用して、それを全員でどう育てていくかということ、これを全員で考える。これが本当に大切なことだということを、今は真剣に考えています。

今では毎年、高校から新卒生が入社してきます。彼らは入社前、会社見学に訪れます。「僕の3年後はあんな姿になるのか」「俺は5年後にああいう仕事をしているのか」と、自分の3年後、5年後の姿が見える会社になっているか。そのためには、見本となる先輩の存在が必要です。そういう会社になっているかどうかを、常に社員と論議しています。「何で出来ないのか」という企業風土から、「どうしたら出来るようになるのか」に変えていくことが重要です。それを全社員で考えていく。そのような文化をつくっていくことを今、考えています。

社員教育力のある企業とは

「社員教(共)育力のある企業」とは何でしょうか。教育のシステムがあるとか、指導力があるとか、はたしてそれが社員教育なのでしょうか。もちろんそれは重要です。山田製作所でもOJTで、社員がそういうカリキュラムをつくり、社内教育の仕組みも考えています。でもほんとうの社員教(共)育力とは何かを、考えました。

山田製作所に入ってくる社員は、偏差値の低いほうの生徒が入ってきます。中学校、高校時代もほとんど勉強していないような子たちです。でもうちの社員は、みなとても勉強家です。入社して3カ月ぐらい経つと、「何か勉強しないといけないな」という雰囲気になります。入社して5カ月、6カ月経ちますと、「もっと溶接の練習をしないといけない、もっと溶接がうまくならないといけない」という気持ちになってきます。そんなとき、ふと横を見ると、先輩が笑いながら、「教えてあげるよ」「一緒に練習しようか」と言ってくれる雰囲気のある会社だからです。そういう雰囲気のある会社が、ほんとうの社員教(共)育力のある会社だと私は最近つくづく感じています。

朝礼の3分間スピーチ

そこで、社員教(共)育力の事例をひとつ紹介します。山田製作所には、年200社近くが見学に訪れます。見学は、朝の7時40分に集合して、朝の一斉清掃と朝礼を見てもらうのが条件になります。

その朝礼のとき、順番で3分間スピーチがまわってきます。今でこそ、先輩連中は5分でも6分でもしゃべるような能力を持っていますけれども、3年前に入社したS君はこの3分間スピーチが大の苦手でした。キッチンタイマーを持ってスピーチするのですが、体を歪めて、もじもじしながら、一言も発せずに、3分間が経つ。そういうことが、5回も続きました。

明日、20人の見学者が来るというとき、そのS君にスピーチの順番がまわってきました。他の人に代わってもらおうかとも思いましたが、それは絶対できません。山田製作所は例外をつくらない会社だからです。その日は予定通り、彼が3分間スピーチをやりました。案の定、20人の見学者が周りから見守る中、彼はキッチンタイマーを持ってもじもじしながら、結局、3分間ひとこともしゃべることができませんでした。

社員教育力が組織に浸透

その後、ひとつ上の先輩が工場案内して、事務所に戻り、私から3S(整理、整頓、清掃)の話をして、見学は終了しました。最後に、見学に訪れた中小企業のベテラン経営者の方から、こんな感想をいただきました。

「山田製作所のものすごいところを見せてもらった。彼が3分間、もじもじしているとき、私は社長以下、先輩連中の顔をじっと眺めていた。そのとき、もじもじしてひとことも発しない彼のことを、けなすような顔で見ている社員はひとりもいなかった。全員が『頑張れ、頑張れ』と応援する顔で彼を見つめていた。それを見て、ああ、この会社には、本当に人が育ち合う企業文化が根付いているのだ、とよくわかった」

山田製作所の経営理念は、「私達は、モノ作りを通じて社会に貢献する文化型企業を創ります」というものです。この「文化型企業」には、いろんな意味がありますが、そのひとつがこのような社員教(共)育力で、私たちはこれを、社員と一緒にやっています。それを見学者がちゃんと見抜いてくれていたので、とてもうれしかったです。

経営者の責任とは

最後に、労使見解から学ぶ「経営者の責任」です。経営者である以上、いかに環境が厳しくとも、時代の変化に対応して経営を維持し、発展させる責任があります。経営者は企業の全機能をフルに発揮させて、企業の合理化を促進して生産性を高め、企業発展に必要な生産と利益を確保するために全力を傾注しなければならない。では、この全機能とは何でしょうか。

わが社は製造業ですから、機械の稼働率が100%であることが全機能なのでしょうか。いや、そうではありません。その機能の一番先頭に立っているのが社員なのです。フルに発揮させるとは何でしょうか。これは先ほど申し上げました、一人ひとりに眠っている可能性を経営者と社員が一緒になって100%開花させる。それが、フルに発揮させることなのだと、今になって気づきます。経営者はそれに全力を出さなければいけません。このような考え方を据えた会社がこの企業文化、企業風土を持つのではないかと思っています。