2008年4月の図書紹介(2008年2月受け入れ図書)

1.荒木尚志他編『雇用社会の法と経済』有斐閣(ⅷ+333頁,A5判)

 経済現象を法学と経済学により分析する手法が脚光を浴びている。本書は、その日本における嚆矢ともいえる当機構の前身である日本労働研究機構に設置された「雇用をめぐる法と経済研究会」の成果を引き継ぎ、解雇規制、賃金等10のテーマを鋭く抉っている。経済学、法学両者を満足させる解は見つかるのであろうか。

2.谷岡一郎他編『日本人の意識と行動』東京大学出版会(ⅳ+483頁,A5判)

 研究成果の源である個票を公表するのは、当該研究者にとって勇気のいる行為である。同じデータを使って、収集当人より深い分析成果が発表される可能性があるからである。本書は日本版総合的社会調査企画者自身による研究の成果であるが、外部研究者によって更に豊富な分析がなされることこそ編者達の望みであろう。

3.浅倉むつ子編『比較判例ジェンダー法』不磨書房(ⅷ+324頁,A5判)

 性差別は、人類が解決に向けて取り組むべき差別の一つである。編者達は、フェミニズム法学の視点から、多様な人間存在に配慮し、法事象をジェンダーに敏感な視点から見直すジェンダー法学の重要性を説くとともに、海外の判例との比較研究により、日本におけるジェンダー・センシティブ法学の確立を模索している。

4.佐藤典子著『看護職の社会学』専修大学出版局(ⅹⅷ+243頁、A5判)

 看護師と名称が変わっても、看護師全体に占める女性の割合はほとんど変わっていないという。近代以降なぜ看護職に女性が多いかを看護の歴史、仏との比較により分析している。男性が看護職を選択しないのは、自由に職業選択しているようでありながら、宗教的思込みに強いられているからであることを示唆している。

5.丸尾直美他編著『出生率の回復とワークライフバランス』日本経済評論社(ⅵ+327頁,B6判)

 ワークライフバランス(WLB)の実現が、低出生率対策の切り札として注目を浴びている。本書はフランス等の家族政策、企業の取組等を紹介、我が国の在り方を模索している。日本の社会は、子どもを持ちたい思いを阻んでいると言われるが、WLBの達成は、欧米と同じように、出生率の回復をもたらすであろうか。

6.猿田正機著『トヨタウェイと人事管理・労使関係』税務経理協会(ⅳ+11+507頁,A5判)

 『自動車絶望工場』以来、マスコミに取り上げられることの多いトヨタであるが、最近はトヨタ関連の調査研究書は少なくなっているという。長年トヨタ研究に携わってきた著者は、トヨタウェイに批判的な立場からその人事管理、労使関係等を詳述している。本文493頁の本書は、巨大企業の実像を解明したであろうか。

  1. 佐久間弘展著『若者職人の社会と文化』青木書店(355頁,A5判)
  2. 田口典男著『イギリス労使関係のパラダイム転換と労働政策』ミネルヴァ書房(ⅳ+298頁,B6判)
  3. 松本勝明著『ドイツ社会保障論Ⅲ』信山社出版(ⅹⅶ+215+ⅱ頁,A5判)
  4. 田尾雅夫著『セルフヘルプ社会』有斐閣(ⅷ+370頁,A5判)
  5. 原ひろ子他編著『男女共同参画と男性・男児の役割』大学教育出版(129頁,B6判)
  6. 梶田幸雄著『中国ビジネスのリーガルリスク』日本評論社(ⅹⅰ+224頁,A5判)
  7. 二宮厚美著『格差社会の克服』山吹書店(287頁,B6判)
  8. 安田浩一他著『肩書だけの管理職』旬報社(159頁,B6判)
  9. 鳥越慎二著『就業不能』ダイヤモンド社(211頁,B6判)
  10. 武田晴人著『仕事と日本人』筑摩書房(299頁,新書判)

今月の耳より情報

 無料貸本屋と揶揄されることも多い図書館は、そもそも何のために存在するのであろうか。公共図書館を規整する法律である図書館法は、「教養、調査研究、レクリエーション等に資することを目的とする施設」と規定している。労働分野の専門図書館である当館にとっては、「調査研究に資する」ことがその目的の核となることになる。そこで先般、調査研究に資する図書館となるためには、どのような資料を収集し、どのようなサービスを提供すべきかを検討するため、所内アンケートを実施した。その結果は、充実を希望する資料は、①図書②報告書③雑誌④紀要、の順となり、大方は想定されるところであったが、研究におけるグレーペーパーの重要性を痛感し、報告書・紀要の収集を強化すべく努力していたので、2番目に報告書があげられたのは、我が意を得たり、の気持ちだった。図書と異なり、報告書は出版リストというものがあるわけでもないので、地道に報告書出版のニュースに目を凝らしていきたい。また、調査研究に必要なサービスについては、新着情報の発信、英文雑誌概要の提供、特定主題の情報源案内、自社データベースの横断的検索、研究機関・研究者情報の提供、がほぼ同じ程度の要望項目となった。図書館の機能は、貸出冊数とレファレンス対応件数で計られる、といわれる。当館も、利用者が必要とする資料の充実を図り、利用者ニーズに応じたサービスを提供していきたい。図書館経験5年目を迎え、あまりにもありふれた決意であるが、報告書や紀要の充実と、研究支援サービスの高度化にご期待いただきたい。

図書館長のつぶやき

 図書館事業に携わっていて最も遺憾に思うことは、返却期限を過ぎても返却しない人(延滞者)が多いことである。さらに、延滞者には、内部・外部にかかわらず、メール、電話、手紙等で督促しているが、何度督促しても返却しないのはどういう性格をしているのであろうか。大げさにいえば、人間の本性に対して暗い気持ちになってしまうのである。他人に迷惑をかけていることに思いいたらない自己中心主義のあらわれ、モラルの崩壊以外のなにものでもない。ライブドア事件や村上ファンド事件では金融モラルの崩壊が問題になり、それに対しては、東谷暁『金より大事なものがある』という本も現在の風潮を嘆いているが、さらに最近では、食べ物の安全性が脅かされている。これもモラルハザードの一つであろう。なぜ、モラルハザードが起きるのか、などということは浅学非才の小子にはとうてい太刀打ちできない大問題であるが、一つ感じるのは、横丁のご隠居さん的役割の人がいなくなったからではないか、ということである。共同体が崩壊し、横丁が失われている現在、世間から「ものを習う」仕方そのものを身につけずに大きくなってしまった子供や大人があふれる日本社会では、利己心を規制するシステムも十分に機能していないのであろう。図書の返却期限が軽視されている、というような小さなことから人間性、モラルの崩壊というような大げさな問題に筆がすべってしまったが、みんなが気持よく利用できる図書館をめざして、日々の作業一つひとつを見つめなおしていく日々をこれからも繰り返さざるをえないのである。