本部方針よりも高い賃上げ要求を掲げることで、他地域への「人財」流出防止に尽力
 ――JAM山陰の地域間格差是正の取り組み

労働組合取材

機械や金属関連の中小労組を多く抱える製造業の産業別労働組合、JAM(安河内賢弘会長)の地方組織のなかで、賃上げ要求の平均額が目立って高い地方がある。鳥取県と島根県をエリアとするJAM山陰(大菅正樹執行委員長)だ。3月初旬に発表されたJAMの「2026年春季生活闘争状況報告」では、地方組織のなかで唯一、傘下組合の賃金改善分の要求額の平均が2万円を超えた。地方のなかでも特に中小の割合が高い地域のため、他地域への「人財」の流出を防ぐためにも、本部方針よりも水準の高い、積極的な賃上げ要求に取り組んでいるという。取り組みにかける想いや狙いを聞くため、現地でJAM山陰と、取り組みの先導役となった鳥取地区協議会に属する神鋼機器工業労働組合(鳥取県倉吉市)を取材した。

取り組みの契機

JAMには、北は「JAM北海道」から南は「JAM九州・山口」まで、合わせて17の地方組織がある。JAM山陰は、鳥取県と島根県をカバーし、42組合(約4,300人)が所属している。

JAM山陰の本部は島根県松江市にあり、鳥取・松江・出雲それぞれをカバーする3つの地区協議会(地協)が設置されている。各地協に所属する組合数の内訳は、鳥取が13組合、松江が12組合、出雲が17組合となっている。

JAM山陰だけが2万円を超える要求額に

JAMが3月2日に発表した「2026年春季生活闘争状況報告」のNo.2で、ベアを含む賃金改善分の要求額平均を地方別にみると、17ある地方組織のなかで最も額が高いのはJAM山陰の2万474円。これは、同時点のJAM全体平均の1万5,551円を上回るだけでなく、大手で構成する大手労組会議の平均1万6,246円をも大きく上回る額だ。

JAM山陰の要求額が目立って高くなったのは、2024春闘からだ。しかし、これは山陰傘下の組合の要求額が、自然と高くなったという訳ではない。2024春闘からJAM山陰が傘下組合に対して、他地域に劣らない賃金水準につながる積極的な要求額を設定するよう、旗を振り始めたことが背景にある。

「このままでは中小が抱える格差が埋まらない」

JAM山陰のなかで何が起きたのか。変化の発端となったのは、鳥取県倉吉市にある神鋼機器工業労働組合で書記長を務める御船博氏が以前から抱えていた「このままでは中小が抱える格差が埋まらない」という問題意識だった。

JAM山陰のベースアップの回答・妥結額(最終結果)を2020年~2023年までの期間でみていくと、2020年が1,368円、2021年が1,704円、2022年が2,113円、2023年が5,121円となっている。JAM全体平均が、2020年1,269円、2021年1,300円、2022年1,988円、2023年5,330円で、JAM300人未満の組合平均では2020年1,296円、2021年1,350円、2022年2,012円、2023年5,005円であり、ほぼJAM全体平均や中小の平均と同じような水準が続き、格差是正が進まなかった様子が見てとれる。

JAM山陰の傘下組合には、1,000人以上の大手の企業が1つもなく、最も大きな組合でも500人程度。そのため、地場の大手組合が賃上げ相場を引っ張るということがない。また、JAM山陰が抱える全42組合のうち、38組合は300人未満の組合であり、山陰全体の賃上げ相場を引き上げるためには、中小が奮闘する必要がある。

さらに、地場の大手企業が存在しない影響からか、近隣の地域との賃金格差も生じている。例えば、厚生労働省「毎月勤労統計調査」でみた2024年の製造業の所定内給与の平均は、鳥取県が22万4,806円なのに対し、広島県は29万7,930円。JAM山陰によると、賃金水準の低さを背景に、若い人の県外企業への流出も進んでいるという。

例年どおりの企業労使の交渉では前進がない

「これまでどおり、単組と企業の間だけで、組合側は『これだけ賃上げしてください』と言って、会社側は『うちの状況ではこんなには出せませんよ』と言う交渉を繰り返しても、何も状況は変わらない。このままでは働く人が県内からいなくなってしまう」

会社との賃上げ交渉の当事者として、こうした危機意識を抱いていた御船氏は、状況を打開するため、2023春闘の準備をしていた2022年の終わりに、まずは単組間で意見交換できる場をつくることができないか、神鋼機器工業労働組合の副委員長で、かつ、当時、鳥取地協の事務局長をしていた松田武志氏(現・JAM山陰副執行委員長)に相談した。

同じ問題意識を持っていた松田氏は、御船氏の提案に賛同。2023年1月に行われた鳥取地協の旗開きでさっそく他の組合に直接呼びかけ、お互いが腹をわって話すことができる実務担当者会議を初めて開催した。最初は30分程度の会議だったが、定期的に会議をもつうちに、実際の春闘の実務について議論を交わすようになっていったという。

2月には各組合が要求を提出することから、2023年春闘では実質的には取り組みに変化はなかったが、「本当の情報交換ができた初めての年になった」(松田氏)。そして、2024春闘では要求を策定する時期までに議論の内容を形にできるよう、もっと早く集まろうと話し合ったという。

取り組みの経過

山陰で賃金データを独自に分析

JAM山陰の春闘は、5月にはほぼ回答・妥結が済み、8月には、賃金全数調査に基づく組合員の賃金プロット図を作成する。賃金プロット図があれば、各単組での賃金水準の比較分析が可能になるため、2024春闘に向けては2023年9月に早々と実務者が集まって準備を開始した。

JAM山陰独自で賃金データの分析を進めていくと、「やっぱり中央と地方とでかなり水準に開きがあるとともに、地域間格差もあることがわかった」(松田氏)。

2023年の30歳第1四分位の賃金でJAM全体平均と山陰平均の格差をみると、5万890円の差があった(JAM全体24万8,470円-山陰19万7,580円)。

また、JAM全体の300人未満の組合の平均と山陰平均の差を「地域間格差」と捉えるとした場合、その差は2万8,007円(JAM300人未満22万5,587円-山陰19万7,580円)あることもわかった。

そうして、「これはあるべき格差なのか、議論を始めた」と松田氏は振り返る。

2024春闘方針に初めて地域間格差の是正を組み込む

議論の結果、2024春闘では、地域間格差の是正を山陰の方針に組み込んでいくことを決めた。独自方針として、JAM方針の賃金改善の要求(1万2,000円)に1,500円をプラスしていくことを打ち出し、「賃金構造維持分を除き、1万3,500円を基準とし【人への投資】を要求する。本部方針1万2,000円に加え、地域間格差是正のため1,500円を上乗せする(山陰プラス1,500)」と掲げた。

この年の上乗せ分1,500円については、算定式などの根拠があるわけではない。「1,500円が正解だったかどうかは、今となってはちょっとよくわからない。その時は、2,000円にするとか、いろんな議論があった」と松田氏は話す。

賃金改善分の要求額が地方組織のなかで最も高い額に

初めて本部方針を上回る要求方針を提示したことについて、傘下の単組はどういう反応だったのか。表立った反対はなかったものの、初年度の取り組みだけに「JAM山陰の方針より低い要求内容を掲げる単組もまだあった」(松田氏)そうだ。

結果はどうだったのか。2024春闘の最終結果をみると、賃金構造維持分を明示している組合での賃金改善分の平均要求額は1万5,115円と地方組織のなかで最も高い額となり、JAM全体の1万1,441円を約3,600円上回った。

一方、賃金改善分の平均回答額は7,547円。30歳第1四分位の平均賃金の格差をみると、JAM全体の差は5万233円(JAM全体25万9,567円-山陰20万9,334円)と前年よりも開いたが、JAM全体の300人未満との差は1万9,725円に縮まった。

2025春闘では都市部と地方との生計費も考慮して要求額を検討

次の2025春闘では、都市部と地方との生計費の違いもふまえて地域間格差を検討し、最終的な方針は、「賃金構造維持分を除き、1万8,000円を基準とし【人への投資】を要求する。本部方針1万5,000円に加え、地域間格差是正のため3,000円を上乗せする(山陰プラス3,000)」とした。

上部団体の連合が独自に算出している、労働者にとって最低限必要な賃金水準である「連合リビングウェイジ」調整後の「山陰30歳第1四分位」と、「全国300人未満の30歳第1四分位」との格差が約3,000円となることから、地域間格差是正分として本部方針に3,000円を加えることにした(『全国300人未満』22万9,059円-『山陰』20万9,334円✕埼玉リビングウェイジ1,210円÷山陰リビングウェイジ1,125円=3,908円)。

要求と回答の最終結果をみると、賃金構造維持分を明示している組合での賃金改善分の平均要求額は1万6,911円で、前年に続き、地方組織のなかで最も高い水準となった(JAM全体平均は1万3,968円)。

一方、賃金改善分の平均回答額は8,476円と要求額の半分程度で、30歳第1四分位の平均賃金の格差は、5万4,608円(JAM全体27万858円-山陰21万6,250円)と前年から約4,000円開く結果となった。

2026春闘では本部方針に4,000円を上乗せ

そして今春闘(2026春闘)では、「賃金構造維持分を除き、2万1,000円を基準とし【人への投資】を要求する。本部方針1万7,000円に加え、地域間格差是正のため4,000円を上乗せする(山陰プラス4,000)」を山陰の方針とした。

プラス4,000円の根拠は、2024年と2025年の「山陰30歳第1四分位」と「全国300人未満の第1四分位」を比べ、約4,000円の格差が広がったことをふまえたものだ。

具体的には、2024年の格差を1万9,725円(全国300人未満22万9,059円-山陰20万9,334円)、2025年の格差を2万3,575円(全国300人未満23万9,825円-山陰21万6,250円)と算出し、格差拡大分が3,850円あることを勘案した。

また、「山陰30歳第1四分位」と「全国の第1四分位」についても比べ、2024年の格差5万233円(全国の第1四分位25万9,567円-山陰20万9,334円)と2025年の格差5万4,608円(全国の第1四分位27万858円-山陰21万6,250円)の数字をもとに、格差拡大分が4,375円あることも念頭においた。

なお、2026春闘の直近の要求・回答状況をみると、5月8日時点の集計で、山陰の要求平均額は1万9,164円と、3年連続で地方組織のなかで最も高い水準となり、賃金改善分の平均額は9,514円となった。

3年間の取り組みの評価

「本来あるべき格差ではない」と認識する組合が増加

2024春闘からのこの3年間の取り組み結果を、JAM山陰ではどう評価しているのか。

松田氏は「(中央との間、地域との間の)差がなかなか縮まらない。むしろ広がっている状況だ」と冷静に現状を認識するものの、「ただ、こうして地域間格差を分析し、分析をふまえた高い要求を掲げるようにしたことで、地域間の格差を認識し、それが本来あるべき格差ではないと認識する単組がどんどん増えてきた」と取り組みの成果を強調する。

実際に2026春闘では、傘下単組のなかで賃金構造維持分と改善額をあわせた要求額として3万円以上を要求した単組もあったという。

2026春闘では他の地協も同じ取り組みを展開

また、2024春闘と2025春闘では、実際には鳥取地協が主導で議論を進めたが、2026春闘では、松江と出雲の各地協でも組合間の情報交換を行い、JAM山陰全体の取り組みとすることができた。

JAM山陰の取り組みは、他の地方組織からも参考にされるようになっている。2026春闘では、JAM北東北(青森・岩手・秋田)などが、同じような取り組みを展開したという。

労使を超えた取り組みの必要性

労使の賃金交渉だけでは解決できない

この3年間の春闘を通じて、労働組合が抱える危機感は経営側にも浸透しつつあるが、JAM山陰では、規模間格差・地域間格差の是正を実現していくうえで、企業内の労使の賃金交渉だけでは限界があると考えている。

「企業は、実際は精一杯やっている。賃上げは必要だと思っている」と御船氏は話す。松田氏も「中小企業は大企業ほど内部留保があるわけはないし、すでに絞れるだけ絞ってきた。もう、労組が闘うべきなのは経営者ではない。いま山陰が相手にしているのは実は世論だ」と言う。

中小が賃上げできるようにするため、行政と政治も一体になって、価格転嫁できる環境、中小が利益を確保できる環境をつくり、賃金を上げて、人材が流出しない地域をつくる必要がある。

御船氏は言う。「企業の問題じゃなくて、鳥取県の産業が、人が取れず立ち行かなくなってしまうかもしれない。大手がいる地域では、中小は大手に人を取られることが身近にあるので、大手に賃金が追いつかないといけないという考えがあるだろう。しかし鳥取の場合は、すぐに他県に人が出てしまう。これは、企業内の労使交渉だけでは解決しないと思う。産業の好循環をしっかりやっていかないといけない」

最賃も上がるなか、いくら必要かの要求をしないといけない

また、近年は最低賃金が急速に上昇しているため、「賃金水準が最低賃金に飲み込まれる企業が出てきてしまうのではないかとの危惧もある」(JAM山陰副書記長・福田陽平氏)。政府は2030年までに最低賃金について1,500円をめざすと発表しているが、試算したところ、これを達成するには鳥取県では毎年約7%以上、賃上げをしなければいけないことがわかった。

「傘下組合でも、やっぱり最低賃金が上がった分は上げていかないといけないという話が出てきている。2026春闘では、山陰方針の賃金改善2万1,000円に要求水準をもってきてくれた組合が多かったが、こうした意識も関係している。それだけに、これからはいくらもらえるかの要求ではなく、いくら必要かの要求で、要求にどれだけ根拠を持たせられるかが重要になる」(松田氏)

今後の運動

傘下組合の会社が解散するニュースが飛び込む

こうしたなか、3月2日にJAM山陰に大きな衝撃が走った。島根県の農業機械メーカーである三菱マヒンドラ農機が農業用機械事業から撤退し、9月末をめどに解散、清算する方針を発表した。同社グループの労働組合はJAM山陰の傘下にある。これによりJAM山陰組合員約4,300人のうちの約1割にあたる規模の再就職支援が必要になる。

JAM山陰書記長の三島皆美氏は「島根県・山陰を代表する製造業として存在していた企業なので、縮小することはあってもなくなることなどないだろうと、この地域のみんながそう信じて疑わなかった」と当時の衝撃を語る。それに伴う連鎖倒産も心配の種だ。

「三菱マヒンドラ農機の件が出るまでは、最低賃金引き上げの最終期限である2030年頃が厳しい状況となると見込んでいて、それまでには中小の問題を何とかしないといけないと思っていたが、『2030年じゃない、今だ、今すぐにだ。どの企業もすでに危機的状況にある』と意識が変わった」と三島氏は話す。

運動のスピード感を上げていく

そのため、今後は山陰の取り組みのスピード感を一層高めていく考えだという。これまでは、例えば統一要求日や統一要求額への結集など、「完成しきっていなかった」(三島氏)取り組みもあったことから、山陰内で結集しきれていないうちから、全国に対して発信することへのためらいがあったという。

三島氏は、「しかし、われわれの組織がなくなってしまったら元も子もない。これを契機に、運動の完成を待たずに、声を上げられる古参メンバーがいるうちに、積極的に発信していく運動スタイルにシフトチェンジしていきたい」と話す。

(奥村澪、荒川創太)

組織プロフィール

  • JAM山陰
  • 執行委員長:大菅 正樹
  • 所在地:島根県松江市御手船場町557-7 労働会館3階
  • 地区協議会:鳥取地協、松江地協、出雲地協
  • 組合数:42組合
  • 組合員数:4,390人(2026年1月現在)
  • 神鋼機器工業労働組合
  • 所在地:鳥取県倉吉市海田東町112
  • 組合員数:138人(2026年1月現在)