身体機能が低下した高年齢者の就業継続に向けた施設・設備の改善など、事業者が講じるべき措置を示す
――厚生労働省が「高年齢者の労働災害防止のための指針」を公示
スペシャルトピック
高年齢労働者の安全と健康確保のため、事業者等が講じるべき措置などをまとめた大臣指針案の内容を検討してきた厚生労働省の「高年齢労働者の労働災害防止対策に関する検討会」(座長:榎原毅・産業医科大学産業生態科学研究所人間工学研究室教授)は昨年12月、報告書をまとめた。これを受けて厚生労働省は指針を作成し、2月10日に公示した。4月1日に適用する。指針の策定は、今年4月に施行される改正労働安全衛生法に基づくもの。指針は、身体機能が低下する高年齢者が安全に働き続けられるように施設・設備・装置等の改善を行うことや、業務内容を決める際には各高年齢者の健康や体力の状況に応じて適合する業務とのマッチングに努め、継続した業務の提供に配慮することなどを盛り込んでいる。
<検討会設置の経緯>
現行は法的根拠のないガイドラインを指針に格上げ
2025年7月に公布され、2026年4月に施行される「労働安全衛生法および作業環境測定法の一部を改正する法律」(改正労働安全衛生法)では、多様な人材が安全に、安心して働き続けられる職場環境の整備の推進を目的に、「高齢者の労働災害防止の推進」に関する措置を講じることを改定事項の1つに掲げている。具体的には、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずることを、事業者による努力義務としたうえで、事業者が講ずべき措置に関し、厚生労働大臣が措置の適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(大臣指針)を公表することなどを明記した。
高年齢労働者の労働災害防止を図る措置としては、現状では、2020年3月に策定された「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(通称エイジフレンドリーガイドライン。以下「ガイドライン」)があるが、改正法によって、法的根拠のないガイドラインが廃止され、法律に基づく指針に格上げされることになった。
「高年齢労働者の労働災害防止対策に関する検討会」は2025年9月から4回にわたり、指針に盛り込むべき内容などを議論した。なお、今回公示された指針は、ガイドラインの項目や内容を基本に構成しており、ガイドラインの別紙や別添、通達の引用部分、他の指針の内容を記載した部分などは通達によって示される。
<高年齢者をめぐる現状と検討結果>
休業4日以上の死傷災害の度数率が加齢に応じて上昇の傾向
検討会がまとめた報告書の内容をみていくと、はじめに、高年齢者をめぐる労働災害の現状や、高年齢労働者の労働災害に関する調査・研究結果などを紹介している。
2024年の雇用者全体に占める60歳以上の高年齢者の割合は19.1%で、労働災害による休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高年齢労働者の割合は30.0%にのぼっている。休業4日以上の死傷災害の度数率(100万述べ実労働時間あたりの労働災害による死傷者数)は、男性は55~59歳、女性は50~54歳で全年齢平均の度数率を上回り、加齢に応じて上昇していく傾向がある。
災害発生率の増加の背景に、加齢による身体機能・身体の頑健さの低下も
高齢者の身体機能と労働災害の関係について、中央労働災害防止協会が実施した年齢別の身体機能の測定結果をみると、加齢とともに評価値が低い者の割合が増加し、60歳以上になるとそれが顕著となる。労働災害の事例では、床に足をとられ、何もないところでつまずき、転倒するなど、身体機能の低下が要因となる災害もみられる。高年齢者の災害発生率の増加は個人によってばらつきがあるものの、増加の背景として、業務に起因する労働災害リスクに、加齢とともに進む身体機能・身体の頑健さの低下による労働災害リスクが付加されていることが大きいと考えられる。
こうした状況と、検討会のなかで提示された調査・研究結果をふまえ、報告書は、指針の項目を①「第1 趣旨」②「第2 事業者が講ずべき措置」③「第3 労働者と協力して取り組む事項」④「第4 国、関係団体等による支援の活用」――の4つで構成することとし、各項目で指針や通達に盛り込む事項を整理した。
<指針・通達に盛り込む事項>
〔第1 趣旨〕
労働災害の防止を図るための措置であることを明確に記載
「第1 趣旨」では、改正労働安全衛生法の条文との整合性を図り、労働災害の防止を図るための措置であることを明確に記載することにし、指針の位置付けを、「労働安全衛生法(1972年法律第57号)第62条の2第2項の規定に基づき、同条第1項に規定する高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理等、高年齢者の労働災害の防止を図るために事業者が講ずるよう努めなければならない措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るため定めたもの」と明記する。
一方、通達に盛り込む事項としては、職場から労働災害を根絶する「ゼロ災」をふまえた文言として、「一人の被災者も出さないとの基本理念の実現に向け、高年齢者の労働災害を少しでも減らし、労働者一人一人が安全で健康に働くことができる職場環境の実現に向けて取り組む」などと記載する。
〔第2 事業者が講ずべき措置〕
指針はガイドラインで「事業者に求められる事項」としていた項目を「第2 事業者が講ずべき措置」とし、高年齢者の就労状況や業務の内容等、各事業場の実情に応じて積極的に取り組む事項を、①安全衛生管理体制の確立等②職場環境の改善③高年齢者の健康や体力の状況の把握④高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応⑤安全衛生教育――の5つに整理している。
労働者の意見聴取の機会を設けて労使で話し合う
1つめの安全衛生管理体制の確立等については、まず、経営トップが、高年齢者労働災害防止対策に取り組む姿勢を示し、高年齢者労働災害防止対策に関する事項を盛り込んだ安全衛生方針を表明することや、同方針に基づいて対策に取り組む組織・担当者を指定するなど実施体制を明確化することを明記している。
また、従来のガイドラインでは、安全衛生委員会等(安全委員会、衛生委員会も含む)を設けている事業場においては高年齢者労働災害防止対策に関する事項を調査審議することを記載しているが、指針ではこれに「安全衛生委員会等を設けていない事業場においては、高年齢者労働災害防止対策について、労働者の意見を聴く機会等を通じ、労使で話し合うこと」を追記している。
一方、通達には、小規模事業場における労働者の意見を聴く機会として、職場の定例の会議や業務ミーティング等も活用できることなどを盛り込む。
リスクの高さを考慮して災害防止対策の優先順位を検討する
指針ではまた、高年齢者の身体機能等の低下等による労働災害の発生リスクについて、「災害事例やヒヤリハット事例から危険源の洗い出しを行い、当該リスクの高さを考慮して高年齢者労働災害防止対策の優先順位を検討すること」(リスクアセスメント)としたうえで、2006年に示された「危険性又は有害性等の調査等に関する指針」に基づく手法で取り組むよう努めると記載。
リスクアセスメントの結果もふまえて、指針で示す「職場環境の改善」や「高年齢者の健康や体力の状況の把握」などの措置を参考にして、優先順位の高いものから取り組む事項を決めることを明記している。
通達には、リスクアセスメントの実施に際して、中央労働災害防止協会が開発・公表している「エイジアクション 100」のチェックリストの活用も有効であることを、実際にチェックリストを添付しつつ解説することなどを盛り込む。
事業場の施設・設備・装置などを改善する
2つめの「職場環境の改善」については、まず身体機能が低下した高年齢者でも安全に働き続けることができるよう、「事業場の施設、設備、装置等の改善を検討し、必要な対策を講じること」と明記。対策例を参考にしつつ、「高年齢者の特性やリスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけて施設、設備、装置等の改善に取り組むこと」も掲げている。
対策例では、通路を含めた作業場所の照度を確保しつつ照度が極端に変化する場所や作業の解消を図ることや、階段への手すりの設置、通路の段差の解消などを記載。暑熱な環境への対応については、ガイドラインの内容に追記することにし、「一般に、高年齢者は暑さや水分不足に対する感覚機能が低下しており、暑さに対する身体の調節機能も低下しているので、涼しい休憩場所を整備し、利用を勧奨すること」とする。
筋力、バランス能力、敏捷性などの特性を考慮して作業内容を見直す
高年齢者の特性を考慮した作業管理についても記載し、「筋力、バランス能力、敏捷性、全身持久力、感覚機能及び認知機能の低下等の高年齢者の特性を考慮して、作業内容等の見直しを検討し、実施すること」として、対策例を示しつつ、「高年齢者の特性やリスクの程度を勘案し、事業場の実情に応じた優先順位をつけて対策に取り組むこと」を掲げている。
対策例では、短時間勤務や隔日勤務など、勤務形態や勤務時間を工夫して高年齢者が就労しやすくすることや、ゆとりのある作業スピードや無理のない作業姿勢などに配慮した作業マニュアルを策定・改定することなどを記載。暑熱な環境への対応についてはガイドラインの内容に追記することにし、「一般に、高年齢者は暑さや水分不足に対する感覚機能が低下しており、暑さに対する身体の調節機能も低下しているので、脱水症状を生じさせないよう意識的な水分補給を推奨すること」とする。
健康診断結果の通知の際は自ら健康状況を把握できる取り組みを実施
3つめの「高年齢者の健康や体力の状況の把握」については、まず、従来のガイドラインと同様に「労働安全衛生法で定める雇入時及び定期の健康診断を確実に実施すること」としたうえで、特に高年齢者に留意すべき事項として、「健康診断の結果を高年齢者に通知するに当たり、産業保健スタッフから健康診断項目毎の結果の意味を丁寧に説明する等、高年齢者が自らの健康状況を把握できるような取組を実施することが望ましい」ことを追記する。なお、ガイドラインに記載していた健康状況を把握できる取組の参考例は、通達に盛り込む。
また、労働災害防止の観点から、「事業者、高年齢者双方が当該高年齢者の体力の状況を客観的に把握し、事業者はその体力に合った作業に従事させるとともに、高年齢者が自らの身体機能の維持向上に取り組めるよう、主に高年齢者を対象とした体力チェックを継続的に行うことが望ましい」と明記。そのうえで、従来のガイドラインの内容に加えて、「身体機能の低下は高年齢者に限られるものではないことから、事業場の実情に応じて青年、壮年期から体力チェックを実施することが望ましい」と記載する。
基礎疾患の罹患状況によっては労働時間短縮や深夜業削減を行う
4つめの「高年齢者の健康や体力の状況に応じた対応」については、まず「健康や体力の状況を踏まえて必要に応じ就業上の措置を講じること」としたうえで、「高年齢者については基礎疾患の罹患状況を踏まえ、労働時間の短縮や深夜業の回数の減少、作業の転換等の措置を講じること」と記載。
高年齢者に適切な就労の場を提供するため、「職場環境の改善を進めるとともに、職場における一定の働き方のルールを構築するよう努めること」としたうえで、「高年齢者の業務内容の決定に当たっては、個々の健康や体力の状況に応じて、安全と健康の観点を踏まえた適合する業務を高年齢者とマッチングさせるよう努め、継続した業務の提供に配慮すること」と掲げる。
このほか、「身体機能等の維持向上のための取組を実施することが望ましい」として、1988年に公示された「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」および2006年に公示された「労働者の心の健康の保持増進のための指針」に基づき、「事業場として組織的に労働者の心身両面にわたる健康保持増進に取り組むよう努めること」と明記。ガイドラインに記載していた労働者の健康保持増進対策やメンタルヘルスケアの対策例は、通達に盛り込む。
安全衛生教育では十分な時間をかけて写真なども活用
5つめの「安全衛生教育」については、まず「労働安全衛生法で定める雇入れ時等の安全衛生教育、一定の危険有害業務において必要となる技能講習や特別教育を確実に行うこと」として、十分な時間をかけて写真などの文字以外の情報も活用することなどを提示。通達には、「安全衛生教育の年間計画を立案する際には、単一の災害にのみ焦点を当てるのではなく、腰痛、転倒のような複数の災害を対象としつつ、行動災害一般に共通する教育や、腰痛や転倒に焦点を当てた教育の両方を行うようにすることが望ましいこと」などを盛り込む。
また、管理監督者等に対する教育について、「事業場内で教育を行う者や高年齢者が従事する業務の管理監督者、高年齢者と共に働く各年代の労働者に対しても、高年齢者の特性と高年齢者に対する安全衛生対策についての教育を行うことが望ましい」とし、高年齢者を支援する機器や装具に触れる機会を設ける重要性も示す。通達には「作業に慣れることで危機意識が薄くなること、体力に応じた作業の危険性等の気づきを促すことが重要であること」などを盛り込む。
〔第3 労働者と協力して取り組む事項〕
労働者も自らの身体機能低下が災害リスクにつながり得ることを理解する
ガイドラインで「労働者に求められる事項」としていた内容については、「第3 労働者と協力して取り組む事項」に整理。「事業者は、高年齢者の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理その他の必要な措置を講ずるように努める必要があり、個々の労働者は、自らの身体機能等の低下が労働災害リスクにつながり得ることを理解し、労使の協力の下で取組を進めることが必要」と記載した。
〔第4 国、関係団体等による支援の活用〕
事業者は国や団体などの支援策を有効に活用すべき
「第4 国、関係団体等による支援の活用」では、事業者は「国、関係団体等による支援策を有効に活用することが望ましい」と記載。厚生労働省や労働災害防止団体のホームページ等で提供されている中小企業等における高年齢者労働災害防止対策の積極的な取り組み事例を参考にすることや、高年齢者が安心・安全に働く職場環境の整備に意欲のある中小企業における取り組みを支援する補助制度を活用することなどを具体的に示した。
<指針に基づく措置の促進に向けて>
リーフレットやパンフレットなどを作成し、指針の認知度を向上させる
報告書は最後に、高年齢労働者の労働災害を防止するためには「大臣指針の周知・広報を通じ事業者の理解を進め、大臣指針に基づく取組を促進することが重要」として、周知のためのリーフレットやパンフレット等を作成するとともに、都道府県労働局、労働基準監督署等を通じた周知・広報や、関係事業者への指導などを実施し、「大臣指針の認知度の向上や定着に積極的に取り組むことが適当」と強調している。
一層の科学的知見の集積にも努める
また、検討会での議論のなかで「高齢者の身体機能等に関する調査・研究は、75歳以上で寝たきりにならない事を目的とした地域における調査・研究が主であり、60歳以上で労働災害を防止することを目的とした職域における調査・研究は多くないとの指摘もあった」ことから、一層の科学的知見の集積に努めるよう要請。調査・研究や指針に基づく取り組みの状況をみつつ、検討を行うことが適当だとしている。
(調査部)
2026年3月号 スペシャルトピックの記事一覧
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