2024春闘は平均8,000円超と例年より高い賃上げとなるも、2025春闘で同水準の賃上げは見込めず
――日本介護クラフトユニオンに聞く介護業界の賃上げ・処遇の現状
労働組合取材
介護業界の賃上げ・処遇の状況を把握するため、介護従事者が職種・雇用形態の枠を超えて横断的に組織する職業別労働組合の「日本介護クラフトユニオン」(NCCU、染川朗会長)を取材した。NCCUによると、政府の処遇改善支援を利用した効果もあり、2024春闘では月給制で平均賃上げ額が8,437円(賃上げ率3.12%)と、近年では高い水準での賃上げとなったものの、他産業との格差はさらに拡大。2025春闘では、依然として会社経営が苦戦するなか、昨年と同水準の賃上げが見込めない状況となっており、NCCUでは助成金や介護報酬の期中改定など早急な対応を政府に求めている。
近年の物価高騰のサービスへの迅速な価格転嫁は困難
介護業界における労働者の処遇の状況はどうなっているのか。政策部門の大滝雄一氏に尋ねると、「介護業界は制度ビジネスで、他の業界のようにサービスに自由に価格転嫁できない。そのため、特にこの2、3年は、他産業の賃上げと比べると全く追いつけていないような状況だ」と説明する。
そもそも、介護事業所における経営は、2000年4月1日から施行された介護保険制度のもとで成り立っている。介護保険制度は、被保険者(65歳以上の者を第1号被保険者、40歳以上65歳未満の医療保険加入者を第2号被保険者と分類)が定められた保険料を納めることで、介護サービス利用者が本来の金額の1~3割負担で介護サービスを受けられる仕組み。
介護保険制度において、事業者が利用者に介護サービスを提供した場合に、その対価として事業者に支払われる報酬のことを「介護報酬」と言い、介護事業所はサービスを提供した際、1~3割は前述のとおり利用者から支払われ、残りの7~9割は保険者である市町村や特別区に申請することで支給されている。介護報酬は、サービス別に設定された「単位(基本報酬+サービスの提供状況に応じた加算・減算で決定)」と、地域別・サービス別に設定された「単価(10.00~11.40円の間で決定)」を掛け合わせて、サービス金額が決定されており、3年ごとに単位内容等の改定が実施されている(直近は2024年度)。
介護報酬は事業収入の大部分を占めるため、改定内容は働く職員の賃金改定にも大きく影響する。2024年度介護報酬改定はプラス1.59%で、うち0.98%が介護職員の処遇改善分となるなど、処遇改善に向けた引き上げとなっているが、改定が実施されるのが3年ごとということもあり、近年の物価高騰分などをサービス料に迅速に価格転嫁することは難しくなっている。
政府は2024年度に補助金や新加算を導入
2024年度介護報酬改定の前後では、政府が介護業界で働く職員の賃上げ・処遇改善を見据えた補助金等の支援を実施している。
1つが、賃上げ効果が継続される取り組みを行うことを前提として、収入を2%程度(月額平均6,000円相当)引き上げるための措置として実施された「介護職員処遇改善支援補助金」だ。これは要件を満たした事業所に対して、2024年2~5月分の賃金改善の補助として交付された。
もう1つが、同年6月の介護報酬改定事項として組み込まれた、新加算「介護職員等処遇改善加算」。これまで賃金改善を目的として支給されてきた「処遇改善加算」「特定処遇改善加算」「ベースアップ等支援加算」を一本化したもので、各加算で分かれていた算定要件を、①キャリアパス要件②月額賃金改善要件③職場環境等要件――の3つにまとめ、前述した補助金を上回る加算率の上乗せを行っている。2024年度は経過措置期間が設けられ、2025年度以降は完全施行となっている。
これらの処遇改善支援について、NCCUと労使関係のある法人の取得状況を尋ねると、「介護職員処遇改善支援補助金はすべての分会で取得・支給している。この補助金がそのまま介護職員等処遇改善加算の一本化に飲み込まれている形なので、加算もそのまま取得するような流れだった」(大滝氏)という。
多くの組合員が他産業の賃上げ状況に比べて物足りないと感じる
補助金や加算を利用した効果もあり、NCCUの2024春闘の改善交渉結果では、月給制組合員の組合員平均で8,437円(前年よりプラス5,284円)、時給制組合員の組合員平均で42.4円(同プラス21.8円)の引き上げとなった(ともに処遇改善加算含む)。賃上げ率は月給制組合員が平均3.12%、時給制組合員が平均3.2%となり、会長の染川氏はこの結果について、「2024春闘は例年に比べれば、比較的高い引き上げにつながった」とする一方、他産業でも2023春闘と比べて高水準の賃金引き上げとなっていたことから、「他産業の賃上げ状況に比べたら全く足りない」と話す。
組合員はどのように感じているのか尋ねると、「今の介護事業所の経営状況をふまえると、引き上げてくれるだけありがたいという反応もある一方、他産業で2万円近い賃上げがされた報道が出ているのを見ると、やっぱり物足りないと思っている組合員は多い」(大滝氏)という。
賃金実態調査での不満理由は「社会的な平均賃金より低い」がトップ
組合員の声は、NCCUで毎年実施される「賃金実態調査」結果にも表れている。同調査は、法人グループごとの「分会」に所属する分会組合員と、個人で加入する個人組合員について、処遇の実態を把握するために実施。今年1月に公表した最新の2024年調査結果(調査期間:2024年9月4日~10月18日)によると、今の賃金に満足しているかを尋ねた設問では、「少し不満である」と「大いに不満である」を合わせた、不満を感じる回答割合が、月給制組合員で66.2%、時給制組合員で54.8%にのぼっている。
不満を感じる理由のトップは「社会的な平均賃金より低いと思うから」が最も高くなった。この結果をみても、「依然として、賃金に対する不満や、収入が少ないことへの不安が、働くうえでの不満・不安の圧倒的上位となっている。このトレンドは昨年の処遇改善加算で少しテコ入れしただけでは変わらない」(染川氏)と感じている。
2025春闘は上部団体の要求方針をベースに、他産業を上回る要求額を設定
2024春闘の結果をふまえ、2025春闘の要求内容や経過はどうなっているのか。まず、要求の組み立てについて、大滝氏は「上部団体であるUAゼンセンや、そのなかで所属する総合サービス部門の要求方針をベースとしつつ、介護業界の実態をふまえた要求額を設定している」と説明する。
具体的には、月給制組合員について、UAゼンセン総合サービス部門は「賃金体系が維持されている組合は4,500円(賃金体系維持相当分)に加え5%基準、賃金体系が維持されていない組合は7%基準で賃金を引き上げ、金額については1人平均1万7,000円以上を要求する」などと設定しているところ、NCCUはそれを上回る「1人平均1万8,000円以上」で要求額を設定した(1万8,000円は、NCCU平均月額賃金の3%、約8,000円を従来のNCCU要求基準1万円に実質賃金の低下対策として上乗せした金額)。
時給制組合員についても、UAゼンセンが「制度昇給分に加え時間額を60円(5%基準)で引き上げ、制度昇給分が明確でない場合は、制度昇給分を含めて時間額を80円(7%基準)で引き上げ」と設定しているところ、NCCUはより高い「105円以上」を要求額とした(月給制組合員の引き上げ要求額を1カ月の所定労働時間で割り返した金額)。
要求額を検討するうえでは、大滝氏は「今年は、政府から昨年のような補助金や新しい処遇改善施策がない。経営状況が良くない法人も多い状況だが、他産業との格差があって当たり前とはならないような要求とすることを意識した。他産業を上回る要求内容を組み立てて、これだけ必要だということを打ち出した」と話す。
なお、政府は2024年12月から新たな補助金として、人件費や職場環境改善経費に充てることのできる「2024年度介護保険事業費補助金」を導入。同補助金は介護職員1人あたり5万4,000円相当が支給されるが、NCCUの見解では、継続ではなく1回きりの支給であることや、職場環境改善経費にも充てられることなどから、「介護職員処遇改善支援補助金」のような賃上げ効果は見込めないとしている。
賃上げ率は2%に届かない見通し
春闘の経過について、NCCUは職業別労働組合(クラフトユニオン)という性質上、分会組合員は本部の方針どおりに、2月末までに経営側に要求書を提出している。経営側の反応としては、「できるか否かは別として、要求の趣旨自体は理解してもらっている。賃金を引き上げないと介護業界は継続できないということは、労使ともに共通の認識となっている」(大滝氏)そうだ。
取材時点(6月下旬)の妥結状況は「約半分で、残り半分がまだ継続で交渉している最中」で、データでみると、妥結した分会の約半数(全体の約4分の1)の賃上げ率は「おおむね1.3%くらいで、平均3,000~4,000円くらいの引き上げ」としている。交渉継続中の分会も含めた今後の見通しを尋ねると、「1.3%よりは上がると予想するが、2%には届かないのではないか」とのことだった。
回答時期は、要求段階では「遅くても4月末までには解決すること」を目標に掲げているが、実際は最も早くて4月に妥結するところが出てくるといった状況だ。以前は3月中に妥結する分会も多かったが、処遇改善加算や補助金の支給を受けるために都道府県に提出が必要となる書類の期限が、交渉時期と重なることから、経営側も支援施策の導入を見極めたり、他の業界の状況をふまえたりするようになり、回答がなかなか出てこない状況になっている。
ゼロ回答も例年より多い傾向に
2025春闘では、ゼロ回答とする事業所も「例年に比べると少し多い傾向があった」と、大滝氏は説明。昨年の地域別最賃の引き上げ措置に対応した影響で、今春闘において引き上げを行わなかった事業所などがあったという。ちなみに、比較的高い賃上げ水準だった昨年度も、ゼロ回答のところはあったそうだ。
基本報酬の引き下げがあった訪問介護系は特に厳しい経営状況に
介護サービスのなかでも今年、特に処遇改善が厳しいと考えられているのは、訪問介護系を中心とする事業所だ。2024年度介護報酬改定で基本報酬が引き下げられた影響があり、「引き下げられた分を他のサービスなどでカバーしている事業所もあるが、そうした業態を取っていない事業所は経営状況が特に厳しくなっている」(大滝氏)。
基本報酬の引き下げは、厚生労働省が実施した「2023年度介護事業経営実態調査」結果で、訪問介護の収益性が他のサービスに比べて高かったことも一因となっているが、「利益が出ているサービスで基本報酬が引き下げられるということになると、利益を生み出すためにこれから事業拡大していく計画が立てづらくなる。この報酬改定の仕組みが続くようなら介護事業からの撤退も考えるという事業所もある」と大滝氏は話す。
処遇改善加算レベルの維持も困難
介護業界全体では、政府の処遇改善支援を利用できたとしても、「処遇改善加算や補助金分は制度上、従業員の賃上げに充てることとなっていて、経営資金に回せない」ため、事業所の経営状況は改善に向かっているわけではない。
処遇改善加算の仕組みについても、大滝氏は「今よりもさらに人員配置や処遇改善の取り組みをしないと加算レベルも上がらない仕組みで、場合によっては要件を満たせず加算率が下がることもある。人員不足が深刻化するなか、現状を維持することすら難しい」と述べる。
介護報酬の期中改定も含めた早急な対応を訴える
2025春闘の現状を受けて、今後どのような活動をするのか。染川氏は、「各企業の経営状況が厳しいなか、要求した1万8,000円を労使交渉だけで勝ち取るのは難しいので、政府への働きかけを積極的に行っている」と説明。1月に立憲民主党が衆議院に提出した「介護・障害福祉従事者処遇改善法案」など、組織内議員らと連携して法案づくりに取り組むほか、国会での意見陳述や、染川氏が委員を務める厚生労働省の社会保障審議会で意見を伝えるなど、「職業別労働組合として、あらゆるチャンネルを使いながら対応している」そうだ。
「政府は2024年度介護報酬改定について、賃上げ税制措置等も活用して、2024年に2.5%、2025年に2.0%賃上げができることを想定していたが、今年は2.0%も上げられないほど、原資が足りていない。介護・障害福祉従事者処遇改善法案には、介護・障害福祉従事者等を対象に1人あたり平均月額1万円賃金を上昇させるための助成金の支給などを盛り込んでいるし、介護報酬の期中改定も含めて、早急な対応が必要と考える」
また、2027年度には次期介護報酬改定が行われ、それに向けた政府の議論が、2026年1月頃から開始される予算編成過程のなかで進められていくため、さらなる処遇改善に向けた署名活動や、新しい処遇改善措置が実施されるように関係議員との連携を図っていくことを考えている。
(田中瑞穂、奧村澪)
労働組合プロフィール
- 日本介護クラフトユニオン(NCCU)
- 所在地:東京都港区芝2-20-12 友愛会館13階
- 設立:2000年1月24日
- 会長:染川 朗
- 組合員数:8万7,856人 *2025年6月17日時点
- 上部団体:連合、UAゼンセン
2025年8・9月号 労働組合取材の記事一覧
- 部会、業種、地場など、複数の「共闘」の効果を活用しながら、医療や介護、福祉に従事する労働者の賃金格差の是正を図る ――UAゼンセン・総合サービス部門「医療・介護・福祉部会」の労働条件改善に向けた取り組み
- ベースアップ評価料による賃上げと人事院勧告によるプラス改定の両方の獲得をめざす ――自治労の衛生医療評議会に聞く医療・衛生現場の賃上げ・処遇の現状
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