ベースアップ評価料による賃上げと人事院勧告によるプラス改定の両方の獲得をめざす
 ――自治労の衛生医療評議会に聞く医療・衛生現場の賃上げ・処遇の現状

労働組合取材

医療・衛生現場における賃上げ・処遇の現状について、公立・公的病院や保健所などで働く組合員で構成する自治労(石上千博委員長)の衛生医療評議会を取材し、話を聞いた。加盟組合では、2024年度診療報酬で措置されたベースアップ評価料を財源とした賃上げと、人事院勧告によるプラス改定の両方の獲得をめざして取り組んできた。しかし、公立病院では、物価や人件費等の高騰により2023年度は7割超が赤字経営の状況にあり、交渉を進めているものの、やはり賃上げには経営悪化が壁として立ちはだかる。2025年人事院勧告は昨年に引き続き、大幅な給与引き上げとなることが想定され、衛生医療評議会では病院の経営安定と医療従事者の確実な賃上げにつながるよう緊急的な財政支援を政府に求めている。

<公立病院を取り巻く環境>

赤字が生じた病院の割合は過去10年間で最多に

公立病院を取り巻く環境について、同評議会で事務局長(自治労衛生医療局長)を務める平山春樹氏は、「経営が良くない状況で、『賃金を上げましょう』というところになかなか至っていない。次回の診療報酬改定まで病院はもたないのではないか」と危機感を示す。総務省が公表した2023年度「公立病院の経常収支状況」によると、経常損失(赤字)が生じた病院数が70.4%と7割を超え、経常利益(黒字)が生じた病院数(29.6%)をはるかに上回っており、「これは過去10年間でみると一番悪い状況だ」と説明する。

さらに、総務省の2025年度「病院事業の地方財政措置」によると、2023年度における全国の公立病院(854病院)の赤字合計額は2,448億円と、2022年度の赤字合計額639億円から約4倍に膨れ上がっている。平山氏は2024年度の赤字合計額は、「さらに経営が悪化し過去にない赤字額になるのではないか」と懸念しており、「そもそも職場がなくなってしまいそうな状況で、当然、経営者から『賃上げをしている場合なのか』という話も出てくる」と語る。

昨今の物価高騰などによって経営がひっ迫

病院の経営悪化の一因には、昨今の物価高騰が大きく影響している。公営企業である公立病院は、独立採算が原則であり、地方自治体のように人事院勧告引き上げ分の財源が地方交付税などで措置されない。公立病院の財源は2年に1回改定される診療報酬だが、直近の2024年6月1日の改定については、改定以前の物価上昇などを一定程度ふまえてはいるが、改定以降における医薬品などの急激な価格高騰には対応できていない。

また、診療報酬は公定価格であるため病院独自で価格設定ができず、民間業界のように原材料費や人件費などのコスト増加分を、製品やサービスの価格に反映させる価格転嫁ができない。こうした状況から、もともと健全な経営をしていた公立病院までも赤字に転落するという事態に陥り、賃上げにも結びついていかない状態となっているという。

なお、医療の質の維持・向上などの観点から、2025年4月には通常実施されない診療報酬の中間年改定が行われている。これにより入院時の食費の基準(病院給食を1食あたり20円引き上げ)など一部は見直されたが、平山氏は「十分な措置とは言えない」としている。

医療従事者の賃上げを重点項目とした診療報酬の改定を実施

2024年度診療報酬改定において、政府は医療分野の賃上げが他産業に追いついていない状況を受け、必要な処遇改善等を通じて、医療従事者の人材確保のための取り組みを進めることが急務だとし、医療従事者の人材確保に向けた賃上げを重点項目の1つに掲げた。政府の方針では、①医療機関の定期昇給などの過去の賃上げ実績の継続②今般の報酬改定による上乗せの活用③賃上げ促進税制の活用――の3点を組み合わせ、2024年度にベア+2.5%、2025年度はベア+2.0%を実施し、定期昇給なども合わせて、2023年度を超える賃上げをめざすこととしている。

その賃上げの財源の1つとなるのが、新設された「ベースアップ評価料」だ。これは、勤務する看護職員、薬剤師他の医療関係職種の賃金の改善を実施することを条件に、ベースアップ評価料で得た診療報酬をその対象者の賃上げに充てることができる仕組みで、申請をした医療機関のみ、2024年6月以降から算定することができる。だが、賃上げできる対象者には医師、事務職、給食調理員などが含まれておらず、「賃上げができる職種を限定していることは問題点だ」と平山氏は指摘する。

診療報酬改定ではさらに、初再診料等や入院基本料金等の引き上げも実施されており、その財源を使用し、40歳未満の勤務医師、事務職員等の賃上げに充てることも可能とされている。しかし、賃上げを義務化している仕組みではないため、経営悪化を理由として反映されていない医療機関も多数出てきているそうだ。

<衛生医療評議会の2024年度の取り組み>

全ての職員の賃上げを掲げ、ベースアップ評価料の6月からの算定を交渉

診療報酬の改定の枠組みが2024年3月に公表されたことを受け、衛生医療評議会では春闘期の賃上げ方針を傘下の単組に通知した。

具体的な取り組み目標として、①医療機関を組織化しているすべての単組は、要求書を提出し、交渉、妥結(書面化・協約化)②医療機関で勤務するすべての職員の賃金の2.3%以上の引き上げ③6月からの賃上げの実施(遡及を含む)――の3点を設定した。なお、②で設定した2.3%は、前述した診療報酬改定における医療従事者の人材確保に向けた賃上げ方針のうち、1年間で「今般の報酬改定による上乗せの活用」で得られると想定される割合を参考にしている。

診療報酬の改定による賃上げを確実に実施するよう通年で取り組むこととし、ベースアップ評価料の枠組みから外れている医師や給食調理員なども含め、すべての職員の賃上げを実施することや、賃上げの原資となるベースアップ評価料については、算定が可能となる6月から取り組むよう当局と交渉することなどを盛り込んだ。

ベースアップ評価料引き上げは人事院勧告と切り分けて交渉

また、ベースアップ評価料は医療業界が他業種に比べて賃上げが進んでいない状況を受けて新設された制度であることから、方針は、官民較差による賃金引き上げを目的とした人事院勧告とは趣旨が異なることを強調。ベースアップ評価料による賃上げと人事院勧告によるプラス改定の両方を獲得するために、人事院勧告と診療報酬による賃上げとは切り分けて考え、交渉を行うことを提示して、取り組み目標を「高めの設定」(平山氏)とした。

方針ではあわせて、こうした取り組みを記載したモデル要求書も用意し、各単組はこれをもとに交渉を行った。

なお、公立病院を含む地方公務員の賃上げについては、例年8月の人事院勧告をもとに、秋から年末にかけて交渉が本格化する。2024年の人事院勧告では、月例給の1万1,183円(2.76%)引き上げなど、約30年ぶりとなる高水準のベースアップや、おおむね30歳代後半までの若年層職員に重点を置いて、すべての職員を対象に引き上げを行うことなどを勧告。これを受けて、衛生医療評議会では9月以降の取り組みを「春闘期に設定した取り組みの目標に到達していない単組については、持ち越しで協議を行うよう指示した」(平山氏)。

9割以上で人事院勧告と別の賃上げは獲得できず

闘争結果をみると、春闘期からの取り組み目標であるベースアップ評価料の算定について、衛生医療評議会が加盟組合員に実施したアンケート調査では、347病院のうち、全体の75%にあたる261病院が「6月から算定確認」ができたと回答した(2025年1月時点)。

ただし、厚生労働省が2024年3月に、診療報酬によるベースアップ評価料を人事院勧告による賃上げの原資に充てても差し支えないことを通知したこともあって、「ほとんどの公立病院で、ベースアップ評価料および基本料の引き上げ財源は人事院勧告の財源に充てられた」(平山氏)。衛生医療評議会が316病院に尋ねたアンケート調査結果(2025年1月時点)によると、9割以上の病院が人事院勧告とは別の賃上げを獲得することはできなかった。

ちなみに、人事院勧告とは別で賃上げを勝ち取ることができた約3%の病院では、「月額手当で9,000円程度給料が上がったところもある」とのことだ。

また、「一部の医療機関では経営悪化を理由に人勧未実施、一部未実施だったところや、賃金や賞与がカットされたところもあり、課題が残った」という。具体的な内容としては、公務員の給料に準じて運用してきた地方独立行政法人等の非公務員型自治体病院では人事院勧告が未実施となったところや、通常であれば、人事院勧告をふまえた給与改定は4月に改定されたことになり、遡り支給となるが、改定はするが遡及はしないという人事院勧告が一部未実施の病院もあったそうだ。

<2025年春闘期の取り組み>

多くの公立病院が急激な経営悪化に陥ったことから、政府は2024年12月17日に成立した2024年度補正予算で医療機関に対する支援を実施。そのうち、厚生労働省の「人口減少や医療機関の経営状況の急変に対応する緊急的な支援パッケージ」では、ベースアップ評価料を算定している医療機関に対して「許可病床数×4万円」相当の補助金支援を行うこととした。この財政支援は主に、①ICT機器等の導入による業務効率化②タスクシフト/シェアによる業務効率化③給付金を活用したさらなる賃上げ――に充当できる。また、通知では2024年度中ですでに実施した経費に充てることも可能としている。

補正予算を財源に人勧の完全実施や職場環境改善などを要求

これに対して、自治労衛生医療評議会では、補助金をもとに、医療現場のさらなる賃上げを2025年春闘期に要求するよう「2024年度補正予算をふまえた医療現場の賃上げ方針」を、2025年1月14日に傘下の単組に通知した。

具体的な取り組み方針には、①自治体単組と連携し、確定闘争の継続協議や春闘期に合わせて、医療現場の賃上げ等に関する要求書を提出し交渉する②自治体当局や病院当局に対して補正予算による財源を確認し、財源を得る③人事院勧告完全実施と診療報酬による取り組み方針をベースに、3月末までに人勧を上回る賃上げや人員確保、職場環境改善を求める(補正予算による財政支援を単なる医療機関の赤字補填にさせないこと)――の3点を掲げた。

そのうえで、「医療機関に関する2024年補正予算の財源総額を明らかにし、確実に医療機関に繰り入れを行うこと。その財源をもとに医療現場の賃上げ及び人員確保、職場環境改善を行うこと」を要求書に盛り込んだ。

実際には赤字補填され、賃上げにつながらず

2025年春闘期の成果はどうだったのか。平山氏は、財源となる補正予算が各自治体に下りてきたのが4月以降となり、2月~3月の春闘期には当局側に原資がわたらず、「要求すること自体ができなかった」と説明する。

また、4月以降も引き続き取り組むよう傘下の単組に促したが、価格高騰による経営の悪化や、同補正予算が2024年度の経費に使用できることや賃上げ以外のICT導入など幅広い用途に活用できたため、実際は赤字補填に充てられ、賃上げにはつながらなかったという。

「業務多忙」や「賃金に不満」などで77%が離職を検討している現状

他業種の大幅な賃上げが取り沙汰されているなか、医療業界の賃上げがなかなか進まない状況を受け、働く労働者のモチベーションは下がり続けていると指摘する。同評議会が2025年3月に公表した「公立・公的医療機関で働く医療従事者の意識・影響調査」によると、医療従事者の77%が離職を検討しており、辞めたいと思う理由として、「業務が多忙」の次に「賃金に不満」をあげている。

「コロナ禍で医療従事者はあんなに頑張ったのに、なぜコロナ禍が終わった後に、こんな仕打ちを受けないといけないのかという不満の声も組合員からはあがっている」(平山氏)

加えて、医療・福祉業界の給料が他業種に比べて低いことが報道されることで、「若い人材が医療業界に来ないのではないかというのが一番怖い」と、医療業界における人材不足の深刻化を懸念している。

緊急的な財政支援を求め国に働きかけを行う

今後どのような活動をするのか、平山氏に尋ねると、まず、医療機関の経営安定に向けた取り組みとして、2026年度診療報酬改定における物価・人件費高騰をふまえた引き上げ改定と改定までの間の緊急的な財政支援を求めて、省庁、国会、政党に対して働きかけを行っていくと返答。組織内議員を通して、「公立病院における赤字は個別の病院の努力不足ではないこと」を政府に訴えている。

また、今年の人事院勧告は、民間業界の好調な春闘結果をふまえて大幅な引き上げ勧告となることが予想されるが、「経営悪化から人事院勧告に基づいた賃上げが行われない可能性もある。国では公立病院の賃上げに対する財政支援や交付税単価の引き上げ、自治体では一般財源からの繰り入れ金の増額などを通じた確実な賃上げを実施しなければ、病院で働く労働者の離職が進んでしまうのではないか」と懸念している。

2024年の人事院勧告では、若手に重点を置いた引き上げとなったが、「病院に勤務している職員は若手や非正規が多いので、2025年も同様の引き上げ勧告であれば、人件費増によるさらなる経営悪化につながってしまう。また中堅以上の職員の賃金が十分に引き上げられないと離職につながりかねない」と考えており、対応できる方法について、政府にも検討してもらえるよう、組織内議員を通じて訴えている。

「地域医療を守るためには、医療従事者の確保が重要で、そのための処遇改善は不可欠」との認識から、今後も医療機関で働く労働者の処遇改善に向けて取り組みを進めていくとしている。

(奧村澪、田中瑞穂)

労働組合プロフィール

  • 自治労(全日本自治団体労働組合)
  • 所在地:東京都千代田区六番町1  自治労会館
  • 中央執行委員長:石上 千博
  • 組合員数:70万6,000人(厚生労働省調査)
  • 上部団体:連合
  • 専門組織である「衛生医療評議会」は、病院や保健所などで働く看護師、保健師、臨床検査技師などの医療資格職、現業職、事務職などの組合員で構成し、衛生医療分野での課題に専門的に対応している。同評議会に属する組合員は約12万人で、全体の17%程度を占める。