労働基準関係法制が果たすべき役割を再検討し、将来像についての抜本的な検討を行う時期に来ていると指摘
――厚生労働省「労働基準関係法制研究会」報告書 労働基準関係法制に共通する総論的課題
スペシャルトピック
厚生労働省は1月、「労働基準関係法制研究会」(座長:荒木尚志・東京大学大学院法学政治学研究科教授)がまとめた報告書を公表した。研究会では、労働法などを専門とする学識者が、労働基準関係法制において働く人を「守る」「支える」という2つの視点をどう両立させるか、また、労働基準関係法制の将来像などについて議論。報告書は、社会・経済の構造変化をふまえ、「労働基準関係法制が果たすべき役割を再検討し、労働基準関係法制の将来像について抜本的な検討を行う時期に来ている」と提言し、労働基準法における「労働者」や「事業」の捉え方、労使コミュニケーションの活性化に向けた過半数代表制における課題解決の方策などについて論じている。
<検討の経緯>
「新しい時代の働き方に関する研究会」が検討に向けての2つの視点を提起
労働基準法について、厚生労働省では、新しい時代を見据えた労働基準関係法制の課題を整理することを目的として設置された「新しい時代の働き方に関する研究会」(座長:今野浩一郎・学習院大学名誉教授・学習院さくらアカデミー長)が2023年10月に報告書をとりまとめている(※同報告については本誌2023年12月号で詳報)。
「新しい時代の働き方に関する研究会」の報告書は、これからの労働基準関係法制の検討にあたっては、「全ての働く人が心身の健康を維持しながら幸せに働き続けることのできる社会を目指すということ【「守る」の視点】」と、「働く人の求める働き方の多様な希望に応えることのできる制度を整備すること(様々な働き方に対応した規則)【「支える」の視点】」の2点の視点が重要だと提起。そのうえで、今後の労働基準関係法制の課題と目指すべき方向性を整理した。
また、働き方改革関連法(2019年4月1日から順次施行)の附則により、同法による改正後の労働基準法などについては、「その施行の状況等を勘案しつつ検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」ことになっている。なお、働き方改革関連法により労働基準法で講じられた措置としては、時間外労働の上限規制などがある。
こうした流れを背景に、2024年1月に設置された「労働基準関係法制研究会」は、「新しい時代の働き方に関する研究会」が提起した2つの視点をどう両立させていくか、また、労働基準関係法制の将来像を検討するとともに、働き方改革関連法の施行状況をふまえながら、関係制度の見直しの必要性についても具体的な検討を行った。
なお、「労働基準関係法制研究会」の参集者は学識者で構成し、以下(五十音順)の顔ぶれとなっている。【座長】荒木尚志・東京大学大学院法学政治学研究科教授/安藤至大・日本大学経済学部教授/石﨑由希子・横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授/神吉知郁子・東京大学大学院法学政治学研究科教授/黒田玲子・東京大学環境安全本部准教授/島田裕子・京都大学大学院法学研究科教授/首藤若菜・立教大学経済学部教授/水島郁子・大阪大学理事・副学長/水町勇一郞・早稲田大学法学学術院教授/山川隆一・明治大学法学部教授。
<報告書の構成>
総論的課題と労働時間法制に絞って具体的課題を論じる
「労働基準関係法制研究会」の報告書(以下、報告書)は、「Ⅰ はじめに」「Ⅱ 労働基準関係法制に共通する総論的課題」「Ⅲ 労働時間法制の具体的課題」「Ⅳ おわりに」という構成となっている。
「Ⅰ はじめに」で労働基準関係法制をめぐる現下の情勢や構造的課題などについて述べた後、研究の視点や研究会での検討の柱を説明している。
「Ⅱ 労働基準関係法制に共通する総論的課題」では、(1)労働基準法における「労働者」について(2)労働基準法における「事業」について(3)労使コミュニケーションの在り方について――の3項目に分けて論じた。
「Ⅲ 労働時間法制の具体的課題」では、労働時間法制に絞り、(1)最長労働時間規制(2)労働からの解放に関する規則(3)割増賃金規制――の3つの分野における個別課題について考察した。
<報告書の内容>
■現下の情勢と構造的課題
社会・経済が変化し、働き方も個別化・多様化している
「Ⅰ はじめに」では、労働基準関係法制の意義について述べた後、労働基準関係法制をめぐる現下の情勢を整理している。
報告書は、社会・経済の構造変化に伴い、職業人生の長期化やキャリアの複線化、働く「場所」「時間」「就業形態」の多様化に加え、デジタルデバイスの普及による労務管理のあり方の変化など、働き方が個別化・多様化していることを説明。
そのうえで、「こうした社会や経済の構造変化も踏まえつつ、単なる規制の見直しを超えて、労働保護規範の設定の在り方や実効性の確保の在り方、労働者がそれぞれの事情に応じた多様な働き方も選択できる社会を実現するために労働政策が果たすべき役割等も踏まえて、労働基準関係法制が果たすべき役割を再検討し、労働基準関係法制の将来像について抜本的な検討を行う時期に来ていると考えられる」と述べ、現状の再検討と将来に向けた抜本的な検討の必要性を強調した。
関係法制をどこまで進めるか、どのような手法で進めるかが課題に
労働基準関係法制の構造的課題についても整理している。
労働基準関係法制は労働者に共通に妥当する最低労働基準を一律に設定する形を基本に制定されたものだが、報告書は「社会や経済の構造変化は更に加速度を増しており、労働基準関係法制の見直しをどこまで進めていくのか、どのような手法で進めていくのかといった課題が生じている」と指摘。
また、1987年の労働基準法の改正以降、様々な制度が取り入れられたことで、「規制の内容が複雑化し、労働者にとっても使用者にとっても分かりづらいものとなってしまっている」ことも課題にあげた。
報告書は「保護が必要な場面においてはしっかりと労働者を保護することができるよう、原則的な制度を、シンプルかつ実効性のある形で法令において定め、その上で、先述した労働基準関係法制の意義を堅持しつつ、労使の合意等の一定の手続の下に個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて法定基準の調整・代替を法所定要件の下で可能とすることが、今後の労働基準関係法制の検討に当たっては重要である」と言及。
加えて、「現在の過半数代表(過半数労働組合及び過半数代表者)を軸とした労使コミュニケーションには課題も多く、実効的な労使コミュニケーションを確保する方策も必要」などと労使コミュニケーションの現状も課題にあげながら、その確保方法の見直しの必要性も強調した。
■研究会における検討の柱
2つの視点を両立するには、最低労働基準としての規則の原則的な水準は守る
研究会は検討の柱について、「新しい時代の働き方に関する研究会」報告書が提起した2つの視点の両立を強く意識して設定した。
報告書は、2つの視点を両立させるためには「まず、保護が必要な場面においてはしっかりと労働者を保護することができるよう、原則的な制度を、シンプルかつ実効性のある形で法令において定めた上で、法令において定められた最低労働基準としての規制の原則的な水準を守りつつ、多様な働き方を支える仕組みとすることが必要」とし、「それぞれの規制において適切な水準が担保されることを前提に、労使の合意等の一定の手続の下に個別の企業、事業場、労働者の実情に合わせて法定基準の調整・代替を法所定要件の下で可能とする仕組みとなっていることが必要」だと述べた。
また、「こうした仕組みが有効に弊害なく機能するためには、それを支える基盤として実効的な労使コミュニケーションを行い得る環境が整備されていることも必要」だとし、「法的効果の対象となる『労働者』をどのように捉えるのかといった、労働基準関係法制に共通する総論的課題も踏まえた検討が必要」だとした。
さらに、「働き方改革関連法の施行から5年が経過し、その効果を測りつつ、働き方の更なる改革として何が必要かを検討しなければならない」とした。
議論の柱を総論的課題と労働時間法制の具体的課題に大別
これらの観点をふまえて、議論の柱を、「労働基準関係法制に共通する総論的課題」と「労働時間法制の具体的課題」に大きく分けて整理した。
「労働基準関係法制に共通する総論的課題」では、特に、(1)労働基準法における「労働者」について(2)労働基準法における「事業」について(3)労使コミュニケーションの在り方について――の3点について検討。
(1)の労働基準法における「労働者」については、「労働者」に該当するかどうかの判断の参考にされてきた「労働基準法研究会報告」(1985年)から約40年が経過したなかで、働き方の多様化などによって「労働者と非労働者の境界が曖昧になりつつある」ことから、「あるべき労働基準関係法制を検討するに当たっては、どのように働く人が『労働者』であるのか、『労働者』に対してはどのような保護法制があり、『労働者』に該当しない者に対しての制度はどのようなものになるのかといった、法的効果とその対象者像を踏まえた上で、労働者と非労働者の境界をどのように判断していくことが望ましいかを検討することが必要である」と、柱に据えた理由を説明した。
(2)の労働基準法における「事業」については、労働基準法の適用単位は「事業」であり「事業場」であるが、場所にとらわれない働き方も拡大してきたことなどから、「労働基準法における『事業』又は『事業場』の概念をどのように捉えるかについて、制度改正を見据えた研究の前提として検討する」と説明した。
(3)の労使コミュニケーションの在り方については、「労働組合のない事業場も多い中で、過半数労働組合のない事業場で選任される過半数代表者については、選出方法や、労働者集団としての意見を伝える役割・能力等に課題があることなどから、その改善が必要と考えられる」と説明し、「このような観点を踏まえ、集団的労使コミュニケーションの課題と改善方法にどのようなものがあるか検討する」とした。
一方の「労働時間法制の具体的課題」については、働き方改革関連法の施行から5年が経過したことから、「働き方改革関連法において導入した制度の施行状況を踏まえつつ、その見直しの必要性について具体的な検討を行うとともに、働き方改革関連法では改正の対象とされなかった部分を含めた制度研究を行う」と説明した。
■労働基準関係法制に共通する総論的課題
(1)労働基準法における「労働者」について
労働者性判断の予見可能性を高めていくことが求められている
具体的な検討結果を主要項目に絞ってみていくと、「労働基準関係法制に共通する総論的課題」で掲げた1つめの「労働基準法における『労働者』について」では、まず、現代における「労働者」性の課題を論じた。
日本では全国画一的な監督行政を運営する上で「労働者」に該当するか共通の判断を行うため、1985年の労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」を参考に、個別の働き方の実態をふまえて総合的に判断されてきたが、この報告から約40年が経過し、産業構造の変化、働き方の多様化、デジタル技術の急速な発展などが起こるなか、諸外国でもプラットフォームワーカーなどへの法的対応が議論されてきていることから、「新しい働き方への対応や、実態として『労働者』である者に対し労働基準法を確実に適用する観点から、労働者性判断の予見可能性を高めていくことが求められている」と強調した。
また、1985年の「労働基準法研究会報告」について、「約40年が経過し、働き方の変化・多様化に必ずしも対応できない部分も生じている」ことを理由にあげ、「約40年で積み重ねられた事例・裁判例等をしっかりと分析・研究し、学説も踏まえながら、その表現をより適切に修正すべき点がないかという点も含めて、見直しの必要性を検討していく必要があると考えられる」と指摘した。
近年、労働者性の判断が問題となっているプラットフォームワーカーについては、国際的な動向も視野に入れながら、「人的な指揮命令関係だけでなく、経済的な依存や交渉力の差等について、どう考えるか」なども含めた総合的な研究が必要だとして、「労働者性の判断基準に関しては、引き続き専門的な研究の場を設けて総合的な検討を行うべきである」とした。
家事使用人のみを特別視して適用除外すべき事情は乏しい
個別職種である家事使用人(一般的に、個人宅に出向き私家庭で使用者と直接労働契約を結び家事一般に従事する者)に対する取り扱いにも言及している。
家事使用人については、労働基準法第116条第2項で適用除外規定が設けられている。しかし、報告書は、「現在では、住み込みの使用人という働き方をする家事使用人は減少しており、実質的な働き方が、日々就業場所に赴き、決められた時間業務を遂行する一般的な労働者とほとんど変わらなくなってきた」ことなどを理由にあげて、「家事使用人のみを特別視して労働基準法を適用除外すべき事情に乏しくなってきた」と指摘。
家事使用人に対して労働基準法を全面的に適用除外する現行の規定を見直し、「実態に合わせて検討することが考えられる」との見方を示した。
(2)労働基準法における「事業」について
現時点では、引き続き、事業場単位を原則として維持すべき
労働基準法は、かつて第8条で適用事業を列挙することにより、同法が適用される範囲を定めるとともに、同法が場所的単位としての「事業」ないし事業場を単位として適用されるという立場(事業(場)単位適用原則)を採用したものと解されている。
しかし、「新しい時代の働き方に関する研究会」の報告書が、働き方が多様化していく状況のなかで労働条件の設定に関する法制適用の単位が事業場単位を原則とし続けることが妥当か、また、リモートワークの普及等により監督指導になじまないケースも増加しているなどといった問題提起をしていることから、研究会でも、事業場単位の法適用の在り方について議論を行った。
報告書は、議論の結果として、「労務管理、意思決定、権限行使、義務履行がなされる場面や場所、監督の実効性を考慮し、事業場を単位とすべきか、企業単位とすることも許容されるかを検討する必要があること」「労働基準法等に基づく労使協定の締結等に当たって、職場の実態に即した労使コミュニケーションが行われる必要があること」「企業単位で労働条件が画一的に設定されている場合など、複数の事業場を束ねる形での労使コミュニケーションを行うことが合理的である場合において、そのような形での労使コミュニケーションがなされることについて妨げるものではないこと」「労働基準監督署においては、事業場単位の指導等を原則としつつ、企業への指導等が有効なものについては、企業単位での指導等を行っていること」――の4点を考慮しながら、「労働基準法が事業(場)単位適用原則を前提として設計されていること、労働基準法の地域的適用範囲を画定し、監督・指導の有効性を担保するに当たって、場所的概念として『事業』ないし事業場が引き続き有効であること」をふまえ、「現時点では、引き続き、事業場単位を原則として維持」することを推奨した。
そのうえで、「企業単位や複数事業場単位で同一の労働条件が定められるような場合であって、企業単位や複数事業場単位で適切な労使コミュニケーションが行われるときは、労使の合意により、手続を企業単位や複数事業場単位で行うことも選択肢になることを明らかにすることが考えられる」と提案した。
「事業」の概念については労使コミュニケーションの在り方も含め検討が必要
一方、テレワークの浸透で場所にとらわれない働き方が広がるなど、「物理的な空間・場所を基礎とする既存の『事業』の概念によって規制の対象を捉えることが困難である又は合理的ではない場合が生じ、法適用に影響することも考えられる」として、法制度の実効的な適用を確保する観点から、労働基準関係法制における「事業」の概念について、「将来的な労使コミュニケーションの在り方も含め検討していく必要がある」と指摘。
例えば、前述した労働者性の研究を継続的に行う場で「事業」の概念との関係を含めて議論を行うなど、早期に検討に着手する必要性を強調した。
(3)労使コミュニケーションの在り方について
まずは労働組合の活性化・組織化の取り組みが望まれる
「労使コミュニケーションの在り方」については、はじめに労使コミュニケーションの意義と課題について整理した。
労働基準法では、事業場に過半数労働組合があるときはその労働組合、過半数労働組合がないときは過半数代表者が労使協定の締結主体となる仕組みがとられているが、報告書は「まずは、労使コミュニケーションを図る主体の中核たる労働組合の活性化や組織化の取組が望まれるとともに、過半数労働組合がない事業場も含めて、労使ができるだけ対等にコミュニケーションを図り、適正な内容の調整・代替を行うことのできる環境が整備されていることが重要」だと指摘。
ただ、労働組合の推定組織率は長期的に低下しており、過半数代表者について、選出方法や労働者集団として意見を伝える役割・能力などの点で課題が指摘されている一方、「労使がより実効性のあるコミュニケーションを行い、職場のルールを作っていく姿を考えると、労働者と使用者のコミュニケーションだけでなく、労働者集団内部のコミュニケーションが、意見集約や調整という点で重要」「過半数代表や労使委員会については、過半数代表や労使委員会を必要とする条項において個別に規定されているのみで、労働基準法において体系的に規定・整序されていない」といった現状もふまえ、「まずは、労働組合の活性化が望まれるとともに、現行の過半数代表制の抱える課題の解消に早急に取り組むべき」との考えを示した。
労働組合が実質的・効果的な労使コミュニケーションを実現する中核
報告書は、労働組合による労使コミュニケーションについては、「労使関係において、労働者と使用者との間に厳然とした交渉力の格差があることは、働き方が多様化した現在においても変わらない事実である」とし、労働組合法が、個人では圧倒的に不利な立場にある労働者が団結し、争議権を背景に団体交渉を行うことによって労働者の交渉力を使用者と対等の立場に引き上げるものとして労働組合を規定していることから、「労働組合の活性化が望まれる」とあらためて強調。
また、労働基準法における労使協定や就業規則の手続において、過半数代表として優先されるのは過半数労働組合であることもふまえると、「労働組合が実質的で効果的な労使コミュニケーションを実現する中核」だとした。
ただ、組織率は長期的に低下し、過半数労働組合がない事業場も多いことから、報告書は「過半数労働組合にも適用可能な支援は何かということを考える必要がある」と提起し、例えば、労働組合が過半数代表として活動する場合の活動時間の確保など、「労働組合が過半数代表として活動する場合に、当該労働組合に対しても行うことができる支援として明確化していくことが必要と考えられる」と述べた。
また、過半数代表者と共通することとして、「労働基準法等に基づく労使協定を締結する際等には、過半数代表は、事業場の全労働者の代表として意見集約していくべきことも明確化すべき」と提案した。
過半数代表者の選出が適正に行われていないことなどが課題
「過半数代表者の適正選出と基盤強化」では、過半数労働組合のない事業場では過半数代表者について様々な課題が指摘されているが、報告書は、その課題について、「過半数代表者の選出が、事業場において適正に行われていない場合がある」「過半数代表者の役割を果たすことは労働者にとって負担であり、また、全ての労働者が労使、コミュニケーションについての知識・経験を持つわけではないことから、積極的な立候補が得られないことや、立候補者がいて選出されたとしても過半数代表の役割を適切に果たすことが難しい場合が多い」に大別できるとした。
そのうえで、「こうした課題を改善し、実質的で効果的な労使コミュニケーションを行う土台を作っていくことが必要である」と強調。
また、報告書は、現行の労働基準法では「過半数代表」や「過半数代表者」は明確には定義されておらず、過半数代表が締結の一方当事者となる手続を定める条項において個別に規定されているのみだとして、過半数代表者の適正選出を確保し、基盤を強化するためには、過半数代表者の定義や、選出手続、使用者による情報提供や便宜供与、過半数代表者への行政機関等の相談支援、過半数代表者の人数や任期などについて、「明確にしていくことが必要ではないかと考えられる」とした。
使用者がこれまで締結された協定や今回の手続内容などを明らかにする
過半数代表者の適正選出と基盤強化についての具体的な提言内容をみていくと、過半数代表者の選出手続では、実際の選出行為である選挙や信任投票を「労働者のみで選挙等の選出事務の手続を行うことは実務上現実的でなく、使用者がある程度関与せざるを得ないのが実情」と述べて、各段階で公正な過半数代表者の選出がなされるために使用者がどのように関与していくかを整理。
例えば、労使協定の締結時に過半数代表者の選出を労働者側に求める際には、「使用者は、当該事業場でこれまでにどのような労使協定が締結されており、今回選出する過半数代表者に対してはどの労使協定に関する手続を求めるのか、その労使協定にどのような内容を盛り込みたいのか等を明らかにすることが求められる」とした。
労働者が過半数代表者を選出するにあたっては、「不適切な選出方法がとられている実態があることにも鑑み、候補者となる労働者の意思を確認し、事業場内で周知し、労働者が選挙、信任投票等を行うべきことを明らかにする必要がある。その上で、使用者は、プラットフォーム(事業場内での選挙設備や社内イントラネットなど)を用意するなど、選出事務に配慮することが求められる」とし、「その際、具体的にどの程度の配慮まで認められるのかについて明らかにする必要がある」とした。
また、労働者が過半数代表者に立候補し、その役割を適切に果たすためには、過半数代表者の選出が必要になる前から、「過半数代表の意義や役割、選出手続、適正な選出の必要性、労働者の意見集約の手法等について知識を得る教育・研修の機会があることが求められる」などと指摘した。
働き方の実態に関する情報を過半数代表者に提供するのは使用者の責務
過半数代表者が担う役割および過半数代表者となった労働者に対する使用者による情報提供や便宜供与では、過半数代表者が担う役割を全うするためには、法定基準の趣旨などを理解したうえで事業場の働き方の実態に関する情報を得ることが必要になり、「こうした情報は使用者側が保有しているものであるため、過半数代表者に対するこうした情報の提供を使用者の責務として位置づけることが必要ではないか」との見方を示した。
そのほか、労働時間のなかで活動することへの一定の保障や、意見集約のための社内イントラネットなどの使用についての便宜供与の明確化などを提示するとともに、こうした情報提供や便宜供与を労使委員会の労働者側委員や過半数労働組合で対しても同様に取り扱う必要性も指摘。
過半数代表者への相談支援では、過半数代表者や労使委員会の労働者側委員が活動するにあたり、行政機関や外部専門家等の相談支援を受けたいと考える場合も想定されることから、「行政機関(労働委員会を含む)においては、相談体制の整備や、相談窓口の周知等も行うことが求められる」としている。
過半数代表者は複数人選出できることを明らかにする
過半数代表者の人数については、法令上の規定はないものの多くの場合1名が選出されている現状について、過半数代表者の責務や活動を1名で担うことへの負担感から立候補に消極的になる可能性があることに言及。
過半数代表者を複数人で担うことでより実質的・効果的な労使コミュニケーションが行え、事業場の多様な類型の労働者の意見を汲み取りやすくなる可能性があることから、「現行法でも複数人の過半数代表者を選出することは適法に可能であることから、複数人選出の選択肢もあることを明らかにしていく」として、その際に、選出方法や選出人数などについても検討していく考えを示した。
任期を定めた過半数代表者の選出が選べることも明らかにする
過半数代表者の任期については、現行法は過半数代表者を原則として、手続ごとに都度選出することを基本としているが、任期を定めて選出することは否定していないことから、「任期を定めて過半数代表者を選出する選択肢もあることを明らかにしていく」としている。ただし、あまりにも長期の任期を設定することは問題であることなど、実施にあたって注意すべき点についても整理・周知することも必要だと付言した。
労働基準法における規定の整備では、過半数代表者の適正選出を確保し、基盤の強化を行うにあたり、「労働基準法において、『過半数代表』、『過半数労働組合』、『過半数代表者』の法律上の位置付け、役割、過半数代表者に対する使用者からの関与や支援等を明確に定める規定を設ける法改正を行うことが必要」とし、労使委員会の規定も同様に検討の対象とすることを明示。加えて、過半数労働組合に対する使用者からの関与や支援の内容や、労働組合法に規定する支配介入等の規定との関係も「いずれかの法で明らかにしておくことも検討すべき」としている。
※報告書の「Ⅲ 労働時間法制の具体的課題」以降の内容は別記事に続く。
(調査部)
2025年3月号 スペシャルトピックの記事一覧
- 労働基準関係法制が果たすべき役割を再検討し、将来像についての抜本的な検討を行う時期に来ていると指摘 ――厚生労働省「労働基準関係法制研究会」報告書 労働基準関係法制に共通する総論的課題
- 時間外・休日労働時間の上限規制は引き続き現状を注視 ――厚生労働省「労働基準関係法制研究会」報告書 労働時間法制の具体的課題(1)〔最長労働時間規制(実労働時間規制)〕
- 13日超の連続勤務の禁止を規定すべき ――厚生労働省「労働基準関係法制研究会」報告書 労働時間法制の具体的課題(2)〔労働からの解放に関する規制〕および(3)〔割増賃金規制〕