電話やインターネット上での行為も対象に
――東京都が「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」を策定
ハラスメントを巡る動向
東京都は昨年12月、「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」に基づく「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」を策定した。指針は、カスタマー・ハラスメントに関連する用語の定義や、代表的な行為類型などを明確化。電話やインターネット上での行為も、カスタマー・ハラスメントの対象となる行為に含まれることを明示。条例における「就業者」には、通常の労働者だけでなく、フリーランスやボランティア活動従事者、インターンシップ学生なども含まれるとの考え方を示している。代表的な行為類型では、「全く欠陥がない商品を新しい商品に交換するよう就業者に要求すること」や「就業者に物を投げつける、唾を吐くなどの行為を行うこと」など、典型的な例を行為類型のパターンごとに細かく示した。(※条例の内容は本誌2024年11月号で詳報)
<カスハラ関連用語の定義>
「何人」は「カスタマー・ハラスメントの行為主体となり得る全ての人」
指針は、今年4月1日の施行を予定している「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」に基づくもので、カスタマー・ハラスメントの内容に関する事項や、顧客等・就業者・事業者の責務に関する事項などについて、具体的に定めている。
カスタマー・ハラスメントの内容に関する事項を中心に具体的な内容をみていくと、条例の第4条は「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」と規定しているが、指針は「何人も」の範囲について、「カスタマー・ハラスメントの行為主体となり得る全ての人」を指すとし、「都民であるか否かを問わない」とした。また、企業間取引を背景としたカスタマー・ハラスメントも禁止されるとした。
「あらゆる場」についても具体的に範囲を示し、「店舗や事業所の窓口等における行為だけでなく、電話やインターネット等における行為も含まれる」とした。
禁止を明示することで抑止効果を見込む
条例第3条第1項は、「カスタマー・ハラスメントは、顧客等による著しい迷惑行為が就業者の人格又は尊厳を侵害する等就業環境を害し、事業者の事業の継続に影響を及ぼすものであるとの認識の下、社会全体でその防止が図られなければならない」と規定している。指針は条例の趣旨についてさらに、「禁止を明示することで、行為の抑止効果を見込んでいる」と説明。「カスタマー・ハラスメントの禁止を通じて、就業者の安全及び健康の確保だけでなく、顧客等の豊かな消費生活、事業者の安定した事業活動を促進し、もって公正かつ持続可能な社会の実現に寄与することを目的としている」と記した。
禁止規定に違反した場合の罰則規定はないものの、「行為の内容によっては、この条例にかかわらず、法律に基づく処罰等を受ける可能性がある」と明記し、例として、刑法や特別刑法に反する行為は刑法等による処罰の対象となる可能性があることや、財産的・精神的損害が発生した場合は、民法の不法行為責任に基づく損害賠償請求権が発生する可能性があることなどを示している。
3つの要素をすべて満たすものを「著しい迷惑行為」と定義
条例第2条第5号では、カスタマー・ハラスメントを「①顧客等から就業者に対し、②その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、③就業環境を害するものをいう」と規定しており、第2条第4号では、著しい迷惑行為を、「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為をいう」と規定している。指針は、カスタマー・ハラスメントは「①から③までの要素を全て満たすものをいう」と、定義を明確化する一方、要素をすべて満たさない場合でも、「『著しい迷惑行為』そのものは、刑法等に基づき処罰される可能性や、民法に基づき損害賠償を請求される可能性がある点に留意する必要がある」と付言した。
条例の規定のなかの「暴行、脅迫その他の違法な行為」「正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」の文言についてもそれぞれ細かく定義し、「暴行、脅迫その他の違法な行為」については、「暴行、脅迫、傷害、強要、名誉毀損、侮辱、威力業務妨害、不退去等の刑法に規定する違法な行為」のほか、「ストーカー行為等の規制等に関する法律」や「軽犯罪法」等の「特別刑法に規定する違法な行為」を指すと明示した。
また、顧客等から就業者に対して違法な行為が行われた場合は、「その時点で直ちに著しい迷惑行為に該当するだけでなく、犯罪として処罰される可能性がある」としている。
相当性の判断は行為を受けた就業者の問題行動の有無などを総合的に考慮
一方、「正当な理由がない過度な要求、暴言その他の不当な行為」については、まず、「客観的に合理的で社会通念上相当であると認められる理由がなく、要求内容の妥当性に照らして不相当であるものや、大きな声を上げて秩序を乱すなど、行為の手段・態様が不相当であるものを意味する」とし、「相当性の判断に当たっては、当該行為の目的、当該行為を受けた就業者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該行為が行われた経緯や状況、就業者の業種・業態、業務の内容・性質、当該行為の態様・頻度・継続性、就業者の属性や心身の状況、行為者との関係性など、様々な要素を総合的に考慮することが適当である」とした。
そのため、「正当な理由に基づき、社会通念上相当であると認められる手段・態様による、顧客等から就業者への申出(苦情・意見・要望等)自体は妨げられるものではない」ことも明記したが、「ただし、その後の交渉や話し合いの過程で違法又は不当な行為があった場合、その時点で著しい迷惑行為に該当する可能性がある」としている。
業務遂行上、看過できない程度の支障が生じたと感じる行為かどうかが基準
③の要素の「就業環境を害する」についても考え方を整理している。指針は、「『就業環境を害する』とは、顧客等による著しい迷惑行為により、人格又は尊厳を侵害されるなど、就業者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、就業環境が不快なものとなったため、就業者が業務を遂行する上で看過できない程度の支障が生じることをいう」と説明。この判断にあたっては、「平均的な就業者が同様の状況で当該行為を受けた場合、社会一般の就業者が業務を遂行する上で看過できない程度の支障が生じたと感じる行為であるかどうかを基準とすることが適当」だとした。
また、顧客等の要求内容に妥当性がないと考えられる場合でも、「就業者が要求を拒否した際にすぐに顧客等が要求を取り下げた場合、就業環境が害されたとは言えない可能性がある」とした。
なお、インターネット上での法人への誹謗中傷など、顧客等から法人等に対する著しい迷惑行為は「その内容により法人等の経営者や従業員などの就業環境が害されたと言える可能性があるため、法人等に対する著しい迷惑行為も行われるべきでない」との考え方を示している。
<就業者の範囲>
就業者にはフリーランスやインターシップ生、PTAの保護者も含まれる
条例第2条第2号は、「就業者」の定義について「都内で業務に従事する者(事業者の事業に関連し、都の区域外でその業務に従事する者を含む。)をいう」としているが、指針は、「『就業者』とは、労働基準法第9条や労働組合法(昭和24年法律第174号)第3条で規定されるような労働者だけでなく、有償・無償を問わず業務を行う全ての者を指す」と明記。「就業者」には「企業や国の機関及び地方公共団体で働く者のほか、企業経営者、個人事業主、フリーランス、ボランティア活動に従事する者、企業等で就業体験を行う学生(いわゆる『インターンシップ生』)、PTA活動に従事する保護者、議員なども含まれる」として、フリーランスなども含めて幅広く定義した。
インターネット上で業務を行う者についてもカスハラ禁止を明確化
指針はまた、インターネット上で業務を行う者についてもカスタマー・ハラスメントが禁止されることを明確にした。
指針は「SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)や動画配信サイト等を活用して業務を行う者が『就業者』に当たるか否かは一見して不明確であるが、『都内で業務に従事する者(事業者の事業に関連し、都の区域外でその業務に従事する者を含む。)』であれば、『就業者』になり得る」と明記。例えば、「都内の事務所・事業所で勤務していることをインターネット上で明示している場合であれば、その者は『業務に従事する者』として『就業者』になり得る」などと補足している。
<顧客等の範囲>
顧客には、購入を検討中や列に並ぶ人も含まれる
条例第2条第3号は、顧客等を「顧客(就業者から商品又はサービスの提供を受ける者をいう。)又は就業者の業務に密接に関係する者をいう」と規定するが、指針は「顧客」の考え方について、「『顧客』とは、就業者から商品又はサービスの提供を受ける者であり、今後、商品やサービスの提供を受けることが予期される者(例:店頭で商品の購入を検討している人、飲食店で入店を待つ列に並ぶ人など)も含む」とした。
一方、このなかの「就業者の業務に密接に関係する者」の考え方については、「顧客(就業者から商品又はサービスの提供を受ける者)ではないが、①就業者の遂行する業務の目的に相当な関係を有する者、又は②本来は関わりが想定されていないものの、就業者の円滑な業務の遂行に当たって対応が必要な者を意味する」とし、「密接に関係する者」であるか否かは、「具体的状況に即して判断されることとなる」とした。
また、「就業者の遂行する業務の目的に相当な関係を有する者」とは、「当該就業者が、その業務を遂行するに当たって、必要不可欠な利害関係者(ステークホルダー)をいう」と説明。例えば、「企業経営者にとっての株主、学校教諭にとっての保護者、議員にとっての有権者などが想定される」としている。
「本来は関わりが想定されていないものの、就業者の円滑な業務の遂行に当たって対応が必要な者」については、「業務上、不測の事態が発生した場合には、業務を遂行するために対応することが必要不可欠な者をいう」とし、例えば、「配達先の隣人と配達員、沿道住民とマラソン大会のボランティア、著名人とそのSNSの投稿等にコメントを書き込む人などが想定される」とした。
<代表的な行為類型>
全く欠陥がない商品の交換要求はカスハラ
指針は、カスタマー・ハラスメントの代表的な行為類型を、「顧客等の要求内容が妥当性を欠く」「顧客等の要求内容の妥当性にかかわらず、要求を実現するための手段・態様が違法又は社会通念上不相当である」「顧客等の要求内容の妥当性に照らして、要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当である」の3つの性質に分けて、それぞれ明示している。
「顧客等の要求内容が妥当性を欠く」ものとしては、①就業者が提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない②要求内容が、就業者の提供する商品・サービスの内容とは関係がない――の2パターンの行為類型を提示。①にあてはまる例として、「全く欠陥がない商品を新しい商品に交換するよう就業者に要求すること」「あらかじめ提示していたサービスが提供されたにもかかわらず、再度、同じサービスを提供し直すよう就業者に要求すること」をあげた。
指針は、顧客等の主張に関して、事実関係や因果関係をふまえ、根拠のある要求がなされているかを確認したうえで、就業者が提供した商品やサービスに瑕疵・過失がない場合、あるいは全く関係のない主張や要求の場合は、「正当な理由がないと考えられる」としている。
土下座の要求は違法・社会通念上不相当の行為類型の1つ
次に「顧客等の要求内容の妥当性にかかわらず、要求を実現するための手段・態様が違法又は社会通念上不相当である」ものとしては、①就業者への身体的な攻撃②就業者への精神的な攻撃③就業者への威圧的な言動④就業者への土下座の要求⑤就業者への執拗な(継続的な)言動⑥就業者を拘束する行動⑦就業者への差別的な言動⑧就業者への性的な言動⑨就業者個人への攻撃や嫌がらせ――の9パターンの行為類型を示した。
例として、①では「就業者に物を投げつける、唾を吐くなどの行為を行うこと」など、②では「就業者や就業者の親族に危害を加えるような言動を行うこと」など、③では「就業者に声を荒らげる、にらむ、話しながら物を叩くなどの言動を行うこと」など、④では「就業者に謝罪の手段として土下座をするよう強要すること」、⑤では「就業者に対して必要以上に長時間にわたって厳しい叱責を繰り返すこと」など、⑥では「長時間の居座りや電話等で就業者を拘束すること」など、⑦では「就業者の人種、職業、性的指向等に関する侮辱的な言動を行うこと」など、⑧では「就業者へわいせつな言動や行為を行うこと」など、⑨では「就業者の服装や容姿等に関する中傷を行うこと」など、をあげた。
指針は、「顧客等の主張に関して、事実関係や因果関係を踏まえ、根拠のある要求がなされていた場合でも、その要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲かを確認する必要がある」とし、「例えば、殴る、蹴るなどの違法な暴力行為は直ちにカスタマー・ハラスメントに該当し、その言動が威圧的である場合などは、社会通念上不相当としてカスタマー・ハラスメントに該当する可能性がある」と述べている。
過度な商品交換や金銭補償の要求は社会通念上不相当な手段・態様
「顧客等の要求内容の妥当性に照らして、要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当である」ものでは、①過度な商品交換の要求②過度な金銭補償の要求③過度な謝罪の要求④その他不可能な行為や抽象的な行為の要求――の4パターンの行為類型を示した。
例として、①では「就業者が提供した商品と比較して、社会通念上、著しく高額な商品や入手困難な商品と交換するよう要求すること」、②では「就業者が提供した商品・サービスと比較して、社会通念上、著しく高額な金銭による補償を要求すること」、③では「就業者に正当な理由なく、上司や事業者の名前で謝罪文を書くよう要求すること」など、④では「就業者に不可能な行為(法律を変えろ、子供を泣き止ませろ等)を要求すること」など、をあげている。
指針は、「顧客等の主張に関して、事実関係や因果関係を踏まえ、根拠のある要求がなされ、違法又は社会通念上不相当な行為がない場合であっても、顧客等の要求内容の妥当性に照らして、その手段・態様が不相当となることがあり得る」とし、例えば、「商品やサービスの瑕疵を根拠に、顧客等から就業者に対して金銭による賠償や謝罪等を丁寧な口調で要求した場合であっても、その金額が社会通念上著しく高額であったり、正当な理由がない過度な謝罪を要求したりするものであれば、カスタマー・ハラスメントに該当する可能性がある」としている。
また、「顧客等の要求内容が、就業者にとっては不可能な行為であったり、どのように対応すれば良いか分からない抽象的な行為であったりする場合も、カスタマー・ハラスメントに該当する可能性がある」としている。
<顧客等の関係者の責務>
顧客は就業環境の悪化や事業活動への悪影響など不利益に対する理解を
指針はこのほか、顧客等・就業者・事業者の責務の具体的な内容や、東京都の責務などについても詳述している。
顧客等の責務について条例第7条第1項では、「顧客等は、基本理念にのっとり、カスタマー・ハラスメントに係る問題に対する関心と理解を深めるとともに、就業者に対する言動に必要な注意を払うよう努めなければならない」と規定しているが、「就業者に対する言動に必要な注意を払う」との考え方について指針は、「行為を行う可能性がある顧客等が、カスタマー・ハラスメントが起こる社会的背景や、どのような行為がカスタマー・ハラスメントに該当するかなど、条例を通じて関心と理解を深める必要がある。また、就業環境の悪化や事業活動への悪影響など、カスタマー・ハラスメントがもたらす不利益に対する理解を深める必要がある」とした。
事業者の責務では、条例第9条第1項は「事業者は、基本理念にのっとり、カスタマー・ハラスメントの防止に主体的かつ積極的に取り組むとともに、都が実施するカスタマー・ハラスメント防止施策に協力するよう努めなければならない」と規定しているが、指針は「主体的かつ積極的」の考え方について、「就業者が顧客等からカスタマー・ハラスメントを受けた場合、就業者の意欲の低下等を起因とした職場環境の悪化、職場全体の生産性の低下等につながり得ることで、事業者の事業活動の継続に大きな影響が生じる」とし、「事業者においては、カスタマー・ハラスメント防止に当たって、事業者ごとの状況に合わせた効果的な対策を講じるとともに、就業者がカスタマー・ハラスメントによる被害を受けないよう、積極的な取組が求められる」としている。
(調査部)
2025年3月号 ハラスメントを巡る動向の記事一覧
- カスタマーハラスメント対策を事業主の雇用管理上の措置義務に ――今後予定される女性活躍の推進と職場におけるハラスメント防止対策の強化の内容
- 電話やインターネット上での行為も対象に ――東京都が「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」を策定
- 4割超の会員企業がカスハラ対策を実施済もしくは検討中 ――経団連「ハラスメント防止対策に関するアンケート調査結果」