定義や行為を明示することで、業界一体となってカスハラに対峙
――日本民営鉄道協会のカスハラ基本方針と最近の駅員などへの暴力行為の状況
業界団体の取り組み
鉄道事業者の業界団体である一般社団法人日本民営鉄道協会(民鉄協、原田一之会長)は、業界全体で一体となってカスタマーハラスメントに対する取り組みを展開することを目指し、昨年12月に「民営鉄道業界におけるカスタマーハラスメントに対する基本方針作成」を定めた。手段・態様が社会通念上不相当で、従業員の就業環境を害するものをカスハラと定義。具体的な行為の例示には、同意を得ずにSNSに音声・映像を公開する行為や、従業員個人への攻撃・要求なども盛り込んだ。同協会によると、大手各社での鉄道係員に対する暴力行為はコロナ後、増加傾向にあり、深刻なけがを負う事例も発生している。
暴力を伴わない迷惑行為が増加
民鉄協はこれまでも、乗客等からの暴力行為を防止する取り組みを実施してきた。しかし近年は、必要以上に大声のクレームや、威嚇や脅迫、人格を否定するような発言など、直接の暴力を伴わないカスハラに該当する著しい迷惑行為が増加しているため、カスハラに対する基本方針を定めることにした。
鉄道事業では、直接顧客と接する機会が多い駅係員や乗務員などが、顧客(カスタマー)の迷惑行為による被害を受けやすいのが特徴。民鉄協は基本方針を定めることで、「業界全体で一体となってカスタマーハラスメントに対する取り組みを推進することで、カスタマーハラスメント撲滅に取り組みたい」としている。
同意のないSNSへの音声・映像の公開もカスハラの対象
基本方針ははじめに、カスハラの定義を「顧客からのクレーム・言動のうち、内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、従業員の就業環境が害されるもの」としている。
そのうえでカスハラの対象となる具体的な行為として、「身体的な攻撃(暴行・傷害)」「精神的な攻撃(脅迫・中傷・名誉毀損・侮辱・暴言)」「威圧的な言動」「継続的・執拗な言動や要求」「拘束的な行動」「性的な言動」「SNS等による同意ない音声・映像の公開」「従業員個人への攻撃・要求」などをあげている。
これらのカスハラへの対応として基本方針は、「基本方針、姿勢の明確化」「従業員への周知、啓発」「従業員のための相談体制の整備」「対応方法、手順の策定」「従業員への配慮措置」などに取り組むとしている。
暴力行為はコロナ禍での急減を経て増加傾向に
民鉄協は5月21日、大手16社(東武、西武、京成、京王、小田急、東急、京急、東京メトロ、相鉄、名鉄、近鉄、南海、京阪、阪急、阪神、西鉄)における2023年度に発生した駅員や乗務員などの鉄道係員に対する暴力行為の件数を発表した。
大手16社における、2023年度に発生した駅員や乗務員等への暴力行為は144件で、2022年度から6件増加している。コロナ禍の2020年度に大きく減少したものの、その後は増加傾向にある(図表)。
図表:鉄道係員に対する暴力行為の発生件数
注:日本民営鉄道協会に加盟する企業のうち、大手16社を対象に集計。
(公表資料から編集部で作成)
暴力行為が発生した場所は「ホーム」(60件)が最も多く、以下「改札」(48件)、「その他」(20件)、「車内」(10件)と続く。加害者の61%が飲酒をしており(飲酒なしが25%、不明が14%)、時間帯は深夜(22時~終電)(54件)が目立つ。
加害者の年齢は、「不明」(29件)を除くと「20代以下」(28件)が最も多く、以下「40代」「50代」(ともに24件)、「60代以上」(21件)、「30代」(18件)となっている。
暴力行為が発生した契機は「理由なく突然に」(34件)が最も多く、以下「その他」(33件)、「酩酊者に近づいて」(31件)、「迷惑行為を注意して」(28件)、「けんかの仲裁」(18件)となっている。
具体的な事例として「酩酊した男性旅客が、営業が終了しているホームに向かったため複数の駅係員で対応し、営業が終了している旨伝えたが聞く耳を持たなかったため、ホーム上で再度終了した旨の案内をすると突然暴れだし、2名の駅係員が蹴られ受傷した」「ホームベンチにて着座していた加害者男性は、携帯電話で通話中の別の男性旅客に対して立腹し口論となった。ホーム係員が仲裁に入るも加害者男性の興奮は収まらず、ホーム係員と改札窓口係員の2名で対応を行った。2人を別々に誘導し、話を聞いていたところ、突然係員が、加害者男性から左肩上腕部付近に頭突きをされ受傷した」などがあった。
民鉄協は「犯罪である暴力行為をなくし、安全で快適な鉄道を維持するため、当協会では引き続き啓発ポスターの掲出など各種の取り組みを実施してまいります」としている。
(調査部)
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