健康管理に関する意識の向上など個人事業者等自身が行うべき事項を示すとともに、注文者等に健康診断の受診費用の配慮などの情報提供を促す
――厚生労働省の「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」
スペシャルトピック
厚生労働省は5月28日、個人事業主と仕事の注文者の双方が実施すべき事項をまとめた「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」を策定した。ガイドラインは、個人事業主と注文者がそれぞれの立場での自主的な取り組みを促すことが目的。労働者を使用しない個人事業者等が健康に就業するために、定期的な健康診断の実施や長時間の就業による健康障害の防止、適切な作業環境の確保といった、個人事業者等自身が行うべき事項を明記。個人事業者等に仕事を発注する注文者等に対しては、安全衛生教育・健康診断などに関する情報提供などを行うことを盛り込んでいる。
「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」の提言を受けて議論
個人事業者等の業務上の災害防止に向けては、災害の実態把握や、災害防止のための安全衛生対策について、「個人事業者等に対する安全衛生対策のあり方に関する検討会」が昨年10月、報告書をとりまとめた(報告書の内容については本誌2024年1・2月号スペシャルトピックにて詳報)。同報告は、個人事業者等の過重労働、メンタルヘルス、健康確保などの対策を提言し、その提言に基づき、個人事業者等と注文者双方に自主的な取り組みを促すためのガイドラインの策定に向けて、労働政策審議会安全衛生分科会が議論を重ねていた。同省は今後、ガイドラインに基づく取り組みの周知・啓発を行うとしている。
個人事業者等が労働者と同じ安全衛生水準を享受するため、行うべき事項を示す
ガイドラインの内容をみていくと、冒頭で、策定に至った趣旨として、労働者と同じ場所・異なる場所のどちらで就業する場合も、「労働者が行う作業と類似の作業を行う者については、労働者であるか否かにかかわらず、労働者と同じ安全衛生水準を享受すべき」との基本的な考え方を提示。
個人事業者等(事業を行う者のうち労働者を使用しないもの・中小企業の事業主や役員)が健康に就業するために自身で行うべき事項や、注文者等(個⼈事業者等に仕事を注⽂する者・個⼈事業者等が受注した仕事に関して契約内容を履行するうえで指⽰・調整などを要するものについて、必要な干渉を行う者)が行うべき事項・配慮すべき事項などを周知し、「それぞれの立場での自主的な取組の実施を促すもの」と、ガイドラインの趣旨を説明している。
また、各業種・職種の個人事業者等や注文者等の団体、仲介業者など(団体等)についても、「それぞれの立場に応じ、個人事業者等の健康管理に資する取り組みを行うことが期待される」などと指摘した。
なお、雇用契約を締結せず、形式的には個人事業者等として請負契約や準委任契約などで仕事をする場合も、「労働関係法令の適用にあたっては、契約の形式や名称にかかわらず、個々の働き方の実態に基づいて、労働基準法上の『労働者』であるかどうかが判断されることになる」と付言。同法上の「労働者」に該当する場合はガイドラインによらず、労働安全衛生法(安衛法)などの労働関係法令が適用されることに留意することも言及している。
注文者等が健康管理に必要な措置を講じる重要性も指摘
個人事業者等の健康管理の基本的な考え方と、「個人事業者等」「注文者等」「団体等」「国」の各主体の取り組み内容をまとめている。
まず、「個人事業者等」についてみていくと、事業を行ううえで「自らの心身の健康に配慮することが重要であり、各種支援を活用しつつ自らで健康管理を行うことが基本」と強調。
「注文者等」については、注文条件などが個人事業者等の心身の健康に影響を及ぼす可能性もあるため、「個人事業者等が自らの健康を適切に管理するためには、その影響の程度に応じて、注文者等が必要な措置を講じることが同時に重要」だと指摘した。また、個人事業者等が健康に就業することは、継続的に業務を行う注文者等にとっても事業継続の観点から望ましいとした。
「団体等」については、個人事業者等や注文者等が取り組みを円滑に実施できるように必要な支援を行うことが期待されると言及。
「国」については、ガイドラインに基づく取り組みについて、個人事業者等、注文者等、団体等に周知啓発するとともに、個人事業者等の健康管理を支援するために活用できるツールの提供を行うことなどを紹介した。
個人事業者等はセミナーなどを活用し心身の健康の保持増進を
続いて、「個人事業者等」「注文者等」が実施する事項をそれぞれ整理している。
個人事業者等が自身で実施する事項としては、①健康管理に関する意識の向上②危険有害業務による健康障害リスクの理解③定期的な健康診断の受診による健康管理④長時間の就業による健康障害の防止⑤メンタルヘルス不調の予防⑥腰痛の防止⑦情報機器作業における労働衛生管理⑧適切な作業環境の確保⑨注文者等が実施する健康障害防止措置への協力――の9点を掲げている。
「健康管理に関する意識の向上」では、個人事業者等は「心身の健康に配慮した働き方、生活習慣の改善等についての知識を深め、心身の健康の保持増進に努めること」としたうえで、その方法として加入している医療保険者・自治体が行うセミナーなどを活用することなどをあげた。
「危険有害業務による健康障害リスクの理解」では、健康に影響を及ぼす恐れのある危険有害業務に従事する場合に関係する安全衛生教育の受講や、請け負った危険有害業務による健康障害リスク・健康障害防止対策に関する情報の提供を注文者等に対して求めるとしている。
労働者と同様に安衛法に基づく健康診断や就業時間の調整の実施を強調
「定期的な健康診断の受診による健康管理」では、まず、事業者に常時使用される労働者であれば、安全衛生法第66条第1項に基づく一般健康診断を受診する必要があることを参考に、「個人事業者等は、1年に1回、健康診断を受診すること」などを要望。また、安衛法第66条第2項に基づく健康診断や、同条第3項に基づく歯科健康診断、じん肺法に基づくじん肺健康診断で、それぞれ受診対象となる有害業務に常時従事する場合は、それぞれの健康診断と同様の頻度・検査項目による健康診断を受けることを促している。なお、健康診断で異常の所見が認められた場合には、精密検査・医療機関の受診や、仕事のペースの見直しなど業務による健康障害を防止するために必要な措置を講じることの重要性も指摘している。
「長時間の就業による健康障害の防止」では、長時間の就業が脳血管疾患や虚血性心疾患の発症リスクを高めるため、個人事業者等も「自らの就業時間を把握して長時間になりすぎないようにすることが重要」だとし、一般の労働者に適用される時間外労働時間の上限規制を参考に就業時間を調整することが望ましいとしている。また、睡眠・休養の確保も含めた健康管理を行うことや、長時間の就業によって疲労の蓄積を感じる場合に、長時間労働者に対する面接指導制度を参考に、医療機関の受診など必要な措置を講じることを求めた。
「メンタルヘルス不調の予防」では、ストレス要因に対するストレス反応や心の健康について、理解して日頃からセルフケアに努めることや、労働者に対するストレスチェック制度を参考に、自身のストレスの状況を把握できるツールを活用して定期的に確認することなどに言及。「腰痛の防止」では、長時間の座り作業や運転に従事する際に腰痛を防止するため、1994年に策定し、2013年に最終改訂した「職場における腰痛予防対策指針」を参考に、作業姿勢や椅子の調整、適切な休憩取得などに取り組むことが重要だとしている。
情報機器使用時や危険物質を取り扱う際の作業環境の調整の重要性も指摘
「情報機器作業における労働衛生管理」では、個人事業者等がパソコンやタブレット端末などの情報機器を使用して、データ入力・検索・照合などの情報機器作業に従事するときは、2019年策定の「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン」を参考に、作業場所の明るさやディスプレイ・入力機器の選択・調整、作業台や作業姿勢の調整などに取り組むことを励行している。
「適切な作業環境の確保」では、個人事業者等が、自宅を含む、自ら作業環境を管理できる場所で仕事をするときに作業環境が適切なものとなるようにすることや、塗装作業における有機溶剤やリスクアセスメント対象物などを取り扱う場合に化学物質へのばく露が最小限となるように、作業環境を整えることなどを促している。
最後の「注文者等が実施する健康障害防止措置への協力」では、危険有害業務の一部を請け負う個人事業者等について、労働安全衛生法令に基づき注文者から作業方法や保護具などに関する必要な措置について周知された場合に、周知事項を遵守することなどを提言している。
注文者等に対し、個人事業者等の就業時間に配慮することも明記
注文者等が実施する事項としては、①長時間の就業による健康障害の防止②メンタルヘルス不調の予防③安全衛生教育や健康診断に関する情報の提供、受講・受診機会の提供等④健康診断の受診に要する費用の配慮⑤作業場所を特定する場合における適切な作業環境の確保――の5点を掲げた。なお、ガイドラインではあわせて、個人事業者等が注文者等に対して①~⑤の実施を要請したことを理由に、注文者等が契約の途中解除や契約更新の拒否など、個人事業者等に対する不利益な取り扱いをしてはならないことも明記している。
「長時間の就業による健康障害の防止」では、注文者等が、個人事業者等へ仕事を注文したり、個人事業者等が受注した仕事に関して契約内容を履行するうえで指示・調整等を要するものについて必要な干渉を行ったりする場合に、安衛法第3条第3項をふまえ、「注文条件等によって仕事を受ける個人事業者等の就業時間が長時間になりすぎないよう配慮すること」と指摘。例として、週末発注・週初納入などを抑制した納期の適正化や、短納期での大量発注の抑制などをあげた。
また、注文者等による注文条件などの影響で個人事業者等の就業時間が長時間となった場合、疲労の蓄積が認められる個人事業者等から求めがあった場合は、医師による面談を受ける機会を提供することや、面談に要する経費を発注した仕事に必要な経費として、注文者等で負担することが望ましいと強調。個人事業者等から医師による面談の結果をもとに、注文者等による注文条件などによって特定されている就業時間や日々の業務量について変更を求められた場合は、必要な配慮を行うように努めることなども記述した。
「メンタルヘルス不調の予防」では、「長時間の就業による健康障害の防止」で示した事項を実施することのほか、2023年施行の「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」を受けて、注文者が特定業務委託事業者であり、個人事業者等が特定受託業務従事者である場合は、同法第14条に基づく措置を講じることなどを掲げた。
個人事業者等への安全衛生に関する教育・情報提供や健康診断の費用負担の配慮も
「安全衛生教育や健康診断に関する情報の提供、受講・受診機会の提供等」では、注文者等は個人事業者等に対して、「安全衛生教育や健康診断に関する情報の提供、受講・受診機会の提供について配慮すること」と明記。注文者等が自ら行う仕事の一部を個人事業者等に注文する場合や、個人事業者等に注文する仕事の安全衛生について、危険有害業務の内容や健康障害リスクなどの情報を把握している場合は、情報を提供することも促している。
「健康診断の受診に要する費用の配慮」は、注文する業務内容や契約期間などで注文者等に求められる対応が変わってくる。まず、安衛法第3条第3項に基づき危険有害業務を個人事業者等に注文する場合は、「個人事業者等が特殊健康診断等と同様の検査を受診するのに要する費用の全部又は一部を負担するよう配慮すること」などと記載。
個人事業者等が6カ月以上の契約期間の仕事で「特定の一者の注文者からのみ注文を受けて、労働者であれば特殊健康診断等が必要な業務を常時行っている場合」には、「費用の全額を当該注文者が負担する」などとしている。
一方、一般健康診断について、注文者が個人事業者等に注文する際や注文後において、「個人事業者等の作業時間が契約期間で平均して1週間につき40時間程度となることが見込まれ、かつ、期間が1年以上である契約または1つの契約期間が1年に満たなくても、更新等により、繰り返し契約を締結し、各々の契約期間の終期と始期の間の短時日の間隔を含めて通算することで1年以上となる契約」である場合、個人事業者等が一般健康診断と同様の検査を受診するのに要する費用は注文者にて負担することが望ましいとしている。なお、個人事業者等が40 歳~74 歳のまでの時は、「個人事業者等は加入している医療保険者が行う特定健康診査を受診することができるため」注文者等が費用を負担する必要はないことも明記している。
「作業場所を特定する場合における適切な作業環境の確保」では、注文する仕事の性質により個人事業者等の就業場所を注文者等が特定する場合に、労働安全衛生規則・事務所衛生基準規則を参考に、適切な気積の確保や換気の実施など適切な作業環境を確保することに言及。注文者等が管理していない場合は管理・貸与する者に確認し、適切な措置がなされていない場合は、就業場所の変更や、管理・貸与する者に申し入れたうえでの作業環境の改善などの措置を講じることが望ましいとしている。
業種・職種の実情・商慣習に応じたガイドラインの策定も推奨
ガイドラインは最後に、団体等に期待される取り組みにも言及。個人事業者等および注文者等が、それぞれの立場で取り組みを円滑に実施するために必要な支援として、ガイドラインの内容のほか、個人事業者等に対して心身に配慮した働き方や生活習慣の改善に関する情報などを提供することを例示した。
また、ガイドラインを参考に、個人事業者等が活躍するそれぞれの業種・職種の実情や商慣習に応じた具体的内容や追加事項を示した業種・職種別ガイドラインを、必要に応じて策定することも推奨している。
(調査部)
2024年7月 スペシャルトピックの記事一覧
- 育児・介護などとの両立が必要なフリーランスに対し、発注者側が配慮すべき内容などを例示 ――厚生労働省「特定受託事業者の就業環境の整備に関する検討会」が報告書をとりまとめ
- 健康管理に関する意識の向上など個人事業者等自身が行うべき事項を示すとともに、注文者等に健康診断の受診費用の配慮などの情報提供を促す ――厚生労働省の「個人事業者等の健康管理に関するガイドライン」