業界・企業の暗黙知が明文化。異業界流のアプローチで職場も活性化
 ――東京海上日動火災保険がキャリア採用の本格実施に移行

企業取材

損害保険大手の東京海上日動火災保険(東京・千代田区)は、社会環境の変化やビジネスモデルの変革に柔軟に対応し、多様な人材を確保するため、創業以来、初めて、総合職の中途採用(キャリア採用)を本格的に実施。異業界出身者も含めた中途採用者が加わることで、業界や社内での暗黙知が明文化されたり、他業界で培ったノウハウの活用による職場活性化などの効果もみられるという。現場の上司からの評価も高く、今後の受け入れにも積極的な姿勢を示している。

<キャリア採用の概要と導入の背景>

顧客のデジタル化やビジネスモデルの変革に合わせて変革が必要

同社の採用活動はこれまで、新卒人材がメインターゲットとなっており、IT(情報技術)やデジタル領域などの専門職を除き、創業以来、キャリア採用を実施してこなかった。損害保険業はもともと、保険商品の内容が複雑であることや業界の文化・風習などを背景に、「新卒入社時から長年の経験で培われる知識やスキルが活かされる業務」と捉えられており、中途人材の活用に重点が置かれることがなかったと人事企画部人材開発室はいう。

業界のリーディングカンパニーであるだけに、新卒採用のみでも十分に「求める人材像」に適した社員を採用できていたが、社会環境の変化やテクノロジーの発達を受けて、社内の考え方が徐々に変わってきた。

「あらゆる業種・産業の個人・法人に対してサービスを提供するなか、顧客の勤め先のデジタル化やビジネスモデルの変革に合わせて、当社も変革していかなければならないとの考えが強まり、多様な経験・スキルを持つ外部人材を迎え入れることで、社内変化のスピードアップを目指す方向に転換した」

若年層の転職に対する意識の変化も背景にあるという。「1つの会社にとどまらず転職することが当たり前となっている現代では、転職マーケットにも優秀な人材が多く存在している。キャリア採用は、多様な人材を取り入れるための方法の1つ」(人材開発室)。

経歴や成果だけでなく人物も重視して選考

同社の総合職社員には、国内外の拠点への転勤を伴う「グローバルコース」と、一定の勤務ブロックや自宅から通勤可能な範囲で勤務する「エリアコース」という、2つの勤務地区分がある(コース転換の応募が可能)。前述の問題意識もふまえて2019年度に本格的に導入したキャリア採用は、主に「グローバルコース」で進めており、同年度以降3年間で累計50人を採用した。

募集時に、年齢や出身業界などの制限は設けておらず、「これまでの経歴や成果に加えて、当社のカルチャーや使命に共感し、新しい環境に飛び込んでくれる人材かどうかといった人物重視の選考を行っている」(人材開発室)。

現在は、採用者の3分の1以上を損害保険業以外の金融機関出身者が占めているが、製造業や商社など、全く異なる業界からの出身者も多くなってきている。年代も20代後半~30代前半を中心に、幅広い層から募集がある。

<導入にあたっての工夫>

1カ月の研修で基幹商品や規程などの基本知識の定着を図る

キャリア採用を導入するにあたっては、まず、中途入社者の定着を支援するための工夫を行った。その1つが採用後の配属前研修だ。従来は数日から1週間程度の短期間の研修を行っていたが、キャリア採用者向けのカリキュラムでは、1カ月程度の長期間研修を実施することにした。

「損害保険商品は約100種類にのぼり、なかには複雑な内容の商品もある。100%の補完は難しいが、基幹商品や規程、各配属地に応じたカリキュラム、ビジネスフローなどを1カ月で徹底的に頭に入れてもらっている」(人材開発室)。

研修が長期間となったことで、同じタイミングで受講する採用者どうしの横のつながりも強まった。加えて、これまでのキャリア採用された社員が集まる交流会や、人事担当者とキャリア採用者とのディスカッションなども実施。同じ境遇の社員どうしで悩みや相談を共有できる機会も設けている。

配属先でのOJT体制や人事担当者による現場へのフォローも

研修後の配属先となる各職場には、OJT体制を整備した。「1年ほどで独り立ちできるように、各採用者の技量や職場の状況に合わせて、現場のOJT担当の先輩職員がサポートしたり、周りも随時、声を掛けて支援している」という。早い場合は半年間で独り立ちできるほどのスキルを身に付ける社員もいるそうだ。

そのほか、キャリア採用者が配属される現場の全ての上司に対しては、人事担当者が事前に対話する時間を設定。現場で円滑に人材育成に取り組むことができるよう、キャリア採用者の背景や育成のポイントについて打ち合わせを行っている。

役職や役割もこれまでのキャリア等を加味し柔軟に決定

キャリア採用者のなかには、自身が想定したキャリアでないと感じる人もおり、早々に退職してしまうケースもある。同社ではこうした状況を受け、入社時のミスマッチを可能な限り起こさないよう、各採用者の志望や仕事のイメージなどを丁寧にすり合わせ、本人が求めるキャリアビジョンを叶えることができる会社であるかどうかを事前に確認するようにした。

また、配属時の役職についても配慮している。「いきなり高い役職から入ってしまうと周りもサポートしづらかったり、本人も周りに質問しづらいということがある。知識やスキルが身につくまでの期間をスムーズに過ごせるよう、これまでに同様の経験があるかどうかなどを中心に、役職や役割を決定している」。キャリアのステップアップについても新卒との公平性に配慮した対応をとるなど、採用者のこれまでのキャリアや強みが活かされるような柔軟な運用を実施している。

<キャリア採用者の活用の効果と現場の評価>

暗黙知の明文化や各現場の活性化につながる

キャリア採用者を活用することで、どのような効果があったのか。人材開発室に尋ねると、「損害保険業界や社内での暗黙知が明文化されるようになった」と返答。新卒採用から経験を積んでいる社員にとっては使えることが前提となっていた社内システムや社内用語に関する知識を、ブックレットなどにまとめることで、キャリア採用者も配属先ですぐに理解ができるようになったことをあげた。

また、キャリア採用者が持つ経歴や前職で培ってきた強み、ノウハウが、前職とは別事業の配属先でも活かされたり、各職場の動きの活性化につながるといったメリットも出ているという。

「新卒入社から保険業一本で働いてきた社員は、保険の提案やアプローチの方法も、今までの経験に基づいて確立したスタイルで行っていることが多いが、異業種から入ってきた社員は全く違う角度からお客様と接したり、提案する方法を取ることができる」

キャリア採用者ならではの新たな視点は、業務改善にも還元されている。キャリア採用者の声を積極的に社内風土に反映させ、既存の会議の運営方法や情報の共有方法などを見直す動きも出ている。

配属先の上司の9割がキャリア採用推進に肯定的な回答

現場ではキャリア採用者をどのように評価しているのか。同社では、キャリア採用者の配属先の上司に対してアンケートを実施し、キャリア採用をどのように思っているか、今後も推進すべきかなどを尋ねている。

その結果をみると、約9割の上司は、文化や社内の風土に対してプラスの影響をもたらしていると回答。成果や成長に資するような取り組みとなっているかについても、85%が肯定する回答となった。今後もキャリア採用を積極的に推進すべきかについては、9割がプラスの回答をしており、人材開発室は「実際にやってみると大変さはあるものの、非常に重要な取り組みであることは現場レベルもわかっていると感じた」と話す。

一方で、回答した上司全員が育成方法に難しさを感じており、「新卒人材に慣れ親しんだ上司ばかりなので、キャリア採用者をどのように育成すればよいのか、試行錯誤していた」という。人材開発室は「直属の上司だけでなく、同じ部署の周りの社員に対してもキャリア採用への理解をさらに深め、会社全体に周知をしていくことが必要」と感じている。

<今後の展望>

全職場でキャリア採用者が当たり前にいる体制を

今後の展望として、人材開発室は「全職場にキャリア採用者が当たり前にいるという状態を早期に達成したい」と強調。これまではグローバルコースでの採用が中心だったが、2022年からは全国のエリアコースでのキャリア採用もスタートしており、全力でアクセルを踏んでいきたいと考えている。

また、初期教育をより強化していくことや、キャリア採用者どうしの横のつながり、ネットワークを提供できるような仕組みをさらに改善し、採用者の定着・支援を推進したいとしている。キャリア採用者になじまない従来の社内ルールや人事制度の変更も目指し、明瞭化していくという。

改定した退職者再雇用もあわせて多様な社員が活躍できる体制を推進

同社では、従来から設けていた退職者再雇用制度も改定。これまではエリアコースに限定していたが、グローバルコースへの応募もできるよう変更した。キャリア採用と合わせて、より柔軟かつ広範囲の勤務地で、多様な人材が活躍できる体制を推進していく考えだ。

企業プロフィール

東京海上日動火災保険株式会社新しいウィンドウ

創業:
1879年(明治12年)8月
本店所在地:
東京都千代田区大手町二丁目6番4号
従業員数:
1万7,008人
主要業務:
お客様の"いざ"をお守りする為に、世界中で保険事業を展開。リスクに応じた商品・サービスの提供、迅速な保険金支払いとサポート、様々なソリューションを通じて、複雑で多様化する社会課題に挑み続けている。
国内営業網:
127営業部・支店、335営業室・課・支社、18事務所

(以降も含め事例はすべて、奥田栄二、多和田知実が主にヒアリングを担当し、田中瑞穂、荒川創太が主に記事作成を担当した。)