オール山形でさくらんぼ収穫の人手確保へ
 ――県庁職員によるさくらんぼ収穫の副業も解禁

地方自治体への取材

山形県を象徴する農産物といえばさくらんぼだが、収穫作業には多くの人手が必要で、その労働力不足が慢性的な課題となっている。特にここ数年はコロナ禍の影響で、県外からのアルバイトやボランティアの受け入れが難しくなったことも、状況を悪化させている。こうしたなか山形県は、2015年に「さくらんぼ労働力確保プロジェクト会議」を立ち上げて市町村や農業協同組合(JA)、地元企業などとともに「オール山形」での人手確保を継続的に推進。今年は、さくらんぼ収穫での県庁職員の副業を認める「やまがたチェリサポ職員制度」も導入し、6~7月にかけて40人の職員がこの制度での収穫作業に従事した。同県農林水産部を取材した。

<取り組みの背景>

収穫期の人手不足が慢性的な課題に

山形県は、全国のさくらんぼの収穫量の7割以上を占める。収穫作業は細かい作業も多く機械化は難しいため、例年6~7月の収穫期には、生産農家では人手不足に頭を悩ませている。高齢化が進むなか、従来の近所の人や親戚に手伝ってもらうといった対応だけでは心もとない状況になっている。

コロナ禍で県外からの人手確保が困難に

また、新型コロナ前はさくらんぼ収穫時には県外からのアルバイトやボランティアが多く、特に近隣の仙台市からは毎年多くの人が訪れていた。しかしコロナ禍で、県外からの来訪者に対しては感染や濃厚接触への懸念がぬぐえず、受け入れが難しくなって久しい状況にあった。

<市町村やJA、地元企業とも連携――さくらんぼ労働力確保プロジェクト>

県庁が音頭をとりオール山形で人手確保対策に着手

山形県では、収穫期の人手不足に対して、県としての一体性のある対応を取る必要があるとして2015年に「さくらんぼ労働力確保プロジェクト会議」を立ち上げ、同県庁がその取りまとめ役を担うことになった。このプロジェクトは、収穫を含めたさくらんぼの生産全般にかかる労働力の確保が目的。その活動内容は、①安心・安全な作業方法の周知・発信②サポーター企業の募集③JAやアプリを通した求職・求人のマッチング支援④アルバイトやボランティア受け入れの優良事例の紹介――など幅広いものとなっている。

<2015年~今までの具体的な取り組み>

初心者でも安心・安全に作業できるよう作業内容を動画で説明

さくらんぼの栽培にかかる作業は、摘果、葉摘み、収穫、選果、箱詰めなど多岐にわたる。通常、未経験者に対しては生産農家が当日に作業方法を指導するが、プロジェクトではこれらの作業内容を県庁ホームページ上に動画で公開している。これにより、未経験者でも事前に作業をイメージしやすくなっている。

あわせて「初心者向けさくらんぼ作業ガイドブック」も公開。作業をわかりやすく説明するとともに、脚立を使った作業の注意点など、安全対策についても周知している。

約90の企業が「さくらんぼ産地サポーター」に登録

プロジェクトでは「さくらんぼ産地サポーター企業」という、企業にさくらんぼ農家を応援してもらう制度を実施。サポーターの登録は、県内の各市町村が地元企業に呼びかけるかたちで行っており、登録企業は「会社の研修事業でのさくらんぼ作業の導入」「収穫作業の募集リーフレットを事業所に設置」などに取り組んでいる。現在、県内を中心に約90の企業がサポーターとして登録されている。

サポーターとなる企業側のメリットは、地域貢献をアピールできること。また、公共事業の入札において、この制度での貢献実績があると加点されるため、わずかながら有利になることもある。そのため、サポーターには建設業の企業も多い。

なお、サポーター企業を通しての収穫ボランティアも行われており、今年度の実績は287人にのぼる。県外からのボランティア受け入れが難しくなっていることから、農家にとっては貴重な労働力となっている。

求人・求職者のマッチング支援も

一方、労働力確保の観点からは、求職者が容易に仕事を探せることも重要になる。そこでプロジェクトでは企業への対応だけでなく、求職者などへの対応にも取り組んでいる。

具体的には、県内各地のJAが無料職業紹介所として登録しており、求職者はJAを通してアルバイトを探すことができる。各地のJAに直接問い合わせることが可能なほか、JA山形中央会が運営する農業関連の求人ウェブサイトからも、求人を探すことができる。

また、プロジェクトでは、半日~1日単位での農作業アルバイトのマッチングに特化したアプリ「daywork」の利用を求人側・求職者側の双方に勧めている。

このアプリは農林水産業みらい基金から助成を受けており、求人側は手数料無料で利用できる点が特徴。農林水産部の担当者によれば、「『daywork』の利用は山形県に限らず、全国の農業で普及している。特に、会社員が副業のために使用している事例が多い」という。

トラブルや苦情をやわらげる優良事例の周知

アルバイトやボランティアとして収穫作業に携わった人から、農家への苦情が来たり、トラブルが生じることもある。よくあるトラブルは人間関係に関することで、「ボランティアで来たのに農家の対応がよくなかった」「収穫のために来たが、気候の関係で収穫作業が早く終了してしまい、実際には片付け作業や販売関係のレジ打ちをやらされた」といった声が聞かれるという。

こうしたクレームに県庁としては、「苦情をやんわりと農家に伝える」役割も担っている。前もってアルバイトやボランティア受け入れの優良事例をホームページに掲載することで、トラブルの防止に努めており、「仕事ぶりを評価し、できたことを褒めて、自信と意欲を持たせる」「初めての作業では、手順を丁寧に指導する」「熱中症対策など、きめ細やかに体調に配慮する」などといった対応を紹介している。

<今後の見通し>

アルバイト・ボランティアの交通費も課題

今後の課題について聞くと、農林水産部の担当者は「様々な対応に取り組んでいるが、それでもやはり、人手がまだまだ足りない」としたうえで、来てくれているアルバイトやボランティアへの対応については、交通費の課題があることを指摘した。農家によっては独自に交通費を支給している例もあるが、特に支給せず日当に含むとしたうえで、現地集合とする求人も多いという。

<やまがたチェリサポ職員制度>

地域経済への波及効果が大きく公益性が高いさくらんぼ収穫で副業を解禁

一方、県庁では人手確保対策の一環として、県庁職員による副業でのさくらんぼ収穫も今年からスタートしている。地方公務員の副業は、本業である公務の能率や公正性を確保するために、地方公務員法により国家公務員と同様に許可制が採用されている。詳細な要件は自治体によって異なるが、①職務の遂行に支障を及ぼすおそれがない②兼業先と特別な利害関係にない――などが要件となる。

そこで山形県庁は、さくらんぼの収穫作業等での県庁職員の副業を認める「やまがたチェリサポ職員制度」(愛称:チェリサポ)を今年6月から開始した。対象をさくらんぼの収穫作業等に限定して認めたのは、「さくらんぼは、生産にとどまらず流通・販売、食品加工、観光業等の関連産業の裾野が広く、地域経済への波及効果が大きいため公益性が高い」と判断したからだ。

労働時間は本業に支障の無い範囲に制限

対象期間はさくらんぼの収穫時期となる6月1日~7月31日で、対象となる作業はさくらんぼの収穫及び出荷調整。本業である県庁職員の業務の支障とならないよう、副業の労働時間は1週間当たり8時間以下かつ1カ月当たり30時間以下に制限している。また、平日の勤務時間外に従事する場合は、1日当たり3時間以下に定めている。なお、補助金交付事務を担当する職員等の、利害関係が生じるおそれのある者は認められておらず、本業への職務専念義務の観点から、年休取得による副業も認められない。

県民の理解が得られやすいさくらんぼの収穫で制度をスタート

制度を担当する農林水産部によれば、制度導入の検討は2021年度からはじめて、人事課と調整しながら進めてきたという。検討段階では「対象分野を農業に限定するのか、それとも他の分野を含めるのか」「県庁職員が副業をすることに、県民から理解が得られるのか」といった懸念が出され、すぐに制度導入とはならなかった。しかし議論を進めるなかで、「さくらんぼが対象なら県民から理解が得られやすい」「まずはさくらんぼの収穫からはじめよう」という結論となり、制度を開始することとなった。

求人手数料が無料のアプリでの仕事探しを推奨

収穫作業の仕事を探す職員と、人手を探す生産農家のマッチングについては、「さくらんぼ労働力確保プロジェクト」のマッチング支援で活用しているアプリ「daywork」の利用を推奨している。制度を運用する県庁の立場としては、副業での労働災害等によるトラブルの発生やその対応が懸念される。その点、「daywork」に求人を出す農家は、アプリの画面上で加入する労災保険や損害保険、JAの共済等が表示される仕組みとなっている。

報酬の上限は時給1,500円に

さくらんぼ収穫の副業を希望する職員は、所属長を経由して総務部に申請書を提出。申請が許可された職員はその後、収穫作業に従事することになる。副業の報酬は「一般的な相場を逸脱しない程度」であることを要件とした。具体的には「通常の農作業では時給900円程度が相場となっている」ものの、「さくらんぼの収穫は早朝に行われるため、早い時間帯の場合は時給1,500円程度になることも珍しくない」ことから時給1,500円以下としている。なお、土日や祝日による割増は特にないという。

事前アンケートでは半数近い職員が関心を示す

制度開始前に職員に実施されたアンケート(回答者数2,553人)の結果も制度導入を後押しした。アンケートでは、「ぜひ働きたい」と「できれば働きたい」をあわせた回答が1,155人で全体の約半数(45%)を占めており、職員の関心の高さもうかがえた。

参考までに、県では新規採用職員の研修プログラムの一環として、毎年6月にさくらんぼ生産農家での農作業体験を組み込んでいる。ここ3年はコロナ禍で研修が中止となっているものの、関心の高さの背景には、この研修で多くの職員がさくらんぼ収穫を体験していることもあるようだ。

<制度実施の結果とその効果>

40人が実際にさくらんぼ収穫の副業を行う

今年は、この制度のもとで、50人の職員の副業申請が認められ、このうち40人が実際に収穫作業に携わった。40人の作業従事日数は、延べ119日にのぼる。1日(11人)と2日(12人)で全体の半数超を占めている一方、延べ13日間にわたって従事した職員もいた。役職をみると、一般職(役職なし)が約半分で、その他では補佐級が12人、主査級が6人となっており、比較的に若手職員が多く従事している。

半面、収穫作業に従事できなかった10人は、「収穫期が早まったため予定と合わなかった」「近場での募集がなかった」「体調不良」などの事情があったという。

体験者からは「現場を知ることができる」「政策立案に資する」との声が

制度利用者にアンケートを実施して「今後、チェリサポ制度を利用して働きたいか」を尋ねたところ、「ぜひ働きたい」が52%、「できれば働いてみたい」が41%となっており、あわせて9割以上が今後もこの制度でさくらんぼ収穫の副業をすることを希望している。具体的な声では「現場を知ることができるよい機会となるから」「見聞を広げることが、県職員としての政策立案に資する取り組みになるから」などがあがった。その一方で、「どちらかというと、働きたくない」と回答した一部の人からは「体力的に厳しいから」との声もあった。

制度開始が県庁職員への人手不足の周知につながる

制度の導入は、実際に副業をした職員だけでなく、その他の職員の意識にも影響を与えた。6月初めに制度開始のプレスリリースを公表したところ、地元の新聞や農業新聞を中心に多くのマスコミに取り上げられるなど、制度開始には相当の反響があったという。また、そうしたなかで県庁職員のあいだでは「さくらんぼの収穫はこんなに人手不足なのか」と危機感が広がったほか、「来年も制度が実施されるなら、収穫の副業に応募したい」と考える職員もみられたという。

<今後の見通し>

募集時期を早めるなど、改善したうえでの制度継続に意欲

農林水産部の担当者に今後の見通しを尋ねたところ、「あくまで担当者としての意見であり、具体的には決まっていない」と前置きしつつも、「できることならば、来年度も制度を継続したい。その際には、職員からあがってきた要望にも取り組みたい」と説明した。

今年は高温の影響で収穫時期が早まり、7月上旬には収穫作業が終了してしまったことから、「制度の募集時期を早めてほしい」との要望が職員からあがっていた。事前のアンケートで1,000人以上が「ぜひ働きたい」「できれば働きたい」と回答したにもかかわらず、実際の申請者が50人にとどまった理由も、制度開始から実際の収穫作業までの期間が短いことが少なからず影響したと考えられる。そのため、もし来年度に実施することが決まったら、制度周知のタイミングを早めることを考えたいという。

2022年11月号 地方自治体への取材の記事一覧