県職員が副業で地域社会に貢献、その「学び」を県政に活かす
 ――長野県の「地域に飛び出せ!社会貢献職員応援制度」の取り組み

地方自治体への取材

長野県では2018年から、社会貢献を目的とした職員の副業制度を整備している。今年4月にはこの制度を改正して、許可要件の1つである公益性の判断基準を明確化したほか、労働時間の制限も具体的に明示した。実際に副業をした人からは、「県民のために働く意識が高まった」「地域の歴史や慣習を肌で感じることができた」といった声があがっている。同県総務部コンプライアンス・行政経営課を取材した。

<取り組みの経緯と実績>

「学ぶ県組織」を目指して2018年に開始

長野県では、2018年に策定した「総合5か年計画」において、職員一人ひとりが、地域に飛び出し、県や県民を取り巻く環境の変化を敏感に感じ取り、「学びと自治の実践者」として新たな知識や技術を主体的に学び続けるとともに、職員の能力を最大限に活かす機能的な組織として、「学ぶ県組織」への転換を目指している。

人口減少社会のなか、また、しごと改革・働き方改革が推進されるなかにあって、職員が公私にわたる様々な場で培った知識や技術を、職務だけにとどまらず、地域や社会の課題解決のために発揮し、社会発展に貢献させることができるよう、長野県は2018年から「地域に飛び出せ!社会貢献職員応援制度」として、県職員が社会貢献のための副業に従事できる制度を実施している。

今年度からは基準を明確化

当初、対象を「公益性が高く、地域や社会に貢献できる活動」として制度をスタートさせたが、副業先が営利企業の場合、その判断が難しいことから、職員が副業を躊躇することにもなっていたという。

そこで、今年4月から制度を一部改正するとともに、その内容を県のプレスリリースとして対外的にも公表した。改正では、公益性の判断基準を「営利企業であっても、その活動が副次的に広く不特定多数の利益の増進に寄与すること」「従事者数が不足しており、社会的な需要が高いこと(民間の就業を阻害しないこと)」と明記。さらに、想定される活動として「農産物の生産活動」「スキー・スノーボードのインストラクター」などの具体例も示した。

従来は「本業の職務遂行に支障がないこと」という条件にとどめていた労働時間についても、改正後は「週8時間又は1カ月30時間以内、また、1日3時間以内(平日勤務時間外)」と具体的な時間数を定めた。

制度開始から49件の申請を許可、31人が活動

知事部局では今年度9月末までで49件の活動が許可されており、現在31人が活動中。年齢構成は若手職員から管理職まで幅広く、具体的な活動内容は、「農作業の補助」「スキーインストラクター」「学校部活動での技術指導」「中山間耕作地維持活動」「通訳活動」などとなっている。

<制度の概要>

利害関係や民間の就業阻害は、所属長が意見を付して判断

この制度のもとで副業を希望する職員は、知事に対して申請を行う。最終的な許可は総務部が判断するが、所属長も意見を付すことになっている。許可要件の「利害関係が生じないこと」や「民間の就業を阻害しないこと」などの判断についても、対象職員の「本業」の業務状況を把握している所属長が意見を付している。勤務成績が良好なことも許可の要件となっている。

申請は一度行えば、年度が変わっても、申請した副業期間が終了するまでは従前の申請が継続されるため、あらためて申請をする必要はない。ただし人事異動で所属が変わった場合は、異動先の部門で新たに申請を行う必要がある。なお、副業に従事した後の事後報告は、従来は求めていなかったが、今年度から取り扱いを改正。当該年度の3月15日までに活動内容を報告することを定めている。

年休を取得しての副業の場合は予定日数を事前に把握

年休を取得して副業に従事することも認められている。年休の申請時は「副業のため」や「旅行のため」といった理由は記載しないので、管理者としては個別の年休について、それが副業のためなのかどうかを把握できない。ただし副業を申請する段階で、「副業のために年休を取得する必要があるか」「副業のためにどの程度の年休を取得する予定か」についても報告を求めているため、管理者は副業のための年休取得予定日数を事前に把握できる。もちろん、年休を取得した場合にも、従事可能時間の制限を受ける。

報酬については「社会通念上妥当な金額」と定めており、具体的な上限額は設定していない。各申請に対して、個別に妥当性を判断している。報酬額は従事する仕事の内容によって幅があるという。

農業では求人用のアプリを紹介し、安全対策も周知

副業の仕事探しは、職員が各自で行っている。ただし農業分野については、求人農家が手数料無料で利用できるアプリ「daywork」を通しての応募も認めている。

農業分野で副業に従事する職員に対しては、農林水産省が作成した安全周知にかかるチラシを配付している。長野県総務部によれば、「長野県は農業が盛んなことから、県職員には農業に携わった経験のある職員も多いが、その一方でまったくの素人もいる」。そのため、「たとえば脚立に登る場合などの具体的な注意事項を周知することで、副業中の怪我の防止に努めている」。

<副業の効果>

「本業」への意識が高まる

実際に副業に従事した職員からは、副業での社会貢献活動について、好意的な声が多く寄せられているという。具体的には「目先の業務に追われて組織目標を忘れがちだったが、副業で地域活動にかかわることで、県として目指すものを意識するようになった」「県民のために働く意識が高まった」など、本業への意識の高まりを実感しているもののほか、「地域の歴史や慣習を肌で感じることができた」といった意見もあった。

県民の「生の声」に触れる機会にも

また、総務部の担当者は別の視点から、「副業で農作業に従事すると、普段は製造業など、ほかの業種に従事している県民と一緒に働くこともある。こういった機会は、通常の公務ではなかなか得られない。県民の生の声に触れるよい機会になっていると思う」とも語っている。

農政部や農業関係者からは人手不足解消への期待も

今年度の改正で、県職員が副業で農業に従事することも可能になった。これについては、農政部や農業協同組合(JA)から「農業の人手不足解消につながるのでは」という期待の声もあがっている。実際に農業の副業に従事している職員は現状6人だが、これについて総務部の担当者は「農業の副業を検討しているという職員からの問い合わせは、今年度の制度改正後に増加している。実績は6人とまだ少ないが、今後に期待している」という。

<今後の課題とその対応>

副業の経験を本業にどう活かすかが重要

最後に、今後の課題を総務部に尋ねたところ、「副業で積んだ経験を、本業にどのようにフィードバックして活かしてもらうか」という点をあげたほか、制度についても「改正から半年が経過したが、今後さらに改善すべき点があるか検討していきたい」とした。なお、総務部では制度の認知を拡げるために、職員向けのポータルサイトで制度やアプリ「daywork」の活用方法を周知している。

「無償」の社会貢献も継続して支援

長野県では、ここまで紹介してきた「有償」の副業での社会貢献活動のほかにも、「無償」の活動を支援するために、ボランティア休暇制度を設けている。

ボランティア活動については、阪神・淡路大震災を契機としてその意義や必要性についての認識が一般社会に浸透し、長野県においては1997年に休暇制度として整備された。これまで、1998年の長野オリンピック・パラリンピックをはじめ、災害救援活動や文化財保全活動などの社会貢献活動に利用され、台風災害が発生した2019年度においては、400人を超える職員(教育委員会等を含む)がこの制度を活用した災害救援にかかるボランティア活動に従事した。

担当者は「『地域に飛び出せ!社会貢献職員応援制度』による活動を通じ、今後も多くの職員が県民の生の声を聴き、現状を肌で感じ、県がどうあるべきか意識することで、組織全体の好循環につながることを願っている」と語った。

2022年11月号 地方自治体への取材の記事一覧