広報活動で延べ100人以上の副業人材を活用
 ――神戸市役所の取り組み

地方自治体への取材

神戸市では、広報活動での副業人材の活用を2020年度から進めており、その人数は過去3年間で延べ100人以上にのぼる。従来であれば、企業への委託や既存の職員で対応していた業務について、副業人材を活用することで高いクオリティとコスト抑制を同時に達成している。さらに、副業人材との協働は市職員の業務への「気づき」にもつながっている。同市広報戦略部を取材した。

<取り組みのきっかけと現在までの実績>

大手IT企業の取り組みに刺激を受けて、副業人材の活用をスタート

神戸市広報戦略部では、2020年9月から副業人材の活用を進めている。その直接的なきっかけは、2020年7月に大手IT企業が、リモートワークを原則として約100人の副業人材を募集したことだった。

この取り組みに刺激を受けた神戸市は、登庁を伴わないオンラインでの業務で、東京をはじめ遠方に住む者でも時間や場所にとらわれることなく働ける副業人材の活用を検討し、40人の募集を行った。これだけのまとまった人数を副業という形で募集することは初めてであり、他の自治体では例のない取り組みだった。

クオリティとコスト抑制の両立を求めて

神戸市役所はかつて、現在は副業人材に任せている広報業務を、市職員が自前で行っていたが、広報戦略部の担当者によると「例えばワードを使用して自力でチラシを作っていたが、必ずしも綺麗なものではなかった」。民間企業に業務委託をすることもあったが、コスト面での課題もあった。その点、副業人材への業務委託は「企業への委託に比べると低コストに抑えられる」にもかかわらず、「その業務に精通している人が仕事をしてくれる」ため、高いクオリティの広報物を作れる点が魅力に映った。

3年間で延べ100人以上と契約

神戸市が副業人材を募集した広報分野の業務は、「広報用動画の撮影・編集」「市公式SNS掲載記事の制作」「ポスターおよびSNS広告用バナーデザインの制作」「広報誌連載記録記事の制作」「市公式ホームページ等掲載内容のモニタリング及び修正提案」など多岐にわたる。

これらの募集に対して、初年度となる2020年度には約1,200人にのぼる応募があったほか、2021年度、2022年度も600~700人程度の応募がよせられた。そのなかから2020年度は35人の副業人材と契約。その後の2021年度、2022年度もそれぞれ40人弱と契約している。3年間の通算では、延べ100人以上の副業人材と契約したことになる。

<副業人材の属性>

リモート業務では遠方に住む人材も活用

契約した副業人材の属性は、やや女性が多く、年齢は30代と40代をボリュームゾーンに、20代から60代まで幅広い構成となっている。

居住地は、例えばSNSへの写真投稿など神戸市内での撮影作業が必要となる業務では、市内や近隣に住む人材が主となっている。その一方で、フルリモートワークが可能な案件もあり、それらについては東京を含めた遠方に住む人材も活用している。「フルリモートワーク業務では、居住する地域は特に考慮していない。ただし、クリエイターはやはり東京に集積しているので、彼らに東京から参画してほしいとは考えていた」。

<副業人材活用の効果>

職員の意識改革面での効果も

広報戦略部は副業人材を活用することで、かつてのような自前の作成では難しかった、市民にわかりやすくて注目が集まる広報物を作成できている。そして副業人材を活用する効果は、広報物といった直接的な成果にとどまらず、副業人材と共に働く市職員にもあらわれている。

従来、企業に業務委託をしていた事例では、市役所としては成果物の確認が主要な業務となっていた。そのため、その成果物ができるまでのプロセスに目を向けられることはほとんどなく、「考えることを放棄していた」面もあったという。

しかし、副業人材の活用をはじめてからは、彼らと一緒に働くことで、職員の意識は大きく変わった。「そもそもどんな広報物をつくりたいのか」「どのようなメッセージを打ち出すべきなのか」といった、広報をする意味そのものを考えるようになった。また、チャットやメッセージ機能といった民間企業で普及しているコミュニケーションツールを副業人材とのやり取りに使用することで、民間企業のスピード感を学ぶことにもつながっている。

副業人材からも喜びの声が

神戸市の取り組みから、学びを得ているのは職員だけではない。副業人材として働いた人からも「行政の仕事の方法を学べて勉強になった」といった声があるほか、「市政の業務に携わることができてうれしい」「市政の仕事が楽しい」といった感想が寄せられることも多いという。

<課題とその対応>

各人材の特性把握が重要に

副業人材の活用はメリットばかりではなく、難しい部分もある。例えば写真撮影の業務では、人材によって得手不得手があり、洗練された風景写真が得意な人もいれば、人の表情を撮ることに長けた人もいる。こうした偏りは人材の個性ではあるものの、発注者としては、そうした各人材の特徴を把握したうえで、仕事を依頼する必要がある。

タイムマネジメントは本業やライフイベントにも配慮

また、あくまで「副業」であり、別に「本業」を保有している人が大半。なかには、子育て中で育児に忙しい人もいる。そのため、タイトなスケジュール設定が難しくなる場合もあり、市役所側としてはそのタイムマネジメントが重要となる。

このようなリスク管理の観点からも、副業人材に任せる業務は、プロジェクト全体の一部となることが多い。例えば100ページ超の広報物のすべてを任せることは、まずない。副業人材には、そのうちの数ページや写真数枚を依頼している。また、市内での大規模な祭事のような重要イベントでの業務では、複数人の副業人材に依頼することでリスクに備えている。

<今後の神戸市の見通しと、他の自治体への波及>

副業人材と市職員が相互に補完し合う関係を

今後の副業人材の活用について、拡充や縮小の可能性があるかを広報戦略部の担当者に尋ねたところ、「次年度以降のことについては、具体的なことは特に決まっていない」としつつも、現状の成果を踏まえて、「市政業務において、副業人材が役割を終えてしまうことはないと思う。今後も、職員と副業人材が互いに補い合って、上手くやっていくのがよいのではないか」と私見を述べた。

他の自治体から副業人材活用の問い合わせが

ここまでみてきたように、神戸市役所は広報分野で副業人材を積極的に活用することで、広報物作成においてクオリティとコスト抑制の両立という成果を発揮するだけでなく、市職員の意識改善にもつなげるなど、多大な効果を得ている。

神戸市のほかにも、副業人材の活用を進める自治体は近年増えているものの、神戸市ほど大々的に取り組む事例はまだ珍しいようだ。では他の自治体では、同様の取り組みが拡がっていないものなのか。その点について広報戦略部の担当者は「従来とは異なる新しいスキームで行うことについて、慎重に検討している自治体もあるのでは」と指摘する。実際、「先行事例」である神戸市のもとには、他の自治体からの問い合わせが多く寄せられているという。

地方の自治体案件ほど「燃える」副業人材も

広報戦略部の担当者は最後に「自治体の業務に副業として参画したいと考えている人材は多くいるし、地方の案件ほど『燃える』と感じるクリエイター人材は特に多い」と語り、他の自治体でも同様の取り組みが拡がることに期待をみせた。

<その他の取り組み>

企業の副業人材活用も市役所が後押し

神戸市では市役所として副業人材を受け入れるだけでなく、市内の企業が副業人材を活用することへの支援にも取り組んでいる。市のホームページによると、副業・兼業人材の活用の相談窓口「求人ステーションKOBE」の開設などを通して、首都圏に多い副業・兼業人材と市内中小企業をつなげることで、神戸市に居住はしていないものの神戸市と関係を持つ人口の創出を図っている。

市職員の地域貢献としての副業も制度化

また、2017年からは「営利企業への従事等の許可」の運用形態の1つとして、「地域貢献応援制度」という、市役所職員が有償で活動できる副業制度を設けている。これまでに「手話通訳活動」「須磨海岸での障がい者支援活動」「産後ケアトレーニング教室の開催」といった副業に市職員が従事した実績がある。

(岩田敏英、新井栄三)