「人への投資」が重点。賃金引き上げの推進や男女間賃金差異の開示義務などを打ち出す
 ――「新しい資本主義実現会議」の実行計画、2022年の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)から

岸田政権の当面の政策方針

岸田文雄首相が議長を務める「新しい資本主義実現会議」と「経済財政諮問会議」は6月7日、合同会議を開催し、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」と2022年の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)をとりまとめ、同日、閣議決定された。これにより、岸田政権が進める当面の政策メニューが決まった。経済の成長だけでなく、「人への投資」や分配にも重点が置かれているのが特徴。実行計画では、重点投資する項目の1つに「人への投資と分配」を掲げ、賃金引上げの推進や、男女間賃金格差が他の先進国よりも大きいことから男女間の賃金差異の開示義務化などを打ち出している。

「新しい資本主義実現会議」の実行計画

具体的なプランを本年中に策定し、実行

「新しい資本主義実現会議」は、「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現していくため、そのビジョンを示すとともに、政策の具体化を図るために2021年10月に設置された。国会議員以外では民間の有識者や学識者などがメンバーとなっており、経済3団体や主要企業のトップ、連合会長などが顔を揃える。

7日の会合では、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画~人・技術・スタートアップへの投資の実現~」と「経済財政運営と改革の基本方針 2022 新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」を確認。岸田首相は「新しい資本主義のグランドデザイン・実行計画については、市場で解決できない外部性の大きな社会的課題について、この課題をエネルギー源と捉え、新たな成長を図る。スタートアップやグリーントランスフォーメーション、資産所得倍増について、複数年度にわたる具体的なプランを本年中に策定し、実行する」などと述べた。

創造性を発揮するには、人への投資が不可欠

実行計画は、「新しい資本主義は一人ひとりの国民の持続的な幸福を実現するものでなければならない。官民連携による社会的課題の解決とそれに伴う新たな市場創造・成長の果実は、多くの国民・地域・分野に広く還元され、成長と分配の好循環を実現していく必要がある」とうたい、成長だけでなく分配も実現する資本主義をめざす方向とする。そのため、「新しい資本主義」に向け、これから重点投資を行っていく項目の1つに、「人への投資と分配」を掲げた(それ以外は「科学技術・イノベーションへの重点投資」「スタートアップの起業加速及びオープンイノベーションの推進」「GX、DXへの投資」)。

実行計画は、「人への投資と分配」に重点投資する背景について、「モノからコトへにも象徴されるように、DX、GXといった大きな変革の波の中にあって創造性を発揮するためには、人の重要性が増しており、人への投資が不可欠となっている」と指摘。また、「これまで、ともすれば安価な労働力供給に依存してコストカットで生産性を高めてきた我が国も、労働力不足時代に入り、人への投資を通じた付加価値の向上が極めて重要となっている」と述べる。

さらに、「気候変動問題への対応や少子高齢化・格差の是正、エネルギーや食料を含めた経済安全保障の確保といった社会的課題を解決するのは人であり、人への投資は最も重要な投資である」と強調。「賃金等のフローはもとより、教育・資産形成等のストックの面からも人への投資を徹底的に強化する。また、子供期・現役期・高齢期のライフサイクルに応じた環境整備を強化する」方針を打ち出した。

春闘では引き続き「官民が連携して、賃金引上げの社会的雰囲気を醸成」

どのような政策を実行していくのか。実行計画は、6本の政策の柱を示す。①賃金引上げの推進②スキルアップを通じた労働移動の円滑化③貯蓄から投資のための「資産所得倍増プラン」の策定④子供・現役世代・高齢者まで幅広い世代の活躍を応援⑤多様性の尊重と選択の柔軟性⑥人的資本等の非財務情報の株式市場への開示強化と指針整備――というラインナップだ。

(1)賃金引上げの推進

最低賃金の引き上げも図る

柱ごとに、具体的な政策の中身をみていく。まず、「賃金引上げの推進」では、春闘において引き続き、「官民が連携して、賃金引上げの社会的雰囲気を醸成していくことが重要」だと主張。ここ数年かけて引き上げが講じられている最低賃金について、「官民が協力して、引上げを図るとともに、その引上げ額については、公労使三者構成の最低賃金審議会で、生計費、賃金、賃金支払能力を考慮し、しっかり議論」する必要があると明記した。

そのうえで、「賃上げ税制等の一層の活用」を行うとする。賃上げ税制は、賃上げや人材育成への投資を積極的に行う企業に対し、雇用者給与などの支給額の前年度からの増加額の一定割合を、法人税額または所得税額から控除するという制度。この4月からは、税額控除率を大企業で最大30%、中小企業で同40%まで引き上げた。

実行計画は、全国各地での説明会の実施や地方局、労働基準監督署など政府機関における賃上げ税制の周知に加え、商工会議所・商工会などの中小企業団体による説明会の実施などによる周知を徹底することを通じて、一層の活用を促進するとしている。

取引適正化ではサプライチェーンの類型を整理して調査

「重点業種を示した政府を挙げた中小下請取引適正化」も行う。「パートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージ」(2021年12月)および「取引適正化に向けた5つの取組」(2022年2月)に基づき、中小企業などが賃金引上げの原資を確保できるよう、労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇分の適切な転嫁に向けた環境整備を進めると明記。

調査の結果から、中小企業などの価格転嫁を困難にする主な阻害要因として、値上げ要請を理由とする取引先の変更や取引の打切りのリスク、売り先の価格競争の影響による転嫁の受入れ困難、発注者の立場が強く価格交渉が困難であるなどの点が見受けられたとして、サプライチェーンのつながりについて、①生活関連商品の製造・販売②部品・完成品のものづくり③サービスの提供――の3つの類型に整理し、「22業種10万社程度を対象に独占禁止法上の優越的地位の濫用に関する調査を行う」としている。

また、2022年度の下請代金支払遅延等防止法の重点立入業種として、「道路貨物運送業」「金属製品製造業」「生産用機械器具製造業」「輸送用機械器具製造業」を選定しているが、これらの業種について、立入調査の件数を大幅に増加させるとしている。

「介護・障害福祉職員、保育士等の処遇改善のための公的価格の更なる見直し」も実施する。介護・障害福祉職員、保育士や、コロナ対応などを担っている看護師などの収入については、すでに「3%程度引き上げる措置」を講じているが、介護・障害福祉職員、保育士などの今後の具体的な処遇改善の方向性について、「公的価格評価検討委員会の中間整理を踏まえ、職種ごとに仕事の内容に比して適正な水準まで収入が引き上がり、必要な人材が確保されるかといった観点から検討する」としている。一方、看護師の今後の処遇改善については、「全ての職場における看護師のキャリアアップに伴う処遇改善の在り方について検討」し、その結果に基づき、「引き続き、処遇改善に取り組む」としている。

(2)スキルアップを通じた労働移動の円滑化

働く世代全体のデジタルスキルを底上げする

「スキルアップを通じた労働移動の円滑化」では、まず、「自分の意思で仕事を選択することが可能な環境」を整備していくことを提起。成長分野への円滑な労働移動を進め、労働生産性を向上させ、さらに賃金を上げていくためにも、「個々の企業内だけでなく、国全体の規模で官民が連携して、働き手のスキルアップや人材育成策の拡充を図ることが重要」だと説き、「デジタル人材に加え、働く世代全体のデジタルスキルの底上げを図ることにウェートを置く」としている。

また、従業員、経営者、教育サービス事業者など一般の人から募集したアイディアを踏まえた、3年間で4,000億円規模の施策パッケージに基づき、非正規雇用を含め、能力開発支援、再就職支援、他社への移動によるステップアップ支援を講じるとし、さらに、教育訓練投資を強化して、企業の枠を超えた国全体としての人的資本の蓄積を推進することで、労働移動によるステップアップを積極的に支援することなども打ち出した。

デジタル人材の育成も盛り込む。「大企業、中小企業、IT企業で求める人材が異なる中、デジタル実装を進め、地域が抱える課題の解決を牽引するデジタル人材について、現在の100万人から、本年度末までに年間25万人、2024年度末までに年間45万人育成できる体制を段階的に構築し、2026年度までに合計330万人を確保する」とし、そのためにオンライン上のプラットフォームを整備し、デジタル人材の育成に取り組む大学・教育機関や企業の参画を求め、デジタル人材に共通して求められる教育コンテンツの提供や、企業の事例に基づいた実践的なケーススタディ教育プログラム等を実施するなどとしている。

副業を許容しているか否かの情報開示を企業に促す

副業・兼業の拡大も目指す。副業を通じた起業は失敗する確率が低くなる、副業をすると失業の確率が低くなる、副業を受け入れた企業からは人材不足を解消できた、といった「肯定的な声が大きい」ことから、労働者の職業選択の幅を広げ、多様なキャリア形成を支援する観点から、「企業に副業・兼業を許容しているか否か、また条件付許容の場合はその条件について、『副業・兼業の促進に関するガイドライン』を改定し、情報開示を行うことを企業に推奨する」としている。

(3)貯蓄から投資のための「資産所得倍増プラン」の策定

個人金融資産を全世代的に貯蓄から投資にシフトさせる

「貯蓄から投資のための『資産所得倍増プラン』の策定」では、個人金融資産を全世代的に貯蓄から投資にシフトさせるため、NISA(少額投資非課税制度)の抜本的な改革を検討することや、就業機会確保の努力義務が70歳まで延びていることに留意し、iDeCo(個人型確定拠出年金)制度の改革やその子供世代が資産形成を行いやすい環境整備などをについて検討することを打ち出し、今年末に総合的な「資産所得倍増プラン」を策定するとしている。

(4)子供・現役世代・高齢者まで幅広い世代の活躍を応援

新型コロナ感染拡大を踏まえたメンタルヘルス対策を推進

「子供・現役世代・高齢者まで幅広い世代の活躍を応援」する政策について、労働に関連するところでみると、介護休業制度のより一層の周知などによる介護離職の防止、新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえたメンタルヘルス対策の推進をあげた。企業と保険者が連携して健康経営を推進するとともに、そのスコアリングの方法などを見直すことも打ち出している。

(5)多様性の尊重と選択の柔軟性

同一労働同一賃金制度の徹底などを働きかける

「多様性の尊重と選択の柔軟性」については、「多様性を尊重し、性別にかかわらず仕事ができる環境を整備することで、選択の柔軟性を確保していく」と強調。多様性を尊重する施策として、同一労働同一賃金制度の徹底、短時間正社員制度、勤務地限定正社員制度、職種・職務限定正社員制度といった多様な正社員制度の導入拡大を産業界に働きかけていくことや、女性・若者などの多様な人材の役員等への登用、サバティカル休暇やスタートアップへの出向などを掲げた。

「正規・非正規雇用の日本の労働者の男女間賃金格差は、他の先進国と比較して大きい」として、男女間の賃金差異の開示義務化を打ち出した。男女間の賃金の差異について、女性活躍推進法に基づき、開示の義務化を行う。

開示の方針も具体的に示し、①情報開示は、連結ベースではなく、企業単体ごとに求める。ホールディングス(持株会社)も、当該企業について開示を行う②男女の賃金の差異は、全労働者について、絶対額ではなく、男性の賃金に対する女性の賃金の割合で開示を求めることとする。加えて、同様の割合を正規・非正規雇用に分けて、開示を求める③男女の賃金の差異の開示に際し、説明を追記したい企業のために、説明欄を設ける④対象事業主は、常時雇用する労働者301人以上の事業主とする。101人~300人の事業主については、その施行後の状況等を踏まえ、検討を行う⑤金融商品取引法に基づく有価証券報告書の記載事項にも、女性活躍推進法に基づく開示の記載と同様のものを開示するよう求める⑥本年夏に、制度(省令)改正を実施し、施行する。初回の開示は、他の情報開示項目とあわせて、本年7月の施行後に締まる事業年度の実績を開示する――としている。

「多様性の尊重と選択の柔軟性」ではこのほか、女性の就労の制約となっている社会保障や税制についての見直し、被用者保険(厚生年金・健康保険)の適用拡大、フリーランス・ギグワーカー等への社会保険の適用の検討、勤務間インターバル制度の普及による長時間労働の是正や、地方におけるサテライトオフィスの整備やテレワークを活用した移住支援などを打ち出している。

(6)人的資本等の非財務情報の株式市場への開示強化と指針整備

有価証券報告書で人材育成方針なども記載

「人的資本等の非財務情報の株式市場への開示強化と指針整備」では、「『費用としての人件費から、資産としての人的投資』への変革を進め、新しい資本主義が目指す成長と分配の好循環を生み出すためには、人的資本をはじめとする非財務情報を見える化し、株主との意思疎通を強化していくことが必要」と強調。

年内に、「金融商品取引法上の有価証券報告書において、人材育成方針や社内環境整備方針、これらを表現する指標や目標の記載を求める等、非財務情報の開示強化を進める」などとしている(※国内トピックスに関連記事を掲載)

これらの実行計画を具体的に推進するため、5年間を目途とする工程表を作成する。毎年度、実行状況についてフォローアップを行い、PDCAサイクルを進めるとしている。

2022年の「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)

重点投資分野の筆頭に、「人への投資」を掲げる

骨太方針でも、「人への投資」は重点施策となっている。ウクライナ情勢に伴う原油・原材料、穀物などの国際価格の高騰への対応や、コロナ禍からの経済社会活動の回復に取り組んだ後の「第2段階」での経済財政運営で、方針に盛り込んだ施策を実行すると同時に、「実行計画」を「ジャンプスタートさせるための総合的な方策を早急に具体化し、実行に移す」と提起。新しい資本主義に向けた重点投資分野の筆頭に、「人への投資」を掲げた。

「人への投資」を重点投資分野とした理由について方針は、「自律的な経済成長の実現には、民間投資を喚起して生産性を向上することで収益・所得を大きく増やすだけでなく、『人』への投資を拡大することにより、次なる成長の機会を生み出すことが不可欠」と説明。「働く人への分配を強化する賃上げを推進するとともに、職業訓練、生涯教育等への投資により人的資本の蓄積を加速させる」としている。

さらに、「多様な人材の一人一人が持つ潜在力を十分に発揮できるよう、年齢や性別、正規雇用・非正規雇用といった雇用形態にかかわらず、能力開発やセーフティネットを利用でき、自分の意思で仕事を選択可能で、個々の希望に応じて多様な働き方を選択できる環境整備を進める」と述べて、多様な働き方も「人への投資」とセットで進めていく方針を提示した。

学び直しによる成果の可視化や適切な評価にも取り組む

施策の内容としては、実行計画に盛り込まれている施策以外では、社会全体で学び直し(リカレント教育)を促進するための環境を整備することを掲げており、学び直しによる成果の可視化と適切な評価や、企業におけるリカレント教育による人材育成の強化などの取り組みを進めるとしている。

これらの取り組みとともに、働く人のエンゲージメントと生産性を高めていくことを目指して働き方改革を進め、「働く人の個々のニーズに基づいてジョブ型の雇用形態をはじめ多様な働き方を選択でき、活躍できる環境の整備に取り組む」とし、さらに「こうした観点から、就業場所・業務の変更の範囲の明示など、労働契約関係の明確化に取り組む」としている。

選択的週休3日制度についても言及

若年者に対する支援策としては、専門知識・技能を持った新卒学生や既卒数年程度の若者について、より一層活躍できるようにする観点から、「その就職・採用方法を産・学と共に検討し、年度内を目途に一定の方向性を得る」ことを打ち出している。フリーランスについては、事業者がフリーランスと取引する際の契約の明確化を図る法整備や、相談体制の充実などを盛り込んだ。

選択的週休3日制度についても言及し、「子育て、介護等での活用、地方兼業での活用が考えられることから、好事例の収集・提供等により企業における導入を促進し、普及を図る」としている。

できる限り早期に最低賃金の全国加重平均1,000円以上を目指す

一方、賃上げ・最低賃金については、「賃上げの流れをサプライチェーン内の適切な分配を通じて中小企業に広げ、全国各地での賃上げ機運の一層の拡大を図る」とし、「そのため、中堅・中小企業の活力向上の推進に加え、抜本的に拡充した賃上げ促進税制の活用促進、賃上げを行った企業からの優先的な政府調達等に取り組み、地域の中小企業も含めた賃上げを推進する」としている。

地域別最低賃金については、「引上げの環境整備を一層進めるためにも事業再構築・生産性向上に取り組む中小企業へのきめ細やかな支援や取引適正化等に取り組みつつ、景気や物価動向を踏まえ、地域間格差にも配慮しながら、できる限り早期に最低賃金の全国加重平均が1000円以上となることを目指し、引上げに取り組む」としている。

2022年7月号 岸田政権の当面の政策方針の記事一覧