日本オラクル社員の井上憲氏らほぼ兼業のメンバーだけで社会課題の解決に挑戦
 ――ジョージ・アンド・ショーンでの兼業メンバーの働き方

企業取材

代表も含め、ほぼ兼業しているメンバーだけで、認知症の高齢者でも暮らしやすい街づくりなど、社会課題の解決にITやAI技術を駆使して向き合っている会社がある。井上憲氏らが日本オラクルに所属しながら創業したジョージ・アンド・ショーンだ。井上氏は代表/CEOとして同社の事業の舵取りを行いながら、いまも日本オラクルの社員として働いている。ほぼ全員が兼業しているメンバーで、どのように、大手企業と連携した新規の社会貢献事業などを進めているのか。働き方やメンバー同士のコミュニケーションに焦点を当てて取材した。

20人のメンバーのうち18人が兼業で参画

ジョージ・アンド・ショーン(以下、G&S社)は、代表/CEOである井上氏と、大学院時代の同級生であるCTO(Chief  Technology Officer)の中村晋吾氏の2人で2016年に創業。創業時、井上氏は日本オラクル勤務であり、現在も日本オラクル社のクラウド・エンジニアリング統括/デジタル・トランスフォーメーション推進室シニアマネジャーとして活躍する。中村氏は、ブラウザやモバイルアプリケーションなどの開発を行う独立の開発エンジニアで、現在はG&S社に専業でかかわる。

中村氏と、営業企画を担当する松橋奈美氏の2人だけが専業のメンバーで、井上氏も含めた残りの18人の参画メンバーは、みな他に本業を持っているというとてもユニークな人員構成だ。

各分野のプロ人材で、「すごい人たちばかり」(井上氏)

メンバーは全員、その道のプロ。本業の分野は、システム開発・運用、デザイン、AIエンジニア、医師などと多彩。当初は井上氏の勤務先である日本オラクルの同僚や、大学の同級生・後輩などが中心だったが、今ではメンバーの知り合いが加入したり、最近はSNSを通して必要なスキルを持った人材に加わってもらうこともある。

創業してほぼ6年と社歴はまだ若いが、メンバーは35歳以上と業務経験が豊富な人しかいない。ITやWEB業界を代表する企業での勤務がある人が参画することも珍しくなく、「本当に、すごい人たちばかりですよ」と井上氏は言う。

創業のきっかけは「笑って出かけられる街づくりがしたい」

創業のきっかけは、井上氏の祖母の、認知症の発症だ。高齢者に多い認知症になると、徘徊して自分がどこにいるかわからなくなったり、帰る家がどこにあるかわからなくなることもある。井上氏の祖母も、家からいなくなることが何度かあったという。認知症を抱える高齢者でも「笑って出かけられる街づくりができないか」。そんな想いから、見守りサービスの開発を目指し、G&S社を起ち上げた。

G&S社が掲げるビジョンは「少しだけ優しい世界を創ろう」。創業のきっかけとなった井上氏の原体験からもわかるように、小さくても「優しさ」のある世界の実現に、「技術の活用」という切り口でどのようにかかわれるかを、ビジネスの基軸に置いている。

「ビブル」という小型タグで位置情報を把握できる

創業のきっかけとなった見守りサービスは、「biblle(ビブル)」というサービス名で展開している。

ビブルという小型のタグを持っていれば、連携しているアプリによって位置情報がすぐにわかる。位置履歴もとることができる。高齢者だけでなく、子どもの見守りにも活用できる。また、アプリ側から、ビブルのブザーを鳴らすことや、スマートフォンとビブルが30メートル以上離れてしまったときに知らせる置忘れ防止機能もある。

現在の事業の中心は、他の企業と新規事業を創出する「共創」

ただ、ビブルの販売が占める売上の割合は、最近は1割程度でしかなく、いま事業の中心となっているのは、他の企業と連携した新規事業の「共創」。売上全体の8割を占めるまでになった。

たとえば、高齢者施設での健康寿命の延伸に向けた実証施策を、高齢者施設を運営する学研ココファン、東京海上日動火災保険、高齢者施設に設置する睡眠センサーを提供するNTT PARAVITAと行っている。

この施策のなかでG&S社は、ビブルを利用した入居者・スタッフの位置情報把握のためのサービスを提供。また、位置情報だけでなく「睡眠サイクル」や家電利用の状況などのデータから脳の認知機能を推定する役割を担っている。高齢者施設の高齢者の生活習慣データをAI解析し、日常で脳の健康状態を把握することで、認知症にかかる前に早期に健康の不調を感知できれば、本人の健康維持だけでなく、社会全体としての認知症にかかる費用も抑制することができる。

昨年は小田急電鉄と藤沢市によるフードロスのための事業でも、パートナー企業として参加した。フードロスになりそうなメニューの情報などを、アプリを通してリアルタイムで地域店舗側が発信し、地域のユーザーがそうした情報を見つけ出すことができるというものだ。

メンバーのナレッジを活かせる事業を手がける

事業の内容からわかるように、手掛ける案件は一貫して、ビジョンに沿った現実に横たわる社会課題を解決するための試み。「それぞれのメンバーが持っているナレッジを活かして解決できる社会課題はないか考えている」と井上氏は話す。

兼業のメンバーで占める会社であり、膨大な業務量が発生するような案件は引き受けることはないことから(またオファーもない)、他企業と連携した「ゼロの状態から1を生み出す新規『共創』事業」が自然と多くなってくる。

通常、プロジェクトオーナーは井上氏で、複数の開発担当者を決める

では実際に、メンバーはG&S社の仕事にどのようなかかわり方をしているのだろうか。

まず、どんな新たな事業にかかわっていくかや、どのような事業プロジェクトに着手していくかどうかの経営判断は、井上氏が中心となって行っているという。その事業に乗るか乗らないかの判断は、繰り返しになるがビジョンに叶うものかに基づき判断する。単に、顧客が自社の売上を増やしたいというだけの開発案件であれば、「開発業者は他にもたくさんあるので、そちらにお願いすればよいのでは、ということになる」(井上氏)。

現在のシステム開発方法の主流であり、仕様変更にも柔軟に対応できる「アジャイル開発」を新規に行うことになった場合のメンバーのかかわりを例にあげて説明する。

プロジェクトの最高責任者である「プロジェクトオーナー」(PO)は、通常は井上氏が務め、開発工程の各機能にメンバーを開発担当者として指名(この機能はAさんが担当、これはBさんが担当など)。それらの開発担当者を束ねるのが「スクラムマスター」(SM)と呼ばれるとりまとめ役だ。

開発にあたっての要件定義や、どの開発工程が優先度が高いかどうかを判断する優先度工程管理を行うのはPOの仕事。開発が動き出してからも、顧客の要望や、顧客のユーザーのニーズから、要件が変わったり、機能の優先度が変更されることがある。そうした内容をPOから伝えられたSMが、それを受けての具体的な作業指示を各開発担当者に行うといったイメージだ。

開発担当者となったメンバーは、専門分野や今回担当した作業に対してのスキルレベルが異なるだけでなく、本業での仕事の状況も異なることから、POがどのくらいの開発工数を任せられるかを見極めるとともに、仕事を完遂するために何人の開発担当を置く必要があるかを見積もる。

週1回以上はビデオ会議でコミュニケーション

各メンバーが作業を行うのは、当然のことながら、本業以外の時間だ。コミュニケーションはどのようにとっているのか。新型コロナウイルスの感染拡大もあって、打ち合わせなどでメンバーが対面で集合することはほとんどなく、ビデオ会議システムを活用している。ただ、週1回以上は会議を行っている状況だという。通常はメンバーでお酒を飲みに行くこともあるが、「結局、仕事の話になるので、半分は会議しているようなもの」。「でも、そういう席だからこそメンバー間で率直な意見交換ができるし、次に手がけたい案件の話などが出てくる」と井上氏は言う。

メンバーとは「業務委託契約」を結ぶ

兼業でかかわっているメンバーは、「業務委託契約」でG&S社の仕事をしている。メンバーの本業の勤め先での兼業規定がさまざまなことから、この契約形態が最も「本業での承諾をとりやすい」のだという。井上氏自身は、本業の日本オラクルが柔軟な勤務制度を採っているため、本業の仕事を行う時間とG&S社の仕事を行う時間を自分の裁量でバランスよく配置できるのだという。

報酬については、仕事を行ううえでのスキルや経験など「スキルセット」のレベルと、働いた時間に基づいて金額を決めている。一定のルールは設けているが、「実際には、スキルセットに基づく部分はほぼ横並び」と井上氏は言う。金銭面は重要ではないとまでは言わないが、「メンバーはお金を稼ぎたいという目的ではなく、自分のスキルや知識を活かしたいという考えで参画してくれている」。

参画したいというメンバーがいれば、「仕事はいくらでもあるので、想いさえ共通していれば無条件で受け入れている」という。

本業への影響は「良かったことしかない」(井上氏)

G&S社を起ち上げて、本業にはどのような影響があったか聞くと、「良かったことしかない」と井上氏。

「G&S社の兼業がなかったら、いくら『これまでデータベースを売ってきました』という経歴があったとしても、日本オラクルの社員として、他社に一緒に何か事業をつくりましょうと持ち掛けても、説得力がない。しかし、G&S社も運営している今なら、相手企業も『井上さんは自分で会社も起ち上げているようだし、一緒にやってみようか』と見てくれるようになる」

また、良い意味で、ビジネスの場面で会える人が「相当変わった」という。

「大企業のなかには、自分で責任をもって経営判断する人としか会わないとの趣旨から社長レベル同士でしか会わない社長もおり、ベンチャー企業とはいっても、そうした社長と直接話す機会が持てるようになった」

最近はベンチャー企業に対するイメージが良い方向に変わってきたことも、ビジネスにプラスに作用していると感じている。

メンバーを増やして「ティール組織」が理想

今後のG&S社をどのように展望しているのか。井上氏は、人員規模については「もっと増やしていきたい」と話す。開発案件では、平均して4~5人の開発担当者が参加していることから、現在の20人規模では、一度につくれるのが3~4チームが限界。メンバーを増やすことができれば、チームをより多くつくれるようになる。プロジェクト途中に、特定のメンバーが優先案件に移動するような事態が起きても、人員に余裕があれば対応しやすい。

井上氏自身は、将来的には、他の企業と連携する新規「共創」事業のウエイトを減らし、自社サービスだけで手がける新規事業を増やしていきたいと考えている。顧客の要望に縛られずに、純粋に、社会課題を解決する事業を進められるからだ。ただそれには、やはり、いま以上のメンバーが必要となる。そのうえで、チームのメンバーが自律的に意思決定していく「ティール組織にすること」が理想だと、これからの会社の成長に期待を寄せている。

(荒川創太、田中瑞穂)

企業プロフィール

ジョージ・アンド・ショーン株式会社新しいウィンドウ

本社:
東京都渋谷区神宮前6-23-4 桑野ビル2階
設立:
2012年3月
代表者:
井上憲
設立日:
2016年3月15日(2019年7月16日より株式会社へ組織変更)
事業内容:
biblle (ビブル) ビーコン位置情報見守りタグ/アプリ/施設360°高齢者施設向け位置情報見守り&生活習慣管理システム など