世界に先駆けて鉛を使わないビスマスによるめっき液の量産適用に成功。技術変化が激しいなか、外国人社員も含めて後進指導に邁進

「現代の名工」取材

現代の名工(電気めっき工)
スズキハイテック 三澤孝夫さん

画像:三澤孝夫さん(左)

バイオミメティクスの開発に
ついて熱く語る三澤さん(左)

三澤孝夫さん(57)は、地元の山形工業高校を卒業して入社したスズキハイテック(山形市)で電気めっき工として活躍を続け、今年40年目を迎える。現在は事業開発課長として、新たな事業の開発と後進の指導に多忙な毎日を送る。

同社は、大正3年(1914年)創業の老舗企業。めっきによる表面処理を主業務とする。創業当初は、リヤカーや自転車部品、ミシン部品などへのめっき加工を、その後は時代とともに音響・通信部品、プリント配線板、半導体部品への加工を取り扱う。2010年代に入ると、中国の企業とも連携し、メキシコ法人も設立するなど、グローバルに活路を拡げている。

工場でも、多くの外国人や外国人技能実習生が働く。三澤さんが通ると、次々と「おはようございます!」と気持ちのよい挨拶がかかる。よく整理された工場内には、英語やヒンディー文字での表記や掲示も見られ、国際的な雰囲気だが、会話は全て日本語だとのこと。

「彼らは、異国の地で頑張って仕事を覚えよう、みんなと仲良くやろうと、心意気が違う。たいしたものですよ」と三澤さんは目を細める。自身も海外で仕事をした経験を持つからこそ、彼らの苦労にも思い至るのだろう。2日前の初雪で工場周辺は一面銀世界となり、南の国から来た実習生たちは大いにはしゃいだという。

同じ品質の製品を作り続けることは簡単ではない

三澤さんは、環境に配慮して鉛を使わないめっき手法を確立させた。名工として表彰された主要な功績だ。

めっき加工とは、表面処理の加工の手法の1つで、顧客からの要望に応じて様々な物質に表面処理を施し、付加価値を高める。「この業界が大いに繁栄したのは、今やわれわれの生活に不可欠な半導体の製造に『電気めっき加工』が切っても切れない必須の工程となったことが大きい」と語る。

発注が続き、量産プロセスが繰り広げられた。しかし、毎日同じクオリティの製品を大量に作り続けることは、決して簡単ではない。めっき液も使用し続けると古くなり濃度も落ちてくる。時間や温度の絶妙なコントロールも求められる。いろんな条件を緻密に合わせようとしても「それでもなかなか上手く行かないのが技術の難しいところ」と話す。

厳しい環境規制の導入で新たな手法を模索

2000年代に入り、量産プロセスが軌道に乗った頃、新たな問題が持ち上がった。めっき加工プロセスに欠かせなかった鉛に、厳しい環境規制が課されることになった。それまで、めっき液は、錫(スズ)9割に対して鉛1割とするのが一般的だったが、三澤さんたちは鉛を別の物質で代替できないかと、「ビスマス」という、レアメタル(希少金属)の一種である金属物質の利用を試みる。

めっき液の配合は、錫99%に対して、ビスマスはわずか1%程度。割合は鉛の場合の10分の1にすぎず、それだけビスマスの濃度コントロールは難しくなる。ビスマスの調整は困難を極めた。どの程度の濃度で、どのように処理すれば、めっき液として安定する領域に達するのか、試行錯誤が続いた。「当時は、本当に針の穴を通すように難しく感じた」と振り返る。

小さなプラントで実験を重ね、データの緻密な分析を繰り返した。コントロールの正解を探り続け、ついに世界に先駆け、鉛フリーとしてビスマスによるめっき液の量産適用に成功した。

ビスマスを利用しためっき液の成功は大きなニュースとなり、どうやっているのか見せてくれと、台湾やマレーシアなど海外からも視察に訪れた。しかし当時、三澤さんたちのやり方を試みた海外でのビスマスでの鉛フリー化は失敗が多く、立ち上げが遅れたという。それほど、三澤さんたちが導き出した微細なコントロール技術は職人技だったと言える。

産学協同で新しい技術を開発しニーズを創り出す

それでも、やがてビスマスのめっき液に成功する企業も現れてくる。「技術は、次々と新しくなっていくものですから」と三澤さん。時代とともに次々と進化を続ける技術に追いつき、さらにその先を目指さなければならない。

三澤さんは現在、事業開発課の課長として、最先端の事業開発に携わる。いま取り組んでいるのは、「バイオミメティクス(生物模倣)」という技術を利用した新しいものづくりだ。名古屋工業大学、山形大学、山形県工業技術センターと共同で、研究開発に取り組む。

生物の持つ特殊な機能や構造を、物理化学の手法で解明し、模倣して、新たな機能をもった構造体を開発する。「フナムシは泳げないのに、特殊な脚の構造でエラ呼吸をしている。フナムシの脚が持つ突起構造を研究したところ、非常に早く水を拡散させるメカニズムが明らかになった。これを応用し、鏡やガラスが曇らない“バイオミメティクスシート”を開発しているんです」と、三澤さんの目が輝く。ふと机の上をみると、『地球を救う スーパーヒーロー生き物図鑑』という本が目に入った。

同社の得意とする「MEMS(メムス)」という、シリコンやガラス基板などに非常に小さい機械構造物を作り込む精密電鋳めっき技術や、独自の三次元微細構造の加工技術を用い、製品化に成功した。将来的には、自動運転車やカメラ、LEDへの応用が期待される。

これからは、客から持ちかけられる注文や課題に答えるだけではなく、研究開発によって、自分たちから新たなニーズを創り出し、攻めの姿勢で技術を売り込んでいきたいという。次の週には、大手自動車メーカーの本社に出向き、展示会で最先端技術を詰め込んだバイオミメティクスシートをアピールする予定だ。

変化球に対応できるよう自分自身で考えさせる

産業や技術がかつてないスピードで進化を続け、仕事の内容も変わっていく。こうした環境で後進を育て、技術を伝承するのは決して簡単ではないだろう。三澤さんは、「われわれが育ったのと同じやり方でやるとよくないと思っていて、今は違うやり方を探っている」という。自分たちの時代は、先輩からこれはこうやるんだと、一つひとつやり方を教わっていた。ところが、実際にはものごとは教えられたとおりにはいかない。「現場は常に変化球なんです」

教科書通りに進むことはほとんどない。常にプロセスを概観しながら、そこで何が起こっているのか、自分自身で考えることが重要だという。変化球に対応するには、はじめは失敗してもいいから、自分で考えて取り組んでみる。少しずつ経験を増やして、感覚を養い、時には「ちょっと異常です」と声を上げ、止められることも大切だと指摘する。

現代の若者像について、「意外にやるんですよ」と評価しながら、足りないのは遊び心、仕事とは一見関係のないところでの経験や引き出しの数だと語る。

決して難しいことではない。例えばちょっとした工具を使って何かをつくる。自分で料理をしてみる。そういう日常の経験の積み重ねも仕事につながるという。そして、もっと吸収しよう、本人が行こうと思う気持ちに変わる瞬間がある。そうすると、規定の手順以外に「こうしたらどうでしょう」「これをしなくてもいいですか?」と提案が出てくるようになるのだという。

昼礼で意見を言い合う、仲間という意識を深める

現場や国の検定試験の指導に加え、毎日、昼休み後に10分ほどの「昼礼」をしている。皆で『職場の教養』という冊子を読み、若手に意見を求める。次第に、自分はこう思う、自分だったらこうする、と積極的に言えるようになる。外国人の社員も、「こういう考え方は自分の国にはありませんでした。郷に入りては郷に従えの精神でやりたいと思います」などと報告してくれるのだと微笑む。

昼礼は、今の仕事のちょっとした報告やアドバイスをもらえる貴重な場にもなっている。皆で力を合わせ働く仲間として、距離を近づけることができる。新しい挑戦となったプラスチックへのめっき加工事業に向けて、プラスチックの教科書を1素材ずつ読み合うこともあった。未知の分野にチャレンジするのは怖いことだが、こういう場で一緒に勉強することで、目標に向かって一体感を持つことができる。

一番苦しいのは仕事がなくなること

今後は、バイオミメティクスシートの商品化に向け、特許についても勉強しなければならないと言う。領域が広がりすぎてさぞ大変だろうと思うが、三澤さんの口からはネガティブな話が聞こえてこない。「これまで、いろいろとご苦労もあったと思うのですが」と話を向けると、「一番苦しいのは、仕事がなくなること。一生懸命に勉強して技術を高めても意味がなくなりますから」。

リーマンショックの後は仕事が激減し、1日に1時間しか仕事がない日もあったという。「仕方がないので、みんなで卓球をしていましたよ。辛かった」。仕事を求めて営業に回ったこともある。そして、技術は自分からアピールできるものではないとダメだとも痛感したという。

こういう経験を持つからこそ、積極的に新しい事業にも邁進し、チャレンジングで多忙な日々を楽しむ。変化球のみならず、大きな時代の変化にも対応できる力を携え、「現代の名工」は挑む。

(天野佳代)

企業・個人プロフィール

三澤 孝夫(みさわ たかお)
事業開発課 課長

スズキハイテック株式会社

所在地:
山形県山形市銅町2-2-30
代表者:
代表取締役 鈴木 一徳
従業員数:
159人:(男性:101人、女性:58人)(2023年4月1日時点)
主な事業:
自動車部品めっき、半導体部品めっき、MEMS・超精密電鋳加工技術など

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