「きさげ作業」でレーザ加工機の高精度化に貢献、ものづくりの楽しさを後進に伝える

「現代の名工」取材

現代の名工(金属加工機械組立工)
ヤマザキマザックマニュファクチャリング 美濃加茂製作所第一工場 落合岳彦さん

レーザ加工機の組立に長年携わる

画像:写真1

きさげ作業を実演してみせる落合さん

落合岳彦さん(56)は、工作機械メーカーであるヤマザキマザックのグループ会社、ヤマザキマザックマニュファクチャリングに所属し、長年レーザ加工機の組立業務に従事してきた。特に、組立基礎となる「きさげ作業」の技能が卓越しており、レーザ加工機の高精度化に貢献してきた。

「きさげ作業」とは、スクレーパーと呼ばれるノミ状の工具を使用して、鉄などの表面を手動で削り、平らに仕上げる金属加工方法のこと。右利きの場合は、右手でスクレーパーの柄の部分を握り、左手をスクレーパーの中心部に上から添えて、削る角度を調整しながら、左手にかけた力を右手で跳ね返すように削っていく。主に工作機械のベッド(土台)やコラム(柱)、テーブル(工作物を固定する台)の摺動面(しゅうどうめん)などといった機械の精度を左右する重要な構成部品に施される。

きさげ作業の工程は大きく3つに分かれる。①基準面となる定盤に新明丹と言われる塗料を薄く塗る②加工物の凹凸を調べるため、定盤と加工物をこすりあわせる(出っ張りのある部分には塗料が付着し、これを「アタリが付く」という)③アタリが付いた箇所を中心にスクレーパーを使って削り取る――という流れだ。これを、精度が高くなるまで繰り返し行っていく。

ミクロン単位のくぼみをつけてスムーズな摺動を実現

きさげ作業の重要性は、工作機械の特性である「母性原理」と関係している。これは、加工される部品の精度はその部品を加工する工作機械本体の精度を超えることができないという特性のことで、高品質な部品をつくるためには工作機械本体の精度をさらに高めることが必要となる。きさげ作業は、機械では実現できないミクロン単位(1μm=0.001mmの長さ)で削ることができ、高い精度の平面や直角面を生み出すため、部品どうしをぴったりとたわみなく締結できる。

一方で、部品どうしが平らに近すぎると、反対にピッタリとくっついて離れにくくなるリンギングという現象が起こる。リンギングすると摺動はスムーズにいかず、場合によっては機械の停止や、摩耗による高熱の発生で機械に変形が生じる恐れもある。きさげ作業によって、細かいくぼみをつけることで、くぼみが潤滑油の「油だまり」となり、機械の摺動の軽さや滑らかさにつながる。このように、きさげ作業は、精密な工作機械の製造になくてはならない技術・技能となっている。

アタリが付く場所を削る感覚を修得するため、毎日打ち込む

落合さんは2004年の入社後、レーザ加工機の組立部門に配属されて初めて、本格的にきさげ作業に携わるようになった。工業高校時代に実習で体験したことはあったものの、最初は「なんで人の手で鉄を削るのだろう、工作機械で削れば一瞬で平らになるじゃないか」と思ったそうだ。しかし、実際に作業をしてみて、その考えは変わった。

「先輩社員から『工作機械で加工した鉄を2枚こすり合わせてみろ』と言われ、塗料をつけてこすり合わせてみると、一見平面にしか見えないところも、塗料がついて高さがあることが分かった。そこを削り取る作業を繰り返すと、平面に近づいてくることが分かった。平面とは奥が深く、とても面白いと感じた」

工程自体は多くないきさげ作業だが、ミクロン単位で削る作業は至難の技だ。落合さんも最初はスクレーパーの刃先をあてることに非常に苦労した。「高いところを削っているつもりが低いところを削ってしまうことも多かった。削りすぎてしまった部分にあわせて他のところをさらに削ることになり、一向に平面にならなかった」そうだ。

また、きさげ作業は両手と腰の力のかけ方やバランスが重要で、慣れないうちは長く大きい削り跡ができてしまう。そのため、「先輩社員からは、『削る量をもっと細かく』『削る幅を短く』と言われた。先輩の姿を見て、力の入れ具合や一連の流れをまねて、あとはひたすら反復練習をして体に叩き込んだ」。習熟するまでは毎日きさげ作業に打ち込み、細かく削れるようになってからは削り間違いも減少。人に教えられるようになるまで、10年ほどかかったという。

それだけに、「現代の名工」に選ばれ、落合さんの喜びもひとしおだ。同社ではこれまで累計14人が現代の名工に選ばれているが、これだけ表彰履歴がある工作機械メーカーは多くない。落合さんは、「ヤマザキマザックでここまで技術を磨き経験を積んでいなければ選ばれなかったと思うので、非常に感謝している」と語った。

社内で若手社員への技能検定試験に向けた実技指導も担当

そんな落合さんは、後進技能者の育成指導にも尽力している。国家資格である特級仕上げ技能士や職業訓練指導員免許を取得していることもあり、仕上げ作業指導者として、社内で定期的に組立の基礎に関する講習を開催し、若手社員の技能レベル向上に貢献してきた。

また、同社では社員の技能向上を後押しする「技能士会」という組織があり、落合さんは技能士会の講師として指導を担当している。技能士会では、技能検定を受検する社員に向けて、数カ月にわたり技能指導などのサポートを行う。優れた技能をもつ熟練社員が技能検定の各職種に合わせて指導担当者を引き受けており、これまで現代の名工に選出された社員も数多く担当している。落合さんは「機械組立仕上げ作業」職種の担当で、これまでに100人以上の技能士を誕生させている。

技能検定の合格は業務上必須というわけではないが、「機械組立仕上げといってもボルトの締め方や、やすり加工など、様々な技能の要素・知識が求められる。技能検定試験を受けることで、自身の業務以外のさまざまな知識が身につく。ここで学んだ技能や知識は、いつか自分の仕事にも活かせるかもしれないし、努力して合格することで自信にもつながる」と、その大切さを落合さんは話す。試験に合格すれば工場内に設置された社内技能士一覧ボードに氏名が掲示されるため、社員のモチベーションアップにもつながっている。

そのほか、2017年からは厚生労働省が認定するものづくりマイスターとして、岐阜県内の中小企業や工業高校にも出向いて技能指導を行っている。

実際にやって見せること、楽しさを伝えることを意識して指導

技能指導時に大切にしていることは何かと聞くと、まずは「やって見せること」と落合さんは語る。「技能士会の受講者はきさげ作業を初めてやる人が多い。そのため、まずはきさげという仕事はどんなものか、どこを注意して作業をしなければならないかなど、実際やって見せながら教えている」という。

また、落合さんはものづくりの楽しさを伝えることも意識している。「『鉄を削る』と聞くと、最初はみんなとっつきにくく感じる。そのため、きさげで削った後の綺麗な加工面を見せるなど、興味を持ってもらえるよう工夫をしている」そうだ。

実際に、県内の工業高校へ出向き、きさげ作業を含む文鎮づくり体験を行った際には、はじめに落合さんがきさげのやり方を示したうえで、文鎮の片面に受講者自身できさげをかけてもらい、その難しさを実感してもらった。受講者自身ではなかなか綺麗に削れないが、もう片方の面に落合さんがさっときさげをかけると、キラキラした綺麗な模様ができる。その様子を見て受講者も興味深くきさげ作業に取り組み、出来上がった文鎮を喜んで持って帰ってくれるという。難しい作業でも楽しく体験してもらうことで、受講者の興味を引き出す工夫がされていることがうかがえた。

業務で指導する際も同様の意識を持って若手社員に接している。「若手社員と面と向かって話してみると、『今、面白いと思ってないな』と感じる場面がある。そのため、普段から仕事の話だけでなく趣味の話などフランクにコミュニケーションを取っている」。技術力だけでなく、こうした落合さんの気さくで温かい人柄が社内でも評価され、現代の名工への推薦につながっている。

機械化は先のこととしつつも、デジタル技術との融合の可能性も指摘

リニアガイドの普及もあり、かつては多かったきさげ作業の担い手も、現在は大きく減少。同社でも、きさげ作業ができる社員は以前より少なくなっているそうで、落合さんのような熟練技能者の育成は課題となっている。現在では、きさげ作業などの細かい熟練技を必要としない機械も増えているが、「きさげ作業を施したほうがより機械の精度は上がるし、そうした技術を施すことで他社との差別化にもつながる」と落合さんは感じている。

同社の工場ではスマートファクトリー化も進んでおり、IoTを使った在庫管理や、材料の運搬をロボットが担当するなど省人化も実施されている。落合さんはきさげ作業などの職人技が機械化されるのは先のことと考えつつも、「培ってきた技能や、後進に教えてきたことが必要なくなるかもしれないことに寂しさはある」と話す。その一方で、固定概念だけにとらわれるのではなく、デジタル技術と職人技が何かの形で融合できると良いのではないかと考えている。

「例えば、測定の技術が進歩して、グラフィックで鉄の面の高いところ、低いところが確認できるようになったり、その測定通りにロボットが力加減を変えながらピンポイントで面を削ることができるようになれば、より高い平面度を実現できるのではないかと思う。また、高度な測定技術がなくても、機械の精度(平面度・直角度等)がデジタル技術で誰でも簡単に見られるようになるだけでも、作業効率はあがるのではないかと考えている」

何でも1つ秀でるものを見つけることが自信につながる

今後に向けて、落合さんは引き続き後進の育成に尽力しつつ、「デジタル技術など、今の時代にあったものを取り入れながらいかに社員の技能スキルを高めていくか、教育だけでなく『共育(=社員がともに育つ)』を大事に、誰もが楽しく仕事ができる環境を考えていきたい」と話す。

そのうえで、若手社員にはまず、「仕事でも趣味でも良いので、何か1つ秀でるものを見つけて、自信につなげてほしい」と感じている。落合さん自身もきさげ作業を熟達してきたことで自分に自信がつき、他の仕事も胸を張って作業できるようになったことから、「どんなことでも良いので、自分にはこれができるというものをもってほしい」と語った。

(田中瑞穂)

企業・個人プロフィール

落合 岳彦(おちあい たけひこ)
美濃加茂製作所第一工場 人事・総務部総務課 副主査 特級仕上げ技能士

ヤマザキマザック株式会社

所在地:
愛知県丹羽郡大口町竹田1-131
代表者:
代表取締役社長 山崎 高嗣
従業員数:
8,700人(グループ企業合計:2023年6月現在)
事業種目:
コンピュータ数値制御工作機械、レーザ加工機、コンピュータ統合生産システム、生産支援ソフトウェア等の開発・製造・販売・輸出