これからの労働基準法制のあり方を検討。働き方の多様化やフリーランスへの対応についても言及
 ――厚生労働省「新しい時代の働き方に関する研究会報告書」

スペシャルトピック

企業を取り巻く環境変化や労働市場が変化し、企業が雇用管理・労務管理の転換を迫られる一方、働く人の意識や働き方への希望がこれまで以上に個別・多様化の傾向を強めていることから、これからの労働基準法制のあり方を検討してきた厚生労働省の「新しい時代の働き方に関する研究会」(座長:今野浩一郎・学習院大学名誉教授学習院さくらアカデミー長)は10月、報告書をとりまとめた。報告書は、「不当な条件の下で働く者や長時間労働等により健康上の支障が生じる者を保護するという労働保護の精神は、新しい時代に即した労働基準法制の方向性を検討していく中でも忘れてはならない」と、現行法制の精神を「守る」視点も強調する一方、多様化する働き方や労働者のニーズに伴い、見直しの方向性も提言。フリーランスへの対応など制定当時は想定していなかった課題への対応や、規制の「事業所」単位などの基本概念の再考を提言した。

働く「場所」「時間」「就業形態」の選択を求める人が増加

報告書はまず、近年の「企業を取り巻く環境の変化」「労働市場の変化」「働く人の意識の変化」をそれぞれ整理。「企業を取り巻く環境の変化」では、経済のグローバル化や、急速なデジタル化の進展による国際競争の激化、また、次世代インターネット概念の普及や生成AIの発展などによる新たなビジネスモデルの創出などを例示した。

「労働市場の変化」では、深刻な人手不足とそれに伴う雇用管理・労務管理の転換、DXの進展による労働需要(必要なスキル・人材)の変化などを指摘した。

「働く人の意識の変化」では、職業人生の長期化・複線化が進むなか、仕事への価値観や生活スタイルが多様化し、さらに新型コロナウイルス感染症の影響によるリモートワークの拡充で働く「場所」「時間」「就業形態」の選択を求める人が増加していることに言及。また、このような変化は、いわゆる正規・非正規雇用者にとどまらず、フリーランス等を含む「働く人」全体に広がっていると指摘した。

企業では労働者の能力・成果を評価する仕組みが広がっている

「組織」と「個人」の関係性も変化してきていると指摘した。

個人については、長期雇用の下でこれまでと同様の働き方がなじむ労働者が多く存在する一方、自発的なキャリア形成と、ライフステージ・キャリアステージにあわせた多様な働き方を求める労働者が増えていると指摘。「企業に対してライフステージ・キャリアステージの変化に応じて多様な働き方をとることができることや、能力を高め、発揮し、豊かなキャリアを形成できる機会の提供を求める者が増加している」と現状分析した。

組織については、変化に対応するために、長期的な視点に立って優れた人材を確保し活用することが重要になっているとし、そのため「企業では、長期雇用(雇用の安定が確保された中で働くこと)や企業内キャリア形成を重視しつつ、労働者の能力や成果を評価し、処遇や人材配置などに反映していく仕組みが広がっている」と分析。

こうしたことから、働く人の多様で主体的なキャリア形成を支援しつつ、「エンゲージメントを高める」「求める人材像や能力の見える化を図る」「『1on1ミーティング』(定期的に部下と上司が1対1で行う面談)などにより労働者とのコミュニケーションを図る」などの取り組みを重視する企業がでてきていると解説した。

個人と組織の関係は長期の良好関係のために変化

個人と組織の関係性については、長期的に良好な関係を保つために変化がみられるとした。

報告書があげたのは、①企業は、全ての働く人が希望に沿って働き方を柔軟に選択し、能力を高め発揮できる環境を提供するようになったこと②働く人も、自発的に働き方とキャリアを選択した上で、企業に対して能力を発揮し成果を上げるようになったこと――の2点。

そのうえで、こうした組織と働く人の関係を形成して、安定的に維持するためには、「集団的な労使の協議・交渉や個別面談等による労使の個別的な意思疏通、イントラネットを活用した労使間の意見・情報の共有等、多様なチャネルを通して労使コミュニケ-ションを図っていくことが重要」だと強調した。

また、このような組織と個人の関係の中では、同じ企業の中でスキルを高め活躍する者も、活躍の場を広げるために自ら労働市場に出ていく者もいると想定されることから、「これからは、全ての働く人が将来のキャリアを見据えて企業の枠を超えて働ける環境が確保されていることが重要」だと述べた。

現行の労働基準法は画一的に働く労働者を想定し、規制が事業場単位

これらの情勢変化をふまえ、報告書は、新しい時代に対応するための、労働基準法制の方向性を提示した。

最初に、これまでの労働基準法制の特徴と課題を解説。現行の労働基準法制が鉱業法や工場法などを前身としていること、労働条件の決定に関する基本原則を明らかにし、最低労働条件を設定したものであること、同じ時間・場所で使用者の指揮命令によって画一的に働く集団を想定していること、物理的な「事業場」が規制の単位となっていることなどを紹介。そのうえで、検討課題を列挙した。

課題の1つは、リモートワークや副業・兼業、働く時間や場所が多様化した働き方の拡大。これにより、労働基準法制が現在適用される「労働者」の枠に収まらない形で働く人が増加し、また、労働基準法制の適用単位となってきた「事業場」の枠に収まらない形で事業活動を行う企業が増加したと言及した。

もう1つは、働き方の個別・多様化の急速な進行。育児や介護など様々な生活上の事情や、仕事外での自己啓発・社会活動などと仕事を両立できる柔軟な働き方へのニーズが高まっていることや、仕事を通じて自身の価値を高めるため、心身の健康を確保しつつ、能力を存分に向上、発揮できる柔軟な働き方を求める働く人が増加していることを指摘した。

さらに、同じ場所で画一的な働き方をすることを前提としない状況が拡大していることをふまえれば、これからの企業の雇用管理・労務管理においては、「画一的」なものだけではなく、「多様性を生かす」、そして、主体的なキャリア形成が可能となるような環境を整備することが重要であるとも指摘。労働基準法制については、その対象とすべき労働者の範囲や、事業場を単位とした規制がなじまない場合における適用手法も含め、こうした働き方と雇用管理・労務管理の変化を念頭に、そのあり方を考えていくことが必要だと強調した。

基本的な規定を「守り」つつ、多様な働き方を「支える」視点を

これからの労働基準法制のあり方を考えるにあたって、報告書は「『守る』と『支える』という2つの視点が重要であり、その視点を実現するためにどのような法制が必要かという視点で検討を進めていく必要がある」とした。

「守る」については、全ての働く人が心身の健康を維持しながら幸せに働き続ける社会を実現するため、労働憲章的な規則や基本原則、封建的な労働慣行を排除するための規定を、「守る」べき考え方として堅持すべきなどと主張。「この考え方を前提として、労働基準法制における具体的な制度設計においては、労働者の心身の健康をしっかりと『守る』ものとして検討されることが必要である」と強調した。

一方、「支える」については、労働基準法制は、心身の健康が確保され、人たるに値する生活を営むための必要を満たす労働条件を「守る」にとどまらず、働く人の働き方やキャリア形成の希望を叶え、より良い職業生活を送ることができるよう「支える」ことについても適切に効力を発揮するよう見直すことが必要だと主張。「働く人が対等な労使コミュニケーションの下で多様な働き方を選択できることや、自発的な能力開発とキャリア形成を実現できること等を『支える』ことが重要」になるとした。

制度設計に向け、押さえるべき考え方を8点に整理

こうした視点をふまえ、報告書は、具体的な制度設計に向け、押さえるべき考え方を、①変化する環境下でも変わらない考え方を堅持すること②個人の選択にかかわらず、健康確保が十分に行える制度とすること③個々の働く人の希望をくみ取り、反映することができる制度とすること④ライフステージ・キャリアステージ等に合わせ、個人の選択の変更が可能な制度とすること⑤適正で実効性のある労使コミュニケーションを確保すること⑥シンプルでわかりやすく実効的な制度とすること⑦労働基準法制における基本的概念が実情に合っているか確認すること⑧従来と同様の働き方をする人が不利にならないようにすること――の8点に整理し、方向性の内容を詳述した。

まず、「変化する経済社会の下でも変わらない考え方を堅持する」については、「基本原則として、労使対等の原則、均等待遇、男女同一賃金原則、強制労働の禁止や中間搾取の排除、年少者、妊産婦等に関する規定が設けられており、これらの考え方や規定は、企業を取り巻く環境が変化したり、働く人の選択や希望が個別・多様化する中においても、全ての労働者にとって変わることのない基盤」だと強調。さらに「不当な条件の下で働く者や長時間労働等により健康上の支障が生じる者を保護するという労働保護の精神は、新しい時代に即した労働基準法制の方向性を検討していく中でも忘れてはならないこと」だと述べた。

「働く人の健康確保」との関連では、「企業が労働者を使用して事業活動を行っている以上、労働者の健康を確保することは企業の責務」だと断言。また、働き方や働く場所が多様化し、健康管理の仕組みが複雑化していることから、「これまでも労働時間の長短の把握・管理や長時間労働の抑制、医師の面接指導、健康診断、ストレスチェックなどの対策がとられてきたが、今後、個々の労働者の置かれた状況に応じた健康管理について、医学や診断技術の進歩も考慮しつつ、継続的に検討していくことが必要」だと提案した。

さらに、時間や場所にとらわれない働き方が拡大していることをふまえ、「労働者の心身の健康への影響を防ぐ観点から、勤務時間外や休日などにおける業務上の連絡等の在り方についても引き続き議論がなされることが必要」としたほか、「企業において労働者の健康管理を行うに当たって、業務遂行に直接に関わる部分を超えて労働者の健康に係る情報をどこまで企業が把握して良いかについても課題であり、検討することが必要」とも指摘した。

制定当時は想定されなかった課題に合わせた見直しは必要

「働く人の選択・希望の反映が可能な制度」に向けては、まず、「全ての働く人が心身の健康を維持しながら働き続けることができるよう、これまで同様、強制力のある規制により労働者の権利利益の保護を行うべき」であることを確認。

そのうえで、リモートワークや副業・兼業のように職場の概念が変わり、従来の雇用管理・労務管理では対応が難しくなっている場合や、フリーランスなど雇用によらない働き方をする者など、従来の労働基準法制のみでは有効に対応できない場合、また、労働基準監督署による事業場への臨検を前提とした監督指導がなじまない場合などについては、「働く人の働き方の変化に伴い、労働基準法制定当時では想定されなかった新たな課題が起きているので、それらのことも念頭に、それぞれの制度の趣旨・目的を踏まえ、時代に合わせた見直しが必要」だとした。

さらに報告書は、働き方・キャリア形成に関する働く人の希望が個別・多様化すると、雇用管理・労務管理は画一的・集団的管理から個別管理の傾向を強め、賃金・待遇等の格差が拡大することが想定されることから、労働者間の公平性・納得性の確保が課題となり、「集団的労使コミュニケーションの役割がこれまで以上に重要」になると指摘。また、企業内等において、多様な働く人の声を吸い上げ、その希望を労働条件の決定に反映させるため、「現行の労働基準法制における過半数代表者や労使委員会の意義や制度の実効性を点検した上で、多様・複線的な集団的な労使コミュニケーションの在り方について検討することが必要」だと述べた。

「シンプルでわかりやすく実効的な制度」に向けては、労働基準法制は度重なる制度改正を経て、全体として複雑化しているとして、法制度が「守られる」ためにも、本来の趣旨や目的に合致しているか(有効性)、分かりにくいものになっていないか(透明性)、労使の納得が得られる妥当なものになっているか(実効性)、検討することが必要だとしている。

「労働者」「事業」「事業場」という基本概念も再考を

「労働基準法制における基本的概念が実情に合っているかの確認」に向けては、労働基準法は、事業所・事務所に使用され、賃金を支払われる労働者を対象に、また規制は事業場を単位に適用してきたものの、近年はフリーランスなど、働き方が労働者と類似する人も増えており、また、オフィスを持たない事業者や、事業場単位でとらえられない労働者が増加していることから、「『労働者』『事業』『事業場』等の労働基準法制における基本的概念についても、経済社会の変化に応じて在り方を考えていくことが必要」と提言した。

「従来と同様の働き方をする人が不利にならないように検討すること」に向けては、新しい労働基準制度を検討するにあたっても、これまでと同じ働き方をする労働者の権利擁護に留意し、維持すべき部分は維持し不利にならないよう制度を設計・運用する必要があるとした。

「労働基準監督行政の充実強化」に向けても提言した。日本の労働者約6,000万人に対して労働基準監督官数は約3,000人と、国際的にも少ない水準にあることに加え、監督官が対応する事案が複雑化していることを指摘。量的・質的課題に対応するため、監督行政手法を充実強化し、新しい時代に合った監督指導体制をつくることが必要だと強調。

また、監督指導にAI・デジタル技術や、過去の指導記録情報を積極的に活用するなど、効果的・効率的な監督指導体制の構築にも言及した。同時に、企業に対して法制度の周知啓発や、コンサルティングで労働条件や職場環境を点検・改善を促すなどして、企業の自主的な改善を図るという対応も検討すべきとした。

(調査部)

2023年12月号 スペシャルトピックの記事一覧