各都道府県の改定額の答申が出揃う。全国平均は1,004円に
 ――2023年度の地域別最低賃金改定

スペシャルトピック

2023年度の各都道府県における地域別最低賃金の改定額答申が8月18日、出揃った。23都道府県で中央最低賃金審議会の目安と同じ額の引き上げが答申された一方で、24県は目安を1~8円上回る引き上げとした。改定後の最低賃金は全国平均で1,004円となり、千円の大台に乗せた。

<今年の審議での労使の主張>

賃金と物価が上昇するなかでの議論に

地域別最低賃金の改定審議は、厚生労働大臣からの諮問をうけた中央最低賃金審議会(会長:藤村博之・労働政策研究・研修機構理事長)が調査審議を行い、改定の目安を答申のなかで提示する。各都道府県の地方最低賃金審議会は、その目安を参考にして調査審議を行い、それぞれの地方での改定額を答申し、改定額が決定する。今年の審議では、賃金や物価が上昇するなかで、最低賃金が全国平均で千円を突破するかどうかに注目が集まった。

春闘の成果を広く確実に波及させて、賃上げの流れを中長期に継続へ/労働者側

中央最低賃金審議会の審議で労働者側委員は、今年の春闘について「コロナ禍で落ち込んだ経済からの回復のみならず、20年以上にわたる日本社会のデフレマインドを払拭し局面を転換する大きな意味を持った」と振り返ったうえで、「この賃上げの成果を、社会へ広く確実に波及させることで、賃上げの流れを中長期に継続する必要がある」と強調した。

物価の動向については、2021年度後半以降の物価上昇が労働者の生活に大きな打撃を与えていることや、生活必需品等の価格上昇がとりわけ最低賃金に近い水準で働く人の生活を圧迫していることを指摘。さらに、直近の消費者物価指数の動きについては「電気・ガス価格激変緩和対策事業」の政策効果により足元の表面上の数値が押し下げられているという見解を示したうえで、「この政策が終了する10月以降も見通して議論しなければならない」とした。

地域間の最低賃金の額差については、「これ以上放置すれば、労働力の流出により、地方・地域経済への悪影響が懸念される」とし、「雇用指標の状況なども鑑みれば、とりわけB・Cランクにおける引上げ、格差是正が実現するよう意識すべき」だと訴えた。

以上をふまえ労働者側委員は、「『誰もが時給1,000円』への到達に向けてこれまで以上に前進する目安が必要であり、あわせて、地域間格差の是正につながる目安を示すべき」だと主張した。

引き上げ自体には理解を示すも、小規模企業の厳しい状況を懸念/使用者側

一方、使用者側委員は物価や景況感について、「足元の物価動向は高い数値であるものの、国内企業物価指数は消費者物価指数より高い水準であることや、業況判断DIは上昇しているもののマイナス圏で推移するほか、先行きについては悪化を見込んでいる業種が多くなっていること、また、小規模事業者の景況感は中規模事業者と比べて回復が遅れている」ことを指摘した。加えて、コロナ禍で実施された無利子・無担保の融資(ゼロゼロ融資)の本格的な返済も始まったことなどを受けて、「上半期の倒産も全業種にわたり増加し、傾向として小規模企業の倒産が多い状況にある」という認識を示した。

いわゆる「年収の壁」をふまえた就業調整にも触れ、「特に年末の繁忙期等において人手不足に拍車がかかっているだけでなく、近年の最低賃金額の大幅な引上げが、労働者の実質的な所得向上につながっていない事例も生じている」と指摘した。

そのうえで今年度の目安では、最低賃金を引き上げること自体については「必要性は理解」する姿勢を示したうえで、「今年度は、目安のランク区分が4から3に変更されて初めての目安審議であり、地域間格差の是正の観点も踏まえた検討が求められていることも認識している」とした。

審議のありかたについては、事業の継続・存続と従業員の雇用維持の観点から、様々なデータに基づいて審議を尽くし、全国の企業経営者に対して納得感のある目安を示す責務があることを強調するとともに、10月1日発効を前提とした審議スケジュールに必要以上にとらわれることなく、慎重な議論をすべきと主張した。

<公益委員の見解>

全国加重平均で41円の引き上げを答申

こうした労使の意見の隔たりから、2023年度の地域別最低賃金の改定目安は例年通り、公益委員見解の形で示された。

それによると、引き上げ額の目安はAランク(埼玉、千葉、東京、神奈川、愛知、大阪)が41円。Bランク(北海道、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、新潟、富山、石川、福井、山梨、長野、岐阜、静岡、三重、滋賀、京都、兵庫、奈良、和歌山、島根、岡山、広島、山口、徳島、香川、愛媛、福岡)が40円。Cランク(青森、岩手、秋田、山形、鳥取、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄)が39円。全国加重平均では41円で、昨年度の31円を大きく上回った。

賃金は高い上昇率となるも、価格転嫁は二極化が進行/公益委員

とりまとめに至った経緯について、公益委員見解は、最低賃金の引き上げに言及している「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」と「経済財政運営と改革の基本方針2023」の内容もふまえつつ、最低賃金法第9条第2項が定める①賃金②通常の事業の賃金支払能力③労働者の生計費――の3要素を考慮した審議を行ってきたことを説明。そのうえで、3要素の状況を細かく説明した。

まず賃金に関する指標では、春季賃上げ妥結状況における賃金上昇率は、連合の集計結果で全体が3.58%、中小でも3.23%と、30年ぶりの高い水準となっていることや、有期・短時間・契約等労働者の賃上げ額(時給)の加重平均の引き上げ率の概算は5.01%となっていることを指摘。さらに、「賃金改定状況調査結果」での賃金上昇率は2.1%で、最低賃金が時間額のみで表示されるようになった2002年以降の最大値(昨年度の1.5%)を上回っていることも指摘した。

通常の事業の賃金支払能力については、法人企業統計における企業利益(売上高経常利益率)は2021年が6.3%、2022年が6.6%と安定していることを指摘。業況判断DIをみても、日銀短観では2022年6月はプラス2であったところ、2023年6月はプラス8と上昇しているほか、中小企業景況調査でも2022年4~6月のマイナス19.4に対して2023年4~6月はマイナス10.5で、改善がみられるとした。

価格転嫁については、「いまだ不十分な状況」と指摘。具体的には、中小企業庁の2023年3月の調査から、コスト上昇分のうち7割以上を価格転嫁できたとする企業の割合は39.3%で、前回2022年9月調査の35.6%から上昇しているものの、「全く転嫁できない」または「減額された」とする企業の割合も前回調査の20.2%から23.5%に上昇しており、二極化が進行している点をあげた。コスト要素別にみても、原材料費は転嫁率が約48%となっている一方、エネルギーコストや労務費コストはこれに比べて約11~13ポイント低い水準で、「賃上げ原資を確保することが難しい企業も多く存在する」とした。

労働者の生計費については、消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く総合)が対前年同月比で2023年4月が4.1%、5月が3.8%、6月が3.9%と推移しており、2022年10月から2023年1月と比べると「上昇幅は縮小傾向であるが、引き続き高い水準」だと指摘。価格転嫁が進んだ場合には、さらなる消費者物価の上昇もありうるとしたうえで、「消費者物価の上昇が続く中では、最低賃金に近い賃金水準の労働者の生活は苦しくなっていると考えられる」とした。

各ランクで大きな状況の差異があるとは言いがたい

公益委員は以上の3要素や政府方針の総合的な勘案として、「賃上げの流れの維持・拡大を図り、非正規雇用労働者や中小企業にも波及させる」ためにも、「今年度の各ランクの引上げ額の目安(以下「目安額」)を検討するに当たっては4.3%を基準として検討することが適当」との見解を示した。

各ランクの目安額の理由については、2023年1~6月の消費者物価の上昇率はAランクがやや高めに推移しているものの、雇用情勢はB・Cランクで相対的に良い状況であること等も考慮すれば、「各ランクで大きな状況の差異があるとは言いがたい」とした。そのうえで、「地域別最低賃金額が相対的に低い地域における負担増にも一定の配慮が必要であることから、Aランク、Bランク、Cランクの目安額の差は1円とすることが適当」とした。

<各都道府県の地方最賃審の答申の内容>

24県で目安を上回る引き上げ

中央最賃審の答申を参考に、各地方の最低賃金審議会(都道府県労働局に設置)で地域における賃金実態調査や参考人の意見等もふまえた調査・審議が行われ、8月18日までに全ての都道府県で、改定額答申が出揃った。

それによると、23の都道府県が目安通りの引き上げを答申している()。Aランクに属する6都府県では、千葉県を除いて目安どおりの引き上げとしている。一方、24県は目安を1~8円上回る引き上げとした。目安を5~8円上回った県はいずれもCランクに属している。最も引き上げ額が高いのは島根県と佐賀県の47円。全国加重平均では43円の引き上げとなり、中央最賃審の答申を2円上回った。

表:2023年度の地域別最低賃金の答申状況
画像:表
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注1:括弧内の数字は改訂前の地域別最低賃金

注2:効力発生日は、答申公示後の異議の申出の状況等により変更となる可能性がある

注3:経済センサス(旧:事業所・企業統計調査)等の調査結果に基づいて、全国加重平均額の算定に用いる都道府県別の適用労働者数の更新を行っており、今年度の全国加重平均額の引き上げ額には、労働者数の更新による影響分(1円)が含まれている

(公表資料から編集部で作成)

答申された改定額は、都道府県労働局での異議申出に関する手続きを経たうえで、都道府県労働局長の決定により、10月1日から10月中旬までの間に順次発効される見通しとなっている。

<今回の改定目安に対する労使団体の見解>

労務費の価格転嫁の一層の推進が極めて重要(日商)

今回の改定目安について、日本商工会議所は7月28日、コメントを発表。「公労使で三要素をもとに議論を尽くした結果、30年ぶりと言われる物価と賃金の大幅な上昇を反映したものと受け止めている」とした。そのうえで、「支払い能力の面では原材料費やエネルギー価格の高騰により厳しい状況にある中小企業も多く、今回の最低賃金引き上げ分も含め、労務費の価格転嫁の一層の推進が極めて重要である」との見方を示した。また政府への要望として、価格転嫁対策と生産性向上の支援を求めた。

全国商工会連合会も同日にコメントを発表。「物価、賃上げの動向、企業の経営状況に関する客観的なデータに基づく真摯な議論がなされた」ことを評価しつつも、「企業の支払い能力の厳しい現状については十分反映されたとは言い難い」とした。また、「労務費や原材料・エネルギー価格など企業物価の高騰を十分に価格転嫁できていない企業にとっては、非常に厳しい結果」だとして、経営への影響に懸念を示した。

物価上昇が続くなかでは不十分だが、真摯な議論の結果と受け止める(連合)

一方、労働側の連合は同日、「物価上昇が続く中、最低賃金近傍で働く労働者の暮らしを守るという観点では十分とは言えないが、公労使で真摯な議論を尽くした結果として受け止める」としたうえで、「今次の春季生活闘争の成果を未組織の労働者へと波及させ、社会全体の賃金底上げにつながり得る点は評価できる」とする清水秀行事務局長の談話を公表した。

全労連は7月29日、「物価高騰を後追いするだけで、最賃近傍で働く労働者の生活改善にも、経済の活性化にもつながらない」「物価高騰は低所得者ほど重荷になることを考えると、地域間格差を広げる今回の目安は根拠も不明確であり、最賃法の目的に反し、看過することはできない」などとする黒澤幸一事務局長の談話を発表した。

(調査部)

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