パネルディスカッション:第43回労働政策フォーラム
産業政策と雇用を考える
—あるべき雇用・労働社会の実現に向けて—
(2009年12月16日)

パネルディスカッション:2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

パネリスト

小川 誠
厚生労働省職業安定局雇用政策課長
新川達也
経済産業省経済産業政策局産業人材政策室長
小島 茂
日本労働組合総連合会総合政策局長
加藤丈夫
富士電機ホールディングス株式会社特別顧問
伊藤 実
JILPT特任研究員

コーディネーター

伊丹敬之
東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科長・教授,
一橋大学名誉教授

第1の論点 雇用を守り、つくり出す分野はどこか

【伊丹】

登場いただいたパネリストのメンバーの皆さんを見ていただきますと、「産業政策と雇用を考える」という問題にまことにふさわしいメンバーです。したがいまして、ここから先は、省や組織を代表してということよりも、できれば個人の意見ということで自由な発言をしていただくようにお願いします。全体を2つの論点に分けてパネルディスカッションを行いたいと思います。

 伊丹敬之:パネルディスカッション/2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

論点の1つは雇用を守る、さらにはつくり出すことを仮に考えたときに、どういった分野で雇用が生まれてくるだろうか。これは当然、企業の成長戦略のみならず、国全体の成長戦略とのかかわりがあるでしょうから、そういう観点での議論を期待します。

論点の第2はさまざまな形で人口構成が変わり、価値観も変わってくる中で、働き方の問題を、単に派遣の制限があるべきかどうかというような類の問題ではなくて、働き方全体が今後どう変化するべきであろうかというもっと大きな論点です。

2つの論点に入ります前に、私のほうから5人の方のお話をお伺いした感想を極めて率直に申し上げたいと思います。

共通して出てきたと思いますのはマクロの姿をこうやって並べますと、現在極めて厳しい雇用情勢があるだけではなく、この先10年あるいは15年の日本の姿そのものが、かなり本格的な対応をしなければならないような厳しい情勢にあるということでした。

もう1つ非常に印象的だったのは、小川さん、加藤さんの両方にその片りんがあったのですが、雇用の量そのもの、雇用そのものは守ろうとする姿勢を企業がやはり強く持っていて、だからこそ今度の不況では、賃金の調整ということが調整の大きな部分に出ているのではないのか。企業が雇用を守ろうということをベースには持ちながらも、しかし守り切れるかという問題を議論しなければいけないんだという感想を持ちました。

もう1つ、さまざまな意味で歴史的な転換の節目だということを多くの方が共通しておっしゃいました。私は現在の日本の企業、産業、雇用が直面している問題は、もし歴史の一番近い時点で似ている時代を求めるとすれば、第一次オイルショック後の日本、高度成長が終わって一気に石油の値段が4倍になって、省エネをしなければならない、産業構造を変えねばならないという問題に今とは全然違った理由から、しかし不思議なことに石油がやはり絡んで大転換を迫られたあの時期のことを思い出します。あの後、自動車産業とエレクトロニクス産業が日本の中心産業として大きく伸びました。産業構造が明らかにその産業2つを成長させる方向に転換しました。キーワードは、やはりエネルギーでした。日本の車がアメリカで売れたのは、その前のさまざまな事情が重なって日本車のエンジンの燃費がべらぼうによかったから、そういうことが大きな理由でした。

加藤さんがおっしゃったように、日本が世界で一番、環境対策の技術が進んでいるかもしれない。環境重視社会に向かって世界全体が動こうとしているときに、日本にとって大きな強みになる。しかし、1973年に言えたのだろうか、日本はあの時はうまくそれを使えたが今回も使えるだろうか、そういった問題意識を感じました。

論点の1に入りたいと思います。GDPのギャップが40兆円ある。巨大なギャップが既に存在している。この需要のギャップを埋めるためにどこかで需要が出てこなければ、どんなに美しいことを言っても雇用は守れない。さて、その新しいGDPギャップを埋めるべき分野は、たとえば産業でも、たとえば世界の地域でも、あるいは国内の業種でも、一体どこが埋める役割を果たしてくれるだろうか。たとえば5年、10年のタームで考えてみるとどこが果たしてくれるだろうか、その論点でパネリストそれぞれのご意見をお伺いしたく思います。

社会構造の変化が成長産業を導きだす

【新川】

私は15年前に、今と似たような産業構造を考える仕事をしておりまして、今の言葉でいえばインターネット、カラー液晶と携帯電話、そういった技術の進歩が需要を起こして成長を引っ張るのではないかという議論をしておりました。

新川達也:パネルディスカッション/2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

それから15年たって、そういったものはおおむね伸びてきた。まだ伸びる余地はあるかもしれませんが、伸びてきた時代でした。今後は何が成長を牽引するかということが今回の課題です。私見ですが、人口減少、少子高齢化、グローバル化、環境といった我々が抱えている今の社会構造の変化が、成長する産業と密接に関係してくるだろうと考えるのが自然ではないかと思います。

たとえば、少子高齢化の中の少子化という意味では、社会的に保育サービスの重要性が高まっていく。また男性にとってもワーク・ライフ・バランスの見直しが働き方の見直しにつながり、それがまた新たな需要を生んでくる部分もあると思います。また、高齢化対策という意味では高齢者向けのサービスというのは当然充実を図っていく必要があると思います。

グローバルということでは、高付加価値製品を欧米に輸出するというモデルが今後も続くのかどうか。もし仮にアジアの中間層に売っていくものが、これまで欧米に売っていた高付加価値製品と違うということであれば、そのコモディティーなりボリュームゾーンという層の市場をとるために海外生産ということも当然必須と考えられます。こうした中で、何を国内に残すのかというところが、政策当局としても日本の事業改善としてやらなければならないことだと思っております。

環境ということであれば、省エネ、新エネの技術ということで世界に大きく貢献できると思いますし、エコカー、エコ家電といったところもまだまだ引き続き伸びる部分があると思います。

地球温暖化対策ではなく、大気汚染の防止、河川の汚染対策、水ビジネスも日本の技術が世界に大きく貢献できるところではないかと思っています。加えて新幹線の鉄道システムとか放送システム、発電・送配電システムといった日本が培ってきた高信頼度のシステムも日本が世界に向けて貢献できるものではないかと考えています。

【伊丹】

雇用は国内でサービス産業を中心に確かにポテンシャルはあるかもしれないけれども、その払う金は一体どこで稼ぐかということを考えてみると、もうちょっと何かどこかに、成長の牽引車になるものがないと結果として全体の仕組みがうまく回らない気がします。加藤さん、そういう点ではいかがでしょうか。

食糧、エネルギーを自分たちでどうやってつくっていけるか

【加藤】

いろいろな方法があると思います。1つは雇用の場ということで申しますと、先ほどの報告で強調した環境問題に加えて、もう1つ言っておきたいのは、これからの日本で食糧とエネルギーは海外から買うという常識をどう覆せるかが、日本のあり方の1つのキーワードになるのではないかなと思います。

加藤丈夫:パネルディスカッション/2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

いろいろな雇用を生み出しても国全体の富に貢献しないことは随分ありますけれども、やはり国の富の拡大に貢献するということなら、改めてエネルギーと食糧を自分たちでどうやってつくっていけるか。輸入せずに済むかが1つのポイントになるのではないかと思います。今、国の富が豊富でふんだんにエネルギーと食糧を海外から買っているわけですが、これから急速に高齢化が進む、国の活力がだんだん低下するとなるとそういうものを買うお金も不足してくるかもしれない。そのときに、自分たちの力でまずエネルギーと食糧はつくり出すのだというポイントです。

今、食糧の自給率は50%を切っていますけれども、まずは50%をクリアする。そして、最終的には70%を目指す。それから、先ほどのエネルギーは外から買うということについて、目前のエネルギー政策をきちんとつくり上げていく。それが富と需要とが連動した再生策ではないかなと思っています。

【伊丹】

なるほど。伊藤さん、いかがですか。

広範囲な産業連関、波及効果が雇用をうみだす

【伊藤】

第一次オイルショック当時は、アルミ精錬をつぶすなど産業構造のドラスチックな調整を進め、他方で雇用調整助成金みたいな安全網の仕掛けをつくろうという議論も始まったように記憶しています。それから、当時は半導体のチップだけではなく、マイクロエレクトロニクス技術がロボットにくっついて自動車の溶接工程に入るという幅広い波及効果が出て、そのことが自動車産業を輸出産業に育て上げていったのです。さらに、ちょうどそのころ技術革新によって燃費効率の高い自動車を開発し、世界市場を開拓していったわけです。その波及効果として、非常に多くの雇用を生み出したという記憶があります。

伊藤 実:パネルディスカッション/2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

報告で太陽光パネルの話に触れましたけれども、太陽光パネルというのはパネルそのものをつくることだけではなく、素材メーカーや装置産業を育成し、それを屋根に設置することで不況の建設業界や町の工務店にも仕事を生み出すことになります。

今と第一次オイルショック時の違いというのは、やはり産業連関がかなり広範囲かつ複雑になっているということです。たとえば新幹線の車両そのものを輸出するだけではなく、事故を何十年も起こさないという信号なども含めた運用システムをパッケージで輸出すれば、トータルの仕事量は相当出るはずです。それから電気自動車に急速にシフトした場合、日本のメーカーがかなりリードしているリチウムイオン電池だけではなく、ハイブリッド車で培ったソフト開発力も有力な輸出品になるはずです。ハイブリッド車に搭載されている組み込みソフトは、何十万ステップにもなる巨大なシステムで、それを開発するには多くのソフト技術者を必要とします。

それから、農業もやりかたによってはかなりの雇用を生み出します。これまでのように需要が減少している米ばかり作っていては将来展望が拓けません。付加価値の高い野菜を作り、市場と結びついたマーケティングが必要です。レタスを例にとりますと、豊作貧乏を回避するためには、常に市場の動向を監視する必要があります。成功しているレタス生産者は、ソフト会社に依頼して市場監視システムを導入し、出荷先とそのタイミングを注意深く探っています。つまり、農業においてもただ農産物を作るだけではなく、どのように売るかも含めて、いわゆる六次産業化する必要があるということです。そうすれば、いろいろなところで雇用が生まれるはずです。第一次オイルショックのころとは産業連関の幅と深さが全然違っています。ですから、そういう意味では、基幹になるところを国が少してこ入れしてあげれば、あとは産業として広がっていくのではないかと楽観的に考えています。

【伊丹】

あとのお二方いかがですか。

国際的競争力ある産業づくりのための環境整備が大事

【小川】

基本的な問題認識として日本は資源小国でもあり、人口も多いという中で、製造業の製品を外国に売って外貨を稼がないと経済全体が回っていかないということは間違いない。私も91年から93年、通産省に出向して産業政策を考えたわけですけれども、ちょうどバブル崩壊後であったその時は、国や役人がこの産業が伸びるということを言うよりもむしろ企業が競争力を保てるような環境整備をするのが、産業政策なり国の政策の方針じゃないかという話をしていたのです。その後ずっとそういった方向で物事が動いたわけですが結局、現状をみますと中国などの台頭に伴って価格競争に陥りやすい。その中で日本としては、中国と賃金、労働条件面、コスト面で競争するよりも高く売れるものをどう日本国内でつくっていくのかを国際競争の中で考えることではないかなと思います。

小川 誠:パネルディスカッション/2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

少子高齢化が進んでいく中で、結局のところ日本の社会保障サービスに対する需要が多いことも間違いない。たとえば介護分野が典型例なのですが必ずしも人が来ない。なぜかといえば、賃金が安い。介護労働者の賃金プロファイルを見れば明らかなように賃金が、なかなか上がらない構造になっている。

したがって、それを上げなければならないわけですが、社会保障サービス分野は、官製市場というか社会保障によって賄われているわけで、そこをどう考えていくのかという問題があるわけです。個人的見解ですが、そういった分野で、ディーセントワーク的なものをしっかりとつくっていくことが大事なのではないでしょうか。

以上は国内的な環境整備ですが国際的にはどのように、海外で高く売れて、競争力ある物をつくる産業をつくっていくのか。そのための環境整備が大事なのではないか考えています。

【伊丹】

どうぞ、小島さん。

医療・介護・福祉分野で180万雇用を創出

【小島】

連合の提案する180万雇用創出の中で最大のところが医療・介護・福祉分野です。社会的なインフラ整備という観点からも、介護ニーズへの対応は不可欠です。働く層の中心である40代では親の介護のために企業を退職せざるを得ないといったこともあります。そのため、きちんと社会でサポートするシステムがあってはじめて、企業活動も維持でき、国際競争力もつきます。そのためには、この分野で働く人たちの雇用環境を改善しないと人が集まらない。この介護分野の人材確保のためには、賃金・労働条件の改善のための支援策が必要です。

医療分野は、単に医療機関による医療サービスだけではなく、医療機器や薬剤の研究開発を進めていけば、国際的に通用する分野も当然あるわけです。介護・福祉機器も日本はそれなりのレベルを持っているので中国をはじめアジアが急速に高齢化を迎える中で国際的な市場として考えられる。そういう意味での医療・介護・福祉分野を広い意味で考える必要があると思っています。

【伊藤】

広い意味での医療、介護の例としてアンチエイジングがある。それの産業波及効果がすごくあります。たとえば、コレステロール値を下げるウーロン茶が出ると爆発的に売れるとか、お酒から化粧品の成分を抽出した基礎化粧品が、急速に売上高を伸ばしている。さらに中国では日本の化粧品がとても人気がある。中国には13億の人口がいますから、その潜在能力は大変なものになる可能性が高い。さらに、メタボの予防対策としてスポーツジムも人気があり、今後団塊の世代が本格的に利用するようになれば、市場規模は相当大きなものになるのではないでしょうか。要するに、高齢化を介護ではなくて、「健康」というキーワードの視点で見ると、膨大な潜在需要が眠っているように思われます。介護・医療分野をあまり小さくとらえない方がいいと思います。

グローバル展開のために日本の産業政策と雇用政策がなすべきこととは

【伊丹】

こうやって話がバラ色になっていくわけですが、しかし目の前の現実は厳しい。医療とか介護とか健康に広げるもいいのですが、そういう分野で、特に社会保障関連のニーズでもって雇用が賄われるという議論を聞くと私は必ず「だれが払うの。その財源はどこから出てくるの」ということを考えてしまいます。税金で払えばいいといったって、じゃ、その税金はどこから出てくるのと。国全体の経済活動が拡大しないことには、結局そういう雇用も賄えないんですよね。

そうすると、もちろん将来、医療や介護の分野でディーセントワークができるのは全面的に賛成なのだけれどもディーセントワークでない部分も残る。そこのところで働いていただくためには、それだけの給料が出せなきやしようがない。それを一体どうやって賄うかという国としての戦略を考えると、これは日本列島としての経済活動として何らかの意味での国際的展開ということが現在よりは大分違うレベルで大きくならないと、この種の問題は何も解決しないと思えるわけです。そういう議論があまりなくて、グローバルな展開のために、日本の産業政策と雇用政策は一体何をすべきかという議論がないままに、国内にこれだけニーズがありますという議論は、私は正直言うとついていけない。厳しいことを言ったところで、政府のお二人はいかがですか。

アジアの成長を取り込む手だてが必要

【新川】

ご指摘のように、グローバルな経済活動を日本の中に取り込む、言ってみればアジアの成長を日本の内需として取り込んでいくという形になるのかもしれませんけれども、せっかく日本はアジア地域にあって、最も成長している市場に近いところにいて、かつそれぞれの国々と密接な貿易経済関係も持っているわけですから、それは有効に使っていく必要があると思います。

そういう意味では、システムインフラの部分としては、それぞれの国で日本の企業がビジネスをやっていく上で、もしくはそれぞれの国が産業を興していく上での支援、金融面での支援そして貿易がスムーズに進む体制をつくっていく。それは、最終的には経済連携協定(EPA)であったり、もしくは東アジア共同体かもしれませんけれども、そういった交渉をきちんとやっていくのは重要だと思います。

もう1つは、人の流れ、物の流れがシームレスにアジアとの関係で構築できるように物流拠点をちゃんと整備したり、他国と資格とか単位の相互認証を進めたり、そうした取り組みをきちんとして日本とアジアとの関係があまり国境の壁を意識せずに取引できる。そういったアジアの成長を取り込む手だてというのをきちんとやっていく必要があると思っております。

雇用者報酬の引き上げで内需拡大を考える必要性も

【小川】

外需もさることながら問題は内需の方がネックになっている気がします。日本はかなり内需比率が高い経済構造ですから、そこである程度日本国内での需要がしっかり回るような仕組みを考える必要がある。現在のデフレ経済から脱却して、ある程度のマクロなのか金融だけで済むのか、実体経済面を含むのかという難しい問題が残るわけですが、その中で考えていく必要がある。

その中で、雇用者報酬が全然伸びていないという問題もあるわけですから、こうした問題も含めて内需をどうやって拡大していくのか。雇用と産業社会という観点からいけば、内需の拡大は家計消費が対象なわけですが、家計消費としては圧倒的に多いサラリーマンの雇用者報酬を上げていくことについて考えなければならない。もちろん現在は、非常にマクロギャップが激しい中で、すぐにそういった話にはならないかもしれませんけれども、中長期的にはそれをどうやって上げていくのかも含めて考えていく必要があるんじやないかなという気はいたします。

【加藤】

社会保障の問題に対する対応という問題ですけれども、率直に言えば2つあります。1つは、やはり消費税を上げなければ賄えない。言いにくいかもしれないと思うけれども、私は、これからの社会保障は、今のような社会保障の、特に年金の世代間負担方式、負荷方式では当然もたなくなる。そのときに、やはりはっきり消費税を目的税にして社会保障に充てることをできるだけ早く国として決めるべきだと思います。選挙のときも含めて4年間議論しないと言っていてほんとうにいいのかと。私は、2けたの消費税にきちんとねらいを定めて、これだけ上げれば当面は安心ですという国民の安心感をつくるということは大事だと思います。

もう1つは、先ほど申しましたけれども、企業として、高齢者雇用は大変な負担になるけれども、これは待っていられない話ですから、ほんとうにそれぞれの企業が総力を挙げて、幾つになっても働ける仕組みをできるだけ早くつくる必要がある。私はよく、年金をもらう側から払う側へ回ろうと言っているんですけれども、そういう1つの構造といいましょうか、それをつくることが急務だと思います。

ですから、高齢者の雇用というのをどこまでしっかり企業のシステムとしてつくり上げられるか、その2点が大事だと思っています。

産業政策の基本スタンスに若干のいらだちを覚える

【伊丹】

高齢者の雇用の問題は、論点の2でもう一度議論したいと思いますが、財源の問題は、消費税を上げるという政府部内の財源確保のあり方についてはそのとおりだと思います。しかし、その税金は結局国民が払う。そして、国民の生活がきちんと保たれるためには、さらに国全体としてどこからお金を持ってくるか。天から降ってこないわけですから外から持ってくるしかない。そういうレベルの話としてグローバルな展開を、ただ、環境整備を政府がやります、それが産業政策だと言っていて今、間尺に合う時代かと。

私は、経済産業省の産業政策の基本スタンスに最近変化が見られるように思います。基本的に私は若干のいらだちを覚えておりまして、そういうことを言っていては間尺に合わない時代になってきていると。政府がもっと前面に出て、加藤さんはもう期待しないと言っておられましたが、グローバルな展開のときには明らかに政治の国境を越えた経済展開を企業がしようとするときに、政府がただ「地ならしをやります。スムーズにやります」程度で済むのか。アメリカでもドイツでも、大統領や首相が中国を訪れると、企業の人がぞろぞろ一緒に行くんですよね。政府の圧力のもとでさまざまなグローバル展開、あるいは政府の援助のもとでさまざまなグローバルな展開をやるというのが実は世界の常識になっているときに、政治的なところで政権分離をあんまりやり過ぎるというのは、日本の将来を危うくするような政策じゃないかと思います。

【新川】

経済産業省の経済産業政策にもいろいろな流れがございます。事業環境を整備するという基本的な流れと、それから、個別の政策まで踏み込んで立案し、できる限り政府としてやるという流れ。典型例は、たとえば研究開発に国として補助金を出したり、委託費を出したりというのがありますが、そういったアプローチの中で、エコカー補助金とエコポイントはかなりダイレクトに支援をするんだという姿勢を出したものでして、不足かもしれませんが、経済産業省として個別の産業政策をおざなりにしているつもりはございません。引き続き頑張っていきたいと思っております。

【伊丹】

そのお答えで結構です。

【小島】

私も内需だけで食っていけるとは全然思っていない。そこは内外需バランスをどう図るかということだと思います。そのために外需で稼ぐ産業を国として、戦略的にどう育てていくかという視点は当然必要です。特定の産業分野にどこまで国が直接てこ入れするかは難しいと思いますが。研究開発への補助金や税制優遇措置という形もある。例えば国内の航空機産業を育てることをもっと積極的に国が支援をすることなども考えられます。まさに戦略的な産業育成というのが必要だと思います。

第2の論点 安定的雇用を維持するために必要なものは何か

【伊丹】

経済摩擦が激しかったころに政府がそうやって関与すると、外国からすぐしかられたわけですね。そのくせがつき過ぎてグローバルな展開との関連での政府の役割というのが過小になってはいないかなというのが私の印象です。実は最近、経済産業省の水ビジネス国際展開研究会の座長をお引き受けしました。三菱商事、エバラ、東レなどの社長さんばかり集まっての第1回目の会合を開催したのですが、会場に入り切れないぐらい傍聴者が膨大にいて、終わった後も私のところへいろいろな人から問い合わせがあるなど、あんな経験初めてです。今まで国の支援がなさ過ぎたのでやっとやってくれるかと国民の多くが期待しているのだと思います。

それでは、第二の論点に入りたいと思います。多様な働き方、あるいは価値観の変化、さらには高齢者の方が増えていくという、これはどうしようもない人口動態の変化、そういったことに対応する働き方をめぐる政府の政策、あるいは企業のスタンス、労働組合のスタンス、さまざまな論点があろうかと思います。これは加藤さんに口火を切っていただくのが一番よろしいでしょうか。

パネルディスカッション/2009/12/16フォーラム開催報告(JILPT)

賃金形態の見直し、ワークシェアリングでの雇用拡大がまず必要

【加藤】

まずはいくつになっても働ける社会の実現ということですが、これは企業がほんとうに大至急トータルの人事システムをしっかり見直すということに取り組むべきだということだと思います。日本の賃金形態というのは、若いころは働きに比べて賃金が安く高齢になると働きに比べて賃金が高いとよく言われる。それが一生働き続けることによってトータルでイーブンになるのだというのは長く言われていた仕組みですね。最近かなり変わってはいますけれども、基本的構図は残っている。ですから、高齢者を雇用するということは、若い人たちの賃金システムをどうするかということを含めて考えなければならない。私はそのことにまず一生懸命取り組むべきだと思います。

それからもう1つは日本型のワークシェアリングをどう確立していくかという問題だと思います。これはもう一回みんなで真剣に考える必要がある。実は私は、数年前までワークシェアリングなんてきれいごと言ったって、そううまくいくわけはないと考えていた。日本人は働き者だし、ワークシェアリングで8時間を6時間にしようといったって、6時間で帰る人なんかいないよと、そんなもの定着するわけがないと言っていました。けれどもここに来て、これだけの雇用情勢の中で、もう一回働き方を全体で、特に労使力を合わせて考えてワークシェアリングを通じての雇用拡大を考えたらどうかなと。私はその2つが今大事ではないかと思っています。

【伊丹】

次に、小島さんにご発言いただくのが順序としてよろしいでしょうか。

高齢者の活用、女性が働けるための整備を

【小島】

出生率の推移からすると、ここ10年ぐらいで労働力人口が500万人ぐらい減ってしまうという統計も出ています。そこをどう補うかということではポイントが2つあると考えています。1つは、高齢者の退職年齢を引き上げる、あるいは再雇用という形で引き続き働いていただいて高齢者の労働力を活用する。もう1つは、女性の就労率を向上することも必要だろうと思っております。特に子育て支援を充実することで、女性が働ける環境を社会的にどう整備するかということは極めて大きなポイントではないかと思います。

都道府県別にみた共働き世帯の比率と子供の数によりますと、共働き世帯が高い県ほど子供の数が多いという統計も出ています。少子化への対応としても、女性が働けるような環境をどう整備するかがこれから重要になってくると思っております。

そういう意味ではワーク・ライフ・バランス、ワークシェアリングという観点からも、正規男性労働者の長時間労働の是正が必要である。それが仕事と家庭の両立という形につながって子育てを夫婦ともに担うことで女性の就労の向上につながっていく、そういう関係をつくっていく必要があると思っています。

【伊丹】

あとのお三方のご発言をいただきます。

戦略なし・総花的が日本の政策の弱点

【伊藤】

産業政策もそうですが、日本は戦略がなくて総花的過ぎる。戦後の産業史をひもとけば、たとえば高炉をつくるときに大反対したのを押し切って、官僚がいい意味で活躍するのですが、今はそうしたことがあまりありません。それに対して、中国はたとえば国家主席がビジネスの先頭に立っていくということになるわけで、かなり戦略的に動きます。これに対して、日本は何だか総花的で力が入らない。たとえば電気自動車にしても希少金属をどうするんだというと、「何かそういうのがあったっけかな」というぐらいの対応しかない。高齢者政策も同じで高齢者が活躍しないといけないというと、一応法律で枠組みをつくる。あとは企業が再雇用しますということになる。しかし、実態は相当仕事のできる人も、何だかぶら下がっているような人も、みんなバナナのたたき売りみたいに一律に扱うわけです。なぜそうなるのかというと、年功制の履歴効果といわれるように、人に仕事をくっつけようとするからです。

ところが、合理的な雇用システムは逆で、仕事基準でいかなければならない。こういう仕事はだれができるのか、それはどのくらいの労働時間が必要なのか、といったことをきちんとマッチングしないでぼわっと雇用延長してしまう。しかも、一律に給料を半額にするといったことをするものですから、能力の高い人はばかばかしくてやめてしまいますが、ぶら下がっている人はこんないい職場はないというのでぶら下がり続けるわけです。ですから、高齢者をほんとうに活用しようとしたら、日本の企業が非常に苦手な個別管理をするという考え方が必要でしょう。

【伊丹】

個別管理ね、できますかね。

技術流出防止のためにも高齢者の雇用確保を

【新川】

高齢者の雇用の話について申し上げますと、経済産業省はほとんど直接高齢者施策は持っておりませんけれども、労働力率を高めるとか、もしくは年金の負担を減らすという意味でも高齢者、女性等の労働参加を促していく必要はあると思っています。その際に、経済産業省からの視点は実はもう1つありまして、特に高齢技能者でございますけれども、高齢技能者による技術流出の心配ということもしております。

付加価値を生み出せる人は辞めてしまうというお話があったかと思うんですが、現場の技能者でしっかり技術の中心を支えてきた方が定年を迎え、そして気がついたら、何だか近くの国で技術を教えていましたというような事態に陥ることは結構つらいなと思っております。コアとなる技術をほんとうに支えているのは誰なのかということについて、各企業でよく目配りをしていただければ、ありがたい。

私どもでは、新現役チャレンジプランということで、大きな企業でそういうご経験を積んだ方を中小企業でもう一度ご活躍いただくということのあっせんなどをやらせていただいておりますが、なかなかうまくは普及しておりません。そういった技術流出の観点からも高齢者の雇用確保というものは大事な点だと考えております。

【伊丹】

高齢者の問題だけでなくて、非正規雇用もどうぞ。

不確実性への対応と雇用システム

【小川】

実は今日、午前中、雇用政策研究会という会合がありまして、まさにこういった問題を2時間勉強して、それをもとにご紹介しながらお話をしようと思います。まず、短期と中長期の両方の問題があります。短期でいえば雇用状況の悪い中でどうやっていくのかという問題。中長期でいえば人口減少社会になっていく中である程度方向性が見えており、若年、女性、高齢者を活用していかなければ、中長期の人口減少、労働力減少には対応できないということについてすでに結論が出ている。あとは具体的にどうやっていくのかという方法論の問題なのかもしれません。

問題は、短期の問題でしてやや抽象的に言えば結局、不確実性にどう対応していくのかということではないかということです。不確実性というのは、たとえば製品サイクルの問題、また、需要の変動に対するバッファーをどこで持つかということに集約されると思います。しかし、結局、そのバッファーを雇用システムの中にどうやって持つのかという話になると、ひとつにはワークシェアリング、要するに賃金で調整をするということで雇用を守っていくという発想も当然あり得ると思います。

もうひとつは現在のように正規労働者、非正規労働者型モデルの中で非正規をバッファーで使う。これについては最近いろいろと批判が多い。もうひとつはこれも研究会の中で出たんですけれども、正規、非正規の中でもう1つ個別の中間的な雇用形態を考えられないかという発想もしくはその3つの組み合わせなのかもしれませんけれども、そういった中で雇用システム全体を考えていく必要があるのではないかという議論が今後必要だと考えております。

高齢者の問題につきましては、これも議論のご紹介となってしまいますけれども、結局のところ20歳前後から70歳前後まで働き続ける世の中になってきているわけですが、企業が一生懸命に教育訓練投資をするのはおそらく20代、30代ぐらいまででしょう。この辺はまさに働き盛りと言われているように月60時間以上残業しているという人が多いところですが、逆にちょうど折り返し点の45歳以降については、だんだん企業内でも今の状況では活用が難しく、また外部労働市場に出てもなかなかいいところがない層といえますが、そうならないようにするにはもう少し長いスパンでの能力開発、キャリア形成というのを考えていくべきではないか。これも今後、検討することではないかと考えています。

【加藤】

今、大変おもしろい話を伺いました。正規と非正規の中間雇用として具体的にはどんな雇用をお考えになっているんですか。

【小川】

今日の議論の中では、要するに普通の状況においては完全に正規雇用ということなんですけれども、たとえば今回のような100年に一度、50年に一度といわれるような非常な経済システムの変動があったときにおいては、ある意味で解除条件がついたような正規雇用、もしくは地域限定社員のように地域においては正規雇用だけれども、たとえば企業の方針によってオフィスがクローズする場合においては、一般の正規社員の場合は企業が配置転換を探すとかそういう義務があるわけですけれども、そういうことではなくてその事業所がクローズになったら、企業としてはそれ以上責任を負わないという発想。中間的形態ではこういう発想もあり得るのではないかと思います。ただ、実務的にはなかなか難しいかなとも思っておりまして、そこをどう考えていくのかなと思います。

【伊丹】

小島さん、今のアイデアはどうですか。

【小島】

なかなか難しい問題です。正規か非正規かという二者択一でない中間的な考え方もあるのではないかという議論もあります。何年間だけこの事業をやるのでその事業のために雇用し、その事業が終了すれば雇用関係は終わるという、単純に言えばそういう雇用関係です。これは単に今の契約社員という形ではなく事業をやるためにそこに雇用するという考え方、これが正規と非正規の中間的なものという位置づけになるのかどうか、この辺はもっと研究しなければならないと思っております。

多様な働き方に対して労働法規と労働組合が障害にならないか

【伊丹】

非正規の問題の本質は雇用需要が変動するときに雇用を安定をさせるためにどういう折衷案があるかという話なのですね。ですから、いろいろな試みをいろいろな形で許すというのが多分、基本的には正解なのでしょう。ただ、そのときに、多様な働き方に対して多様な手当をすべきだという一般論についてなかなか踏み出せないのは、実は労働法規と労働組合の両方がしばしばその障害になのではないのか。これは意図して妨害したいという意味ではなくて、そういう事態を想定せずにつくられた法規だったり慣行だったりするものが人知れず障害になっているという例は随分たくさんありそうな気がします。これは政府あるいは労働組合にお聞きしたいんだけれども、最近はどのぐらい柔軟な対応が可能になっているのですか。

労働法制は最低労働条件の設定、労働契約法は判例法理と認識

【小川】

今回も多様性というのが大事だという議論がありました。雇用面からいけば、多様性とともに雇用の安定と労働条件の決定、同一価値労働、同一労働条件的な公正の問題、多様性の問題、この3つを兼ね備えつつ、同時に経済的な合理性、効率も達成しなくてはならない。そういった雇用システムのあり方を今後我々としては考えなければならないだろうと感じております。

その中でこれは全部私見なんですけれども現在の労働法制は、基本的には最低労働条件的なものを設定するところが多い。たとえば最低賃金にしても現在600円台ですのでそれが高過ぎることは多分ないのではないのかと。労働契約法につきましても基本的には判例法理をそのまま引き写しているということですので、判例法理自身ということについていえば別かもしれませんけれども労働法がゆえに問題が生じているというのがそれほどあるとは我々としては認識していない。ここは逆に経営側のほうではいろいろとあるかもしれませんが。

【伊丹】

どうですか、加藤さん。

非正規雇用に対する保護、対策のための労働法制が必要

【加藤】

労働法制というのは昭和30年代とかそれくらいの労使関係、雇用状態を前提にして基本的につくられていますから、今のように雇用者の3分の1が非正規社員になっているという中でのルールというのは想定していないと思います。

しかし、ここまでの大きい存在になっているわけですから、やはり非正規雇用社員に対してどういう保護が必要か、どういう対策が必要かということは改めて考える必要があるという気がします。

非正規について誤解をおそれずに言えば、非正規社員で採用される人は契約内容はもちろん知っていますから、自分は身分がある程度不安定だなということを承知している。ただ、会社の中で責任も軽い、給料も安いということについて契約時にはそのことがわかって入ってきている方がかなり多いと思うんです。全部とは言いませんけれども。ただ、入ってみると、自分より仕事もしない人が正規であるがゆえに高い給料をとっていたり、これは最近聞いた話でびっくりしたのですけれども、一律残業規制だと残業は非正規社員にやってもらえという話になっている職場がある。出張制限だと正社員が出張しちゃいけない、その分は契約社員に行ってもらえと、そういうことが平気で行われるようになっている。そこに怒りを感ずるというと大げさな話だけれども、とんでもない不公平感、差別感が出てくるのでそれは雇用する側の反省点として直す。そういうことが必要だと思います。こうした問題をずっと突き詰めていうと、さっきから何度も言っている同一価値労働、同一労働条件に突きあたる。そのことが基本だということが確立できればかなりの問題が解決するのではないかと思います。

【伊丹】

労働組合が妨害になっていませんかという話で小島さんいかがですか。

正規・非正規の格差が広過ぎるという問題

【小島】

労働法規が今の雇用の多様化に対応していないということですが、労働組合の立場からすれば、必ずしもそうではないと認識しています。

また社会のニーズに対する多様な働き方を考えた場合、労働組合がそこに立ちはだかっているのではないかという指摘ですけれども、必ずしもそうではないと思っています。

問題は、これだけ急速に非正規労働者が増え、正規労働者との格差が広過ぎるということです。そのため、連合では来春闘はすべての労働者の賃金、労働条件の改善を念頭に置いた取り組みをするということで確認をしています。ただ多様な働き方については、非正規労働者の中にはそういう働き方を自ら選んでいる方もいますが、多くは、今の状況の中ではやむを得ずそれを選択せざるを得ないということであります。ですから、そこは多様な働き方というよりは、多様な働かされ方、それが現実的な姿ではないかと思っています。

【小川】

先ほど、阻害するということを申し上げましたけれども、逆に保護するという立場にたって非正規労働者の保護という観点からすれば、たとえば派遣労働法について、もう少し規制を強化するとか、有期労働者の問題についても今後考えていくとか、セーフティネットの関係でも非正規労働者に対する範囲を広げていくとか、そういった保護という観点からは必ずしも今まで十分でなかったということがあるかもしれませんので、そういった点については今後考えていきたいと考えています。

【伊丹】

ここらあたりで伊藤さん、期待しています。

オランダモデルと再就職可能な職業訓練の定着が必要

【伊藤】

この非正規が厄介な問題になった原因としては、派遣労働者のかなりの割合がほんとうは正社員で働きたかったという人たちで、その人たちが入り込んできたからです。派遣法が施行された1986年当時は、好きなときに働いて好きなときに遊びに行くという非常に都合のいい選択肢として導入され、利用者の大半は若い女性でした。今日問題化している原因の1つは、男性が大勢派遣の世界に入ってきたことが大きいように思われます。

これへの対応として、たとえば中間の雇用形態としてオランダモデルというのがあります。最近は全然議論されなくなってしまいましたが、短時間正社員というモデルです。短時間になったが正社員身分は維持している。日本のように非正社員と正社員の格差があまりに大きいのとは異なって、極端に言いますと、労働時間を短縮した分だけ賃金を減らされていくという形です。

それから仮に失業した場合、ヨーロッパは再就職できるように実践的な職業訓練をやっています。フィンランドでは、公的職業訓練機関の教員に、現役の企業の技術者が配置されています。日本の公的職業訓練機関を調べますと、パソコンの初歩的な操作訓練で終わってしまい、企業のニーズと合わない場合が多い。ですから、訓練機関を卒業しても就職できない人が多いというのが、残念ながら現実です。だから、そこら辺ももう1つ見直さなくてはいけない。

正社員と非正社員の間に短時間正社員といった雇用形態を定着させたり、失業してもただちに実践的な職業訓練を受講できるといった社会システムを整備する必要があるのではないでしょうか。派遣労働者がホームレス化する前に職業訓練を機動的に受けられる社会システムが必要です。オランダモデルなどの仕組みを日本の社会に、どこをどう変えると定着するのかということについて、もう一度きちんと議論した方がいいのではないかと思っています。

国全体のエネルギー低下が雇用、産業政策問題の一因ではないか

【伊丹】

それでは、最後のクロージングコメントをパネリストの方々に言っていただく部分に入りたいと思うのですが、そのクロージングコメントをお考えいただく間、私が、今日は議論できなかったんだけれども非常に大切な問題提起が何人かの方の議論を総合するとあったなと思いました点を1つだけ感想として申し上げます。

それは、直接的には伊藤さんがおっしゃった言葉なのですが、雇用の補助の政策を結構使い勝手の悪い政策にあえてしておくメリットがあるのではないのかということです。安易にそれを使わないという抑止効果があって、安易に使う場合、使い始めるときには本人は安易でもないつもりかもしれないけれども、ついずるずると行って、結局その人の能力が低下してしまうような事柄がある。そういうタイプの話をしておられましたけれども、これは実は社会的セーフティネットについても第一次的にはその方のためと思ってつくる政策が、だれも望んでいないし、意図もしていないことがある。けれども、結局その人の長期的なポテンシャルを低下させるような結果になってしまう。そういうことまで考えて、ほんとうに政府の政策を打てるものかと。しかし、社会の側、あるいは我々市民がそういう政策に対してさまざまな感想を抱いたり、不満を述べたり、あるいは賛成したりするときに長期的なインパクトということまで見据えるスタンスというのは案外必要ではないか。日本の社会全体が変にあまねくの社会になっていくことによって国全体のエネルギーが落ちていく、そんなことが雇用の問題、あるいは産業政策で企業に対するさまざまなインセンティブや補助の問題としてあちこちにありそうな気がします。今日お話をお伺いしていて改めて感じました。

それでは今日のフォーラム全体を通して最後に強調したい点をお願いいたします。

雇用の面からの産業社会、経済社会を考える重要性

【小川】

基本的に雇用というのは生産の波及需要であって、生産自体の回復がなければ雇用の回復もないことば間違いない。その一方で生産雇用というのは、ある意味では労働者そのものですから、その人が生活し消費し、経済が回っていくということを考えるときに、雇用の面から産業社会、経済社会を考えてみる必要があるんじゃないのかなと今、考えています。

今後、持続的に発展する経済社会にしていくためには、結局のところ、日本の労働者を抜きにした社会というのはあり得ないわけですから、ある程度きちんとして日本国内で生活ができるようなシステムをしっかりとつくっていくことが必要だと思います。もちろん、それは一朝一夕でつくれないと思います。まさに社会保障財源の話もありますし、また企業内の雇用システムでいえば普通の一般の企業は、現在の雇用システムでそれほど不都合を感じていないことがあろうかと思います。そういった中で、我々としても、よほど納得性があるような絵姿を考えた上で提示していくのかなと考えています。

【伊丹】

それでは、新川さん、どうぞ。

高付加価値製品を生み出すのは企業特殊的な技能

【新川】

日本の製造業がこれまで得意としてきたのは、企業特殊的な技能を活用して、多品種、大量生産という仕組みで高付加価値製品を生み出してきたことだと思っています。これが今後もその状態であるのか、それとももう少しコモディティーの方にシフトしていくのか、逆にもっと高付加価値の方をねらっていくかについては、議論は分かれてくると思います。

ただ、そういった中で、日本の強い雇用保障と弱い失業保護という組み合わせ、もちろんこれは正規に限っての議論だと思いますが、そのバランスを正規と非正規の議論の中でどう考えていくのかが1つのポイントではないかと思っています。

加えて、教育や能力開発が重要であるということについて、皆さん基本的には異論がない中で、それが現実問題として、なかなか効果を生み出さないことについて、我々としてもできる限りのことをしていきたいと思っています。

それから、もう1つ、成長戦略に関して申し上げます。昨年の夏、どこもかしこも景気が悪くて非常に状況が悪かった時期にハイブリッド車の生産が間に合わないほど売れているという話がどれだけうれしかったことか。これを思い返すと、やはり今後の成長戦略にもシンボルになるような、これで頑張っていこうというのが必要ではないかなという思いを新たにいたしました。

【伊丹】

小島さんどうぞ。

トランポリン型セーフティネットの導入を

【小島】

何といっても今、社会的なセーフティネットの再構築が必要だということです。しかし、単にセーフティネットの網を張るだけではなくて、もう一度もとに戻れるような仕組みが必要です。これは、今の政権がいっているトランポリン型の第二のセーフティネットという考え方です。これこそまさに職業訓練なり能力開発、教育などの積極的な支援で、もう一度安定した働き場所、労働市場に戻れるかということが1つ大きなポイントであると思います。

新しい産業、雇用をどうつくり出すかは、国の責任です。そういう意味で12月15日に、政府が成長戦略策定会議を立ち上げましたが、このセーフティネットの再構築とともに、新たな雇用、産業をつくり出すということをセットにして打ち出す必要があるのではないかと思います。

【伊丹】

加藤さんどうぞ。

問題解決の基本、産業を支えるベースは企業内労使の協議

【加藤】

これからの産業政策とか雇用を考える上で一番大切なことは、改めて労使協議の充実だと思います。問題解決というのは、やはり労使でしっかり協議をして解決していく以外に道はないと思うし、それは、まず企業内の労使でしっかり協議をする。そして、それを産別で解決する、それが無理なところはナショナルセンターでやるべきかもしれませんけれども、まずは産業レベルで問題解決をするというのが一番基本の方法だろうと思うのです。最近、労の政に対する影響力がかなり強まってまいりましたので、政労使会議というのを盛んに言う。あえて言えば私、あんまり政労使という三者の協議に期待しない方がいいと思うのです。ベースはほんとうに産業を支える労使の協議にあるべきだと。それで、先ほど、国の役割、民の役割というのを明確に意識し合おうと言いましたけれども、改めて民が労使で自立するということをしっかり考えて取り組むべきだと思っています。

【伊丹】

伊藤さんどうぞ。

総花的政策はやめよ

【伊藤】

総花的な政策はやめようよということを、一貫して発言しました。あれもこれもやろうとすると、結局財源の壁に阻まれたりして、どれもこれも中途半端に終わってしまう危険性が高い。たとえば、ハイブリッドが行けそうなら、当座はハイブリッドの支援策で突っ走る。そうすれば、燃料電池に行かないまでもリチウムイオンなら行けるぞということになり、新規参入が活発になり、産業が自然に立ち上がってきます。国はそれがもうかるビジネスモデルになるのかならないのか、ならないとしたら、どこがだめなのかという情報提供を通じてサポートすることが重要だと思います。

それから、もう1つは農業ですけれども、これも現状はまったくもうからない仕掛けになっている。しかしよく調べると、大もうけしている人たちも結構いる。一例をあげれば、レタスの長野県の川上村、直売所の愛媛県の内子町、徳島県の上勝町などで、上勝町のおばあちゃんは葉っぱを集めて年間1,000万円も所得があるそうです。国が助けてくれない、補助金よこせとか、そういうのとは違ったビジネスモデルを採用している。こうしたミクロの事例をもう少し宣伝して、それを政策の中でどう位置づけていくのかという問題がある。

それから、もう1つは、不幸にして失業した場合に今のような職業訓練ではなくて、ちゃんと再就職できる職業訓練をどのように整備していくのかといった課題もある。いずれも総花的ではなく、マクロとミクロをうまく調整しながら、短期的によかれと思った政策が、中長期にはとんでもない社会の重荷になるといったことがないように、国の将来を間違えないような政策をやっていただきたいと考えています。

日本の産業政策と日本の雇用問題を考える際に大切なこと

【伊丹】

かなり多面的な議論が論点2つの中でも出てまいりました。そういった多面的な議論をここでまとめることは私の能力を超えますので、3点だけ、今日の議論をお伺いしての印象といいましょうか、日本の産業政策と日本の雇用問題を考える際にこれが大切なんだなという点を申し上げたいと思います。

第1点は、戦後の日本が戦争のがれきの中から成長してここまで発展してこれたその背後にあった雇用と人に対する企業経営の考え方をぜひ壊さないように、産業政策も雇用政策も考えていただきたいという点です。これは別に壊そうとなさっているという意味での非難の発言ではございません。もっと明確に意識して自信を持っていただいたらいいのではないのかという趣旨の発言です。

それはこういうことです。先ほど、新川さんが日本の強さは企業特異的な技能を蓄積して、それを企業がうまく使ってという発言をなさった。これからもそれでいけるかというようなニュアンスだったのですけれども、私はそれでしかいけないとはっきり思っております。

戦後あれだけ貧しかった日本がここまで豊かになれた最大の理由は、実際に企業の現場で働く人たち、別に生産現場だけでなくていいです、サービスの現場でもどこでもいいです、そういうところで働く人たちの間のネットワークを安定的につくり、かつ、それを育てた。これはある意味で不思議なことに、あるいは幸運なことに、経営の側も働く人たちの側も大切だと思って、努力してきた。そこで何が起きたかというと、ある意味で企業特異的な熟練の蓄積という表現もできるんですが、みんなが学習してきた。仕事の場は、決してお金と引きかえに労働サービスを売り渡す場だけではなく、もうちょっとそれを超えたものだという受けとめ方をする人が随分たくさんいた。全員がそうだったとは私は思いませんが。

それは、現場で働く人たちのネットワークが安定的だからそうなる。これが不安定で、今日一緒に働いている人は昨日入ってきた新人で、明後日になったらまた別の人と変わっているなんていうことであれば、教える気にもならないし、チームで学ぼうとする気にもなるわけがない。そういう人と人との間のネットワークを安定的に保つ、あるいは育てていく、そこで学習が起きることを、日本の企業は企業内部の仕事の現場でもそうした。さらに、企業と企業を超えて取引の売り手と買い手の企業間の関係の場でも一生懸命それをやってきた。だから自動車の部品を納めている人と部品を買う人が共同開発をする。普通は売り手と買い手で、利害が対立しますから協力関係というのが起きにくいような状況でありながらそういうことが起こる。こうしたことの持つメリットは、結局、日本の大きな技術蓄積を育ててきたのだと私は思います。ですから、それを今後も我々はぜひ大切にすべきではないかと思います。

ところが、この人のネットワークを短期的な金の原理で考え過ぎるとついつい壊さざるを得なくなる。壊しても仕方がないと思うようなメンタリティーが強くならないような産業政策、雇用政策をぜひ考えるべきではないか、それが第1点です。

もう1つは、あれもこれもは無理だということです。抽象的な結論としては伊藤さんのよく言っておられるのと同じことになるかもしれませんが、たとえばセーフティネットを整備する、これにも資源がかかる、金がかかる。一方で産業をつくりたい、そのためにも国として投資が要る、企業として投資が要る。両方とも資源が要るんですよね。資源は有限ですから、税金にしたって何にしたって、両方はできないんです。時に一方を犠牲にしなきやいけないという経済状況もある。長期的にどっちかをゼロにしたり、圧倒的に軽視すると国はもたないと思います。しかし、現在の経済情勢は、加藤さんがおっしゃったように、極めて大きな基本的な転換期だとすれば、セーフティネット云々ということを整備することに資源を使うよりは、ここはみんなで食うことを考える。食う道をつくることを考える。もちろん、かわいそうな方が出るのであれば、その方には何とかセーフティネットを準備するというのは当然のことだと思いますが、私は、二重三重のセーフティネットをつくることよりも、産業の創成とか、企業のグローバル展開への援助とか、あるいは将来への研究開発投資への援助だとか、さまざまなことに国の資源を使う時代に、今、望むと望まざるとに拘わりなくなってしまっているのではないか。そんなふうに思います。

最後の第3の観点は、今日、その種の議論が出なかったのがなぜか、多少不思議なんですが、世界地図の中で、あるいは地球儀の上で日本列島というものを考えて、そこに1億3,000万の人間が住んでいて、その人たちが将来も豊かに食っていくためにはどうしたらいいかということを考えると、これはグローバルな展開をどれぐらいの勢いでやるかということに基本的にかかっていると思います。もちろんグローバルな展開を考える1つの手段に、加藤さんがおっしゃったようなおもしろい手段がある。食糧とエネルギーを国内で今までは自給しないと基本的に思ってきたけれども、それを自給するという部分を多くすれば、実はグローバルな中での位置づけが若干変わる。それは大きなプラスだと私も思います。

しかし、最近、私が中国や韓国の企業の方たちとお会いしていて一番心配するのは、グローバルに出ていって、きちんと仕事をするというベーシックエネルギーの水準が低過ぎるということであります。一体なぜそうなってしまったのか。国内の環境があまりにも豊かだから、ついついそういった楽な環境に目が行き過ぎるのか、あるいは、それ以外の何かの理由があるのかもしれませんが、雇用政策を考えるときに、決してこれは別に外国人労働を入れろという意味のことを言っているのでは全くありません。日本列島に住んでいて、日本政府が責任を持たなければならない人たちの雇用について、その人たちがグローバルな展開がもっとできるような意識だったり、能力だったり、そういうことに雇用政策としてもっと大きなエネルギーを注ぐ必要がある。そうしないと、10年、20年先の日本列島の世界におけるポジションを考えると、私はやや不安が残るという感想を持ちました。

最後の点は、おそらく加藤さんもご同感だと思います。今日たまたま議論にならなかっただけかもしれませんが雇用の問題といえども、私はグローバル展開のことを必ず片目でにらみながら考えるという時代にいや応なしに来ていると思います。それは、たとえば中国大陸の人材を日本の企業はどう雇用していくかという問題も含めて考えるべきではないかと思いました。

最後はちょっとコーディネーターがしゃべり過ぎたかもしれません。それはおわびをいたしますが、時間の都合がございまして、フロアからの意見や質問をお受けする時間がつくれませんでした。大変申しわけありませんでしたが、これで本日のシンポジウムを終わりたいと思います。

パネリストの皆さん、ありがとうございました。

【プロフィール】※五十音順

伊丹敏之(いたみ・ひろゆき)東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科長・教授,一橋大学名誉教授

1967年一橋大学商学部卒業、1972年カーネギーメロン大学経営大学院博士課程修了・PhD。一橋大学商学部助教授、スタンフォード大学客員准教授などを経て、1985年一橋大学教授。同商学部長などを歴任後、2008年より現職。著書は、『経営戦略の論理』『よき経営者の姿』(日本経済新聞出版社)など多数ある。2005年紫綬褒章受章。

小川 誠(おがわ・まこと)厚生労働省職業安定局雇用政策課長

1983年労働省入省。労働省内の大臣官房、労政局、職業安定局に勤務するほか、コロンビア大学ビジネススクール留学、通商産業省産業政策局産業構造課長補佐、大分県職業安定課長、世界銀行、厚生労働省社会保障担当参事官室政策企画官、内閣情報調査室参事官、外国人雇用対策課長、国土交通省総合政策局観光資源課長等を経て、2007年7月より現職。

小島 茂(おじま・しげる)日本労働組合総連合会総合政策局長

1953年生まれ。中央大学理工学部卒業。1987年全日本民間労働組合連合会政策局、1989年日本労働組合総連合会社会政策局を経て1996年行政改革会議事務局へ出向。1998年日本労働組合総連合会生活福祉局次長、2001年同経済政策局次長、2002年同生活福祉局長を経て2007年10月より現職。現在、金融審議会委員、社会保障審議会の年金部会委員、医療部会委員も務める。過去には、中央社会保険医療協議会委員も務めた。

加藤丈夫(かとう・たけお)富士電機ホールディングス株式会社特別顧問

1938年東京都生まれ。1961年東京大学法学部を卒業し、同年富士電機製造株式会社へ入社。企画部長、人事勤労部長を経て、1998年代表取締役副社長、2000年取締役会長、2004年相談役に就任し、2009年より現職(2003年、富士電機ホールディングス株式会社に商号変更)。これまでに中央労働委員会使用者委員、学校法人開成学園理事長、日本能率協会常任理事、日本経団連労使関係委員長、企業年金連合会理事長等を歴任。

新川達也(しんかわ・たつや)経済産業省経済産業政策局産業人材政策室長

1991年通商産業省入省。経済産業政策局産業組織課課長補佐、原子力安全・保安院企画調整課課長補佐(政策調整官補佐)、大臣官房総務課課長補佐(政策調整官補佐)を経て、2008年7月より現職。


伊藤 実(いとう・みのる)労働政策研究・研修機構特任研究員

1979年法政大学大学院博士課程修了後、雇用促進事業団雇用職業総合研究所研究員、労働政策研究・研修機構統括研究員等を経て、2009年4月から現職。商学博士。専門分野は、人事管理論、産業・経営論。青山学院大学大学院法学研究科講師、中央大学商学部講師、東京商工会議所労働委員会委員、NHKラジオ「ビジネス展望」レギュラーコメンテーターなどを兼務・歴任。著書に『地域における雇用創造』、『21世紀のグランド・デザイン』などがある。