報告「政策評価とその方法」
先進諸国の雇用戦略—福祉重視から就業重視への政策転換—

開催日:平成16年2月26日

※無断転載を禁止します(文責:事務局)

配布資料

堀 春彦 労働政策研究・研修機構

1.政策評価の手法

政策評価の手法ですけれども、大きく分けて、科学的手法と非科学的手法に分かれます。さらに科学的手法は、実験的手法と非実験的手法の2つに分かれるということです。

(1) 非科学的手法

非科学的手法とは何か、図1「非科学的手法による政策評価」をごらんください。横軸が時間軸ですが、縦軸は、例えば訓練プログラムを行ったときの賃金の変化と考えていただくとわかりやすいのではないかと思います。A1は、プログラムを受講する前の受講集団の平均賃金、A2 は、プログラムを終えて就職した際の集団の平均賃金を表します。この非科学的手法によりますと、このときの政策効果は、A2マイナスA1という値で示されます。

しかし、この手法には大きな問題があり、時間の経過の中で、これが必ずしも政策評価の純粋な影響のみをとらえているわけではないと考えられるわけです。A1とA2の間の時間の変化の中では、例えば、本来もっと低いA2の値であったかもしれないんですが、景気の影響などを受けて上方にシフトするという可能性もある。つまり、この非科学的手法では、純粋な政策効果が得られないということになります。

(2) 最も望ましい分析手法

では最も望ましい分析手法とは一体何か、それが図2「最もの望ましい政策評価手法」にあります。図2のA1A2というのは、先ほどと同じ数字ですけれども、そこにA1′という値があります。A1というのは先ほど申しましたが、政策を行う前の受講集団の平均賃金、A2 も同じで、訓練受講後の平均賃金です。A1′というのは、このプログラムを受講した人たちが、仮にプログラムを受講しなかったら得たであろう仮想的な賃金を表します。A2 からA1′の値を引くことによって、望ましい数値が得られるわけです。

しかし、この同一集団が同一時間内に、片やプログラムを受講し、片やプログラムを受講しないという同じ状態を共有するということは不可能なわけで、これは望ましいのですが不可能ということになります。

(3) 科学的手法

基本的には、図2の最も望ましい政策評価手法に近づけるような政策評価を行うというのが、以下に述べる科学的手法の説明です。科学的手法は、実験的手法と非実験的手法の 2つに分かれますが、科学的手法の特徴は一体何かといいますと、非科学的手法は、ただ単にプログラムを受講した者のみの結果を追っていたわけですが、この科学的手法というのは、単にプログラム受講者の動向だけではなく参加してない者の動向についても追い、政策評価に生かしていくという点にあります。

通常は、プログラムに参加するグループを Treatment Group と呼びますが、この Treatment Groupと、プログラムに参加しないControl Groupの2つを設けて、この2つの比較によって政策評価を行っていく。先ほど述べましたように、望ましい政策評価に近づけていくというわけです。

科学的手法の中の非実験的手法というのは何かといいますと、これは、プログラムに参加する Treatment Group に対して、プログラムに参加しない Control Group のデータを、外部のデータを用いて構成するというのが、この非実験的手法の特徴です。

3ページの図3 「非実験的手法による政策評価の概念図」を見ていただきますと、Aはプログラムを受講した場合、Bはプログラムを受講しなかった場合です。具体的にどう政策効果を測定するかといいますと、A2とA1、つまり、プログラムを受講した者の前と後の差をとり、それとプログラムを受講していないグループの前と後の差をとるということにより、政策評価を行っていく。これが、非実験的手法です。

ただ、これは非常に難しい問題がありまして、ここでもA1とB1というのは等しい高さになっておりません。A1とB1が等しい高さになるようにするというのが、本来求められるべきものです。つまり、等しい高さというのは、プログラムを受けるグループとプログラムを受けないグループの属性というのが、基本的には等しい属性であることが望まれるわけで、その属性を近づけることがなかなか難しいという問題がこの非実験的手法にはあります。

次に、実験的手法というのは何かといいますと、プログラムを運営する機関が、受講希望者を無作為にTreatment Group、つまりプログラムを受講するグループと、Control Group、プログラムを受講しないグループに分けて、政策評価を行うという手法です。

この具体例が、4ページの図4 「実験的手法による政策評価の概念図」にありますけれども、運営機関が受講希望者を無作為にTreatment GroupControl Groupに分類することにより、プログラム実施前のA1とB1という値の集団の期待値が基本的には等しくなる。つまり、プログラムを受けるグループと受けないグループの集団の属性が一致するような形になります。この実験的手法を用いて政策評価を行いますと、政策効果A2マイナスB2、A2とB2の差をもってあらわされるということになります。

この実験的手法にもかなり問題点があります。まず一つは、代替バイアスと言われるような問題点で、どういうことかといいますと、基本的にプログラムを受講しないグループというのは、全くそのプログラムを受講しない。外部の代替プログラムがある場合には、その Control Group が受講してしまったりすると、本来求めるべき政策効果の値にゆがみが生じるというか、バイアスが生じることになったりします。

もう一つ、Creaming という問題があります。これは何かといいますと、プログラムの運営機関が、プログラム終了後の受講者の、例えば就業率とか平均賃金の増加率といったものについて、達成目標を割り当てられているような場合、こういう場合に関しては、運営機関の担当者というのは、基本的には、プログラムを受講したいグループを、Treatment GroupControl Groupの間に無作為に分けることで、両グループの属性が等しくなるということが担保されるわけですが、運営機関に目標の割り当てがあるような場合には、再就職をしやすいものとか、就職後の賃金が高くなりがちなものをプログラム受講者としがちであると言われております。これが、Creamingと言われている現象です。

それから、倫理上の問題があります。いかに正確な評価制度を確立するかということが重要かとは思うわけですが、本来であれば、そのプログラムに参加したいといって応募してきている者を、一定期間受講させないというようなことを行うわけですので、倫理的な問題に触れるということで、多くの意見が出されています。

他に、実験的手法を行う場合には、プログラムの実施にかかるコストであるとか、データ収集者の心理的負担が大きいといったような問題が指摘されており、実験的手法も必ずしも万能ではないということです。手法はいろいろありますけれども、どの手法がいいのか、現時点では必ずしも結論が出ておりません。

2.政策評価結果

こういった政策評価の手法を用いて分析を行ったときに、どういった結果が出ているのか、主だったものだけをご説明いたします。

(1) 訓練政策について

訓練プログラムの受講者は、非受講者に比べて再就職の確率が高くなるという結果が多く観察されております。賃金上昇に関する先ほどのA1とA2という値、賃金の上昇に関する効果については、場合によって結果が異なってくるということで、必ずしも明確な回答が得られていない。プラスの効果が出る場合もあれば、マイナスの効果が出る場合もあります。そういった中で、女性とかマイノリティーとか社会的な弱者については賃金の上昇効果が見られるというような結果が出ております。

(2) 再就職支援政策

これはこの後、勇上さんから説明がありますけれども、特にイギリスでは非常に尽力しているプログラムであります。短期的に見た場合、プログラム受講者のほうが、受講しない者よりも早く再就職できるといったような結果が出ておりますが、長期的に見ると、その限りではありません。

(3) その他

起業を促進するプログラムであるとか、賃金助成政策ということも、ヨーロッパを中心に結構実施されています。この場合には、もちろん国によりプラスの効果が出ているところもあるわけですが、全般的には、デッドウエイト・ロスであるとか、置き換え効果の影響が大きくて、あまり政策効果が出ていない。

デッドウエイト・ロスというのは一体何かといいますと、雇い入れ助成金の例でいえば、助成金が支給されなくても企業が従業員を採用した場合には、助成金を支給したからといって純粋な雇用創出効果は表われない。こういった資源の浪費をデッドウエイト・ロスと呼んでおります。もう一つ、置き換え効果というのがあります。プログラム受講者とか、助成金を支給された労働者が、企業に雇われていた労働者に代わってその企業に務めるというような効果です。起業プログラムであるとか、賃金助成金政策に関しては、このデッドウエイト・ロスとか置き換え効果の影響が非常に大きくて、あまり政策効果がないということがわかっております。

【伊藤】 ちょっと補足しますが、4ページに長期失業者の求職支援という表現がありますが、もう少し砕いて言いますと、早期に、失業してからあまり時間が経っていないときに専門家によるカウンセリングをすると、非常に効果が高いということの意味なんです。それから、堀研究員がいろいろな英文資料を読んで、研究者が「これは効果がありました」と間違いなく言えるのは、カウンセリングぐらいでして、あとはいろいろな条件がついてプラスになったりマイナスになったりしてはっきり確認できなかった、そういうのが現状です。

一般的には、イギリスのニューディール政策が非常に有名になっていまして、若年失業者が相当再就職できたと言われているのですが、その辺りを勇上研究員から説明していただきたい。