事例報告2 GSKが取り組むハラスメント防止対策

講演者
長井 友宏
グラクソ・スミスクライン株式会社 人財本部 労務部長
フォーラム名
第119回労働政策フォーラム「職場環境の改善─ハラスメント対策─」(2022年2月10日-17日)

まず、グラクソ・スミスクライン株式会社(GSK)について紹介します。呼吸器、HIV感染症、免疫炎症、オンコロジーなど、様々な領域にまたがる医療用医薬品、ワクチン、コンシューマーヘルスケアという3つの事業をグローバルに展開しています。

日本では、GSKほか3社に分かれて事業を展開し、GSKでは約2,500人の社員が、全国の医師や医療関係者にGSK製品の情報を届けています。

GSKは、社員が自分らしく生き生きと働き、成長を実感できる職場を目指しています。これらの目標を達成するためには、心理的安全性が担保され、ハラスメントのない職場環境を整備することが欠かせません。全ての社員がハラスメントのない職場で生き生きと働き、ベストのパフォーマンスを発揮することで、企業の継続的な成長が実現できると考えているからです。

4つの価値観と期待される行動を行動指針に明記

私たちが取り組むハラスメント防止対策について5つ紹介します。1つ目は、行動指針の徹底です。

GSKが定める4つの価値観(「患者さん中心」「透明性の高い活動」「相手を尊重する姿勢」「品位ある行動」)と期待される行動(「Courage」「Accountability」「Development」「Teamwork」)は、私たちの全ての行動の基本となるものです。この行動指針の徹底こそがハラスメント防止の鍵になると考えています。

社員は入社後毎年、この行動指針に関する研修を受講します。また会社は折に触れて行動指針に言及し、行動指針に沿ったメッセージを発信します。行動指針について理解を深めることで、行動指針に沿った活動ができるように努めています。

特にハラスメント防止においては、相手を尊重する姿勢が最も大切であると考えています。セクシュアルハラスメント、パワーハラスメント、モラルハラスメントなど、世の中には様々なハラスメントが存在しますが、ハラスメントの根底には相手を尊重する姿勢の欠如があると考えています。性別、仕事上の役割、上司・部下関係、好み・嗜好など、一人ひとりが異なる意識や思考を持っているという前提に立ち、相手を尊重し合うことが大切であると考えています。

2019年から自社作成のオリジナルの研修教材に切り替え

2つ目の取り組みは、継続的な教育研修です。今では多くの企業でハラスメント防止の教育研修が行われているかと思います。GSKも以前から研修を実施してきましたが、2019年から自社作成のオリジナルの研修教材に切り替えました。

新しい研修では、ハラスメントに関する理解を深めるだけにとどまらず、実際に社内で起こった事例を基に作成したストーリーをいくつか紹介しています。社員はこれらの事例を身近に感じ、いつでも自分もしくは自分の周りで起こり得ることとして認識しているのではないかと思います。

また研修の後半ではセルフチェックを行い、自らの行動を振り返る機会を設けています。実際にハラスメントと感じたり、ハラスメントを見聞きしたときに、即座に正しい行動が取れるよう、ハラスメントへの対処方法についても説明しています。

この研修を通じて会社が社員に伝えているメッセージは主に以下の4点です。まず1つ目は、「ハラスメントを行うこと、許容することは、行動指針に定める相手を尊重する姿勢に欠ける行為であること」。2つ目は、「GSKが定める4つの価値観と期待される行動を実践することが、ハラスメントのない職場をつくる鍵となること」。3つ目は、「ハラスメントのない職場にするためには、なんでも率直に話し合える関係(スピーク・アップ・カルチャー)を普段からつくることが大切であること」。最後に、「ハラスメントを見たり、感じたら、声を上げること(スピーク・アップ)」です。社員はこの研修を毎年受講し、ハラスメントに関する理解を深め、自らの行動を省みる機会としています。

スピーク・アップ・カルチャーを実践するために取り組みを工夫

3つ目にあげた、スピーク・アップという言葉は、GSKでは一般的で、様々な場面で使われています。スピーク・アップは「声を上げる」という意味ですが、日常の様々な場面において、自分の言葉で自分の意見を伝えるという意味合いが込められています。自らの役職、年齢、入社年次、社歴、立場などに関わらず、思ったことはきちんと声に出して伝え合うことを日頃から推奨しています。またスピーク・アップには、ハラスメントに遭遇したり見たりしたときには、会社に報告するという意味もあります。

こうしたスピーク・アップ・カルチャーを実践していくために、会社は様々な取り組みをしています。例えば、全社員が参加するレッツ・トークという全社会議の冒頭では、必ず誰でも自由に発言できる時間を設け、自らの成功や失敗、さらにそこから学んだことを話し共有するようにしています。

また、人事は、上司と部下との1対1の対話を定期的に行うよう推奨しています。単に業務に関する話だけではなく、部下の能力開発や将来的なキャリア、また、在宅勤務、オフィス勤務、ハイブリッドなど、どのような場所でどのように働くことが上司・部下双方にとって望ましく、かつ最も高いパフォーマンスが発揮できるのかなどについても話すようにしています。

このほか、定期的にGSKサーベイと呼ばれる匿名のアンケートを実施し、社員の満足度を測り、会社の課題や取り組むべきテーマなども分析し抽出するようにしています。部下を持つマネージャーについては、部下が匿名でマネージャーの評価を行います。マネージャーはこのフィードバックから部下の本音を聞き、管理職としての能力をさらに高めることが期待されています。

社長以下全員「さん」づけ、固定席も撤廃

スピーク・アップ・カルチャーを浸透させるには、年齢や役職に関係なく、自由に意見を言い合える職場環境を整えることが必要です。そのためGSKでは、社長以下全員が、役職を用いず名前だけの「さん」づけで呼び合うようにしています。日本人であれば、山田さんや高橋さん、海外の方であれば、ポールさんやスティーブさんといった感じです。

また、東京本社は2017年に移転しましたが、その際に固定席や個室は全て撤廃し、誰でもどこでも自由に着席し、仕事ができるオフィスレイアウトとしました。社長のポールさんもオープンスペースで、他の社員と一緒に仕事をしています。また各フロアにはビレッジと呼ばれるオープンスペースを設け、社員どうしの何気ない会話や意見交換のため、ソファやホワイトボードを整備し、会話が始まるようレイアウトを工夫しています。

内部通報窓口(スピーク・アップ・システム)も活用し、いつでも通報が可能

内部通報窓口(スピーク・アップ・システム)も活用しています。社員が実際にハラスメントを見聞きしたときには、いつでもすぐに通報できる仕組みとなっています。まず上司と話し合うことが推奨されていますが、場合によっては直接、人事やコンプライアンスの担当者に相談することもできます(シート)。このような方法を取ることも難しい場合には、スピーク・アップのシステムにアクセスし、直接通報できる仕組みとなっています。

このスピーク・アップ・システムは、日本だけで問題がうやむやになることがないよう、グローバルで一元管理されています。通報は海外で受理されますが、日本語で24時間365日コンタクトが可能となっています。場合によっては匿名で通報することも可能です。報復禁止ポリシーを定め、通報者がいかなる不利益も受けることがないよう、細心の注意を払いながら対応しています。

過去事例の共有にも努めています。会社はハラスメントの撲滅に努力していますが、それでも残念なことにハラスメントは発生します。会社では、調査の結果、懲戒処分に至った事例について、一定期間を置いた後、内容を全社員に共有するようにしています。個人が特定されることがないよう配慮したうえで、どのような出来事が発生し、それはどのルールに反する行為で、私たちはそこから何を学ぶか、を伝えるようにしています。単なる事例報告とせず、再発防止のための学びの場となるよう工夫しています。

今後の課題はまず、いかにハラスメントに関する理解と感度を高められるか

今後の課題として、まず、継続的に学び、ハラスメントに関する理解を深め、感度を高く保ち続ける必要があります。会社は様々なハラスメント防止対策を講じていますが、それでもハラスメントはゼロにはなりません。それだけ人が無意識に持っている感覚や潜在意識を変えていくことは難しいと思っています。

継続的に学び続け、ハラスメントに関する感度を高いレベルで保ち続けていくためにも、社員が飽きないよう工夫を凝らしながら、ハラスメントに関する学びの場を提供し続けていきたいと考えています。

次に、内部通報を不満や愚痴のはけ口とせず、何でも言い合える関係となれるよう、心理的に安心できる職場環境の整備に取り組んでいくべきです。内部通報は、会社のハラスメント対策上、必要なシステムですが、なかには現場で十分対応できるであろうと思われるケースも散見されます。ハラスメントのない職場を築くためには、心理的安全性が確保され、ふだんから上司や同僚と何でも言い合えるアサーティブな関係を構築していくことが大切だと考えています。

上司は部下が安心して意見を言える、安心安全な職場環境を整える努力をしなければなりませんし、部下は自分の意見を上手に伝えるスキルを身につける努力をする必要があります。もちろん会社はこれらを上司・部下任せにするのではなく、誰もが心理的に安心できる職場となるよう、引き続きリードしていくべきだと考えています。

リモート勤務下で必要とされる高いコミュニケーション能力

課題の最後として、リモート勤務であっても、お互いの気持ちを理解するコミュニケーションスキルを習得し、相手を尊重する意識を定着させることがあげられます。コロナ禍が続くなか、リモート勤務におけるコミュニケーションの難しさも分かってきました。どうしてもリモートでは対話が一方的になりがちです。

また、相手の表情や態度を読み取ることも難しく、その結果、無意識に相手を傷つけてしまうこともありえます。最近では、リモート環境下で発生したハラスメントも報告されました。私たちは離れた場所で働いていても、今まで以上にお互いの気持ちを理解するコミュニケーションスキルを習得し、相手を尊重する意識を定着させる努力をしていく必要があると考えています。

プロフィール

長井 友宏(ながい・ともひろ)

グラクソ・スミスクライン株式会社 人財本部 労務部長

公益法人、コンサルティング会社等での人事経験を経て、2016年よりグラクソ・スミスクライン株式会社の人財本部にて労務を担当。すべての社員が「自分らしく」「いきいきと」「成長を実感しながら」働ける職場環境の実現を目指して、人事制度設計や労働組合対応等に携わる傍ら、ハラスメントのない職場を作るための取組みにも注力している。

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