研究報告 高齢者の多様な活躍に関する取組──地方自治体等の事例

私からは、主に厚生労働省が実施する「生涯現役促進地域連携事業」の枠組みに基づき、高齢者の就労拡大に取り組む地方自治体へのヒアリング結果をご報告したうえで、本日のテーマに対する問題提起を行いたいと思います。

まず、厚生労働省が地域における高齢者の就業機会確保対策に取り組んだ経緯からご説明します。厚生労働省では、団塊の世代が65歳に到達する2012年頃から、地域における高齢者の就業機会を確保することの重要性に着目するようになりました。それまでは、65歳以降の就業機会の確保については、高年齢者雇用安定法において、シルバー人材センターに関する規定があるものの、それ以外は特段の定めはありませんでした。

そこで、厚生労働省は2013年に「生涯現役社会の実現に向けた就労のあり方に関する研究会」を開催し、関係機関の連携強化に向けた情報共有のためのプラットフォームづくりや地域のニーズを発掘、創造し、意欲ある高齢者を見い出し、マッチングさせるコーディネーターの活用について、議論を進めてきました。

2016年には、高年齢者雇用安定法が改正され、地方公共団体は、関係者からなる協議会において、「地域高年齢者就業機会確保計画」を策定し、厚生労働大臣に協議し、同意を求めることができることや計画に沿って事業が行われることなどが定められました。こうしたなか、「生涯現役促進地域連携事業」がスタートしました。

高齢者の社会参加の意義

図表1は、高齢者の就労等の社会参加にはどのような意義があるかを示したものです。超高齢化により、人口に対する65歳以上の高齢者の比率はどの都道府県でも21%を超えていますが、国全体ではすでに28%台という状況です。そうしたなか、年金・医療・介護分野等の社会的コストが増大しています。

図表1 超高齢化に伴う社会的コストと高齢者の就労(高齢者の就労等社会参加の意義)

図表1 高齢者の就労等社会参加の意義
「ニッポン一億総活躍プラン」に掲げられた三つの目標や「働き方改革」の作用についても示している。

参照:配布資料3ページ(PDF:767KB)

この図表では、高齢者の就労あるいは社会参加をこれに対する処方箋として位置づけております。その効果の一つ目として、健康寿命の延伸が挙げられます。健康寿命が延びることで、医療や介護のコストを抑制することが期待できます。二つ目の効果として、高齢者の就労により社会の支え手が増加することで、経済成長の原動力になることが挙げられます。これにより、税や保険料の収入の増加も期待できます。つまり、高齢者の社会参加は、社会的コストを減らすという面、税や保険料等の収入を増やすという面の二つで意義があると言えるでしょう。

図表には、「健康とモチベーションの維持」と記述しているところですが、就労にあたっては、ただ、やみくもに働くのではなく、健康かつ、モチベーションを維持した上で働くことが健康寿命の延伸につながるという意味です。

図表2は、八つの地方自治体の取り組み内容を整理したものです。高齢者の就労の目的には、大きく分けて、①自身の生きがいのために働く「生きがい的就労」と、②生計を維持するための就労である「生計的就労」の二つがあります。生きがい的就労を目指す高齢者の多くは、「よい仕事があれば働いてもいい」というマインドですので、現実の就労機会との間でギャップが生じます。これをいかに埋めていくかが高齢者の就労実現のカギと言えます。

図表2 地方自治体の取組

地方自治体の取組表
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ヒアリング内容とHP公開情報から特色ある取組を筆者の判断で整理、分類したもので、実施している事業を網羅的に取り上げたものではないことに留意が必要である。

参照:配布資料4ページ(PDF:767KB)

就労実現に向けた二つのアプローチ

方向性としては、二つあり、一つは、「短時間で働きたい」「軽易な仕事だったらやってみたい」といった高齢者の就労ニーズに仕事を合わせていくこと。もう一つは、高齢者の意識を仕事に合わせて変えていくこと、つまり、「よい仕事があったら働いてもいい」と考えている高齢者に対して、「よい仕事」の範囲を広げるような啓発をする、あるいは経験を積んでもらうことです。

以降は、この二つのアプローチに沿って事例を紹介したいと思います。まず、一つ目の「高齢者の就労ニーズに仕事を合わせる」事例として、千葉県柏市が今回の事業に先駆けて2009年から2013年にかけて取り組んだ「生きがい就労事業」を紹介します。同事業は、長寿社会のまちづくりを進めることを目的に同市、UR都市機構、東京大学高齢社会総合研究機構が共同して始動したプロジェクトです。

同市では、医療・介護、住まい、生活支援サービスなど包括的な地域ケアのシステムを構想するなかで、地域の高齢者が就労でき、自立的な生活を維持できるような生きがい就労の創設を問題意識として持っており、これが事業の推進につながりました。

就労機会の発掘にあたっては、高齢者に対して、アンケート調査を実施し、就労ニーズを把握しました。その結果に基づき、同事業のコーディネーターである高齢社会総合研究機構が同市で、農作業用地を確保したり、保育施設や介護施設に対し、周辺業務の切り出しを働きかけ、就労に結びつけました。

就業機会を高齢者のニーズに合わせるパターンとしては、福岡県にも事例があります。具体的には、自動車修理の現場で、これまで整備工が業務のなかで行っていた洗車や納車等の作業を切り出し、高齢者にやってもらうというものです。また、図表2には入っていませんが、温泉街の旅館で仲居さんの仕事のなかから、調理の補助や配膳、布団敷きといった周辺業務を切り出し、高齢者にお願いしている事例もあります。

こうした切り出しのメリットは、資格を保有している従業員が基幹業務に専念できるので、業務の効率化が期待できるという点です。その一方で、高齢者には就業機会が増えるため、いわば「ウィン-ウィン」の関係が形成されていると言えるでしょう。

このパターンでは、農業分野で人手が確保できないような地域において、一つの作業をチームでシェアすることで、一人当たりの負担が減るとともに、高齢者の就労も促進されたという事例もあります。また、農作物の収穫作業において、高齢者の負荷を軽減するために小型の野菜や果物を扱わせることで、高齢者の就労に結びつけている例もあります。

では、もう一つの方向性、つまり、「高齢者の意識を仕事に合わせて変えていく」手法としては、どのようなものがあるでしょうか。その一つとして高齢者向けのセミナーの実施が挙げられます。その内容は様々で、高齢期のライフプランや、健康意識向上に向けたもの、あるいは高齢者の仕事への関心の範囲を広げていくことに主眼を置いたものもあります。

この他に知識を付与したり、経験を積ませることで仕事に対する懸念を払拭するための方法もあります。具体的には大阪府と福岡県の事例に出てくる「レジ打ち体験」が挙げられます。これについては、後ほど、セブン-イレブン・ジャパンの眞野様からご報告があると思いますが、自治体と企業との間で包括連携協定を締結しており、高齢者に対する就職説明会を開催するなかで実施しているところです。自治体に聞いたところでは、このレジ打ち体験は高齢者が「難しくてできそうにないな」と感じていた懸念を払拭する効果があるそうで、経験によって不安がなくなり、先程申し上げた「よい仕事」の範囲が広がったと言えるのではないかと思います。

企業のニーズと高齢者の強み

図表3は、企業のニーズと高齢者の強みとの関係を表したものです。高齢者には、体力の低下という弱みがあるものの、それを理解したうえで、高齢者ならではの強みに着目して、雇用を進めていくことが重要であることを示したものです。具体的にどのような強みを持っているかというと、例えば、コミュニケーション能力や誠実な仕事ぶり、勤務時間に関して高い自由度を持っている点といったことが挙げられます。もちろん、全ての高齢者がこれらの強みを持っているわけではなく、「強みを発揮できた場合、就労に結びつきやすい」とご理解ください。また、過去の地位や業績・経験に過剰なプライドを持っていると就労への障壁となってしまうことにご注意ください。

一方、企業側には、高齢者に対してどのようなニーズがあるのでしょうか。一つは、「人材」へのニーズ、もう一つは「人手」へのニーズが挙げられます。「人材」へのニーズは、前述のコミュニケーション能力の高さや誠実な仕事ぶりに着目したものです。高齢化社会においては、ビジネスにおいて、サービスを提供する対象も高齢者であることが多いため、接客する側も高齢者であることは都合がよいというわけです。「人手」へのニーズとしては、高齢者は勤務時間の自由度が高く、早朝やシフトの隙間に働いてもらえることが挙げられます。

図表3 企業のニーズと高齢者ならではの強みの一致(取組から見えること①)

図表3

参照:配布資料6ページ(PDF:767KB)

コーディネーターの活躍事例

図表4は、コーディネーターを活用して、高齢者を農業分野での就労に結びつけようとした事例です。実は、農作業に関心がある高齢者は非常に多い。また、一方で、地域では、農業従事者の高齢化と後継者不足による耕作放棄地が多数発生しており、その再生についてニーズがあります。しかし、本格的な農業は重労働であり、担い手が見つからない状況でした。

そこで、温泉街を擁するある自治体では、地元で農業への就業を希望する高齢者に対し、耕作放棄地で地場の産品である緋かぶを栽培してもらうことにしました。緋かぶはキャベツや白菜に比べると小ぶりなため、収穫等における作業負担が少なく、高齢者の就労へのハードルを下げています。それとともに、コーディネーターが、地元の郷土料理研究会に働きかけ、緋かぶを使った郷土料理を開発してもらう一方、温泉街に対しては、緋かぶを使った料理を土産物として販売するよう働きかけることで、新たな需要の創出にも取り組んでいるところです。

以上は、地域の事情に明るいコーディネーターが、地域の資源を高齢者の就労に結びつけようとした事例です。

図表4 コーディネーターの活躍と農業への参加(取組から見えること②)

図表4

参照:配布資料7ページ(PDF:767KB)

高齢者雇用の意義、目指すべき方向性

図表5は、高齢者雇用の意義、目指すべき方向をまとめたものですが、ここでは特に「高齢者の戦力化」についてご説明したいと思います。当機構が2015年に従業員数50人以上の企業2万社を対象に行ったアンケート調査結果によると、「65歳以降も本人が希望した場合、基準に該当すれば働くことができる」と回答した企業に対し、その基準を聞いたところ、「働く意思・意欲がある」が58.9%と最も多く、これに「健康上支障がないこと」が58.7%で続きました。これは、まさに図表1で示した「健康とモチベーションの維持」が、高齢者が就労するうえで重要であることを示しています。

2019年に当機構が取りまとめた労働力需給推計では、現在50%半ばである60代後半の男性高齢者の労働力率は、2040年には70%強まで上昇することが予想されています。つまり、今までは100人中、上から数えて50番台くらいまでの人を使っていればよかったものを、70番台の人までもしっかり活用する必要があり、そのためには、従来のように健康・意欲面で支障がない社員を選別するよりも、むしろ企業側で社員の意欲を引き上げ、健康を確保することが求められるようになります。この点については、先程報告があったKeese氏のお話とも通じる部分があると思います。

図表5 高齢者雇用の意義、目指すべき方向(「高齢者雇用の意義ー社会、企業、労働者の視点からー」から)

・社会:社会的コスト(年金、医療、介護等)への対応策
社会の支え手の確保→経済成長の原動力→税、保険料等収入増加
健康寿命の延伸(につながるような働き方)→医療、介護の支出減少
・企業:高齢者の戦力化(取り組みの必要性の増大)
企業が高齢者に求めるものー働く意思・意欲、健康上支障がないこと等※
60代の就業率向上(2012→17:前半層57.7%→66.2%、後半層37.1%→44.3%)
2000年以降、出生数が減少(90年代はほぼ横ばい)→若年不足
・労働者:職業生涯長期化(就労ニーズの高まり)への対応
保有財産(世帯貯蓄額)、年金額と就業状況、動機との関係※
就職氷河期世代(バブル崩壊後約10年間とリーマンショック後数年間)
生涯賃金の激減(2009年)と伸び悩み※
年金の繰下げ支給選択←長寿化

参照:配布資料10ページ(PDF:767KB)

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