事例報告 社員がイキイキと働ける環境をめざして
──日本航空が実践する働き方改革

講演者
神谷 昌克
日本航空株式会社人財本部人財戦略部ワークスタイル変革推進グループ グループ長
フォーラム名
第98回労働政策フォーラム「働き方改革とテレワーク」(2018年9月26日)

必然だった持続可能な働き方

当社は、国内線・国際線を合わせて1日に約1,000便の飛行機を運航しています。従業員は約3万3,000人で、今日はその15%に当たる間接部門の従業員の話になります。

ご案内の通り、当社は2010年に経営破綻し、経営再建に取り組みました。破綻前は200社以上の関連会社があり、社員もグループ全体で5万人を超えていました。今は3万3,000人ですので、3人に1人が職場を去っていったことになります。3分の2というのは、生産力という意味では飛行機を飛ばす便を減らすことで可能ですが、間接部門の仕事は人が減ったからといって3分の2に減るわけではありません。それどころか、経営破綻からの立て直しのために、労働時間という意味でも非常につらい状況に置かれました。こうした背景からも、当社には持続可能な働き方が必然的に求められていた特殊事情がありました。

年間総労働時間1,850時間を目標に

2010年以降の人事施策については、ほぼ毎年、社長メッセージを発信して制度や仕組みを再構築しました。一番大きな変わり目は、ダイバーシティ宣言をした2014年。多様な人財がともに働きやすい環境を目指しましたが、特に意識したのは女性の活躍でした。人材の流出がありましたし、特に女性は出産・育児という時間の制約を持っている人が多く、よほど優秀な女性でないと働き続けにくい状況がありました。このため、時間の制約を取り払う必要があるとして働き方改革を進めていくことになりました。

働き方改革ではいろいろな目標を定めていますが、その一つの目安として「年間総労働時間1,850時間」を掲げています。これは当社の勤務形態に照らすと、有給休暇20日の全取得に加え、月の平均残業時間4時間以内でないと達成できない高い目標です。

トライアルで在宅勤務をスタート

今日のフォーラムのテーマであるテレワークは、2014年に在宅勤務のトライアルを始めたのがスタートになります。当時は、「それで本当に生産性が上がるのか」や「労務管理、勤怠管理をどのように図っていくのか。ちゃんと見ていけるのか」等、様々な議論がありました。ただ、これらに関しては、先ほど、小倉先生がお話されていたように、正直、食わず嫌いだと思っていました。やったこともなく成功体験もないのだから、誰にもわからないわけです。そこで、「トライアルなのでいつでも止められます」といって始めました。

あとはもう、なし崩しです。最初は紙で1週間前に申請して、複数の上長の承認印を得なければならなかったのですが、半年後には半日単位の取得やメールでの申請も可能になりました。利便性が増すにつれて利用者も増え、1年後には前日申請や、勤務時間中に中抜けして、子どもを保育施設に迎えに行ったりすることもできるようにしました。

そうしたなかで、男性社員を中心にあがってきたのが、「自宅で在宅勤務をすると、子どもが絡んできて仕事がやりにくい」といった声。そして、意外なことに、奥様がいい顔をされないという話が非常に多く聞かれました。そこで、例えばマンションの共有エリアや図書館などを活用できないかと思い、2016年に自宅の縛りを撤廃してテレワークのトライアルを行うとともに、規定も変えて進化させていきました。

紛失した場合はためらわずに連絡を

このタイミングでは、セキュリティ対策が非常に大きな問題でした。そこで、在宅の場合は自分の機材を使えますが、自宅でも会社でもないテレワークにおいては、会社で提供するパソコンのみに使用を限定しました。また、スターバックス等の外部ネットワークを使うことは禁じ、携帯電話のテザリングのみの形にして、万が一、パソコンを紛失したり盗難等に遭った場合は、システムセンターで24時間365日電話を受け付けてリモートで全消去するようにしています。

幸い、大きな問題は起きていませんが、紛失もしくは盗難されたと思ったら、頑張って探すようなことは絶対にせずに、すぐに電話して欲しい。後で見つかった分には構わないと伝えています。

テレワークのメリットを感性で理解

当社では、テレワークの申請理由を問いません。利用者の構成を男女比率、管理職・一般職の比率で見ると、ある程度、人数構成に応じていて、特定の人や職種に偏っていることはない状況です。

利用実績を見ると、2014年に風穴をあけたときは延べ人数50人で始まりましたが、昨年度には1万3,000人ぐらいの規模にまで膨らんでいます。今年度は未集計ですが、2万人は超えるものと予測しています。なし崩しで進めてきたなかで、制度がきちんと整備されているとまでは言い切れませんが、それでも民意を得られているからこそ数も伸びていると思っています。最初は不安や心配を訴えていた人も、今は実際に使っていたりします。社員はテレワークのメリットを感性で理解しているようなところもあるようです。それがいいとは思いませんが、今は社員みんなの思いを軌道に乗せるということを優先させています。基本的には性善説で進めて、風穴を拡げていっていることになります。

テレワークを発展させた「ワーケーション」

もう一つ、テレワークの発展形として「ワーケーション」という言葉を紹介したいと思います。

私たちは元々、残業削減を目標にはしていません。人事部門が残業時間の話をすると、「結局、目的は人件費削減なのだろう」と捉えられてしまい、働き方改革が誤解される危険があるからです。そこで私たちは、総労働時間に焦点を当てたうえで、有給休暇の取得を特に強く推奨しています。

有給休暇全取得を達成させるには一つポイントがあって、夏休みを長期でとれるか否かが非常に大きいと思っています。夏休みを長期で取りたいものの、突然の会議が予定されてしまって出席しないわけにいかない等のケースがあったりすると、夏休みの期間を短くしたり行き場所を変えたり、場合によっては自分だけ行かなかったり、最悪なのは家族もろとも夏休みを中止するようなことも起きかねません。このため、セーフティーネットとして「ワーケーション」という言葉を使い、「絶対に夏休みを断念しないで、現地から何時間かだけテレワークを活用して欲しい」とわかりやすく説明しました()。

図 制度づくりと見える化のしくみ

テレワークの実績(テレワークの発展形としてのワーケーションの推奨)
【ワーケーション】バケーション中に、電話やwifiがつながる場所で一部テレワークしながらバケーションを継続するあらたな働き方

参照:配布資料9ページ(PDF:1.49MB)

この取り組みについては、むしろ社外の人たちから「潜在的に何か可能性を持っているのではないか」との話が寄せられました。「地方再生のきっかけにできないか」といった話や、不動産ディベロッパーからの「ワーケーションの施設として何か考えられないか」といった話。旅行代理店の人からも、「パッケージツアーとしてワーケーションツアーみたいなのができないか」といった問い合わせを受け、今後はそういった取り組みも考えていかねばならないと思っているところです。

働きやすい会社への変革を実感

最後に実績です。有給休暇の取得率は少しずつ上がってきていて、昨年度は90%の大台に乗りました。ただ、まだ100%にはほど遠い状況だと思っています。時間外労働も2014年度には大体月に20時間超でしたが、その後、減ってきて昨年度は平均7.8時間になりました。目標とする4時間に近づいてきているという意味では、少しずつ動きが出てきたと思っています。

こうした結果、私が最も良かったと思っているのが、社員の満足度です。「この会社に勤めて良かった」や「この会社で働き続けたい」と言ってくれる人のポイントが、増えてきています。経営破綻した後ですので、業績の回復とともに伸びてくるものという意味で自然増なのかもしれません。それでも私は、この結果をいいように捉えています。働きやすい会社に変わってきたということを実感する機会は、実はあまりないのですが、こういった数値を見て、時間をかけながら変わってきていることを感じています。

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