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講演者
木本 喜美子
一橋大学大学院社会学研究科特任教授/日本学術会議連携会員
フォーラム名
第81回労働政策フォーラム「移動する若者/移動しない若者─実態と問題を掘り下げる─」(2015年11月14日)

東北や九州地方の若者の仕事や結婚に関して十数年、調査してきましたが、地域で生きている若者の実相にどのように迫ったらいいのかという問題意識からコメントしたいと思います。

まず、かつて大企業を中心とした企業社会体制のもとでは、人々の移動はジェンダー別に編成されていました。男性の場合、学校を卒業した後、「就職」というより「就社」をし、地域移動に関しては会社が行き先を決めていくという、企業に委ねるパターンでした。女性の場合は、安定した雇用に就くよりも親元の近くに住み、やがて嫁に行くというような発想がありました。たとえ一旦、故郷を離れて安定職に就いたとしても、家族の事情で戻ってくるというように、女性の移動に関しては、家族的事情に依存する傾向が強かったと思われます。こうしたジェンダー別のパターンを1つの基本型=「従来型」と捉え、本日の報告では、従来型が変容してきているということが示されました。

地域に生きる若者について考えるとき、3つの前提条件が考えられると思います。第1は、大都市圏と比較した場合の労働市場の制約性です。特に、かつての高学歴者が優先的に就いていたような仕事や雇用は、現在、地域には必ずしも多くは存在していません。

第2は、非正規化の波が容赦なく押し寄せてきており、安定的な雇用の余地がますます狭くなってきているという点。第1と第2の前提条件は、男性が稼ぎ主になって働く従来型の家族生活パターンの基盤がどんどん弱体化しているということを意味しています。決して多くはない安定職に就けるかどうかで人生の明暗が分かれると言われる一方、安定雇用にこだわらず割り切って生きていくと考えれば、別の可能性も拓けてくるかもしれません。実際、近年は非正規が急増し、ある意味、それが当たり前になってくると、昔のフリーターと呼ばれた人たちが抱いていた焦燥感のようなものは影をひそめ、別の生き方を選択せざるを得ないという事情もあるわけです。

第3は、若者を地域に吸引する装置として、家族が果たす独特な役割です。他県で大学を卒業しても、公務員試験になかなか受からず故郷に戻ってくる、或いは非正規雇用で挫折して東京から戻ってくる、そうした若者たちを迎え、屋根と食事と部屋を与える頼りになる存在として家族は機能しています。ただし、家族は若者の生活を安定化させていく機能がある一方、吸引された若者たちがそこから出られなくなるという側面もあり、その後の家族関係にも様々な影を落としていく危険性も孕んでいると言えるでしょう。

プロフィール

木本 喜美子(きもと・きみこ)

一橋大学大学院社会学研究科特任教授/日本学術会議連携会員

専門は労働と家族の社会学。調査研究にもとづく女性労働史研究、労働組織分析、若者非正規のジェンダー分析等を手がけている。『家族・ジェンダー・企業社会』(ミネルヴァ書房、1995年)、『女性労働とマネジメント』(勁草書房、2003年)、『社会政策のなかのジェンダー』(明石書店、2010年、共編著)、「ジェンダー平等と社会政策」社会政策学会誌『社会政策』第5巻第3号(2014年、共著)。